3Dプリンターの登場後、「個人がつくりたいときに物をつくることができる」社会への期待が高まっている。こうしたなか、単なる趣味を超えた「社会にとっての最適な地産地消」を理想系とし、3Dプリンタが日常に溶け込んだアーキテクチャを構想しているのが、早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科 の梅津 信二郎教授だ。最新型の3Dプリンターの技術を開発する一方で、社会にとって真に必要な3Dプリンターの役割を模索する梅津教授に、話を伺った。
2種類の新型3Dプリンターを開発
Q:まずは、3Dプリンタ研究の社会的なニーズについて教えてください。
現在の一般的な3Dプリンターでものを作る際、よく起きる問題が、「積層痕」です。作ったものが、ガタガタになってしまうのですね。作りたいと思って印刷したら、積層痕だらけのものが出来上がったということが実際に起きています。
この積層痕をどうにか解決できないかということで、表面を上手く綺麗に、知識のない人でも簡単に仕上げるために開発したのが、化学溶解仕上げという3Dプリンターの仕上げ方法です。
さて、我々の研究室で扱っている3Dプリンターは、大きく分けて2種類あります。
一つが、市販のものものをベースにしたもの。
二つ目が、静電インクジェット方式を利用したものです。
後者は研究室で独自に開発している3Dプリンターになりますが、とても高精度にプリントが可能です。細胞の組織を高精度にプリントしたり、非常に微細なチョコレートを描画したり、太陽電池を作製したりということが可能な3Dプリンターです。
ただ、これらは日常家庭への導入を目的としているわけではありません。今までなかったような、レベルの高い一品物を高精度に作ることを目的として開発している3Dプリンターということになります。
ちょっと違う3Dプリンターを利用した取り組みとして、「木材」のプリンターに挑戦しています。家を壊すと、さまざまな廃材が出ますが、現在はカスケード式という処理方式が採られています。
廃材はウッドチップとなり、そのウッドチップが利用されたのち、最後は焼却される、という流れです。カスケード式は環境に優しいとされていますが、私はさらにもう一段階、ステップを踏まえてもいいのではないかと考えました。建築の研究者とこのような材料を利用した3Dプリンターの開発を検討しています。
Q:実際の研究においては、どういった進め方をするのでしょうか。
企業や共同研究者の先生が数多くいて、そういった方々が使いやすいデバイスになるよう、装置を改良しています。また、デバイスの一部に3Dプリンターが用いられるよう、我々の方で調整しています。
この分野は機械工学になるため、こういった専門性が必要になります。ただ、無理に専門性を発揮しようとせず、まずは彼らの専門性を理解してどのようにして歩み寄ることができるのかを考えるようにしています。「必要なツールはこれですから、あなたの方でこれを上手く用いてください」だと、上手くいかないと思うのですね。我々は必要なツールを生み出すほうの立場として、工学のほうから上手く寄り添って「その方向であれば、こういったデバイスがあります、こういったデバイスがいいかもしれません」という提案をして進めていく方が好ましいと思います。
Q:研究の独自性について教えてください。
3Dプリンターを使う研究室はたくさんあります。ただ、3Dプリンター自体を開発している研究室となると、すごく少ないです。
既存の3Dプリンターの改良、バイオプリンター、フードプリンター、太陽電池作製のためのプリンターなど、様々な対象物に対してプリンター技術を適用しようとしていますが、適用範囲がとても広く、まだまだ研究をしなければいけないことが多いなと感じています。
研究室の体制としては、外部の共同研究者を除いても、50人ほどです。独立して進めてもらっているテーマもあれば、複数の学生で共同して進めてもらっているテーマもあります。もっとやりたいことがありますので、複数のテーマをこなせる学生には色々なテーマに従事してもらっています。
地産地消のなかに、3Dプリンター技術を融け込ませていく
Q:研究における課題としてどんなものがありますか。
好き勝手なものをどんどん作っていくと、環境に悪い状況が生まれると思うのですね。その中に「リサイクル」のフェイズが入ってくることが、非常に重要なステップだと感じています。
例えば子どもが遊んでおもちゃを放置すると、母親が怒るわけですよね。お母さんが片付ける。つまりは他のプロセスによって元に戻る、片付けるということが自然な形になりますね。これを一般化すると、「趣味で色々使ったら、どうこうして、そのあとゼロに落とし込む、あるいは自然にまわりと調和する」ということになります。そのためにはどうすればいいかといったときに、3Rなどの思想を研究の中に上手く取り込んで、自然な形で物作りを行うことで順応化させる。このプロセスが非常に求められるのかなと思います。
