5G時代の到来にむけ、無線機器の開発が求められている。5Gは従来使用されてこなかった帯域で、ミリ波の導入が最大の特徴となっている。こうした5G時代を見据え、新世代の無線機器開発に取り組んでいるのが、東京工業大学工学院 電気電子系の岡田 健一教授だ。今回は岡田教授に、時代に求められる開発の状況について話を伺った。
電波資源を有効利用する「ミリ波」帯域
Q:まずは研究の概要について教えてください。
現在の無線通信に使われているのが、マイクロ波です。マイクロ波は周波数としては、0.3~30ギガヘルツのもので、その中でも主に携帯電話の通信で使っているのが6ギガヘルツ以下のものになります。3G, 4G等では800メガヘルツ、2ギガヘルツ、3.5ギガヘルツ、Wi-Fiでは2.4ギガヘルツや5ギガヘルツが使われています。いわば、どれもだいたい同じような周波数のものを使っているわけです。
このように、低い周波数のものはすでに様々なサービスに割り当てられており、広い帯域幅を取ることができない状態になっています。
無線は一度何かのサービスに割り当てると、そう簡単に変えることができないものです。低い周波数のマイクロ波帯はすでに何らかの無線サービスに使われていて、広い帯域幅を確保できないことが根本的な問題であるといえますが、これはもうどうしようもないことです。昨今、携帯電話用に0.7ギガヘルツ帯を確保するために、過去の日本はかなりの努力を重ねてきました。地デジのアナログからデジタルへの切り替えは記憶に新しいと思います。
総務省などは、電波の周波数帯域のことを「電波資源」と呼んでいたりもします。一方で需要の話をすると、無線の通信速度は、この20年間で1000倍程度になっています。今も年率でトータルの通信量は1.4倍に増えていますが、今後も同じようなペース(20年で1000倍)で続いていくと考えられています。
無線の通信速度には「シャノンの定義」というものがありまして、帯域幅を広げない限り速度を上げることができません。しかし、先ほどお話ししたように低い周波数帯では広い帯域幅を確保できません。
そこで登場するのが「ミリ波」です。周波数でいうと30~300ギガヘルツまでのものをミリ波と呼んでいます。波長でいうと1~10ミリの範囲なのでそう呼ばれています。携帯電話などが2ギガヘルツくらいなので、周波数でいうと10倍以上も高いところを使うことになるわけです。
これまでその領域は使っておらず広い帯域幅を取ることができるため、通信速度も10~100倍くらいに上げることができます。
従来の携帯電話などのような4Gまでだと20メガヘルツ帯域しか使っていません。これが5Gになると、28ギガヘルツ帯、39ギガヘルツ帯、60ギガヘルツ帯などのミリ波帯を用いるのですが、60ギガヘルツ帯ですと最大で14ギガヘルツの帯域幅が使えます。14ギガは20メガの約700倍ですから、4Gの700倍ほどの帯域幅を確保できることになります。ちなみに、5GのGはジェネレーションの意味で、第5世代移動通信システムが正式名称です。
これらの状況から、今後4Gから5Gというようにデータレートを上げていこうとすると、ミリ波を使うしかない状況になることははっきりとわかっています。
将来のことを考えると、マイクロ波だけではなくミリ波も使うことは理論上避けられないことだといえます。そういった研究開発については日本も取り組んでおり、私も2003年ごろから高い周波数についての研究をはじめました。
例えば、携帯電話の中にある無線機は、シーモス(CMOS)という種類のトランジスタで作られています。トランジスタにもバイポーラとかFET、もしくはシリコンのものや化合物を用いたものなど様々な種類があるのですが、世の中で使われているトランジスタの個数でいうと、ほぼ100パーセントといってもいいくらいが「シーモス」という種類のトランジスタです。非常に安く、量産ができるシーモスは、スマートフォンに搭載するのに適しているといえます。
現在のBluetoothやWi-Fi、3G, 4Gの高周波回路(無線の周波数帯で動いている回路)も、シーモスからできています。デジタル回路と同じICの中に混載できるもので、そうでなければスマートフォンなどに載せることもできません。
