さまざまな用途で利用されている貴金属。中でも、自動車の排気ガス浄化や化成品・医薬品の製造の触媒においては、必要不可欠な素材になっている。しかし、高価な上に、特定の産出国に偏在しており、今後入手が困難になりうる課題を抱えている。こうした問題を解決するために、最少量のパラジウムなどの貴金属で駆動できる金属ナノシート分子触媒を創出したのが、東京大学 生産技術研究所 物質・環境系部門の砂田 祐輔教授である。最近では、貴金属触媒を使わずに、独自開発した鉄化合物により、常温で水素を発生・貯蔵することにも成功。今回は、砂田教授が目指す、2つの次世代の触媒開発について話を伺った。
「少量資源」と「代替資源」の2つの方法で、新たな触媒を模索
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
私たちのラボで取り組んでいるのは、次世代触媒の開発です。有機金属化学、錯体化学という成熟した分野ではありますが、触媒についてはまだまだ改良の余地があると考えています。
触媒は非常に身近なものに使用されています。みなさんご存知の分野では、自動車の排気ガスの浄化触媒がありますし、その他には、医農薬の原料、プラスチック製品などの化成品の開発にも使われています。ただ、そのほとんどには貴金属が含まれています。先ほど挙げた排気ガス浄化には、三元触媒といわれるパラジウムや白金、ロジウムが使われ、化成品にはパラジウムや白金、ロジウム、イリジウム、ルテニウムなどが使用されています。貴金属は触媒として有用ですが、これらは一般に高価で、一部の貴金属は産出国にも偏りがあるという点が課題であると考えています。
そのため、今後も同じように触媒として貴金属類のみに頼るのは難しくなりうると、個人的には考えています。そこで求められる新たな触媒の形として、次の2つを想定しています。
1つ目は、できる限り少量の貴金属で作動する高性能の触媒、もう1つは貴金属を一切使わずに、手に入りやすい安価な金属で作製する貴金属フリーの触媒です。一番の理想系は、後者の「貴金属フリー」です。ただ、貴金属でなければ触媒機能が果たせないケースがあるのも事実です。そのため、前者のように貴金属でしかできないところは、最小限の貴金属の触媒で求められる機能を実現することが重要になってきます。私たちのラボでも、「最少量の貴金属」を使った触媒と「貴金属フリー」の触媒、この2本立てで研究を行っています。
前者では、2021年に発表したパラジウムのナノシート触媒の開発が代表的な研究になります。現状、汎用される貴金属を用いた触媒として、数百から数千個のパラジウムなどの貴金属原子がボール状に集まったナノメーターサイズの粒子である貴金属ナノ粒子が挙げられます。しかし、本当にこの数千個もの原子が必要なのか。私は、そこに疑問を抱きました。
触媒の機能を考えると、金属ナノ粒子の表面にある原子が、もっとも重要な機能を担っていると考えました。もし、ボール状になっているナノ粒子のうち、中身が空洞で、表面部分だけに原子があるような粒子ができれば、極めて少量の貴金属で作用する触媒ができるかもしれません。しかし、実際にはそのような物質はまだ存在していません。そこで、表面部分のみを切り取ったような、平面状に貴金属が配列された形をもつ触媒を作ると、よい触媒として機能するのでは、と考えました。ところが、従来の触媒開発技術では、金属を平面状に並べることは困難でした。そこで、貴金属を並べる新しい方法として、平面状の構造を持ち、Si-Si結合(Si:ケイ素)を複数持ったケイ素化合物を鋳型として使えば、金属を平面に並べてあげることができるのではないかという発想が湧いてきました。
具体的には、Si-Si結合が、結合1つあたり金属原子を1個取り組む性質を利用します。そこで、複数のSi-Si結合を持つケイ素化合物に対し、金属を連続的に埋め込んでいくと、ケイ素化合物の構造を保ちながら、Si-Si結合の数に応じて金属を並べることができます。これを「鋳型合成法」と呼んでいます。実験を行ってみると、Siが4個それぞれ単結合で繋がり、平面状構造を持つとみなすことができる化合物に対し、パラジウム原子を埋め込んでいくことで、パラジウム4個を取り込み、仮説通りに同じ平面状になることが実証できました。しかも、たった4個のパラジウムでも、数千個のパラジウムから構成される金属ナノ粒子触媒と同等以上の機能を発揮し、1原子あたりの触媒性能で比べると数百倍に高まりました。
もう1つの貴金属フリーの研究でも、ケイ素を活用しています。私たちは、10年ほど前に、鉄に対して、ケイ素などの第14族元素を結合させた化合物を作り、それを触媒として使うと、貴金属と同じような触媒性能を示すことを発見しました。その流れで、これまでパラジウムや白金などの貴金属でしかできないと言われていた触媒反応に、ケイ素を持つ鉄化合物の触媒でも反応できることを、さまざまな研究を通じて報告してきました。
