従来のコンピュータは、硬質な基板上にチップを配置し、金属配線で構成される固定的なシステムが主流だった。このような構造では、形状や柔軟性に制約が生じ、身体装着型デバイスや柔軟素材への応用には限界があった。この課題に対し、複数基板による可変形プロトタイプを開発し、現在は1辺4mmや1.5mmの極小チップによるさらなる小型化を進めているのが、東京大学大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻の門本淳一郎講師である。将来的には、これらのチップ群を柔軟素材に組み込み、自在に変形するインターフェースの実現を目指している。今回は門本講師に、こうした形状自在なコンピュータのメカニズムとそれを支える技術、直面する課題、そして今後の可能性について話をうかがった。

曲面や可動部にも自然にフィットする次世代コンピューティング
Q:研究概要を教えてください。
私が取り組んでいるのは、「無線でつながる極小チップを用いた、自由な形状のコンピュータシステム」の開発です。従来のコンピュータは、基板の上にチップを配置し、それらを金属の配線で接続するのが常識でした。しかし、私はこの配線を取り除き、チップ同士を無線で接続することで、形状や配置の自由度を飛躍的に高めるアプローチをとっています。
この仕組みにより、曲面や狭い空間、さらには可動部など、これまでコンピュータの搭載が難しかった場所にも組み込めるようになります。たとえば、体の一部のように動くアクチュエーターといった新たな応用が期待されています。また、各チップがセンサーとして機能することで、分散配置された触覚センサーなど、人間の皮膚に近いセンシングデバイスも構成できます。
ただし、小型チップ同士の無線通信には、これまで技術的な課題が多く存在しました。たとえばBluetoothのような既存技術では、電波を飛ばすために一定のアンテナサイズが必要となり、極小化には限界がありました。さらに、干渉の無い通信経路やネットワークの構築には多くの電力と複雑な設計が求められ、現実的な実装は困難でした。
そこで私は、電波を遠くへ飛ばさず、近距離のみで通信を行う「近接場結合方式」に着目しました。隣り合ったチップ同士がコイルを介して信号をやり取りすることで、極小サイズでも安定した無線通信を実現しています。この技術により、小型チップを高密度に配置しながら柔軟な構造を構築することが可能になったのです。
この方式の開発には、コイル設計や回路シミュレーション、プロセッサ統合など多くの工学的工程を要し、物理・電子工学・ソフトウェア・ネットワークの知識が不可欠でした。最初に2つのチップを接続して動作させたのは2020年です。2024年には複数基板による可変形プロトタイプを完成させ、現在はさらに小型化を進めています。
将来的には、このチップ群を柔らかい素材に組み込むことで、自在に変形する「形状自在なインターフェース」の実現も視野に入れています。異分野の知識を融合しながら、新しいコンピュータのかたちを模索する挑戦を続けています。
Q:今は、どのような取り組みを行っているのでしょうか?
これまでに開発してきたプロトタイプのさらなる小型化と、それらをネットワーク化してシステムとして機能させる取り組みに力を注いでいます。
従来の実験では、1辺が約7cmの基板を用いていましたが、現実的な応用を見据えると、さらなる小型化が不可欠です。そこで現在は、1辺4mmのプロトタイプの完成を目指して試作と改良を重ねており、すでに1.5mmサイズのチップから成るプロトタイプも試作段階に入っています。
この4mmのチップには、32ビットのプロセッサ、無線通信回路、そして無線電力転送の仕組みまでがすべて内蔵されています。つまり、電線なしでデータをやりとりし、外部からの電力供給だけで動作できる、極めてコンパクトかつ自律的な構造です。
現在の最大のチャレンジは、これらの小型チップを複数組み合わせて、1つのシステムとして安定的に機能させることです。そのため、チップ同士をどうネットワーク化し、どのように協調動作させるか、さらにはセンサー機能をどのように統合するか、といった点を重点的に研究しています。
具体的な応用例としては、ロボットの皮膚のような柔軟な表面に貼り付けるセンサーが挙げられます。たとえば、圧力や温度といった情報を取得できる「形を自由に変えられるセンサー」を構成し、関節部分などこれまで設置が難しかった場所にも自然にフィットする構造を目指しています。有線配線の制約がないため、可動部を含めて自由な形状への対応が可能で、従来の触覚センサーとは一線を画す使い方ができるようになります。このように、チップの小型化とシステム化の両立は、将来のロボティクスやセンシング技術の飛躍につながると考えています。
Q:この研究の独自性はどのような点にあるのでしょうか?
