産学協同で日本の人工知能研究を振興するための国家プロジェクトが産声を挙げた。2016年4月にはその一端として理化学研究所が「革新知能統合研究センター」、通称AIPセンターを設置。指揮をとるのは東京大学教授でありAIPセンター長を務める杉山教授だ。基礎研究の進展とともに多彩な応用研究へと裾野を広げつつあるAI研究においては、産官学の垣根だけではなく、ときには国境すら越える柔軟な展開が期待される。AI技術と共に生きる社会の実現に向けて、日本はどのように舵をきっていくべきか。杉山教授にお話を伺った。

国を挙げての人工知能研究・開発が始動、国際的な研究機関を目指した枠組み作りへ
Q:現在の活動内容について教えてください。
現在はクロスアポイントメントという制度を利用して、AIPセンター長と東京大学の教員の二つを兼務しています。まず、大学の教員としては、学生と共に研究も行なっています。またAIPセンター長としては、日本橋に拠点を構えたのが2017年1月なのでまだ日が浅いですが、双方にバランスを取って行ったり来たりする日々です。
Q:センター長として様々な分野を統合される構想があるとのことですが、どのような研究になるでしょうか?
現在、人工知能の分野は幅広く、国としても非常に力を入れています。そのため、文科省は今年度から「AIPプロジェクト」と称し、大きく分けて二つの取り組みを行っています。その一つ目がAIPプロジェクトの研究拠点として理研AIPセンターを設置すること。そして二つ目は科学技術振興機構(国が大学の先生等研究者にファンディングをする機関 以下、JST)との連携です。
JSTでは様々な研究に対し支援を行なっており、私も大学の教員としてJSTからファンディングを受けることがあります。今年度の文科省AIPプロジェクトでは、そうした研究のうち、AI関連分野に注力しているのです。その一方で、我々は理研においてAI研究に従事する組織を運営していく取り組みをスタートしました。そうした動きに加えて、さらに文部科学省・経済産業省・総務省の3省が連携して、国としてAI研究を進めていくための組織が発足しています。
そもそも経産省と総務省も、それぞれに人工知能の研究に関わるセンターを抱えています。そのうち、経産省が管轄する産業技術総合研究所は、2015年にはお台場に人工知能研究センターを設置しました。一方、総務省の情報通信研究機構(以下、NICT)がもつ様々な研究センターのうち、関西にある自然言語処理の研究センターと、脳情報処理の研究センターは総務省のAI研究を担っていく位置付けとなりました。
そして2016年度の春、それらを統括するために設置されたのが人工知能技術戦略会議です。日本学術振興会の安西理事長が議長を務めていて、そこに経団連や学術会をはじめ、国立研究開発法人の理事長までそうそうたるメンバーが集まりました。我々もその下部組織のメンバーとして、日本全体の人工知能研究をどのように進めていくかについて活発に議論を行なっています。
そこでは我々のAIPセンターにおける研究内容を議論しつつ、それとは別の大きな視点からプロジェクト全体を議論しています。人工知能の分野では世界的に激しい競争が繰り広げられており、今後10〜20年先の経済成長の鍵を握る非常に重要な技術となるでしょう。だからこそ、国としてもしっかりとした方向性を共有するために議論を進めている状況です。
特に今回キーワードとなるのが、「三省連携」です。経産省の研究所では、比較的に産業寄りの分野における研究を行なっています。その一方、総務省のNICTは自然言語処理と脳情報処理に特化したセンターであり、引き続きその分野に力を入れていく方針です。そして我々文科省の理化学研究所では、より基礎的な部分における取り組みに主眼を置いています。具体的には、数学的な人工知能研究をベースに実社会への貢献ができるようなセンターの運営を目指しているのです。
