世の中で年々増大しつづけるビッグデータはデータセンターでの処理とネットワークトラフィックをひっ迫しつつあり、端末であるエッジデバイスの役割が増々重要となってきている。エッジデバイスはエネルギー制約のもとで低電力かつ高性能な処理が求められてくる。こうした中、エネルギー効率が良い集積回路・システムの実現に向けて、既存のデジタルメモリとは異なる新たな不揮発性メモリ技術の開発と応用に取り組んでいるのが、東京大学工学系附属d.labおよび東京大学生産技術研究所の小林正治准教授。今回は小林准教授に、新時代のメモリ技術の展望について伺った。
人工知能に必要なメモリデバイス技術を開発
Q:まずは、研究の社会的なニーズについて教えてください。
現在のスマートフォン、パソコン、ロボット、自動車まで、すべてのエレクトロニクスの心臓部となっているのが半導体集積回路です。この集積回路を構成するのが半導体デバイスであるトランジスタとメモリデバイスです。最先端の集積回路にはおよそ数十億個もの半導体デバイスが集積されています。たくさんのトランジスタが集積されることでより多くの計算が可能であり、たくさんのメモリが集積されることでより多くのデータを記憶しておくことが可能です。
これまで半導体デバイスは微細化を進め、ムーアの法則と呼ばれる経済原理に従いデバイスの集積度は約2年ごとに2倍のペースで上がり、単位面積あたりの半導体デバイスの数は指数関数的に増加してきました。それによってCPU単体の性能を上げるとともに、たくさんのCPUコアを並列に並べるマルチコア化により高性能を実現しています。マルチコアをさらにおし進めたのがグラフィックスで用いられているGPUです。最近ではこのGPUを一般的な計算にも利用し、超並列計算によって高性能化が行われていたりします。
現在、人工知能が社会におけるイノベーションの源泉となっています。人工知能を実現する機械学習のアルゴリズムにおいては、いかに多くのデータを使ってモデルの学習を行い、より正確にそのモデルを使って推論をするか、ということが非常に重要になっています。このようなデータドリブンなアプリケーションにおいて従来のコンピュータアーキテクチャは、CPUコアとメモリの間でバスを介して非常に頻繁にデータの移動を行う必要があります。CPUにはコアの近くにキャッシュと呼ばれる非常に高速にアクセスできる小容量のメモリを備えていますが、機械学習においては十分ではなく、メインメモリへのアクセスは必須です。CPUのメインメモリへの頻繁なアクセスは処理速度と消費電力のボトルネックとなります。このことは、センサデータを限られた電力でリアルタイムに処理しなければならないエッジデバイスにおいては大きな問題です。
これから先、微細化の困難さや微細化に伴うコスト増によりムーアの法則は遅かれ早かれスローダウンしていくと言われています。機械学習のような特定の用途に特化したDomain specificなコンピューティングに対しては、CPUやメモリをたくさん搭載するだけではなく、従来のコンピュータアーキテクチャにとらわれない新しいアプローチが必要になります。
Q:新しいアプローチとはどんなことでしょうか。
通常メモリというものはアレイ構造をとり、メモリデバイスが非常に高密度に集積されています。このメモリアレイの構造に演算機能を組み込むというのが一つの考え方です。これをインメモリコンピューティングやコンピューティングインメモリなどとよび、大きな研究の潮流になってきています。メモリのデータを動かさずにその場で演算を行うことで、データの移動に伴うアクセス時間や消費電力を大幅に削減できます。
インメモリコンピューティングの一例は次のようになります。機械学習のアルゴリズムの中でも特に注目度の高い深層学習、ディープラーニングについて考えます。ディープラーニングは多層のニューラルネットワークで構成されており、その各層の計算は基本的に多数のベクトルと行列の演算、つまり演算器の視点でいうと多数の積和演算からなります。この積和演算をいかに超並列で行えるかが鍵になります。インメモリコンピューティングでは例えば、メモリアレイにコンダクタンスとして行列データを記憶させておき、電圧としてベクトルデータを入力し、そのコンダクタンスと電圧の積である電流をまとめて加法的に一斉に出力ベクトルに取り出すことで超並列な積和演算を実現します。
インメモリコンピューティングに適したメモリデバイスは従来のメモリデバイスであるとは限りません。まずメモリデバイスは機械学習のモデルのデータを十分に収められるほど高密度・大容量であることが重要です。次に積和演算の精度を上げる、表現力をあげるためにメモリデバイスはバイナリだけでなくアナログ値または多値のデータを保存できることが望ましいです。さらにエッジデバイスへの利用を考えるとデータの書き込みにかかる消費電力および待機時の電力はできるだけ低いことが望まれます。これらの要件を従来のSRAM、DRAM、フラッシュメモリといったメモリが全て満たすことは難しいと考えています。
