これまで人間の骨と免疫は別々の組織として研究が進められていたが、近年、関節リウマチをはじめとして、様々な病気で免疫の異常と骨の異常が関わりあっていることや、骨と免疫に共通して作用する分子が病気を媒介していることなどが明らかになりつつある。そこで提唱された「骨免疫学」の第一線で研究に取り組むのが、東京大学大学院医
学系研究科免疫学の高柳 広教授だ。今回は骨免疫学の可能性から、「骨を中心とした制御システム」を見つけるための研究の概要についてお話を伺った。
常に代謝を繰り返す「骨」の特性を研究
Q: まずは、「オステオネットワーク」や研究概要についてお聞かせください。
骨は非常に硬い組織です。大昔の人の骨が見つかったりするように、焼いたりしないと原型をとどめてそのまま残っているものですね。骨は代謝されない「石」のようなものだとイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際には古い骨は常に吸収され、新しい骨に入れ替わっていきます。骨の中にある空洞、つまり骨髄には、様々な細胞が維持されたり出入りしたりしています。そのため、骨というのは不活性な組織ではなく、むしろ非常に活性が高く、常に代謝を繰り返していないといけない組織ということになります。成人でも、基本的には1 年間で1割程度の骨は吸収されて入れ替わっていると言われています。体の外では不活性だけれど、体の中では非常に活発に代謝されている組織ということになります。
私は元々、整形外科の医師として、関節リウマチという免疫の異常で関節が腫れて骨が溶けていく病気を専門に治療に従事していました。しかし、整形外科でできることは関節の破壊された部分を人工関節に置き換える手術にとどまり、壊れている過程に直接介入することはできませんでした。
そこで、「もっと早い段階から、骨が壊れないようにできないだろうか」と、免疫の病気が骨に異常をきたすのを食い止めるための研究に取り組むようになりました。そのうちに骨だけを研究しているだけでは不十分となり、骨をおかしくしている原因そのものを究明する必要が出てきました。たとえば関節リウマチの場合は、免疫が骨とどのように関わり合い、異常を起こし、疾患になっていくのかについて調べる必要があります。
このように整形外科での研究、骨と免疫の相互作用に関する研究を経て、今は免疫の研究に専念しているところです。現在では関節リウマチについてだけではなく、様々な病気で免疫の異常と骨の異常が関わりあっていることや、骨と免疫に共通して作用する分子があり、それが病気を媒介していることも明らかになりつつあります。
例えば骨折を起こすと、通常は骨を治すことだけに目がいきますが、実は免疫の細胞がやってきて骨折の治りを早める物質を出していたなど、骨折中にも免疫の細胞が重要だったということが分かってきています。同じ分子が骨と免疫双方に使われているため、複雑な相互作用があります。今はノックアウトマウス(任意の遺伝子が破壊されたマウス)を使って研究することが多いのですが、免疫系の遺伝子をノックアウトして免疫の解析をするつもりが、骨の異常を新たに発見したというケースがたくさんあります。
このように、免疫で見つかった分子であっても、同時に骨でも大事な役割を担っているという事例が次々に見つかっているのです。多くの場合、骨の研究者は骨のみ、免疫の研究者は免疫のみに専念しているというのが現状です。しかしながら、ここまで密接に関わっている以上、一方に何か動きがあったときには、必ずもう一方からの影響を受けて相互作用の結果が起きています。ですから、これからは骨免疫を考えていかないと、骨のことも免疫のこともわからないという時代になってきていると我々は考え、「骨免疫学」に取り組んでいるというわけです。
元々のきっかけは関節リウマチがきっかけでしたが、骨粗鬆症やガンの骨転移、また進行性骨化性線維異形成症(FOP)も骨免疫学における重要な疾患です。FOP は、外傷や炎症が起きるきっかけがあると筋肉が骨化してしまうような病気ですが、そこにも免疫と骨形成が深く関わり合っています。このような病気も、現在我々が取り組んでいることですね。
