ものづくりや介護、農業などさまざまな場面で、ロボットの活用が望まれている。そこで必要になるのが、高性能で省電力な触覚センサーの開発だ。こうしたなか、次世代ロボット用触覚センサネットワークシステム実現のため、LSI、MEMS、ソフトウェア、システム全体を統括する研究開発を行なっているのが、東北大学マイクロシステム融合研究開発センターの室山真徳准教授だ。
今回は室山准教授に、触覚センサーの開発がもたらす社会的インパクトについて話を伺った。
現場のニーズをもとにロボットの触覚を開発
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
私たちが行なっているのは、ロボットに皮膚感覚をつけるための研究です。
五感をベースにして考えると、カメラなどの「視覚」をはじめ、Google HomeやAmazon Echoなどのスマートスピーカーにも使われるマイクなどの「聴覚」はかなり自動化が進んでおり、人間のそれと比較しても遜色ない、もしくは人間を超えるレベルに達しています。そして、次に来ると予測しているのが「触覚」です。ARやVRでは振動刺激を伝え、スマホやゲームでは振動を感じる機能がつくものが出てきており、触覚のセンシングだけではなく触覚の提示についても普及が始まっています。
我々は、この分野の特にセンシングについてかなり前から研究をしています。私の場合は2008年から研究を始め、技術を磨いてきました。当時、触覚の研究と言っても反応はいまひとつでしたが、最近ではかなり注目を集めるようになってきています。
これまで、200社以上の企業とお話をさせていただく機会がありました。例えば、トヨタは介護目的などの生活支援型ロボットの開発をされていますし、ホンダはヒューマノイド型ロボットの開発をしています。実はロボットを構成している技術には、車の技術に近い部分があります。こういうロボットに皮膚感覚をつけたいというわけです。
また、ロボットについては介護以外にも、様々なニーズがありますが、現在のレベルでのロボットではできない仕事も多いです。Amazonのように大きな物流倉庫を扱う場合でも、最終的な箱詰めはいまだに人が行なっています。大変な作業ですから自動化したいのですが、一つひとつの商品の形が異なるため、ただ箱に入れるという簡単そうな仕事もロボットには難しいことなのです。
もうひとつは、コンビニのお弁当などをつくる際に盛り付けをするロボットです。これもロボットには難しい作業のようで、完全な自動化には至っていません。食材は形だけでなく硬さや重さもバラバラなので、うまく掴むことができないのです。このあたりのニーズが大きいと思います。
そのほかにも、例えば衣服の縫製の技術も自動化が進んでいません。できそうな感じもしますが、女性のブラウスの生地ってすごく薄いそうでして、ロボットにはそれを掴むことが難しく、やはりまだ人が必要です。どのような生地でも確実に取ることができ、裁縫する機械にセットすることができるようになれば全自動化もできますし、裁縫業界も一変していくでしょう。
あと、農業利用においては、いちごや桃などといった果物を収穫するときは、力を入れすぎないようにしなければなりません。自動で素早く収穫すると同時に、商品価値を落とさないために傷をつけないことも大事です。
東北大学がある宮城県は、漁業が盛んな地域がいくつかあります。漁業は非常に高齢化が進んでおり、人手不足も深刻になっているため、ロボットでの自動化の話が挙がっています。定置網で獲ってくると、様々な種類の魚が混ざっているので選別をしなければなりません。選り分けるのは難しく、死んだ魚ならまだしも、生きている場合は動きますし、なかでもタコを掴むのは一番難しいと言われていますね。ここでも人手が必要なのですが、この作業を自動化するのはかなり難しいことだと思っています。
カメラや機械学習の技術を組み合わせて、魚の種類を判別することまでは最近できるようになってきていますが、実際に魚を掴んで仕分けることまではまだできない、という状況です。人間でも難しい作業ですから、自動化にはかなり大きな意味があるはずです。
また、最近はARやVRも発達してきているので、実際に訪れていない場所にいるかのような感覚を体験することができるようになっています。遠隔地で現場の状況をリアルに感じることができれば、子育てや介護でなかなか外に出られない人にもお仕事をしていただくことができます。そういった、遠隔コミュニケーションが必要なところにも触覚が活用できると考えています。
Q:こうしたなか、研究室ではどういった研究が中心でしょうか。
私の研究はもともと、LSI(Large Scale Integrated circuits: 集積回路)の特に設計方法から出発しています。いっぽう、一緒に研究している研究室の方はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)の研究をしています。現在は、大学院工学研究科ロボティクス専攻の田中秀治教授の研究室にいます。
2007年に、文部科学省 科学技術振興調整費の大きなプロジェクトである、MEMSとLSIの融合をテーマにした「先端融合プロジェクト(正式には先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラムにおけるマイクロシステム融合研究開発拠点)」というのが始まりまして。当時の拠点長である江刺正喜教授がLSIをできる人を探していたことで江刺研の助教として東北大学へやってきたわけです。