ただし、ミリ波は従来だと周波数が高すぎて、うまくシーモスのトランジスタでは無線機をつくることができずにいたのです。
例えば、トランジスタの性能向上により、日進月歩でCPUのクロック周波数も向上しています。現行のCPUは最大5ギガヘルツくらいで動作していますが、これを一気に10倍の50ギガヘルツにすることは、ほとんど不可能なわけです。
無線も似た部分があって、従来6ギガヘルツ以下くらいの周波数の無線機はあったのですが、一気にその周波数を10倍くらいまで上げる技術が必要になってきました。
従来ミリ波は化合物半導体という特殊なトランジスタでつくられていましたが、非常に値段が高く、大量生産もしづらいため、スマートフォンに搭載することができなかったのです。そのため、従来ミリ波用に使われていた化合物半導体ではなく、シーモスでミリ波の集積回路をつくることが産業的にも重要です。
トランジスタ自体を改造しようとすると、どうしてもコストがかかってしまうため、「シーモス自体はいじらずに、既存のデジタル回路のものを工夫して流用することで、コストはかけずミリ波に対応できるようにしよう」と発想が生まれてきます。
実際の方法としては、回路の方式を変えることですね。キーポイントになる技術をいくつか紹介します。
一つ目は「注入同期」というものです。無線の変復調に用いる搬送波の位相は、周波数が高くなると比例して雑音が大きくなります。これを位相雑音といいます。これが劣化してしまうと、通信速度が落ちてしまうので、雑音を減らすために「注入同期現象」による回路技術を用いています。
この現象を発見したのはホイヘンスで、イメージしやすいものだと複数のバラバラに動く振り子の動きが次第に揃っていく現象を指します。同じ現象が集積回路の中でも起こっており、発振器が2つあるとき、それらは同期していきます。同期した時も、位相の雑音は同期することで抑えることができるわけです。
また、低い周波数でつくるほど雑音は小さくしやすいです。低い周波数でタネになる信号をつくっておいて、注入同期現象をつかってミリ波に変換するという回路構成を発明しました。それで、ミリ波でも位相雑音を低くできたというのが一つあります。
二つ目は、トランジスタ単体の特性を精密に測ることです。ミリ波の測定は難易度が高く、トランジスタの特性も正しく測ることができていませんでした。トランジスタ単体で測ることはできず、測定用の電極をつけなければなりません。測定の際には、その電極に微細な針を当てて測るのですが、測定装置の特性なのか、針の特性なのか、電極の特性なのか、はたまたトランジスタ自体の特性なのか混同してしまいます。それをうまく理論的に分離する方法ができたことによって、トランジスタ単体の特性を精密に測ることができるようになりました。低い周波数であれば、シミュレーションをして確認して、波形を見て、OKだったらつくるという手法をとっていました。実測でも大体なんとなく同じような特性が得られるのですね。
しかし、ミリ波の場合はまずトランジスタ単体の特性を測れないため、シミュレーションの精度が低かったわけです。それが、ちゃんとシミュレーションをしたらちゃんと動くというデザインの環境をつくれるようになったのが一つの大きなポイントだといえます。
従来は計測がきちんとできていなかったため、低い周波数であれば、シミュレーションをして確認して、波形を見て、OKだったらつくるという手法をとっていました。実測でも大体なんとなく同じような特性が得られるのですね。 しかし、ミリ波の場合はまずトランジスタ単体の特性を測れないため、シミュレーションの精度が低かったわけです。それが、ちゃんとシミュレーションをしたらちゃんと動くというデザインの環境をつくれるようになったのが一つの大きなポイントだといえます。
これによって、一気に大規模な回路もつくれるようになりました。ミリ波の研究自体は従来から行なわれていましたが、例えばアンプ(増幅器)をつくる回路、比較的単純な回路なのですが、そういう論文はあったんですね。そういった回路であれば、3つくらいつくって1個成功すれば論文を書いて発表していました。
ただ、無線機はもっと大規模なので、全部動かないと全体として動かないわけです。どれか当たればいいわけではないということです。個々の回路が動く確率を99パーセントくらいにしておかなければ、全体として動く確率はかなり低くなってしまうのです。