そのAIPセンターは私が着任した去年7月から立ち上げの準備を続けており、大方の準備は整いつつあります。実際に人が異動するのは年度末になるため、本格的に動き出すのは4月からになるでしょう。すでに、様々な大学の非常に優秀な先生を30人ほど、非常勤のチームリーダーとして理研に登用しました。またWEBサイト上でもセンター立ち上げを告知し、研究者やチームリーダーを公募したところ、様々な方から応募が来ています。優秀な若手の方々も、「ぜひ優秀な先生と一緒に研究をしたい」と考えて理研のセンターに移りたいと希望しているのです。人事には多少時間が掛かるため、今すぐ発表はできませんが、順調に人は集まりつつあります。WEBサイトで公表されているのは2017年3月1日時点で着任しているメンバーであるため、まだ人数は少ないですが、これから4月までに着任される方も多くいらっしゃいます。今後より一層活発な研究環境となるでしょう。
優秀な人材を見つけ出して、これからAIPセンターでどのような取り組みを行なおうかと思案するのは楽しく感じています。このプロセスは通常とは逆であるかもしれません。大抵はまず活動の内容を決めて、そのゴールに対して必要な人を集めるケースが多いのではないでしょうか。しかし、残念ながら人工知能の分野は国際的にも人材が非常に不足しています。そして日本はそれに輪を掛けてほとんど研究者がいない、大変厳しい状況です。そのため私があれこれやりたいことを勝手に描いても、できる人がいない可能性が高いのです。
そこで、現実的な立場に即して、まずは主旨に近い分野において非常に有能な人を集めました。なぜなら、まず良い人を連れてこなければ研究成果も上がらないからです。その上で、彼らが持っている得意技を活かし実際にどういう研究プランが実現できるか議論しています。この先10年間共に研究していくことからも、本当に一緒に働きたいと思える優秀な人を選び集めていくことが重要です。そうした意味でも、楽しんでセンター長の仕事を行なっています。
Q:10年間というのは、期間として定められているのですか。
研究に取り組む期間として、10年間の時間が文科省より与えられています。もちろん我々としては10年で辞めるつもりはありません。この分野は非常に重要な研究なので、その後も多少はかたちを変えながらでも続けていきたいと考えています。ただしそれはまだだいぶ先の話です。まずは最初の10年間の研究を円滑に進められるような、具体的なプランと体制をしっかりと作っていこうと取り組んでいます。
10年の間、特に我々は基礎研究に取り組むことになりますが、基礎研究のプロジェクトとして10年間の計画を立てるのはかなり珍しいでしょう。この点に関しては、文科省が将来を見通して非常に特異な決定をして下さったと思います。国際的に見ても、3〜5年ぐらいのプロジェクトが多いです。しかしその場合1年目は準備に費やすため、残りの2、3年で成果が出るテーマを探すことになり、短期的な研究しかできません。つまり5年以下では基礎理論の研究は難しいのです。そのため、その方面は大学等それぞれの取り組みに任せることになってしまいます。
日本もこれまでは同様の状況でした。そもそも国のプロジェクトには10年単位のものはほとんどなかったと思います。5年ぐらいの期間のものでも、やはり「出口指向」のプロジェクトが多くありました。つまり先述のような、JSTのファンディングを受ける研究などにおいては、基本的には「出口」を意識しないといけません。こうした事情があったために、これまで理論研究にはあまり日が当たらず、「そんなものは個人の趣味のように勝手にやってください」といった雰囲気がありました。
しかし私はそれこそが、現在日本が人工知能の分野で活躍できない理由の一つだと考えています。もちろん優秀な研究者が何人かいて、彼らは大変頑張っています。けれどもそれは個々で取り組んでいるレベルで、なかなか国際的にはアピールできてはいません。そのため学会に行っても、日本人はほとんど存在感がなく、論文もあまり通っていないのが実情です。世界の研究者が何千人と参加する国際会議で、日本からの出席者は本当に少なく、いるのかいないのかわからないような状態です。こうした状況を打開するためには、優秀な個人の研究者を集めチームを組んで研究を行ない、お互いに切磋琢磨しながら高めあっていけるような環境作りが必要なのだと思います。
Q:具体的には、どのような機関となっていくでしょうか?