従来、半導体集積回路のようなハードウェア技術の開発と、ロボティクスやHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)といった応用領域は、それぞれ隔たれた分野として進められてきた印象があります。私は、そのような領域の垣根を越えて、両者を組み合わせることで、新しいコンピュータのかたちを追究しています。こうした越境的な融合が、この取り組みの最大の特長です。
具体的には、極小チップを無線でつなぐという物理層の技術から、安定したネットワークを構成するための通信設計、そしてシステムとして統合するアーキテクチャ設計まで──幅広い技術を横断しながら、「形を変えるコンピュータ」という長年の夢を実現可能な形にエンジニアリングしているのが特徴です。
こうした着想自体は、過去にもIntelやカーネギーメロン大学のグループなど、数多くの研究者が挑戦してきた分野ですが、私の研究では無線通信を活用していること、単なるチップやその間の通信にとどまらず、それを実際のロボットやHCIなど、動きのある応用領域にまで拡張している点に新しさがあります。
また、コンピュータやチップの小型化・省電力化が進んだこと、HCIやロボティクスの領域で新しい応用ニーズが生まれてきたことなど、技術的・社会的な背景がようやく整った今だからこそ、このアプローチが現実味を帯びてきたとも言えます。
さらに、私はもともと集積回路や無線通信のハードウェア開発に加え、ソフトウェアにも関心があり、エンジニアリング全体を一貫して手がけてきました。こうした“ハードとソフトの両面に通じたものづくり”への姿勢が、自由な形状を持つコンピュータの実現を可能にしているのだと考えています。
環境に合わせて形を変える知的デバイスの実現へ
Q: この研究を進める上で、どのような課題がありますか?
最大の課題は、「システム全体として安定的に動作する構成を実現すること」です。個々のチップや要素技術──たとえば無線通信、無線電力伝送、各種センサー──については、すでに一定水準の性能を達成していますが、それらを複数組み合わせて一体的に機能するコンピュータシステムとして構築するには、極めて高度なエンジニアリングが要求されます。
特に難しいのは、ミリサイズの極小チップにセンサーや通信・電源回路を一体化し、かつそれを量産や応用に耐える形に統合していく技術です。シミュレーションだけでは見えない物理特性や通信のばらつきなども多く、現実環境での繰り返しの実験と改良が不可欠です。
また、こうした技術が将来的に実現しうる応用範囲──たとえばロボットの皮膚のような柔軟なセンサー群、あるいは身体性を持ったAI──を想像すると、単なる技術的な課題だけでなく、「どこまで実装してよいのか」といった倫理的な問いにも直面することになるかもしれません。SFのような話に思えるかもしれませんが、現在取り組んでいる研究は、そうした未来を現実に近づける基盤となり得るため、社会的な責任も意識しながら進める必要があります。
私の立場としては、これらの基盤技術を工学的に具現化することを、まずは自らの主たる責務と捉えています。今後、それらの技術を応用領域へと展開していくには、分野を越えた研究者や技術者との連携が不可欠であると認識しています。
Q:この研究を志す学生に伝えたいことはありますか?