例えば、それぞれの動く確率が30パーセントくらいしかない状態だと、全体が動く確率は1パーセントほどといってもいいくらいです。“正しく測って正しくつくれる”ようになったという部分が、大きな無線機をつくれるようになったブレイクスルーだったのです。
Q:研究の体制はどうなっていますか。
Wi-Fiの周波数2.4と5ギガヘルツの次にあたる3つ目の周波数帯、60ギガヘルツの研究を長らくやっています。国家プロジェクトとして様々な企業や大学関係者と共同研究をやってきました。主にやっているのはSONYと日本無線のチームで、東工大で開発した技術を使って、実用化に向けて研究開発を進めているところです。
60ギガヘルツの技術を使うことで、高速なNFC、一瞬で動画像などを送ることができます。Wi-Fiなどでは遅いので、それをデータレートとして100倍くらいに早くする。比較的、短距離の無線です。現在はこれを実用化しようとしています。
ミリ波の無線機をつくれるようになったことで、現在は5Gの研究開発に全面的に取り組んでいます。 60ギガヘルツでの成果があって、ミリ波が使えるということも実証されたことから、それを踏まえて5Gでミリ波を使ってみよう、ということになりました。
5Gで使うのは28ギガヘルツという周波数で、すでにサービスは始まっています。なお、ミリ波は30~300ギガヘルツのことを指すため、28ギガヘルツは厳密にいうとミリ波ではありませんが、概ね近いのでミリ波と呼ばれることが多いです。
この5Gはミリ波を導入するというのが最大の特徴になります。60ギガヘルツのものは短距離の通信だったのですが、5Gの場合は500メートルくらいの通信距離が必要になってきます。実はミリ波には弱点があり、アンテナ1本で通信することを考えた場合、周波数が10倍になると通信距離が10分の1になるという性質があります。距離が飛びづらくなるということです。
そのため、それをカバーするための技術が必要です。それが「フェーズドアレイ」です。アンテナをたくさん並べていくもので、波長の半分くらい28ギガヘルツですと大体5.4ミリのピッチでアンテナを等間隔に並べていきます。多数のアンテナを用いることで距離も遠くまで飛ばすことができるようになります。また、マイクロ波の通信だとアンテナから電波が同心球状に全方向に飛んでいきますが、フェーズドアレイの場合は、電波が特定方向にのみ飛んでいきます。電波の放射方向は電子制御で高速に切り替えることができます。
電波の使い方として、マイクロ波の無指向な無線と、ミリ波を使った指向性のある通信はまったく異なるものだといえるでしょう。イメージとしては赤外線リモコンのようなものです。リモコンを使うときに、なんとなくテレビの方向に向けてボタンを押さなければいけないですよね。目で見えるものではありませんが、なんとなくビームには幅があって、まっすぐ向けなくてはなりません。そういったことをインテリジェントに使っていく必要があるということです。
もう一つ、ビームを正確に制御する技術も必要で、ビームの幅や向きなどはミリ波の周波数帯で制御しなくてはならないので、それが一番難しい技術かもしれませんね。
ミリ波の実用化に向けてノウハウを蓄積する
Q:今後の課題として、どんなことがあるでしょうか。
ミリ波を使う場合、実際のものづくりに関係するところが大きくて、大体理論どおりには動かないものです。波長が非常に短くなって1ミリとか10ミリになるので、ちょっとした製造の誤差が性能に影響してきます。つくって動かして、を何回も繰り返していかないと、しっかり動かない世界です。研究開発にも時間がかかるので、そういった難しさを持った分野だと思います。
特にフェーズドアレイ、アンテナをたくさん並べることに関する問題は非常に難しくて、これは東工大とNECががっちりとタッグを組んで様々な問題について対応するような研究開発に取り組んでいます。
社会実装については、この先2年くらいで実用化できればと考えています。大学としてはおそらく相当短いのではないかと思います。
研究室としても、実用化に近いところでの研究開発は結構ハードなものです。研究開発と一言で言っても、2~3年のスパンのものもあれば、5年後とか10年後、30年後くらいの技術などを色々混ぜてやるわけです。