AIPセンターの基礎研究のグループに関しては、トップの研究者を集め、同じ場所で切磋琢磨していくことが重要だと思っています。これは欧米ではごく当たり前にされていることですが、日本では今までできていなかったことです。当然、日本人だけの閉じた環境で取り組む必要もないため、今後は海外からも積極的に人を集める計画もあります。ビザの手続きなどに時間がかかるため、4月に大勢海外からの研究者を揃えるのは難しい状況ですが、着実に人数も増えているところです。
私はAIPセンターを、国際的な研究拠点にしたいと考えています。日本橋という便利な場所にセンターを構えたのも、研究者同士で情報交換をしやすくする狙いがあります。特に人工知能分野では、情報交換が命。短い時間でも顔を合わせて議論することが大変重要です。我々は普段から国際会議に出席する際などは、様々な国の人とコーヒーを片手に立ち話をしています。そうした機会に、どのようなパートナーとどのようなことに取り組むべきかといった、次のアクションに関する情報集めをしているのです。
日本橋は空港にも東京駅にも近く、国内からでも海外からでも東京に来る人にとっては非常に便利な場所ですよね。そのため少しでも多くの人が立ち寄ってくれる可能性があると考えています。そして施設には、大きなディスカッションのための部屋も作りました。ふらっと立ち寄ってもらい、最新情報を5分、10分話すだけでも充実した情報交換ができるでしょう。「何か一緒にやりましょう」と意気投合するきっかけを、ほんの少しの雑談で作ることができればと期待しています。また研究に関わりをもつ方々に講演をしてもらう機会も、今後はますます増えるのではないでしょうか。そうした意味でも、場所には非常に大きなこだわりがありました。無事、希望通りの場所にセンターを設置できたことで、非常に良いスタートをきれたと感じています。
AIPセンターの根幹を成す3つの柱
ここまで、基礎研究に特化してお話してきましたが、AIPセンターは大きく三つのグループに分けることになっています。
一つ目が、汎用基盤技術研究グループ。先述のような機械学習や最適化等、数学的な基礎研究にじっくり取り組むためのグループです。人工知能の技術そのものは、ある特定の応用分野に縛られることのない汎用的なものであり、全ての分野に貢献できるような幅広い技術を生み出していくのです。
二つ目は、目的指向基盤技術の研究グループ。基礎研究に加えて、様々な応用研究にも取り組んでいきたいのですが、AIの応用分野は基礎のサイエンスからビジネス応用まであらゆる分野が含まれるため、とても一つのセンターで全てをカバーすることはできません。そのためには多様なバックグラウンドを持った人が必要ですが、本当の出口の部分に関してはプロフェッショナルな出口のパートナーを見つけて、彼らとコラボレーションしていくスタイルをとります。
また、研究テーマ選びも非常に重要な点ですが、既にGoogle・Facebook・Amazonなどのトップ企業が何千億円という規模で投資しているため、マネーゲームになりつつあります。この状況では、彼らと同じ方向を向いて走ろうとしても手遅れだと言わざるを得ません。そこで、我々としては「独自の応用分野を展開し、特化していくこと」、つまり我々独自のスタイルを持ち、しっかり充実した成果が出るような研究をしていくことを考えて、大きく二つの方針を掲げています。
一つは、日本で元々強みのあるサイエンスの分野をAIでさらに加速させることです。例えばiPS細胞は日本が世界に誇る技術ですし、ものづくりにおいても日本は世界的に高い評価を受けています。そうした分野に人工知能の技術を導入し、元々持っていた強みをさらに高めていくことが重要です。つまり、そうした応用分野を開拓していく方針なのです。
