これまで外気温や体温がウイルスに感染した場合の重症度に与える影響についてはほとんど解明されていなかった。さまざまな温度条件で飼育したマウスのうち、36℃のグループでは体温が高まり、インフルエンザウイルスなどの感染に対して高い抵抗力を獲得することがわかった。さらにマウスの体内では、腸内細菌叢が活性化し、二次胆汁酸が増加することも明らかになった。世界で初めて、ウイルス性肺炎の重症化抑制を分子レベルで解明したのが東京大学 医科学研究所 一戸猛志准教授である。今回は、インフルエンザウイルスの重症化抑制に体温と腸内細菌が関連しているメカニズムと、それに続く新たな研究について話を伺った。
体温が上昇すると二次胆汁酸が増加し、ウイルスの増殖を抑制する
Q: 研究概要について教えてください。
大きく分けて3つの研究を行っています。
1つ目は、インフルエンザウイルスに感染した際の炎症反応メカニズムの解明です。ウイルスに感染して重度の炎症が起きると、高齢者などは肺炎になって亡くなってしまうことが少なくありません。しかし、この炎症がどういうメカニズムで起こるのか、まだ解明されていませんでした。炎症誘発性サイトカインというのが何種類もあり、どのサイトカインが重度の炎症を引き起こしているのか。私はその炎症反応が起こる分子メカニズムを明らかにしました。
2つ目は、鼻腔内にワクチンをスプレーで投与する経鼻ワクチンの研究です。これは、大学院生の頃に国立感染症研究所に研究生として受け入れていただいた際に、お世話になっていた先生が経鼻ワクチンの研究をされていて、それを私も継承して今なお取り組んでいます。
3つ目は、今最も注力している研究で、外気温や体温がインフルエンザなどのウイルス肺炎の重症化にどのように影響を及ぼしているのか、そのメカニズムの解明です。昨今ニュースで、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による高齢者の死亡リスクが高いと報道されていますが、それがどのような理由で起こるのか、そのメカニズムはいまだ分かっていません。
そこで、マウスを用いた実験で研究することにしたのです。具体的には、4℃、22℃、36℃の部屋で、マウスを1週間飼育した後、インフルエンザウイルスを感染させて重症度を解析したところ、4℃グループのマウスは、大体5日目に体温が急激に落ちて7日目までに全滅しました。22℃のグループでは、7日目頃から徐々に体温が落ちていき、その後8割のマウスが死亡しました。それが36℃のグループになると、従来だと死に至るウイルスにもかかわらず、亡くならないことが分かりました。
それぞれ同じウイルスに感染したとは思えないくらい36℃のマウスは、活動的に歩き回っています。これを見た時に、なぜこのようなことが起こるのか、非常に不思議でした。さまざまな要因を考えるなかで、他の研究者からのアドバイスもあって、1つの仮説を立てました。体温が上がると、食物繊維をエサとしている腸内細菌叢が活発になり、代謝物をつくり出しています。その代謝物が、実はウイルス性肺炎の重症化を抑制しているのではないかというものです。
その仮説をもとに、再度実験を行いました。これも3つのグループに分けて、マウスへのウイルス感染による重症度を解析しました。1つ目は、普通のエサと普通の水道水を与えたAグループ。2つ目は、普通の水と食物繊維が少ない餌(ローファイバーダイエット)を与えたBグループ。3つ目は、普通の餌と、水に抗生物質を混ぜて腸内細菌を死滅させるCグループです。比較してみると、Bグループ(食物繊維が少ないマウス)は、36℃でもインフルエンザウイルスに感染したあと、1週間ぐらいで死んでしまいます。食物繊維が豊富な餌を与えても、抗生物質によって腸内細菌を死滅させているCグループも、36℃の部屋にもかかわらず、同じように亡くなってしまいました。
この結果、必ずしも体温が高ければインフルエンザに罹患して生き延びられるわけではなく、体温が上昇することと、食物繊維をしっかり摂取して、腸内細菌叢が機能することが条件として必要なことが分かりました。
Q:どのようにして、腸内細菌がウイルスに何らかの影響を与えているのでは、という仮説を立てられたのでしょうか。