Q: 骨と免疫を繋げて考えることによって、病気に関する新たなことも見えてきたということですね。この研究は世界中で進んでいるのでしょうか。
世界では12 年前ほど前に、国際骨免疫会議というのができました。骨免疫という言葉自体は2000 年に初めて雑誌「Nature」で我々が発表した論文に対するコメント論文が出された時に初めて使われた言葉ですが、その後2005 年に骨免疫会議という国際会議ができ、それ以降2年に1回程度のペースで開催されています。
日本では2 年ほど前に日本骨免疫学会ができまして、リウマチや骨代謝、骨髄の研究者が集まってきました。そこに整形外科リウマチや内科や、基礎研究者など非常に学際的な研究者が集まってきたことで、世界でも日本でもまだまだ少数派ではありますがかなりネットワークができてきた状況です。
次に、オステオネットワークの話をしましょう。骨免疫は英語で「オステオイムノロジー」と言います。骨がオステオ、免疫はイムノロジーです。オステオネットワークという言葉ができた経緯を説明しましょう。ヒトを含む進化した生物は脊椎動物ですが、それは骨を持っていますよね。ただ体の運動をスムーズにするためだけに骨はあるのだろうか、と考えました。脊椎動物に進化したことで高等文明を司る動物ができたとすると、骨には脊椎動物を脊椎動物たらしめている、もっと重要な機能があるのではないか。骨髄の中に免疫を宿しているのもそのうちのひとつかもしれませんが、実はほかにももっと機能があるのではないか、ということです。体の中には神経系や内分泌などいろんな制御中枢がありますが、骨を中心とした制御システムがあるのではないか。その実態を明らかにしようとしているのがオステオネットワークという考え方です。
我々は骨免疫学を中心に取り組んでいますが、アメリカのジェラルドカーセンティーのグループは、骨が作るオステオカルシンというものが膵臓を制御したり脳や精巣に作用したりすることを明らかにしています。骨はある種の内分泌臓器であって、体の他の部分に効く因子を出しているのです。すると脊椎動物に進化したとき、どんな機能が発達したのかがわかります。そうなれば、骨の意味を考えることで、進化のロマンまで遡って、脊椎動物の本質を求めることができます。
Q: 研究の手法や体制について教えていただけますか。
骨が他に作用する因子を同定するために、まずは骨のターゲットになる細胞の遺伝子の網羅解析をします。目的とする生物学的なプロセスに関わる制御因子を一緒に見つけていきます。メッセンジャーRNA のレベルや、タンパク質発現で網羅解析をおこなうことで、骨の細胞からどんな因子が作られているかということを解析します。その中から、骨以外に作用するような因子を単離していく作業をしています。採れたものの中に、神経系でよく研究されるセマフォリンという因子があります。これは骨芽細胞が作っており、骨を増やす強い作用があるということが分かってきています。
オステオネットワークを媒介している因子をオステオカインと呼びますが、骨を作るサイトカインといったかたちで、これをできるだけ見つけていければいいと考えています。「骨が作る、骨にも骨以外にも作用する因子」をこうした方法で見つけていきます。最終的には網羅解析や機能解析で重要そうな因子を見つけたときに、組織特異的なノックアウトマウスを作ることで、どの細胞から作られた分子が何をしているかを明らかにしていく手法を取ることが多いです。
Q: 現在研究者は何名いらっしゃるのですか。
研究員は学生や技術員を含めて25 人ほどです。医学部の学生は常に2 〜 3 人常駐しており、あとはローテーションで年に2回程度数名ずつが来ています。大学院生は7 〜 8 人で、ほかに博士研究員もおります。ここは免疫学教室ですから、骨免疫だけをやっている人はごく一部。免疫のなかには免疫学で重要な組織、胸腺、腸管、脾臓などほかにもあります。