もう一つは、国内でどうしても解決せざるをえない社会的な課題に取り組んでいくこと。特に超高齢社会を迎えた日本のヘルスケアが挙げられます。 また地震・津波・台風など自然災害の予測はこれまでも研究されてきましたが、我々はさらに、実際に自然災害が起きてしまったあと、どのように「減災」するかが重要だと考えています。つまり、被害をどのように抑えるか、社会システムをいかに早く復旧させるかといった部分にAIの技術を用いることができないかと模索しているのです。そして、インフラの再整備についても考える時期に来ています。1960〜1970年代の経済成長期にたくさんのトンネルや橋が作られましたが、それらが築50年をむかえ、一部は危険な状態になりつつあると言われています。トンネルの剥落もまだ記憶に新しいですよね。しかし、例えば橋だけでも検査しなければならないものは70万橋もあり、その膨大な数にとても人手では追いつけない状況です。国のインフラを安全に保つためにも、何らかのAI技術を活用して、少しでも省力化できるように貢献したいと考えています。こうした応用はビジネスとしては難しいかもしれませんが、国のプロジェクトの一環として、日本で解決すべき社会的課題に取り組んでいきたいですね。
もちろんこうした研究そのものは世界中で行なわれています。けれども例えばiPS細胞や物づくりに関しては、日本が圧倒的なノウハウを持っているはずなのです。そして自然災害やヘルスケアに関しては、日本国内のデータを解析してシステムを作っていかなければ日本人にとって有用なものは作れません。だから国内にある公共のデータを、公の研究機関である理化学研究所が集めてうまく解析していけば、そういった分野にもきちんと貢献できるのではと考えています。
この目的指向基盤技術は、基礎的な技術ではありますが、あくまでも向かっている方向はそれぞれの応用分野なのです。このグループにいる研究者も基礎研究に長けた方々ばかりですが、ここでは実社会への応用に軸足を置き、ある意味で「橋渡し」をすることとなるでしょう。つまり外部にいるプロの応用分野パートナーと、センターの中の数学的な研究者を結びつけるのです。そうした役目が目的指向の基盤技術に期待されています。
汎用基盤技術研究グループ、目的指向基盤技術の研究グループに続く三つ目は、社会における人工知能研究グループです。人工知能の技術は様々な場面で使われつつあります。今後は我々の身の回りの生活に一層組み込まれていくことになりますが、その際に多種多様な影響が出てくると考えられています。よくメディアの話題に上るのは、「AIの登場によって仕事がなくなる」、「シンギュラリティが起こって人間が滅ぼされてしまう」といったSFに近い話が多いですよね。しかし、そのようなシンギュラリティ云々の話をする以前に、人工知能の技術が少しでも使われはじめれば、社会生活への影響は計り知れません。
AIに限らず、これまでのどんな科学技術でもそうでした。例えばワープロが出てきたら漢字を手で書けなくなってしまったといった問題もあります。つまりこれまでも、何か新しい技術が登場したらその技術によってなくなってしまう仕事も当然あったわけです。しかし、歴史的にはそれを補ってなお余りあるほどのメリットを我々はこれまで共有してきました。
AIの悲観論、脅威論が出ているのは事実だと思います。ただセンセーショナルな報道によって、やや注目されすぎている感はあるかもしれません。そこは我々科学者の立場から客観的に意見を述べ、AIをあらゆる場面に導入することによって、我々の社会が得られるものと失うものは何なのかを議論していく必要があります。その問いに正解はないと思いますが、どこまで社会として許容するべきかというラインを議論していく必要があるのではないでしょうか。
これまで述べてきた目的指向基盤技術グループと汎用基盤技術グループは技術を作る研究を推進していきますが、一方で逆に行き過ぎてはいけないとブレーキをかける動きもあるでしょう。社会における人工知能研究グループが世の中のニーズとリクエストを勘案しながら技術としてどこまで研究を進めるべきか、他にどういうことを考慮すべきかについてきちんと分析して情報発信していこうと考えています。
技術に親しんだ幼少期を経て、世界を意識した研究スタイルを確立
Q:大学で情報工学科に進んで以来、その分野一筋でこられましたが、どのような科学との出会いがあったのでしょうか。