「なぜ外気温が36℃だと致死量のインフルエンザウイルスに感染しても重症化しないのか」。最初は、その理由がなかなか分かりませんでした。1年ほどいろいろな仮説を立て、研究を試みたのですが、その要因が見つからずにいた時に、友人で、腸内細菌研究のスペシャリストである慶應義塾大学の福田真嗣特任教授とお話しする機会があったので、この研究のことを相談してみたのです。
すると、福田先生から「腸内細菌が影響しているかもしれません」とアドバイスをいただいたのがきっかけです。最初は半信半疑でしたが、試してみると、最初にお伝えした仮説が見事に的中し、そこから福田先生と共同で、外気温や体温によるインフルエンザ感染後の重症化と腸内細菌の活性化との関係を、分子レベルで解明する研究に取り組むことになりました。
福田先生は、腸内細菌の代謝物を測定するスペシャリストなので、4℃と22℃と36℃の室温で飼育したマウスの血液と便を解析してもらいました。腸内細菌から生成される物質がいくつかありますが、その中でも36℃グループで濃度が高くなっている物質を調べてもらうと、腸に入ってきた脂肪を吸収しやすい形に変える働きをもつ「胆汁酸」だということが分かりました。
「胆汁酸」には一次と二次の2種類があります。一次胆汁酸はコレストロールを原料にして肝臓でつくられ、腸内細菌の修飾を受けて、二次胆汁酸に変換されます。それによって身体本来の機能が発揮される仕組みになっているわけです。この研究により、体温が上昇し、腸内細菌が活発になると、二次胆汁酸が増加して、ウイルスの増殖ならびに炎症を抑えることが解明できました。
Q: これらの研究における独自性はどんなところになりますか。
外気温や体温の上昇、そして腸内細菌の活性化とインフルエンザウイルスとの関係性を研究している人は、世界を見渡してもほとんどいません。2009年頃、イェール大学でポスドクをしていた時も、腸内細菌とウイルスの関係についての研究を行っていて、当時もそうした研究をやっている人は誰もいませんでした。腸内細菌とウイルスの関係以外にも何か新しいことを始めなくてはと思い、腸内細菌とウイルスとの関係性の研究については、その後しばらく離れていたのですが、外気温や体温とインフルエンザの重症化の研究を始めたところ、再び腸内細菌にたどり着きました。
それに、「冬にインフルエンザが流行するのはなぜか?」「ウイルスに感染すると熱が出るのはなぜか?」といった日常的な疑問を、研究を通じて解決できるのは、研究者としての大きな醍醐味でもあります。
Q: 最近取り組んでいる代表的な研究があれば、教えてください。
インフルエンザウイルスだけでなく、今は新型コロナウイルスの研究にも取り組んでいます。実はマウスは新型コロナウイルスに感染せず、ヒトから分離させたウイルスからも、全くうつらないという特徴があります。
しかし、新型コロナウイルスをマウスに感染させて3日後の肺の洗浄液を違うマウスに感染させて、3日後にもう一度肺の洗浄液をとって、次のマウスに感染させる。このような継代を続けていくと……実はマウスに感染する新型コロナウイルスを作ることができます。これを「マウス馴化ウイルス」と言います。かなり少量ではありますが、最初に高齢のマウスで出てきます。これは、ヒトが高齢者で重症化するのと非常に似ているかもしれません。高齢のマウスで最初10回ほど継代して、3日おきに継代を繰り返していくと、感染しないはずのマウスが感染するようになってくるのです。
次に老齢マウスで継代したウイルスを若いマウスへ感染させると、ウイルスの増殖効率が一旦は落ち着きますが、80回目の継代を繰り返すことで若いマウスでも効率よく増殖する新型コロナウイルスが出てきます。実際の新型コロナウイルスは、武漢型やデルタ株のように、ウイルスの種類によって感染力や重症度が全く異なります。そこで、2種類(武漢型とデルタ株)をそれぞれマウスに投与してみると、武漢型だと80回の継代で4日目の肺には炎症がまばらにあるだけですが、デルタ株だと肺水種といって肺に水が溜まってしまって、呼吸困難に陥ってしまいます。
なぜ、このような違いが出るのか。まだ、そのメカニズムがよく分かっていません。そこで今は2種類のウイルスを使って、「なぜ年寄りだと重症化してしまうのか」「重症化してしまう場合、どういう治療薬を投与すると重症化しにくくなるのか」……まずは、そこから研究を行おうと考えています。
100日で世界にワクチンを提供できる研究拠点を目指す「UTOPIA」
Q: 今の先生ご自身の研究における課題はありますか?