そこで私たちは新しい不揮発性メモリデバイス技術に注目しています。不揮発性メモリとは、電源を切ってもデータを保持することができるメモリです。フラッシュメモリも不揮発性メモリの一つですが、現在様々な新規の不揮発性メモリが研究開発されています。その中で私たちが特に注目しているのが強誘電体メモリデバイスです。
強誘電体とは電圧をかけると分極を反転することができ、また電源を切ってもその分極を保持することができる材料のことです。強誘電体はその分極の状態をもちいることで不揮発性メモリに利用することができます。強誘電体メモリデバイスは一般的に低い電圧でのデータの書き込みが可能なため、他の不揮発性メモリに比べて非常に低消費電力であることが特徴です。また動作速度も速く、高温信頼性も高いことが知られています。
強誘電体メモリデバイスの歴史は長く、日本では90年代~2000年代ごろに活発に研究開発がなされました。その結果商用化され、現在ではSUICAなどのスマートカードや低消費電力のマイコン等に強誘電体メモリが用いられており私たちの生活を支えています。しかし従来の強誘電体の材料は膜厚を薄くすることが困難なために強誘電体メモリデバイスの微細化は難しく、結果的に高集積なメモリとしては大きな市場を拓くことができませんでした。
ところが最近、強誘電体材料に大きなブレイクスルーがありました。二酸化ハフニウムという材料で、強誘電体が発見されたのです。二酸化ハフニウムという材料自体はすでに先端の半導体技術でゲート絶縁膜として使われているものでして、その材料において強誘電性が現れたという発見です。この材料の特徴の一つは、従来の強誘電体材料では数十ナノ~数百ナノメートルの厚さがないとメモリとして使えなかったところ、5ナノメートルくらいの非常に薄い膜厚でも強誘電性を示してメモリとして使うことができることです。そのためデバイスの微細化が可能であり、高密度・大容量なメモリが実現できます。また、すでに先端の半導体技術で用いられている成熟した材料ですので製造方法も確立しており扱いやすく、従来材料と比べて環境負荷が小さいという特徴もあります。
私たちはこの強誘電体二酸化ハフニウムにいち早く注目し、材料開発からデバイスアーキテクチャの設計とその試作・評価を行い、インメモリコンピューティングへの応用可能性について研究を行ってきました。
新しい材料によって新しいデバイスアーキテクチャの実現も可能となります。例えば強誘電体二酸化ハフニウムをゲート絶縁膜とした強誘電体トランジスタメモリは一つのトランジスタでメモリデバイスとして動作します。先端の半導体技術でゲート絶縁膜としての実績がある材料であることからも実用化が期待されています。また、強誘電体のナノ薄膜を流れるトンネル電流を分極の向きによって制御する2端子素子である強誘電体トンネル接合メモリは、究極の微細強誘電体メモリデバイスとして期待されており、膜厚が5ナノメートルより薄くしても強誘電性を示す二酸化ハフニウムの発見によってその実現が現実味を帯びてきました。いずれも従来のメモリと比べて高密度・大容量で、低消費電力、そしてアナログ・多値データを保持できることから、ストレージとしてのメモリだけでなくインメモリコンピューティング応用としても大いに期待され、現在私たちは産業界と連携しながら精力的に研究を行なっています。
新たなデバイスで次世代のエレクトロニクスを切り拓いていく
Q:この分野を志す学生にはどんなことが必要でしょうか。
私がこの集積デバイスの分野に入った動機は、大学までに学んできた物理を利用して、世の中に役立つデバイスを自分の手で生み出したかったからです。集積デバイスはエレクトロニクスの基盤技術であるため、デバイス技術の革新が次世代のエレクトロニクスに与える影響は非常に大きく、そこに魅力があります。この分野は物理に加えて材料科学や化学などの幅広い知識が生かせるのが面白いところだと思っています。最近では先に述べたように機械学習に関する深い理解も必要になってきており、様々な知識を総動員する、まさに総合力の問われる、やりがいのある分野といえます。
集積デバイスの研究にはいくつかの段階があります。新しいデバイスの考案、デバイス物理の解明、よりよいデバイスを作るための設計・シミュレーション、デバイスの試作と評価、さらには実用可能性を検討するためのばらつき・信頼性の調査、などです。私の個人の意見としては、学生の皆さんはできるだけ多くの段階に興味をもって勉強し研究を行うのがよいと思います。将来的なキャリヤの広がりにもつながりますし、この分野をリードする人材となる場合には広く深い理解が必要となるからです。