情報工学科に進んだときは、全く迷いませんでした。そのために東工大に入ったのです。子どもの頃からずっとパソコンに触れてきた、根っからのコンピューター少年でした。小学校低学年のころにファミコンが出始めた時代ですので、幼い頃からプログラミングなどをしていたのです。そのため何も迷わずにコンピューターのエンジニアになりたいと思って情報工学科に入って楽しんでいました。
しかし、ある頃から急にプログラミングが面白くなくなってしまったのです。知識が身に付き、様々なプログラムができるようになったのですが、肝心の「何を作るか」という部分がなかったのですね。これは英語が喋れるのに喋る中身がないのと同じような感覚です。プログラミング技術は身についたものの、何をプログラムしていいか分からない状態に大学2、3年生で陥り、そこから数学的な方面に興味がシフトしました。それで4年生のときに、現在大活躍されている東工大の渡辺治先生の計算量理論を扱う研究室に所属することになったのです。そこで初めて本格的に理論研究の一端を垣間見たのですが、非常に奥が深いものだと感じました。正直、はじめは「とてもついていけないな」とも思いましたが、同時にその面白さも教わったのです。
大学院では、偶然も手伝い、当時ニューラルネットの研究をしていた小川英光先生の研究室に入ることになりました。研究を始めるとどんどん面白くなっていき、この研究を続けたいと思って何も迷わずドクターに進む決断をしたのです。そして気が付いたら現在まで同じような研究を続けています。
Q:海外にも活動の場を広げていらっしゃいますね。
20代後半ごろから、ドイツ・ベルリンの研究所に出入りしています。そこには1年4カ月程度滞在しました。そこの先生とは現在も深くつながっており、近く日本にきてもらうことにもなっています。
その研究室は当時、機械学習の分野でとても優れた成果をあげていたグループでした。ドクターの学生だった頃から憧れていたものです。当時はちょうど「サポートベクタマシーン」と呼ばれる機械学習のアルゴリズムが登場した頃で、そのまさに中心グループでした。ドクター2年生のときに学会発表でヨーロッパに行く機会があり、帰りにそこの研究所に寄って講演をさせてもらったのです。非常に素晴らしいところで、ぜひここに行きたいと思っていました。そうしたところ、ドクターを取る直前の秋ぐらいに1カ月間程度呼んでいただき、それからそこのグループとの本格的な付き合いが始まったのです。それ以来毎年のように赴き、夏のあいだに短期滞在したり、2003~2004年ぐらいには1年以上滞在したりと、その後今でも出入りしています。
その間に、スタイルが変わったような感覚がありました。最初は海外に出て外のことを学んでくるつもりだったのです。様々な人と話して技術を吸収し、自身の取り組みを彼らに理解してもらって、向こうの先生と一緒に論文を書くのが楽しいと感じていました。しかし、その活動を5年くらい続けて30歳を過ぎた頃、ヨーロッパに行って活動しながらも自分が「主」にはなれないような感覚に陥りました。向こうの先生に「お仕え」しているようで、それはそれでもちろん良かったのですが、そのスタイルでは長くは続かないと感じたのです。
海外に行くとよく「日本人のアイデンティティは何だろう」と考えるきっかけがあると思いますが、当時は私もそういう気持ちでした。それと同時に、これは我々の特質でもありますが、ドイツで中国人や韓国人と会って話すと、日本にいるときよりも彼らとの共通点を感じて自然と仲良くなりやすいことに気づきました。そしてアジア人同士で組めば世界と勝負できるのではという気持ちになりました。こうした経緯もあり、人工知能の分野がそこまで進んでいないアジアで活動していくのがいいと思うようになりました。そのころ私は東工大に所属していたのですが、自分の研究室に海外から人を呼んで来る方向に作戦を切り替えました。
こうして、30代半ばぐらいからは、海外からどんどん人を呼んで、自分の研究室に人を集めてくるスタイルになりました。また、日本人同士でも有志の勉強会などを開きながら、チームを作って研究するようになりました。結局そのときのメンバーの一部は、まさに今回のAIPセンターにも入ってもらっています。
産官学が支え合い、自立したエコシステムを内包するAI研究によって日本の未来を照らす