そこから10年以上を経て、触覚センサーを実現するためのLSIもMEMSも非常に完成度が上がってきています。
LSIとMEMSの両方を一体集積化した2.7mm角程度の触覚センサーデバイスを開発しました。どれくらいの力がどの方向から加わっているかということに加え、温度の情報もわかるセンサーです。最近は触覚の分野が盛り上がっているとお話ししましたが、ほかの競合の技術との一番の違いは、こういったセンサーを「たくさん」つけることができることです。
触覚ですから、あらゆるところにつけたいというニーズがあります。ただ、たくさんつける時の問題が大きく分けて2つありまして、まずひとつ目は配線が増えてしまうこと、ふたつ目はデータがものすごく増えてしまうということ、が問題となります。それらの問題を、両方とも解決できるのが我々の技術です。
まず、配線をどう減らすかについてですが、「シリアル通信」を使って一筆書きの配線の上に先ほど紹介しました一体集積化したデバイスをたくさんつけることができ、配線の数そのものを減らすことができます。
続いてデータが多くなってしまう問題については、押された時にだけデータを送る「イベントドリブン」という、押されたり何かに触れたりといった何かしらのイベントが発生したときのみデータを送り無駄なデータの転送量を減らすことができるという方法で解決しています。あらかじめデータを送るきっかけを決めておくことで、必要なときに必要な情報だけをとることができます。応答が速くて消費電力も少ないので、良いこと尽くしです。
また、LSIには他の多種類のセンサーもシリアル通信とイベントドリブンで取り込むことができるマルチセンサープラットフォームとしての特徴もあり、これからのIoT(Internet of Things)やカメラと機械学習との連携を考えると我々の技術の需要はこれからどんどん増えてくると思っています。
これらの技術が我々の独自性につながっていると思います。
Q:研究の体制はどうなっていますか。
この高度な技術の開発は東北大学の江刺先生、田中先生をはじめ多くの研究者が関わっています。MEMSにおいては、江刺先生の時代から数えて40年以上の歴史の積み重ねが東北大学にあります。企業側では、トヨタ自動車の中山さん、豊田中央研究所の野々村さん、畑さんなどを中心として共同研究を進めてきました。
LSIについては初期の原理検証のバージョンは私が設計していたものですが、後期のかなり複雑なバージョンはLSI設計会社に委託しており、だんだんと完成度が上がってきています。それを見た国内の企業から、自分のところで売りたいという声が聞かれるようになりました。
現在は技術移転をして、社会実装のための仕組みを準備しているところです。また、LSIは回路のみですので、センサー付きに加工しなければなりません。そういった加工をできるところはなかなかないので、であれば我々の会社でつくってしまおうということで、そのための準備もしています。
現段階ですと、文科省やNEDO(次世代人工知能・ロボット中核技術開発)など国のお金を基に開発をしていますので、売ってはいけません。そこでユーザーにきちんと購入できる形で提供して、みなさんに使っていただけるようにしていきたいと思って進めています。
身近な社会応用から地道に実践
Q:今後の課題として、どんなものがありますか。
技術的には、現段階でもデバイスとしての完成度は非常に高くなっていますが、実際に適用したときにどうなるかという部分はまだはっきりと見えていません。例えば使っているうちに、どう壊れるか、あるいは壊れた時にどうなるか。あとは、どれくらい使ったら壊れるのか、センサーの特性はどう変わっていくのかなど、信頼性の問題があります。
加えて、どういう現場に使えるか把握しておくことも大事です。ただ単に普通に掴むこと以外に、もっと繊細な動作はできるのか、得意なこと苦手なことなど、実践を通してどんなところに使えるのかを試していきたいですね。
このシステムを組み込む可能性がある人たちに実際に使っていただけるのかについてはユーザーインターフェースの仕込みが重要だと思います。我々の技術はハードウェア寄りのものですが、実際に組み込む人の多くはソフトウェアに関わる人たちです。本当に使えるのかという点になると、ソフトとの連携は非常に重要になるかと思います。
ハード側もソフト側もお互いに言い分があって、ハード側は自分たちのつくったものの利用が多少難しくても使いこなして欲しいわけですし、ソフト側は忙しいですから難しいものを一から勉強して使うというわけにもいきません。
そこで、ソフト開発者の方にも使っていただきやすいもの、例えばプログラミングをする時にあるコマンドを叩けば欲しいデータが即座に正しく出てくるようなインターフェース、いわゆるAPI(Application Programming Interface)を準備しようと考えています。
利用者のことを考えると、我々のセンサーシステムから出てくるセンサーのデータベースをある程度準備する必要があるかもしれません。共通のデータベースを準備しておくことで、様々な情報を抽出して利用の検討をしてもらうことができます。ハードウェア、ソフトウェアとデータベースなどトータルで、みなさんに使っていただけるようなものを準備していきたいですね。
Q:この分野を志す学生には、どんな力が必要でしょうか。
直接学生がつく立場ではありませんが、一部の学生さんの指導という形で関わっています。
基本的に機械系ですので、電子情報というよりも機械加工が得意だという学生が多いという感じですね。また、私はLSIで情報系から入っており、その分野では回路やプログラミングが得意な学生が多いです。