最近であれば、鉄化合物の触媒で水素ガスを発生させたり、貯蔵させたりする技術を開発しました。有機合成では、水素を反応剤として使うことがよくあります。例えば、C(炭素)の二重結合(C=C)に、H2(水素分子)を付加反応するとCの単結合(C-C)になります。有機合成では、最もシンプルな反応の1つです。
この際、パラジウムをはじめとする貴金属が触媒としては非常に性能がいいのですが、鉄のように安価な金属になると途端に、触媒として機能が果たせなくなります。そこで貴金属の代替材料として、鉄と、ケイ素やゲルマニウムなどの周期表上で14族に位置する元素との組み合わせによる反応性の高い触媒をH2の貯蔵・運搬で活かそうと考えました。
H2の貯蔵・運搬には、圧縮や液化によるポピュラーな方法がすでにありますが、それぞれエネルギーの負荷が高く、安全性の観点からの課題もあります。その他には、トルエンに水素を添加させてメチルシクロヘキサン「MCH」の液体に転換して、水素を貯蔵・輸送する方法も有名です。つまり、MCHを水素キャリアとして活用する技術ですが、これなら、多くの水素をコンパクトに貯蔵することが可能です。しかし、水素を貯蔵する時や脱水素の際には相当な熱エネルギーを要します。特に脱水素反応では高い反応温度が必要で、しかも反応性の高い白金などの貴金属触媒が求められます。そこで、より省エネルギーな条件、かつ貴金属に依存せずに水素を発生・貯蔵できるような、新しい水素キャリア材料と、それを活用できる触媒を開発したいと考えました。
私たちはこれまで、ケイ素化合物を使った色々な材料開発を行ってきました。その検討を進めていく中で、周期表において、ケイ素の1つ下に位置するゲルマニウムの水素化物を使うと、水素の発生や貯蔵が、省エネルギーな条件で達成できるのでは、との発想に至りました。さらに、貴金属フリーな技術とするべく、鉄化合物を触媒として、ゲルマニウム水素化物を水素キャリアとして活用する研究を行いました。
結果、常温下で水素ガスを発生させることに成功しました。貯蔵の際にも、1気圧の水素圧下、0度での貯蔵が可能ですので、過剰なエネルギーがかかりません。またゲルマニウム化合物は、生体などに対して低毒性であることから、安全性も高い手法になります。
Q:どういった点が独自性になりますか?
少ない資源で機能する高性能触媒では、従来の触媒のなかで、どこが一番大事なのかを見抜く視点ですね。もう1つは、貴金属を、平面状をはじめとして、できるだけ自由自在に並べる技術も、それまではなかったので、独自性の一つと言えるでしょう。
もう1つの代替資源(貴金属フリー)による触媒開発についても2つあります。1つ目は、ケイ素などの14族元素をもたせることで鉄の新たな性能を引き出したことです。これは、私たちの研究によって見出されたものです。2つ目は、ゲルマニウム水素化合物を水素キャリアとして開発したことです。ゲルマニウム化合物で水素を可逆に発生・貯蔵できるという研究は、私たちの知る限りなかったと思います。
一方で、周期表でゲルマニウムの1つ上にある、ケイ素の水素化物をつかって、適切な触媒などを作用させることで、水素を発生させたという報告はありました。しかし、水素キャリアの観点から、ゲルマニウムの水素化物を活用する研究は、知る限りでは、私たち以外はありません。基礎と応用の両面から、新しい触媒を開発したことが、さまざまな独自性を生み出せた要因だと思います。
元素の力を最大限に引き出し、20~30年後の社会を支える技術に
Q:今後の研究の課題について教えてください。
先ほど紹介したように、ゲルマニウム水素化物を水素キャリアとして用いて、鉄化合物を触媒として使うことで、室温で水素を発生・貯蔵できます。MCHを使った技術では、例えば水素発生では350度ほどが必要なことを考えると、我々の手法は画期的な方法ですが、最大の欠点としては、ゲルマニウム化合物が非常に高価だということです。そのため、今はこのゲルマニウム化合物の代替として、同族に位置する元素を効果的に活用した、より安価な材料開発を検討しています。
もう1つの課題は、水素貯蔵量の少なさです。MCHであれば、重量あたり約6%以上の水素を貯蔵できますが、私たちが開発したゲルマニウム化合物だと、その1/7ほどです。今後は、この貯蔵量を高めていく必要があります。これは、水素キャリア全体における水素の割合なので、水素が吸着できる部分を増やせば増やすほど、貯蔵量は上がります。その仕組みも模索しながら、開発を行っています。
Q:この分野を目指す学生に必要なことは何でしょうか?