Q:今後は、まずはこの1年目でAIPセンターのかたちを作っていくことになりますよね。その過程で、企業や政府と密接に連携する機会が増えると思われますが、調整役としてもプレイヤーとしても中心的な存在となっていくのではないでしょうか。
ありがたいことに、現在数多くの企業から今コンタクトをいただいております。日本のAI分野はやや出遅れているところがあるので、ぜひ様々な企業に協力していただいてレベルを上げていきたい状況です。そのため、企業との共同研究はかなり力を入れていきたいと思っています。AI分野は非常に多様で、私が関わる情報工学だけでは考えられないような幅の広さがあります。あらゆる分野の方に来ていただき、多彩な議論ができれば面白い成果が出てくるのではないでしょうか。
関連する企業の業界としては、自動車会社などをはじめ製造業はもちろん、金融業界など幅広い分野の企業から興味を持っていただいています。様々な業種の方がAIを使って、「業務を効率化したい」とか、さらには「一つレベルをあげた製品サービスを開発したい」といった高いゴールをお持ちです。是非そういう方と組んで研究を進めていきたいですね。我々も先端的な技術を作っていますが、その技術をいち早く、可能であれば日本企業にまず使っていただければと願っています。そうなれば、国のプロジェクトの一員として、日本の経済発展に少しでも貢献していけるのではないかと思います。
何より、この分野においてはエコシステムが重要です。もちろん最初は政府からいただいた研究費用を活用していきます。しかし政府からお金を出し続けてもらうよりは、研究成果を産業界に還元していって、そこで利益が上がったものを企業からこちらに再投資してもらう流れを作っていきたいです。そのようなエコシステムができないとこの分野の研究は続いていかないだろうと懸念しています。
Q:政策的な援助だけに頼らない、企業とのつながりを重視した自立的な研究の発展を目指しているのですね。
AIはまさに、産学官の連携が必要な分野です。私自身も幸い大学の教員として「学」、理研のセンター長として「官」に携わり、幾つか民間企業におけるアドバイザーとして「産」の経験もあります。その三つの経験をうまく活かしてエコシステムを作ることにも貢献できればと考えています。
現在は幸いAIブームということもあり、たくさんの学生から志望してもらえる状況にあります。私の大学の研究室でも非常にたくさんの応募があって、ブームはブームでありがたいなという一方で、流行もので終わらせるべきではないとも思っています。ブームはいつか去ってしまうものです。1〜2年すると、ある程度定常状態になると思います。しかしそれ以後もこの分野が重要なことは変わりません。今後10年・20年先も重要になる分野ですから、我々としてはブームとは無関係にひたすら前を向いて進んでいくでしょう。そこでじっくり、特に基礎的な部分に取り組んでいくことが非常に重要です。それが残念ながら今まで日本でできてこなかったことでもあります。
この分野は非常に間口が広く、どんなことでも、それこそ物理や化学でもAIにつなげて研究することが可能な状況に近づいています。東大に次世代知能科学研究センターができましたが、文系を含むほぼ全分野の先生が絡んできます。人工知能は、どんな分野の学生でも参入できる非常に魅力的な分野なのです。私はたまたま情報工学の方面から入りましたが、もっと純粋な数学が専門の方が入ってくることもあります。様々なサイエンス、もっと応用よりのビジネスとかファイナンスとかの方面の方も当然、参与できます。是非様々なバックグラウンドを持った学生に集まっていただき、共に切磋琢磨して研究ができれば日本の将来も明るいのではないでしょうか。< 了 >

杉山 将
すぎやま・まさし
理化学研究所革新知能統合研究センター長、および東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を兼任。2001年東京工業大学大学院情報理工学研究科博士課程修了。その後東京工業大学大学院情報理工学研究科助教授などを経て現職。機械学習に関して基礎研究から応用研究に至るまで幅広い分野を牽引している。2016年には日本学士院学術奨励賞を受賞、その他受賞多数。