日本国内の糖尿病患者数は増加傾向にあり、糖尿病から起こるさまざまな合併症を引き起こすメカニズムの解析が必要とされている。こうしたなか、糖尿病性合併症の研究において九大発の新しい解析技術である生体レドックスの画像化解析「レドックスイメージング」を導入して成果を上げているのが、九州大学大学院医学研究院病態制御内科学園田 紀之講師だ。園田講師は、糖尿病から合併症が起こる際、どのようなレドックス反応が起こっているかの解明に挑んでいる。今回は園田講師に、合併症メカニズムの解明に向けての取り組みを伺った。
人体に起こるレドックス反応を研究
Q:まずは研究の概要について教えてください。
レドックスという言葉を聞いたことがあるでしょうか。レドックスとは「reduction=還元」と「oxidation=酸化」という2つの言葉を合わせた造語です。
地球上には酸素が豊富にあり、酸化と還元という現象によってバランスが保たれています。酸化がいきすぎてもいけませんし、還元が働かなくても酸化に偏ってしまい、生物にとって大きなストレスである「酸化ストレス」になってしまいます。
わかりやすくいうと、鉄が錆びるのは酸化、反対に錆が取れる現象が還元です。
こういったレドックス反応は自然界の中だけではなく、人間の身体の中でも起こっています。
生命現象をしている限り必ず酸化と還元は起こっていて、酸化がいきすぎてしまうと、生きていくために必要なあらゆる遺伝子やたんぱく質が機能しなくなります。これが「酸化ストレス」という状態で、ひどくなると修復ができなくなり、疾患につながります。
研究されているところでは、がんをはじめ、私の専門である糖尿病も酸化ストレスの影響が大きい疾患と言われています。他にも、酸化ストレスによって引き起こされる疾患はたくさんあります。
ただ、治療や診断に関してはかなり遅れていて、医学応用まで至っていないのが現状です。
ごく一部、治療薬に使われているものもありますが、そこまで目覚ましい進歩を遂げている分野ではないと言えるでしょう。
逆に言えばアンメットニーズがあるというところで、この先に画期的な方法が開発されれば人の疾患の診断や治療にもつながるはずです。
さらに、酸化ストレスは老化にも関わってくるため、人の寿命を伸ばしながら生活の質を上げられる可能性もあるかもしれません。
こういったことが、レドックス反応と人の疾患のつながりだと言えます。
私が専門としている糖尿病も、以前は今よりもだいぶ少なかったのですが、最近は生活習慣が大きく変わってきたことで患者数がかなり増えてきています。
糖尿病には大きく「1型糖尿病」と「2型糖尿病」の2種類があり、日本で増えてきているのは2型糖尿病です。
一般的に認識されているような2型糖尿病で、遺伝的な要因が50パーセント、そして後天的な環境の要因が50パーセントだと言われています。つまり、親から引き継がれたものに加えて、食事や運動などの生活習慣が加わって発症する糖尿病というわけです。
ちなみに、1型糖尿病は子供でもかかる疾患で生活習慣病ではありません。生活習慣病と言われるのは、主には2型糖尿病です。
糖尿病という疾患は血糖値が上がる病気ですが、血糖値が上がるだけであれば、ほとんどの場合悪さをすることはありません。しかし、血糖値が高い状態が続くと、様々なメカニズムを介して合併症が発症します。
よく知られているところであれば、3大合併症と言われる「網膜症」「腎症」「神経障害」です。あとは動脈硬化性の疾患、例えば脳梗塞や心筋梗塞なども、糖尿病があることによって起こりやすくなることが明らかとなっています。
なぜ血糖値が高くなるとそれらの疾患につながりやすくなるのかは、昔から研究が重ねられ様々経路が関与することがわかっています。その中の一つ、あるいはかなり大きなウェイトを占めるものとして、酸化ストレスがあるわけです。
私は大学院を卒業後は井口登輿志先生のもとで研究をしてきましたが、井口先生は糖尿病から合併症が引き起こされるメカニズムの一端を明らかにされてきた研究者であり、当時、レドックス異常による合併症発症メカニズムに注目されていました。そういったご縁もあり、私も興味を持ち、この世界に入ってきたわけです。
もともと私は内科医でありまして、大学院卒業後、留学をし、帰国後の2010年から先端融合医療レドックスナビのスタッフとして採用して頂き、研究を学生たちと一緒にさせてもらうことになりました。産学連携で企業も参画して、一緒にレドックスを見て操るということを共通の目的とする研究所でした。
その内の一つに井口先生のグループがあって、レドックス制御を介した疾患の発症や新規治療の開発に取り組んでいました。メインは糖尿病から合併症が起こるメカニズムにレドックスがどのように関わっているのかということと、どういった治療をすれば合併症を抑制できるのかという研究でした。
これにレドックスイメージングと呼ばれる技術を使用し、研究に取り組みました。レドックスイメージングは独自性の高い技術であり、解剖学的情報を得るMRIとレドックスプローブと呼ばれる増感剤を使用し、動物モデルを使って、その臓器や組織で、あるいはどのような病的状態の時に、酸化還元状態が変化しているのかを非侵襲的に可視化するという、大変魅力的な技術でした。臨床応用されるとがんや認知症など人の疾患への応用も期待されるものです。このレドックスイメージの技術を共同研究者の先生方と協力して糖尿病とその合併症の診断や治療に生かそうと研究をすすめました。