現在、半導体産業は国内外で再び大きな注目を集めており、製造技術やインフラの整備においても、かつてないほどの進展が見られます。TSMCの日本進出やRapidusの設立に象徴されるように、ハードウェアに関心を持つ学生にとっては、まさに絶好の機会が到来していると言えるでしょう。
ただし、より重要なのは、「その半導体を用いて何を実現したいのか」という視点です。製造技術の進展そのものに満足するのではなく、自らのアイデアによって、いかに新たな応用や価値を創出できるか──そこにこそ、これからの時代に求められる工学の本質があると考えています。
他方、最近の傾向として“タイパ(タイムパフォーマンス)”を重視する姿勢があると思います。効率的に情報を得る、そこから合理的に行動する、という点では非常に優れた資質ですが、研究の世界では「視野を広げるために、あえて遠回りをする」ことが、思わぬ発見につながることも少なくありません。つまり、視野の中で見つけた局所的な最適解へ最短で向かうことだけでなく、まだ見えていない、より大域的な最適解の在処を探っていくこともまた重要です。
私自身、集積回路を専門としながら、ネットワークやコンピュータアーキテクチャ、ソフトウェア、さらにはHCIやロボティクスといった周辺領域まで幅広く見てきたことで、今の研究テーマにたどり着きました。必要に迫られて学んだこともあれば、純粋な好奇心から関わった分野もありますが、振り返ると、それらが自然と有機的につながっていたと感じます。
ですから学生の皆さんには、「効率」だけでなく「視野の広さ」と「柔軟な探究心」を大切にしてほしいと思います。半導体が再び注目を集める今こそ、既存の枠組みにとらわれず、自分自身の問いを持ちながら新たな価値を創造するチャンスです。未来をつくるのは、皆さんの想像力と手であり、それを支えるのが、今の学びの積み重ねだと思います。
Q:最後に今後の展望を教えてください。
現在取り組んでいるのは、極小チップ群による無線接続型コンピュータシステムを、実用的なアプリケーションへと展開できるレベルにまで高度化することです。具体的には、センシング機能を備えた試作機のプロトタイプを確立し、ひとつのまとまったシステムとして動作する形で社会に提示することを目指しています。この成果の実現は約3年以内を視野に入れており、実際に稼働するかたちで成果を示すことで、この技術の可能性をより多くの人に実感してもらえると考えています。
中長期的には、こうした形状自在なコンピュータが、ロボティクスやヘルスケア、さらには人と物理的にインタラクションする身体性を持ったAIの領域において、新たなプラットフォームとなることを見据えています。たとえば、柔軟な人工皮膚や、環境に応じて形を変える知的デバイスなど、これまでにない応用の可能性が広がっています。
一方で、今後この分野がさらに発展していくためには、設計や製造のプロセスにAIをどう取り入れていくかという新たな課題にも向き合う必要があります。文章生成などと異なり、集積回路の設計には、物理法則や電磁気学、個々の製造プロセス固有の知識に基づく複雑な制約が絡むため、現時点ではソフトウェアほどにはAIの活用が十分に進んでいないのが実情です。
しかし、ここにも大きな革新の余地があり、AIとの協働によって、これまで困難だった設計の自動化や最適化が可能になると考えています。
そして最後に、技術が進歩すればするほど問われるのが、その社会的意義や倫理です。コンピュータ技術は人間の生活と深く関わるからこそ、「何を、なぜ、どのように実装するのか」という問いを持ち続けることが欠かせません。今後も、そうした視点を大切にしながら、責任あるかたちで技術を社会に還元していきたいと考えています。(了)

門本 淳一郎
(かどもと・じゅんいちろう)
東京大学 大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 講師
2015年 慶應義塾大学 理工学部 電子工学科卒業。2017年慶應義塾大学 大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻 修士課程 修了。2021年東京大学 大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 博士課程修了。2017年 独立行政法人情報処理推進機構 未踏IT人材発掘・育成事業 未踏クリエータ、2019年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員、2020年 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ACT-X 個人研究者。2021年 東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 助教を経て、2024年より現職。