いわば、個人がその場で「欲しいものを地産地消している」というイメージになります。100個のフィギュアを作ってその100個輸出するのではなく、個人が欲しいものをその場で作る。それで次に作るスペースを作ったり、その材料をリユースできるようにすぐ使う。これこそが自然な流れです。リアルでこの流れを実現するということが価値を生むと考えています。そこでは、ニーズや産業状況に合わせて3Dプリンターを調整するというのが回答となります。
3Dプリンター自体が、何か革新的にそれが進化して、ということ以外で、例えば古いモデルや古い家、そこにぽんと3Dプリンターが活躍できるような場が生まれると思うのですね。環境とか産業の状況を理解し、ある程度ブロードなものに適応できるような3Dプリンターの概念を持つ。それをそれぞれの状況に合わせてモディファイするということが求められるわけです。そのときに必要なもの自体も3Dプリンターで構築・開発できる、プリントできる、そういうことが技術的に求められていることかなと思います。
フードプリントを始めたメインの理由も、ここにあります。家にある食材を分割すると、炭素や水素などの重ね合わせで食べ物ができていることがわかります。それならば、そこら辺にある適当なものを混合してプリントすると美味しいものができるのではないか。もちろん、現段階ではまだ厳しく、ベースのものをミキサーにかけ小さくしてそれを丁寧に3Dプリンターに盛る、というステージしか達成はできていません。しかし、特にフードはこうしたニーズが確実にあるわけです。本当の意味での、個人が欲しいものを生み出すときの物作りにおいて、物理科学的なステップを越えることは技術的課題かなと思います。
Q:この分野を志す学生に必要なことって何でしょうか?
新しいことに対する好奇心だと思います。
研究分野が新しいので、自分が世界初のものを生み出す可能性が十分にあるわけですよね。そのときに「とりあえずプリントしたのでこれが新しいですよ」ではなくて、そこから先、自分はこういうイメージがあるので、これをプリントしてさらにこれを付け加えて、こういう風なことをしたいということまで伝える。「先生から言われたからプリントしました」では、頭を使っていないと思っているのです。
3Dプリンターはツールですから、料理で言うならフライパンです。フライパンが凄くなっても、料理を作る人の腕やイメージがないと美味しい物はできませんよね。常に頭をフル回転させ、新しい物は何だろうということを追い求める。ここで、好奇心がとても必要になってくるということです。
Q:この分野で一人前になるには何年くらいかかるのでしょうか?
個人によるかもしれないですね。いま中国人の留学生が多いのですけれども、ユニークな3Dプリンターを開発してくれているのも中国人のそういった力がすごく強い。彼らは半年でとんでもない装置を開発したり、わずか2、3ヶ月で世界で見たことないような物を作ってくれます。
だから一人前になる修行期間があるというより、本人の心意気・モチベーション、そちらの方が重要になるかもしれないです。この分野が未開拓の状況でトップがいないため、短い期間で本人のモチベーションによってトップまで上り詰めることができるということかもしれないですね。
Q:今後、企業とはどういった関わり方をしていきたいですか。
企業側がこういったことをやりたくて、自分はこういったことができるので、といういわば「3Dプリンターが全く関係ないところ」に、3Dプリンターを介してできることが生まれるのが、上手くいくパターンです。
様々なIoTデバイスをどう作るか。個人に合わせてどうデバイスを作るか。作った装置を基にしたAIのシステムまで、トータルでサポートすることが可能です。こうしたかたちは、企業にとっても最前だと考えています。
Q:今後の目標を教えてください。
ユニークな「ロボット」の開発を予定しています。民用というよりはアミューズメントに近いところではあるのですけれども、これはすごい物を開発したなというものを作れると思います。3Dプリンターも援用できる、新しいロボットを作っていきたいです。(了)
梅津 信二郎
うめず・しんじろう
早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科 教授。
2001年、早稲田大学 理工学部 機械工学科 卒業。
2003年、同 修士課程 修了。同 博士課程、COE 客員研究助手を経て、2004年より早稲田大学 理工学部 助手となる。
その後2007年より理化学研究所 基礎科学特別研究員を経て、2009年より東海大学 工学部 機械工学科 助教・講師に着任。
2014年には早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科 准教授となり、2019年より現職。