特に私たちが注目したのが、糖尿病が原因で引き起こされる認知症です。糖尿病の患者数の増加あることながら、高齢化と相まって増えていく中で、認知症の患者も近年著増しています。健全な社会のためにも、個人が寿命を全うする時に、認知症があるのとないのとでは生活の質が全く違ってきます。
社会的にも医学的にも非常に重要な課題であると考えていて、そういった部分に興味を持ったのが研究のスタートです。
ではなぜ、糖尿病と認知症が結びつくのかについて説明します。
糖尿病があると、認知症の発症率が2~4倍にもなると言われています。臨床的にもアルツハイマー病とは異なる臨床像を示すことも明らかになりつつありました。それはなぜなのかというところがスタートで、始めた当時は研究をしている人も少なく、学会にいっても我々のグループしか発表していないような、やや寂しい状態でした。最近では研究が盛んになり、今では学会でもトピックスとして注目されるようになってきています。
糖尿病で引き起こされる代謝異常や血管障害を起点に考えてみますと、脳はグルコース、つまり糖が主なエネルギー源になっています。全身の糖代謝異常である糖尿病の患者さんは、脳の中でも糖代謝異常が起きているというのが一つの可能性としてあると思います。
もう一つは、糖尿病は血管の障害も引き起こします。そのため脳の血管に障害が起こり、虚血により認知症が起こりやすくなるのかもしれません。これらに共通しているのが、酸化ストレスと考えたわけです。
脳は脂質が多い部分でもあります。生体が持っている物質には大きく分けて、たんぱく質・脂質・糖質などがあり、中でも脂質は最も酸化が起きやすいものです。つまり、脂質が多い脳はより酸化ストレスが起きやすいと言えるのです。糖尿病の方が認知症を起こしやすいのは、そういった部分が関係しているのではないかと考えています。
何人かの学生と研究をする中で、糖尿病のモデル動物とそうではないモデル動物では、脳が受ける酸化ストレスやダメージがどれくらい違うのかを比べました。すると、明らかに糖尿病の場合は脳の酸化ストレスを受けやすいということがわかったのです。
最近の論文にした仕事としては、そこに至るまでの様々な分子メカニズムがあるわけです。高血糖があって、酸化ストレスがあって、脳がダメージを受けて認知症がある。モヤっとした表現にしていますが、ひとつひとつが分子間のつながりで起こっているわけです。
その中の一つのシグナル分子を見つけてそれを解析したのが、最近井口先生や大学院生と行った仕事です。「p66Shc」という、酸化ストレスと関係している分子です。
もともと私は基礎研究者ではなく、臨床医になろうと思ってこの世界に入ってきたわけですが、現在はその両方ができる立場でもあります。よく「フィジシャンサイエンティスト」という言い方をするのですが、臨床医をしながらサイエンスもする、そんな立場でやらせてもらっています。
膨大な症例を研究の礎に
Q:研究体制はどうなっていますか。
現在は研究を学生やテクニシャンの方々と行いながら、彼らと議論をしながら全体のマネジメントをするというのが私自身の仕事です。
半分は病院で医師としての仕事をしながら、研修医、若手医師や大学院生の教育に携わっています。そして、もう半分が研究の時間というような感じです。
糖尿病と認知症の研究については、個人的な興味としてひと山越えた感じはしていますが、これからもどんどん進んでいくと思います。様々なことがわかってきているので、それについての対策がなされるのではないかなと考えています。糖尿病から起こる認知症は、加齢現象というか生理的な現象に加えて、生活習慣病としての要素も入っているのではないかという考えも出てきています。
今後は患者数を減らしていくことが非常に重要で、脳の障害が起こっている上流の部分で予防していく。例えば、糖尿病のコントロールをするとか、特別な薬を使うことで認知症を抑えられるとか、そういう可能性はあると思います。
あとは、積極的な治療による介入。これは随分遅れていると思います。認知症になった人を元に戻すことは、現状の治療薬では難しいこととされています。その理由の一つには、原因がわかっていないことが挙げられます。
アルツハイマー病の場合であれば、アミロイドという物質が頭の中に溜まって、それが原因になっていることがわかっています。しかし一度できてしまったアミロイドを溶かしても、すでに脳には障害が起きているため元には戻りません。
認知症は何十年という期間をかけて進行していきますので、どの時点で介入していくかも問題ですし、現状は有効な治療薬もありません。その意味で、予防法と画期的な治療法の開発の両者が重要です。
今後については、人を対象として高齢者の糖尿病患者向けの「コホート」をつくっているところです。わかりやすくいうと、ある疾患集団を何千人・何万人という規模でモニターします。そこでベストと考えられる医療をしていくわけですが、その中で「こういうことをしている人は認知症が起こりにくそうだ」とか「こういうものを食べている人は認知症を起こしやすい」というような生活習慣などを、コホートの中で見つけていきたいと考えています。
