自動車のEV化や、スマートフォンなどの高性能化に伴い、希少金属の利用が増えており、資源の有効利用の観点から、使用済みとなった廃棄物からの有価金属の再利用が求められている。こうしたなか、電気自動車などのモーターに欠かせないネオジム磁石に用いられる希土類元素「ネオジム」の効率的な回収方法を研究しているのが名古屋工業大学大学院 工学専攻 物理工学系プログラム 材料機能分野の奥村圭二准教授である。ビスマスという溶解金属を用いることで、従来課題となっていた、廃液処理に対する環境コストを削減した。今回は奥村准教授に、溶媒金属を使った「高温溶媒抽出」といわれる新たな乾式処理による回収方法と、社会実装する上での課題などについて話を伺った。
ビスマスを使ったネオジムの新たな回収方法
Q:研究概要について教えてください。
日本は、金属などの資源の大部分を海外からの輸入に頼っているため、安定した資源供給の確保や地球温暖化対策の観点から、使用済みとなった廃棄物に含まれる有価金属の再利用のニーズが高まっています。
その代表的な一つが自動車の高出力のモーターなどに使われているネオジム磁石と呼ばれる強力な永久磁石に含まれているネオジム(Nd)というレアアース(希土類元素)です。
このネオジムは、ネオジム磁石の中での含有量は鉄に次いで多いため、安定的に調達できる方法として回収(リサイクル)が注目されています。ただし、回収といっても簡単にできるわけではありません。再利用するためには、まずは元の原料に戻さなければなりません。ネオジム磁石の中には、ディスプロシウム(Dy)が少量で含まれていますが、主成分でいうと鉄(Fe)、ネオジム(Nd)、ボロン(B)の3種類です。このなかでも、構成要素として多い鉄とネオジムの分別処理を、我々は研究しています。
日本では、これまでも鉄とネオジムの分別処理は行われてきました。それは「湿式処理」と言われ、ネオジム磁石に多量の塩酸や硝酸などの強酸を用いて、全量を溶解した後、化学反応を利用して鉄分を分離して、溶液からネオジムを回収する方法です。
しかし、この「湿式処理」で問題となるのが、廃液の処理です。この方法では、ネオジムと鉄を分別するために磁石(マグネット)を全て溶解してしまうので、酸が大量に必要となり、それを中和して無害化するための廃棄処理にもコストが非常にかかってしまいます。
そこで、我々は廃液量とコストを抑える処理として、「溶媒抽出」と言われる方法を採用しました。「溶媒抽出」とは、水と油のように互いに混じり合わない液体間の性質を利用して分離・濃縮する方法です。通常、化学分析の場合は、水溶液と有機溶媒で行い、水溶液中に溶存するイオンの元素をキレート錯体として有機層に抽出して分離させます。
しかし、我々が取り組んでいる「溶媒抽出」は高温下で行うため、水溶液や有機溶媒を使用できず、有機溶媒に代わるものとしてビスマス(Bi)という「溶媒金属」を用います。その金属を使って、磁石の中にある鉄を溶解せずに、ネオジムだけを溶解して取り出します。この方法を私たちは「高温溶媒抽出」と呼んでいます。
Q:この研究の独自性はどんなところにありますか?
現在国内外で主流なのは「湿式処理」です。これは手軽ではありますが、非常に非効率な方法です。というのも、ネオジム磁石内の原子数の比率は、鉄とネオジムで7:1ですので、ネオジムは全体の8分の1しかありません。それなのに、鉄を全て溶かすために多量の酸を使います。
我々が研究している「高温溶媒抽出」でも、最終的にはネオジムを回収する際に酸を使いますが、酸にはビスマスは溶解しませんので、溶解するのはネオジムだけです。つまり、必要最小限の酸だけでネオジムを取り出すことができます。
Q:これまでにも、同じような方法の研究は行われてきたのでしょうか?
我々はビスマスを使って「高温溶媒抽出」を行っていますが、以前には別の金属を使って、他の研究者が実施した実績があります。それはマグネシウム(Mg)、銀(Ag)、銅(Cu)の3種類です。しかし、それぞれの金属には活用する上で問題がありました。
1つ目のマグネシウムは、危険性です。溶けたマグネシウムは、酸素あるいは水蒸気に少しでも触れると、爆発(発火)を起こしてしまいます。2つ目の銀は貴金属ですので、こちらはコスト面です。3つ目の銅も銀と同じようにコスト面も問題でしたが、もう1つ融点の高さも課題となっていました。約1085℃まで温度を上げないと銅は溶けません。
これら「危険性」「コスト(高額)」「融点の高さ」の3つの問題をすべて解消できた金属がビスマスでした。さらにビスマスは重金属の中でも人に害を与えないというのも、扱う上では大きなメリットになりました。
Q:この研究に至った背景について教えてください。
もともと私は、「金属精錬」に関する研究を行っていました。「金属精錬」とは、溶けた金属の中から不純物を取り除いて、不要物をどんどん除去していく処理を行います。今取り組んでいる有価金属の回収は、目的の元素を取り出す工程になるので、「金属精錬」とは反対の発想です。このようにこれまで培ってきた「金属精錬」の技術を応用できたのが、今の研究を推進できた大きな要因だと思います。
目指すは500℃の低融点化の実現
Q:この研究の課題はありますか?