今はまだ基礎研究の段階なので、動物(マウス)の実験しかできておらず、社会実装を目指すなら、いずれはヒトをサンプルに実験をしなければならないと考えています。しかし、そのハードルが高いのが現状です。
この課題は研究論文を発表するたびに、いつも議論になるところです。やはり、マウスの実験だけで終わってしまっては、社会に役に立つ研究にはつながりにくいので、いかに第一相の臨床実験に結びつけていくかが、大事だと思います。実際、海外では、新型コロナウイルスに対するワクチン(mRNAワクチン)が病原体の同定から約1年という驚異的なスピードで上市されました。しかし、日本でのワクチンの承認には、3年半もの年月がかかりました。
そこで、今後のパンデミックに備えて、多分野が融合・連携して研究できる体制を整えた、ワクチン開発のための世界トップレベルの研究開発拠点の形成事業のサポートを受けて「UTOPIA」が立ち上がりました。目指すのは、100日で世界にワクチンを提供できる研究拠点を構築することです。
Q: この研究テーマを目指す学生にメッセージはありますか?
研究では、すぐに結果が出ないことも多いですし、新たなテーマを見出すのも苦労します。でも、自分が立てた仮説を証明できたり、研究の過程で新たなテーマなどが見出せていくとユニークな発見ができ、それが研究の面白さや醍醐味だと思います。
今後アカデミアを目指すなら、一度は海外を経験してみるのも面白いかもしれません。私の場合は、ポスドク時代にアメリカのイェール大学に行きました。医師免許があるわけでもなく、必ず日本に帰れる保証もありません。常に危機感を感じながら研究していました。
唯一よかったのは、研究に没頭できたことです。英語も日常会話程度でしかできず、食べ物も和食の方が合いました。そのため、進んで外出することもなく、研究以外は時間を持て余す環境だったので、その分研究に打ち込めたと思います。日本にいたら、なかなかこうした経験はできませんでした。今も研究をしていると投げ出したくなる状況に陥ることもありますが、「あの当時に比べたら……」という経験をしたことで、これまで以上に粘り強く研究に取り組めるようになったと思います。
Q: 今後の目標を教えてください。
個人的には、今取り組んでいるウイルスによる重症化のメカニズムを解明することが目標です。年を取ると、目や耳が衰え、人によっては臓器の機能も低下したりするので、ウイルスによって高齢者が重症化するのは、実は体温だけではないと思います。これはあくまで重症化するメカニズムの一要素でしかなく、さらに研究を進めていけば、他にもいろいろな要因が解明されていくでしょう。今後はそういう他の要素にも目を向けて、メカニズムを理解していくことで、高齢者が重症化しない、新たなワクチン開発につなげていきたいと考えています。
高齢化社会が進んでいる日本で、また新型のウイルスが蔓延すれば、社会や経済に与える影響は、これまで以上に深刻なものになるかもしれません。2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生の「基礎研究なしに応用ない」という言葉が好きで、私もさまざまな病原体に対する基礎研究を最も大事にしたいと考えています。「UTOPIA」の一員として、新たなパンデミックに素早く対応できる、迅速なワクチンの開発を実現していきたいですね。(了)
一戸 猛志
(いちのへ・たけし)
東京大学医科学研究所 准教授
2002年 東京理科大学 基礎工学部 生物工学科卒業。2004年 同大学 基礎工学研究科(連携大学院:国立感染研究所)修士課程修了。2007年 同大学 基礎工学研究科(連携大学院:国立感染研究所)博士後期課程修了。博士(工学)取得。2007年 Yale University School of Medicine、日本学術振興会特別研究員(PD)などを経て、2009年 九州大学大学院 医学研究院 ウイルス学 助教に就任。2012年より現職。