特に糖尿病と認知症に絞って、2つの疾患との関連性について観察していきたいです。認知症の実験は動物では難しく、人間の方がより正確な診断ができ、治療効果もわかりやすいと考えています。
糖尿病の分野は、新しい薬がどんどん出てきています。ニーズも大きいですし、製薬企業も投資をして、新しい薬が売れれば非常に大きな利益が生まれます。
さらに、治験段階でわかっている以上のポテンシャルを持つ薬が生まれることもあるわけです。新しい治療法や薬を結びつけることも大事ですが、新しく出てきた薬をどのように用いれば患者にとってより良い医療になるのかを考えています。
同じ糖尿病と言っても、患者によって複雑で異なった背景があります。例えばこの薬は太っている人に向いているとか、合併症があまり出ていない人のほうがいいとか、そういう細かい検討は治験でできることではありません。
治験はあくまでも安全に使用できるか、効果があるかという2つで成り立っているからです。10年経ってその薬に発がん性があることがわかってきたりするかもしれません。患者を見ながら研究をしていければと思っています。
基礎研究でわかったことを臨床に戻して、それをまた基礎研究に戻して行き来させる。これは、私のように臨床医をしながら研究をしている人間がやっていく使命だと感じています。
Q:この分野を志す学生にはどんなことが必要でしょうか。
私自身、ものすごく使命感に燃えてやってきたというわけではなくて、その時々で面白そうだなと思うことをやってきた感じです。そのため、社会のことを考えてとか、偉そうなことを言える立場ではありません。
面白いということに対してどんどん自分で入っていて、それを開拓していくとか、そういうスタンスがこれから研究していく学生にとって大事なことかなと思いますね。好奇心を大事にすることです。
昔と違って非常に世の中が多様化していますから、普遍的なものが何かということを見失いがちだと思います。学問的に面白いものでもいいですし、社会的にニーズの高いものでもいいので、大きな幹の部分を見失わないようにしてほしいなと思います。
研究でも臨床でも、一人前になるには、10年ぐらいはかかるでしょう。医学部を卒業するには6年かかりますから、その後基礎研究者になる人と臨床医になる人では全く道が違います。
現在は制度上非常に難しい時代で、臨床医をするなら6年の後さらに臨床でのトレーニングを5~6年受けなければなりません。大学入学から考えると、約10年かかることになります。基礎研究部門はそれよりも少し早いと思いますが、基本的には大学院へ入学し、論文を仕上げ、博士を取得する必要があります。6年間学生をした後にまた4年間博士課程の大学院を経験し、そこからが本格的なキャリアのスタートという感じです。10年というとなかなか長い道のりですが、それは全部が修行というわけではなく、学生だからこそ発見できるようなこともたくさんあると思います。
自分の目の前で見ている患者、あるいは研究対象としている動物もそうですが、自分じゃないとわからないこともあると思います。直接接していないと分からないことを大事にして突き詰めていけば、自分のスタイルができあがるのではないでしょうか。
Q:企業とはどういった関わり方が望ましいでしょうか。
企業に対してはアドバイザーの役割を果たすときもありますし、私たちの方からこんなことをしたいからお金や資材を使わせてもらえないかというような提案をする場合もあります。産学連携が盛んになってきているといえますね。
製薬企業は資金力が豊富ですし、ビジネスをやっていく上ではものすごくパワーを持っています。我々はお金をそれほど持っていませんが、将来何かの役に立つであろう「種」を持っています。パワーと種を結びつけていくことが重要で、企業さんの力を借りながら、共同で取り組んでいくことが必要だと思います。
私も製薬会社や機器メーカーなどにお世話になっています。特に糖尿病はモニター系が最近特に発達してきていて、AIなども入ってきています。
従来は採血をしなければわからなかった血糖値も、外から機器をかざすだけでわかるようになってきています。何を食べたらどのくらい血糖値が上がるのかをAIが計算して、インシュリンの注入速度を決めて、それを学習していくようなシステムです。昨今、新しい機器が数多く出てきている状況ですから、そういった部分でも協力できるのではないかと考えています。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
まず一つは、ベットサイドとベンチの両方でわかってきたことを世の中に少しでも多く発信して、この分野が前に進めるように貢献できたらいいなと思います。 研究から出てくる様々な課題や新しいニーズを見つけ、社会貢献につなげていきたいですね。(了)
園田 紀之
そのだ・のりゆき
九州大学病院内分泌代謝・糖尿病内科 講師。
1995年、九州大学医学部卒業。卒業後、第3内科(現・病態制御内科学)に入局。
2001年、京都大学大学院医学研究科分子細胞情報学卒業。医学博士。
九州大学病態制御内科学(第3内科)を経て、2003年にカリフォルニア大学サンディエゴ校内分泌代謝部門博士研究員となる。
2009年、九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点 特任助教に着任後、2014年には九州大学病院内分泌代謝糖尿病内科 助教。
2017年より現職。