私たちの専門は化学分野なので、触媒をつくるにせよ、水素キャリアとして活用するにせよ、実験が非常に重要になってきます。ですから、単純に実験が好きである、ということがまず大事かと思っております。実験に対する情熱があれば、研究を進めていく上で仮に困難に直面したとしても、乗り越えることができると思います。
化学の合成実験では、さまざまな材料(化合物)を混ぜて、新しい化合物(我々の場合触媒など)を開発します。料理やプラモデル、工作など、モノをつくることが好きであったり、得意であれば、実験が好きになる可能性は高いと思います。触媒開発では、「こんな触媒をつくりたい」という頭に思い描いているイメージにどんどん近づけていく感じです。料理も一緒だと思います。「こういう美味しいものをつくりたい」。これをつくるには、こんな食材を用意して、切って、炒めて、味をつける。そういった段取りも必要です。完成させるための手順は、実験も料理も非常に似ています。
最終的には、化学の研究は、熱意があれば、できるようになると信じています。反対にいえば、熱意がなければ、非常に辛い分野だと思います。実際私たちの研究は、最初から目的通りにいくことはほとんどありません。最初はうまくいかなくても、それを少し改善して、目的に近づけていく。それゆえ苦労も多いですが、それでも楽しみながらやれば、ゴールにたどりつけます。
そして、新たな発見や気づきにつながる研究を行うには、大きく3つのことを押さえる必要があります。
1つ目は「さまざまな人と話をすること」です。指導教員への相談、周りの同級生や先輩・後輩とのディスカッションなどを積極的に行える人は、研究を前向きに進められます。
2つ目は教科書や過去の論文など、「基礎となる理論や考え方をきちんと調べられて、身に付けること」です。化学の領域において、全く新しい研究はなかなかありません。基礎となる原理や、考え方、法則などがヒントとして用いられることが多いです。
例えば、4つのケイ素から構成される平面状のケイ素化合物を鋳型として使って、Si-Si結合の間にパラジウム原子を埋め込み、平面状の構造を持つ触媒の開発を実現したのは、私たちのオリジナルですが、この触媒開発のベースとなった「Si-Si結合への金属種の反応」自体は、以前から知られており、教科書にも載っている方法です。この方法を知っていたからこそ、この開発が生まれましたが、このやり方を知らなければ、今なお世の中にはこの研究は発表されていなかったかもしれません。それゆえ教科書なり、論文なりを読んで学び、知識を積み重ねることが、非常に大事です。私個人は、化学の研究を行うために「特別な才能がいらない」と思っておりますが、それはこうした理由があるからです。ほとんどの知識やアイデアは、勉強すればカバーできると信じています。
3つ目は、「自分が面白い」と思うことに積極的に取り組むことです。例え話でよく挙げるのが「ゲーム」です。ゲームに熱中してくると、隠しアイテムの探し方とか、難問のクリアの仕方などを、友人に聞いたり、SNSで情報を収集したりして、自発的に情報を集めます。化学領域も一緒です。探究心を持って取り組めば、研究が自ずと進められます。
Q:今後の展望を教えてください。
貴金属は、決して触媒だけに使われるわけではありません。例えば、白金は指輪、パラジウムは歯の詰め物などにも使用されます。このように貴金属は触媒以外にも、いろんなところに使われているので、あらゆるところで資源の取り合いです。これから、さらに、この希少性の高い資源は貴重になっていくと思われるため、必要な技術に対して、最少量もしくは代替資源で対応しないと、成り立たなくなってくると考えています。
そのため、元素一つ一つが持っている力を最大限に引き出せるような材料を考えたり、一つの元素だけで限界がある場合は、別の元素(材料)を付加して機能を高めるような触媒を開発していきたいと思っています。
前者だと、「鋳型合成法」を活用したナノシート触媒の開発により、原子1個あたりの性能で考えると数百倍の力を発揮するので、資源量も数百分の1に抑えることができます。後者は、貴金属の代替として、鉄とケイ素を組み合わせた触媒開発です。これにより、希少資源に依存しない技術を創出できる可能性があります。私たちは、数年の短いスパンではなく20〜30年後の社会を支えるような、今はまだない技術をつくり、育てて、夢ある未来が描けるように貢献していきたいですね。(了)
砂田 祐輔
(すなだ・ゆうすけ)
東京大学 生産技術研究所 物質・環境系部門 教授
1999年3月 名古屋大学 理学部化学科卒業。2004年3月名古屋大学 大学院 理学研究科 物質理学専攻(化学系)博士後期課程 修了。日本学術振興会特別研究員、九州大学 先導物質化学研究所 助手、助教を経て、2016年東京大学生産技術研究所 准教授に就任。2022年6月より現職。