我々はそのなかでも「一次リンパ器官」と呼ばれる、免疫の元になる細胞を維持している骨髄と、胸腺を主に扱います。胸腺は、免疫系の元になる細胞を分化させる重要な組織です。先に話した研究以外に、骨免疫学の一つの重要な疾患として、歯の病気を研究しています。歯周病は細菌感染の炎症に伴って歯が骨に吸収される病気です。数からいえば一番多い感染症になります。歯が抜けると、口腔内細菌がそれ以上感染しなくなるということがわかっていますから、「歯が抜けることも生体防御応答の一環ではないか」という仮説から、歯周病モデルにも取り組んでいます。歯の病気は循環器疾患や糖尿病、関節リウマチにも関わると言われており、様々な病気の背景にあると言われています。
実験では、マウスに糸を巻いて歯周病を起こすという手間のかかるモデルをつくっています。慢性炎症に伴って、そこから炎症を底上げする因子が身体中に飛ぶことが一つの原因です。もう一つは歯の周りの細菌自体が血流に乗って体の別のところにいって、それを排除しようと余計な免疫反応が起き病気が悪化するということが起きています。
Q: これまでのご経歴を教えてください。
卒業後はすぐに整形外科に入局しまして、初期研修後、研究ではなく臨床の教室に入りました。東大病院で半年研修があり、その後東京都老人医療センター(現・東京都健康長寿医療センター)で麻酔医の研修をしました。それから東芝病院で1 年研修をし、都立台東病院、都立豊島病院を経て再び東京都老人医療センターで整形外科医をしました。この時期は1年半ごとに移っていきましたね。
30 歳手前で、隣に東京都老人研究所(現・東京都総合医学研究所)があったのがきっかけで、臨床しながら実験をすることができるようになりました。そこで、ヒトでとったサンプルを使いながら実験をしていました。その流れで大学院に行こうということになり、東大の整形外科の大学院に入りました。途中、骨の研究だけではリウマチの病態解明は難しいということで、免疫の研究をさせてもらうことになりました。
卒業後はそのまま続けて研究するために免疫研究に残ったのですが、「免疫の助手にならないか」と誘われて、免疫の世界に身を置くことになりました。2 年半後、東京医科歯科大学でCOE が始まりました。これは文科省が各大学単位で応募した特定プロジェクトに対して研究助成をするプロジェクトだったのですが、COE で骨破壊と再生のCOEが始まりまして、私も破骨細胞やリウマチの骨破壊に取り組んでいたこともあり、骨の破壊研究に取り組んでほしいということで、医科歯科大の特任教授として呼んでいただきました。
こうして、医科歯科大でCOE の特任教授として2 年研究をしました。歯学部の教授に移ったのち、6 年ほど生化学系の教室におりました。JST のプロジェクトで、骨免疫学やオステオネットワークに取り組んでいました。その後、東大の免疫学の教室にうつりました。それまで骨と免疫の半々でしたが、教室が免疫学ということで免疫のほうに大半の力をかけるような感じになっています。医師として、研究者としての合計のキャリアでいうと27 年ほどになります。
Q: 現在解決すべき研究課題について教えてください。
マウスで学術的に重要なことが分かっても、それをヒトの治療に活かすためには具体的な薬になるような物質が必要です。いまは抗体療法というのが盛んになって、抑制したいタンパク質があればそれに対する抗体を作って直接投与するというのが一番直接的な方法になってきています。我々がずっと長く研究してきた破骨細胞、骨を吸収する細胞を増やす因子であるRANKL の抗体が、骨粗鬆症、ガンの骨転移、関節リウマチにも使われるようになってきています。
ここ20 年間の研究、我々がやってきたことがこうして実際の形になって立証されたという意味では、非常にいいことだと感じています。表面分子ではそういう抗体療法ができましたが、我々の研究では転写因子や細胞の中などで重要な因子の研究も進めています。そうすると破骨細胞の運命を決める転写因子(NFATC1)を同定できたとしても、次にそれを治療に結びつける方法がないことが課題です。原因がわかったとしても、対処法がない状態です。NFAT は骨でも免疫でも重要な転写因子で、身体中のNFAT を抑制すると免疫を抑制することにもなってしまうのですね。
