近年、細胞を構成する生体分子を用いて、細胞の性質の一部を持つ人工細胞などの分子システムを構成する研究が盛んに行われている。そんななか、生命システムの動作原理の理解を目指す理学的研究と、医療応用などを目指す工学的研究の両面から、ボトムアップに人工細胞や分子システムを創る研究に取り組んでいるのが東京科学大学 地球生命研究所 松浦 友亮教授である。今回は、松浦教授に具体的な研究内容やその研究に至った背景、今後の取り組みについて話を伺った。
生命の起源的な意味を解き明かす理学的研究と、人工細胞を用いて、生物をつくる工学的研究に挑戦
Q:研究概要を教えてください。
私たちは構成要素から細胞をつくり出す研究を行っています。分子生物学の進展により、細胞の構成部品が明らかになり、部品の要素をすべて理解できるようになってきました。そのため、部品である構成要素から細胞をつくることが少しずつ可能になってきたのです。
この研究に取り組むのには、大きく2つの意味があると考えています。1つは、目の前にいる生物がどうやればつくれるのか、そのメカニズムの解明ができることです。地球上に生命が誕生し、ここまで続いてきた厳然たる事実があります。どこかで何かが生まれて、今の形になったと考えられますが、その際、どういう環境でこのシステムができあがっていったのか。地球環境と同じシステムをつくり、生命の起源的な意味や成り立ちを解き明かしていきたいと考えています。
モノが生まれるにはエネルギーが必要です。生命が生まれた当時でいえば、乾湿サイクルに由来するエネルギーや、雷に由来するエネルギーがあり、そういったエネルギーの影響により生物が誕生したと考えられています。この研究室では、そういう地球上で起こり得た環境を再現して、分子システムがどのように生まれたのかを理解することで、生命がどういうふうに誕生したのか、それを解明するヒントになるのではないかと考えています。
もう1つは、人類の叡智をかき集めて、生物を再現できるのか、超難易度の高い生命システムづくりへの挑戦です。生物自体は非常にハイスペックです。少なくとも今の現存している生命を分子から組み上げることは、誰にもできませんが、それを実現性高いものにするためには、生物学だけでなく化学、物理学、計算科学などの知識を総動員して、どうやったらできるのかを明らかにしていきます。これは、人類が月や火星に移住するのと同等の人類にとっての大きなチャレンジです。
Q:これまでどんな研究を行ってきたのでしょうか。
学部生の頃に進化分子工学に取り組んでいました。それは、分子を実験室で進化させるという研究でした。生物が変化を続けて生き残って、その結果生存に有利な形質を持つ子どもがさらに生き残って増えていくというのがダーウィンの進化論です。
それと同じように、あるタンパク質でさまざまな変異体をつくり、その中で一番活性の高いものだけを選び、またそれの変異体をつくって、さらに活性の一番高いものを選んでいく。今から25年前の研究ですが、そうやって選ばれた分子が進化していく過程を目の当たりにしてきました。しかし、なぜ進化できるのか、そのプロセスが自分でも全く予想できないのです。そのような進化による変化を不思議に感じながら、研究していました。
分子を進化させても、生命ができるように思えませんでした。進化した分子を要素として集めたからといって、例えば、人間のようなさまざまな機能を持った生命システムができるわけではないからです。それなら、どのようにして生命システムが生まれてきたのか。そのメカニズムを解明したいと思い、自分たちで人工的な要素をつくり、そこから積み上げて生命システムをつくる研究を始めました。
Q:研究における独自性を教えてください。
1つは、生体分子に加え、有機化合物、高分子、マイクロ・ナノデバイス、計算科学やロボットなど、さまざまな学問やツールを活用していることです。そして、天然細胞の能力を超える、あるいは 天然の細胞が持たない能力を有する「超越分子システム」を組み立てています。その際、必要な知識やツールは自分たちでも学ぶようにしていますが、多くの場合は、専門分野の人たちと共同研究を行うようにしています。多くの共同研究が独自性を産んでいると考えています。