集積デバイス分野では日本には世界に誇るデバイス技術をもつ企業があります。学生の皆さんには大学・大学院卒業後は是非それらの企業で活躍してほしいと思います。その一方で、この分野は欧米や台湾・韓国・中国に有数のグローバルな企業があります。人材は増々グローバルに流動化が進んでいると感じています。この分野で活躍したいという熱い想いのある学生は将来是非、海外でも活躍することを考えてみてほしいと思います。そこで重要になるのがまずはコミュニケーション能力であり、少なくとも自分の考えを伝えられるだけの英語能力は必要です。それからグローバルスタンダートの点でいうと、是非、博士号の取得を検討すべきです。海外で仕事をする場合には博士号をもっているかどうかで技術者としてのステータスが大きく異なり、修士卒と比べて給料の面でも昇進の面でも大きな違いとなるからです。
現在ではGoogle、Amazon、Facebookといったプラットフォーマ―と呼ばれる企業でも人工知能技術の覇権をめぐって独自の半導体チップを設計・製造し実際に使用しています。各社、回路の設計者だけでなく、集積デバイス分野の経験者も多く採用しています。それは自社で設計したチップを外部のファウンダリーを用いて製造するため、確実に動くチップをスケジュール通りに作るためにはファウンダリーと協働できるデバイスに熟知した人材が不可欠だからです。集積デバイス分野の人材はこれからも増々重要であることは間違いありません。
Q:企業との協業ではどんなことが必要でしょうか。
この分野は産業界に直結しているので、大学の研究者として半導体メーカー、装置メーカー、材料メーカーをはじめとした企業の活動に貢献したいと常々考えています。
私たちは新しいデバイス技術を先取りし、そのデバイス物理を解明するとともに、設計・試作を通していち早くproof-of-conceptを示していくことを目指しています。また企業ではすぐには導入しづらい材料の物性やデバイス特性を系統的に調査し、客観的にそのよしあしを判断できるようにしています。結果的に先端技術について常に優れた目利きであるように心がけています。
企業の求めるものと大学の研究者の関心が大きく乖離することがないよう、日頃から学会活動や個人的な共同研究なども含めて、対話を欠かさないようにしています。
現在、技術は複雑化する一方、コストの制限がある中で研究開発のスピードを増々上げていかなければなりません。海外の半導体メーカーや大学の研究開発の状況を見てみると、彼らは非常にスピーディーにチームを作って課題に取り組み確実に成果をだしています。オープンイノベーションが重要であることは明らかです。企業と大学で重要な課題をシェアしあい、それに向かって意識を合わせて効果的な産学連携を行い成果をあげていくことが重要と考えます。
企業との共同研究は人を育てます。経験上、研究開発の現場を学生が肌身で感じることができるとおのずとモチベーションが上がり、この分野への興味も強くなります。企業が優秀な人材を欲する場合には、このような機会をもっと作っていくべきと考えます。
共同研究先となるとこれまでは半導体メーカーが多かったと思いますが、今後は装置メーカー、材料メーカー、測定器メーカーとの共同研究も増々重要になってくると思います。というのは日本のこれらのメーカーは世界の大手半導体メーカーと最前線で協働しているからです。これらの企業が尖ったソリューション技術を生み出していくために、大学の研究者は先端技術の源泉でありたいと思っています。
今年10月に発足した東京大学のシステムデザイン設計センターでは、「新しい社会の実現に向けていまこそ半導体集積化技術が重要である」という信念のもと、先端および基盤設計技術およびデバイス技術の研究開発に注力していきます。このセンターをハブとして、様々な分野の研究者と企業が有機的に結びつきイノベーティブなデバイスの研究開発を進めていきます。(了)
小林 正治
こばやし・まさはる
東京大学生産技術研究所 情報・エレクトロニクス部門 准教授
2004年、東京大学工学部卒業。2006年、東京大学工学系研究科電子工学専攻修士課程修了。2009年、スタンフォード大学大学院電子工学専攻博士課程修了、Ph.D(Engineering)。
2010年からIBMリサーチスタッフメンバーとして4年間勤務。2014年より東京大学生産技術研究所准教授。2019年より東京大学大規模集積システム設計教育センター准教授、同年10月より東京大学工学系研究科附属システムデザイン設計センター(d.lab)准教授となる。