そのため、骨だけのNFAT を抑制する方法がなく、骨と免疫に重要な場合は特に扱いが難しいですね。抗体を使えば表面分子やソルブルな可溶性の分子ならそれで対応できる場合もありますが、細胞内の因子だと抑制が難しいです。一部は製薬会社が抑制剤・阻害剤の開発をしている場合もありますが、我々自身が阻害剤のスクリーニングをするノウハウがない現状を考えると、製薬会社との共同研究という形しかありません。
しかし、実際の共同研究では製薬会社が我々のアカデミアが求めることをやってくれるわけではないので、わかったことをなかなか治療に結びつけるまでの道のりが非常に困難であるということです。これが技術的かつ産業的な課題ではないでしょうか。
Q: この分野を志す学生へのメッセージをお願いします。
それまでやってきた臨床にあまりとらわれず、道を変えて基礎に行くのも選択肢として常に持っておいてほしいです。私自身も元々は臨床医で、研究よりも実際の治療に携わりたいと思い、医師の臨床の道に進んだわけですが、次第に治療に不満を感じるようになりました。そのときに得られる治療が不十分な場合は、自分でその原因に取り組み、どうしてこうなっているのか知りたいという気持ちが強くなり、基礎研究に戻っていったという背景があります。
卒業してすぐに分からないものを明らかにすることに自分の興味が向かっていればそれでいいですし、また臨床に一度行ってからでも、自分がその中で得られた疑問を追求したいと思ったら、研究に戻ればよいのです。
Q: 企業に求めることは何かありますか。
日本でも大きな製薬会社は外資系が増えてきました。日本で具体的な開発をしている企業の数は減ってきており、開発の中心が日本から海外に移っていると感じています。また日本では、営業はするけれども開発はあまりしないケースもあります。こうなるとなかなか、日本発の新しい薬が難しくなってきてしまっている面も否めません。
大学側でも企業と繋いでくれる部門がありまして、企業からの協力が得られやすいような提案を売り込んでくれたり、向こうと相談をする機会を大学の方で設けてくれたりしています。また現在では企業と大学の共同研究をもとに公的な資金を研究費として出してくれる枠組みも増えてきています。このように体制は整いつつありますから、企業には自社の研究所の中だけではなく、アカデミア側の研究に期待し、協調していく流れができればよいなと感じます。
Q: 数年以内に実現したいことはありますか?
20 年以上骨免疫の研究をやってきたということになるので、それを実用化というか、何か役に立つ形に変えていくべき時期だと感じています。課題は多いですが、企業ともいくつか協調しながらやっていきたいと考えています。そのうちどれかが、薬の治験やそれに活かせるようなものになるよう、期待しています。(了)
高柳 広
たかやなぎ・ひろし
東京大学大学院医学系研究科 免疫学 教授。
1990 年東京大学医学部卒業。東大整形外科等で7 年間の臨床医の後、東大整形外科大学院進学。 関節リウマチ骨破壊と破骨細胞の研究を行ない、2001 年に修了(医学博士)。同年、東大医学部免疫学(谷口維紹教授)助手に就任し、インターフェロンによる破骨細胞制御の研究等を行なう。
2001 年より、科学技術振興機構さきがけ研究21 研究者となる。2003 年より、東京医科歯科大学分子細胞機能学の特任教授に就任し、新しい研究室の立ち上げを行なう。破骨細胞における転写因子NFATc1 や免疫受容体による制御の研究など、免疫系による骨代謝制御に焦点をあてた「骨免疫学」と呼ばれる新規学際領域を開拓。
2005 年より、東京医科歯科大学分子情報伝達学教授に就任。
2010年より、JST ERATO高柳オステオネットワークプロジェクト研究総括に就任。
2012 年より、東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学講座 免疫学教室 教授に就任。