私たちは分子をつくったり、組み上げたりすることが得意ですが、その時に使う数理領域はあまり専門領域ではないので、それを専門にしている研究者と一緒に組んで行います。それ以外にも、 最近だと実験自動化の研究者との共同研究もしています。液体を混ぜる際に、10種類の液体があったとして、それぞれ濃度を変えて混ぜ合わせると何万通りも考えられます。これを手作業で吐出していては、いつまで経っても終わりません。ですので、私たちの研究では、テーマに合った分注ロボットを使っている共同研究者と共同で、プログラムを組んで、ロボットを動かします。それによって1000種類以上の混合物を調製することができ、どういう条件が分子システムを機能させるのに最適かを迅速に調べることができるようになります。
もう1つの独自性は、地球生命研究所のユニークな研究環境があります。この研究所には、惑星科学や電気化学の研究者が在籍していて、私たち生命科学を研究している者にはない発想やアイデアを得ることができます。たとえば、土星や木星は氷衛星といって、氷でできていて、水があることが分かっています。そういった環境では、必ず水が凍ったり溶けたりというサイクルが起こります。そこに分子を入れると、実はシステムが大きくなったり組み上がっていくことが分かってきました。
通常、生命科学者は、水を凍らしたり、氷を溶かしたりする研究は行いません。しかし、他の惑星の環境下を聞けば、地球も以前にはそういう環境下にあった可能性があるため、新たな研究条件として取り組んだりしています。このように生物系の研究室だけでは得られないユニークな視点でアプローチできるのも、私たち研究室の独自性だと考えています。
Q:最近の具体的な研究を教えてください。
細胞が外の刺激に対して、反応する。これが細胞が持っている1つの性質です。その性質を応用して、天然の細胞には存在しないようなセンシング機能を細胞に埋め込み、意図的に反応できる仕組みづくりに取り組んでいます。
例えば、外から化合物Aという刺激があると、特定の反応を起こすというのは天然細胞にはない性質です。それを人工的につくり上げて、AだけでなくBやCの反応があれば、それぞれ異なる動きができるような細胞を開発しています。
Aという物質が入ってきたときに、細胞内ではどういう応答をするのか。例えば、化学物質を漏れるようにしたり、ある種のタンパク質を生産したり、アポトーシスという細胞死を引き起こしたりといったことを全てプログラミングできるようにしています。さらに、その反応をAとBとCに対して異なるように、事前に設計することも可能です。ただし、そういうコントロールを人工的につくり込むことは極めて難易度が高いです。私たちは、それを細かく指示してコントロールできる機能をつくろうとしています。これらの研究を通じて、望み通りのタイミングで効果が出てきたり、何か物質が出てくるような仕組みをつくって、将来的には、新たな医薬品開発につなげていきたいと考えています。
あともう1つ注力しているのは、人工細胞を使った膜タンパク質の開発です。外部環境と細胞内を繋いでいる膜タンパク質は、外部の物質を取り込んだり、外にある物質を感知するときに使われます。どういう膜タンパク質なら、人工細胞で合成できるのか(あるいはできないのか)という機能分類から始め、それがしっかりと機能する環境を整備する研究も含めて、長きにわたって取り組んできています。私たち研究室が目指している要素から生物をつくるうえでは、持続的に栄養を取り込む機能、外部環境に応答する機能をもつ膜タンパク質は必要不可欠です。そのため、膜タンパク質の機能を制御できることは、非常に重要な技術になっています。
今後10年間で、さらに機能性を高め自立的に動くシステムにつなげる
Q:研究における技術的課題があれば教えてください。
自立的かつ長時間動くような生命システムをつくることができないのが、大きな技術的課題になっています。自己再生ができないため、与えたエネルギーを使い切ってしまったら、そこで終了してしまいます。悪くなったら捨てて、もう1回つくり直すということを行っていますが、それを自らで再生していくような仕組みができると、さまざまなことが変わっていきます。
この分野においては、例えば、外の化合物からの刺激に応答する仕組みができるまでに、10〜20年の時間を要してきました。その頃と比べると、随分いろいろな機能が実現できるようになりました。これからの10年間で多くの課題をクリアしなければなりませんが、さらに機能性を高め自律的に動くシステムができると信じています。
Q:松浦先生の研究室では、グローバルな環境に力を入れているとお聞きしました。
そうですね。私たちの研究室では、研究費の申請を海外のグループと一緒に行うなど共同研究にも積極的に取り組んでいます。また、勉強会などもオンラインで結んで共に学ぶ機会もあります。私の研究室の学生が海外の研究室に留学することもあれば、むこうから受け入れも行っていて、エクスチェンジは頻繁に行っています。今年も夏にアメリカから2名の学生が短期留学で来ています。