直近の研究開発をしているというのは、やはり先のことに取り組むうえでも非常に大きな土台になっています。先のことだけをやっていても、実際のリアルを知らないと変な方向に進んでしまうこともあるので。
企業と一緒に何かをして、産学連携をやって実際の世の中の課題や産業的な課題をしっかり理解できるということはうちの研究室の強みにもなっていると思います。
Q:研究室にはどんな学生がいますか。
当研究室は博士学生の人数が多くて、現在11人です。だいぶん多い方です。修士学生も18人います。卒業した後もポスドクの研究者として残りたいという人も多いです。
博士の卒業生は、アップルやクアルコム、アメリカの会社や、ヨーロッパのエリクソンとか大学の先生をしていたり、国内でも大学の教員をやっていたりもします。産業界に行く人も多いですし、大学でやっている人も多いです。
分野によっては次のポストがなくて苦労する分野もありますが、通信の分野はまだまだ人が必要とされていて、ポジションに非常に恵まれています。そういう意味では安心して学べる分野だと思います。
ものづくりは、面白いものです。何かをつくっていて、最初は動くと思っていなかったものが、実際に動いたことで面白くなるというようなパターンもありますね。あとは実際に無線通信で電波を飛ばすことも、スマホ世代では普通のことかもしれませんが、実際にやってみると面白いものです。
5Gに関する取り組みは産学連携の研究開発で、実用化を強く志向するものですが、使途は限定せずにただひたすらに無線通信速度の世界記録を狙うというような研究もやっています。やりたいことができるというのが大学の研究室の場ですが、その実用化に向けた5Gの研究をして、卒業後は就職して産業のために頑張りたいという人もいますし、もう少し世界記録を狙うというような研究でアカデミアに進みたいという学生もいます。
やりたかったらチャンスはある、というのが伝えたいことですね。
Q:企業に必要な視点はどんなことでしょうか。
幸いにも世界的に5Gがブームのようで、当研究室にも様々な企業がやってきます。研究開発をスタートするにも会社としてはお金を使うわけですから、最終的な投資判断としては、マーケットが立ち上がったらやりますというパターンも多いです。ただ、日本の企業はやはりちょっと及び腰ですね。
ミリ波は、ノウハウの蓄積など非常に時間がかかる分野でもあります。2~3年くらいでは絶対に実用化には繋がらない分野ですので、できるだけ早く開始することがきっと強みになると思います。
海外の大手メーカーは、早めに研究開発を開始するわけです。役に立つかどうかわからないような研究も結構やっていて。日本の企業は調査までは結構やるのですが、実際に手を動かしてやっていくところまでいくケースが少ないように感じます。会社のお金で研究開発をするのだから、必ず成功してくださいというようなケースがよくあります。
一方、日本は短期的に儲かることしかやらなくなってきています。特にハードウェアが関係するような研究開発は多大な時間と経費を要するため、研究開発をやれなくなってきているのではないかと思います。これは国からの支援による研究開発でも同じ傾向にあるように思います。海外の大学や企業と話していると、そういった日本の問題点を特に考えさせられますね。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
まずは5Gの実用化ですね。それを通してもっと日本の会社に儲かってもらいたいです。工学研究の場合はやはり儲からないとその先の技術にも繋がっていきませんからね。大学の技術が日本の産業に役立って、日本が儲かって裕福になってくれたらというのが希望ですし、それを目指して研究に取り組んでいきたいです。(了)
岡田 健一
おかだ・けんいち
東京工業大学工学院電気電子系 教授
2000年、京都大学大学院情報学研究科通信情報システム専攻 修士課程修了。2003年、京都大学大学院同専攻 博士課程修了。
2003年、東京工業大学 精密工学研究所 助手となったのち、2007年に東京工業大学大学院理工学研究科 電子物理工学専攻 准教授に就任。
2016年から 東京工業大学 工学院 電気電子系 准教授となったのち、2019年より現職。