LSIとMEMSの融合からなるこの分野は、両方の分野に理解がなければよいものができません。技術の広さと深さが求められる分野ですのでしっかりと勉強してもらいたいです。
学生には、楽しんでやってもらうことはもちろんですが、没頭して打ち込めるほどのモチベーションを持ってもらうためにも「これができたらすごいよね」というテーマに取り組んでもらいたいなと思っています。
大局におけるテーマは我々教員が設定しますが、その中では学生に合わせて柔軟に調整して設定しています。学生によって得意なところやモチベーションが上がるところは全然違いますので。またドクターコースであれば、学生のポテンシャルを期待してかなり難しいデバイスやシステムだけれども意義深い課題を担当してもらうこともありますね。
うちは基本的にMEMSの研究室ですので、卒業後は、MEMS関係の企業に就職することが多いのですが、海外に行く人もいます。ものづくりが得意な学生が育ちますので、即戦力になる人も多いと思いますね。手を動かして頭も使うので、そういった作業が苦にならない人の方が向いているのではないでしょうか。
Q:企業との共同研究はどういった状況でしょうか。
大企業に限らず、多くの日本企業自体の課題や日本および世界の課題を一緒に解いていきたいと思っています。
そのため、ある程度は企業からも課題を出していただかなければなりませんし、大学における研究開発には企業からの資金も必要です。装置のお金や人のお金がかかりますが、エコシステムの構築という意味で今はそのバランスがうまく取れていないと感じています。
私はドイツの研究機関と付き合いがあるのですが、リサーチのディスクリプションでは研究課題の期間、スケジュールや期待される成果がきちんと定義してあり、お互いが納得の上で契約して進める感じです。海外の方式にならえば、日本の企業も安心してお金を出せるのではないかと思います。そこは、日本の大学にまだノウハウの蓄積や共有がないと感じています。
もうひとつ、企業は新規技術のリスクを取りにくい面があります。日本の企業の多くは、使えそうなものを送ってくれればとりあえず試してみるよというような感じです。これは日本のほかのテック系のベンチャーさんと話をしても、同じことがあるようでした。これって海外にはあまりないことで、海外では、つくったらβ版でもいいからすぐにくれと言われることが多いです。フットワークが軽くかつ熱意をもってアプローチしてきて、使えそうな技術であればきちんと対応して検討してくれます。
たとえばある日本発のベンチャーの新規技術の実証はドイツでやっているそうで、ドイツで実績をうまく積められれば日本企業は安心して採用してくれると考えているとのこと。逆輸入という形になり、少し残念な気もします。日本の企業も直接リスクをとって熱意をもって取り組んでいただきたいですね。ただ、最近は日本でも少しずつ変わっているようにも感じています。
また、もちろん日本企業のみに限定して連携を考えているわけではありません。
Q:今後の目標を教えてください。
会社を設立するのと同時に、みなさんに安心して気軽に使ってもらえるようなキットをつくりたいです。2020年から21年には実際に会社を興し、みなさんに使っていただけるようなものをご提供していきたいと考えています。今のラボの田中秀治教授と、平野栄樹准教授と共同でスタートアップを立ち上げることを計画しています。
すぐに実績が出そうなものというと、ARやVRといったゲーム、スポーツ応用のジャンルですね。一番ほしいと言われているのが、ゴルフクラブのグリップにつけてグリップ力を調べるセンサーです。
ゴルフのトレーニングをする時に、コーチは「これは添えるだけ」といったアドバイスをします。しかし、添えるだけの力って言われても実際はわからないことですよね。感覚的な部分を見える化して、実際にはどうなのかを調べてみる。今までは感覚的に行なってきたことを見えるようにするので、これは絶対に売れると確信しています。
このように入りやすさではスポーツ応用かなと思いますが、最終的には介護の分野に広めていきたいですね。介護はやはり導入の難易度が高く、人の生活の場で使われるものですから、どんなことが起きるかわかりません。
例えば、ロボットがバグや故障で皮膚感覚を失ったときに、予期しない動きをして利用者がケガをされることもあるかもしれません。人への影響がすごく大きいものですので、こういった問題が起きないようにしないといけません。
あらゆることが起きる可能性がある中で、どんなことにも対応できるものをつくらなければならないわけです。その前準備の学習フェーズとして、エンタメやスポーツ応用などで実績を積んでいきたいというのもありますね。
もともと介護応用をひとつのゴールとして見据えていますので、一つひとつクリアして安心して使えるように段階を踏んでから投入していきたいと思っています。(了)
室山 真徳
むろやま・まさのり
東北大学 マイクロシステム融合研究開発センター 准教授。
2002年、九州大学 大学院システム情報科学府 情報工学専攻 修士(工学)取得。2005年、九州大学 大学院システム情報科学府 情報工学専攻 博士課程単位取得退学(2008年1月 博士(工学)取得)。
2005年、九州大学システムLSI研究センター 助手。2007年より同 助教。2008年、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)助教。
2014年より現職。