私が所属する地球生命研究所は外国人の学生や先生を積極的に受け入れていて、グローバルなネットワークがあるので、世界トップクラスの研究者と比較的簡単につながることができます。特に地球生命研究所はアメリカやヨーロッパの研究室とのコネクションが豊富です。細胞を創る研究分野においては日本が随分と前から取り組んでトップレベルを走っているのですが、アメリカやイギリスなどでも、細胞を創ることを目指す研究組織が発足されています。各国の研究会や研究者とは競争ではなく共創というスタンスで、お互いの苦手な領域は補完しあっており、みんなで業界のレベルを押し上げていきたいと思っています。
ですので、学生時代に地球生命研究所のグローバルな環境に慣れ親しんで、意欲があれば海外へも飛び出してほしいと思います。そして、そこでの経験を通じて、将来グローバルに活躍したいと考えるようになった暁には、博士(Ph.D)の学位取得にも積極的に取り組んでもらえたらと考えています。博士号を持つことは世界で活躍するには必須です。
Q:この分野を目指す学生に伝えたいことはありますか。
研究は、課題の設定から行っていきます。高校生までの試験のように、クエスチョンが明確にあるわけではありません。そのクエスチョンから考えて、その解決策に至るまでのプロセスも自分で見出さなければなりません。しかしそういう状況になると、多くの学生は、どこから、どのように考えればいいかが分からなくなる傾向があります。研究はこれまでの答えのわかっている勉強の延長にはないと言いたいです。
我々の分野では、特にクエスチョンの設定が重要です。私は、研究を進めていく上では、不正は絶対にダメですが、使えるものは何を使ってもいいと思っています。私や研究員にアドバイスを求めてもいいですし、Googleで調べてもいいと、学生には何度も言っています。その上で、面白いクエスチョンを設定できたら良いと思っています。ただし、創ること自体が目標にならないようにすべきと伝えたいです。
Q:企業に伝えたいことはありますか。
各企業は、大学に比べると非常にマーケットに近い立場にあります。今どういう課題を解決しなければならないのかを定量・定性的なデータをもとに、非常に精緻に分析して、ビジネスに取り組んでいると思います。しかし、ビジネス上では競合他社もあるため、そういった情報はあまりオープンに公開されません。そのため、大学に居る私たちは相談されるまでは、解決すべき課題やマーケットの情報を良く知らないことが一般的です。
私たちもできることなら、開発した技術を社会に貢献したいとは思っていますが、私個人としては、どういう課題があるのかがつかみにくいとは思っています。もちろん、企業が課題やデータをすべてオープンにしてしまったら、企業のビジネスが成立しないというのもよくわかります。かと言って、情報をクローズドにしてしまうと社内で全てが完結され、産学連携も難しくなってきます。それに企業との研究は、学生のモチベーションも俄然高くなります。そういうプロジェクトをもっと増やしていきたいので、企業とは密に情報共有ができる仕組みをつくっていきたいですね。
Q:最後に今後の展望をお聞かせ願えますか。
細胞を構成する部品を用いて、さまざまな分子システムを創出し、最終的には自立的に複製する細胞をつくるメカニズムを明らかにしたいと考えています。それがどのぐらいの時間を要するのかは分かりませんが、これからの10年間で、その道筋が見えるところまで持っていきたいですね。同時に、既存の細胞や生物にはできない分子システムや機能を開発できる可能性があるので、社会実装にもつなげていきたいと考えています。
また海外の研究室とのコラボレーションが増え、これまで以上にオリジナリティが高いテーマで研究できるようになり、個人的には面白い成果を出せるのではないかと期待しています。今からとても楽しみです。(了)
松浦 友亮
(まつうら・ともあき)
東京科学大学 地球生命研究所 教授
1994年 大阪大学 工学部 卒業。1999年 大阪大学 大学院 工学研究科課程修了 博士(工学)取得。1999年よりチューリッヒ大学 博士研究員、2003年 大阪大学大学院 情報科学研究科助手兼務JST さきがけ代表研究者、大阪大学大学院工学研究科助手・助教、同大学同学院工学研究科特任准教授を経て、2010年 大阪大学大学院工学研究科 准教授に就任。2020年より現職。