大きく分けて2つあります。1つ目は「処理温度の高さ」です。「高温溶媒抽出」を始めた時は1200℃と非常に高温でした。純鉄の融点は1538℃前後。この温度を下げるために、まず炭素(C)を一緒に混ぜ、鉄の低融点化を行いました。しかし、それでも処理温度としてはまだまだ高いため、次に目を付けたのが、合金元素のアルミニウム(Al)です。アルミニウムと鉄を合金化することで、現在は800℃で処理が行えるようになってきました。
次のステップとしては500℃。800℃だとまだ加えるエネルギーが必要なため、エネルギーやコストが少なくて済む工場の排熱などを利用しようとすれば、500℃ぐらいを目指さなければなりません。だが、このままアルミニウムを使っていては、さらなる低温化は難しいので、今後はアルミニウムに代わる合金元素を探し出す必要があると考えています。
もう1つ問題なのは、800℃で大量に処理を行う場合のビスマスの使用量です。「高温溶媒抽出」では、ビスマスからネオジムを抽出して、酸でネオジムだけを解かして回収するといいましたが、ビスマスも少しずつですが溶けてしまいます。ですので、繰り返し処理を行う際のビスマスが減少していくリスクを考える必要があります。
Q:この研究分野には、どんな学生が向いていますか?
さまざまな学生がいますが、やはり研究していく上で必要になるのは「計画性」ですね。我々の研究分野は実験が主体になってくるので、実験をどういう手順でやっていくのか、しっかりとスケジュールを組んで行っている学生が研究成果を上げています。
研究を進めていくためには、結果に対して考察を加え、仮説を立てていきます。そして、その仮説を確かめるために、新たな実験を繰り返し行っていく。そういうふうに論理的に物事を考えて、実験を組み立てていくことが大切になってきます。
実験が進められない学生は、なぜ「うまくいかなかった」かを考察せずに、そこで考えをやめてしまう場合が多いと思います。うまく行かなくても、「なぜ、これは駄目だったのか」の仮説を立てて、実験にチャレンジすること。それによって、次の実験でそれが証明できれば、別の方向にシフトしていくことも可能になってきます。焦らずに目の前の事実に向き合い、次にすべきことをしっかりと計画することです。
Q:企業に期待することは何ですか?
大学で行っている研究は、非常に小規模です。我々が使っている「坩堝(るつぼ)」という金属を溶かす容器にしても、数十グラムぐらいの規模だったりします。実際、企業を通じて応用研究を行っていくと、大きくスケールアップできるので、社会実装を考慮すると、いろんな企業との共同研究を行っていきたいと思います。実際、規模が大きくなることで、新たに見つかる課題もあると思いますので、一緒にそうした課題を解決していくことができたらと考えています。
現在、共同研究として稼働しているのは、廃棄物リサイクルの関連企業が多いですね。我々の研究では、もう1つのテーマとして「超音波プロセッシング」という超音波の振動を活用して、材料を作ったり、加工したりする研究も行っています。こうした技術を組み合わせれば、化学反応がさらに良くなり、効率的に回収処理を行うこともできるようになります。このように、いろんな技術を導入しているので、これまで我々の研究室が取り組んだこともない異業種企業とも積極的に共同研究を行っていきたいですね。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
現在はネオジム磁石からネオジムの効率的な回収方法を研究していますが、この方法が実現できれば、次の段階としては、ネオジム磁石に含まれているディスプロシウム(Dy)の抽出に横展開をしていきたいと考えています。
ネオジムとディスプロシウムは、性質が酷似しているので、今の段階では同じ方法でできるのではないかと思っています。ディスプロシウムは、高温となるモーター(自動車など)によく用いられており、高温化していくと磁力が弱まってしまうため、その磁力を保持するためにネオジム磁石に入っています。社会実装に向けては、今取り組んでいるネオジム磁石の乾式処理(高温溶媒抽出)の課題を解決していくことが、当面の目標になるでしょう。(了)
奥村 圭二
(おくむら・けいじ)
名古屋工業大学大学院 工学専攻 物理工学系プログラム 材料機能分野 准教授
1986年 名古屋大学 工学部 鉄鋼工学科卒業、1988年同大学大学院 工学研究科金属工学及び鉄鋼工学専攻 博士課程前期課程修了。同年4月 同大学 工学部金属学科助手を経て、1995年11月 文部省在外研究員(カナダMcGill大学)。1995年12月 博士(工学)(名古屋大学)。1997年4月 名古屋大学大学院 工学研究科 材料プロセス工学専攻 助手。2003年4月 名古屋工業大学大学院 工学研究科 物質工学専攻 助教授を経て、2007年4月 同准教授。2015年4月 名古屋工業大学大学院 工学研究科 物理工学専攻 准教授。2020年4月より現職。