カーボンニュートラルの実現に向けて、エネルギーの変換効率が高く、CO2の排出を抑えられる自動車や飛行機など「動くモノ」の電動化のニーズが高まっている。ここには、電力の供給、電気エネルギーの貯蔵、電力交換、電気・機械エネルギーの変換などを、小型化・軽量化した機器で高精度、高速に実現する技術が不可欠である。そして、世の中で電気エネルギーを利用する上でも、これらの技術が必須となる。自動車,鉄道車両などの電動モビリティシステムの研究を通じて、社会における高効率・高性能・高機能な電気エネルギーの利用技術の確立に取り組んでいるのが、早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科の近藤圭一郎教授である。今回は近藤教授が取り組んでいる研究テーマや独自の研究アプローチなどについて詳しく伺った。
個別的な事象テーマから、普遍的なテーマを見出していく
Q:まずは、研究の概要についてお聞かせください。
私が専門としているのは、電気工学の一種であるパワーエレクトロニクスとモータ制御です。パワーエレクトロニクスとは、電磁気学、回路理論、電気機器、制御工学などを基盤として、半導体のスイッチ(パワースイッチングデバイス)を高速・高頻度でON/OFFすることで、電力変換を行う技術のこと。スイッチを1秒間に何千回〜何万回とオンオフするこの技術により、高電圧から低電圧へ、または直流から交流へ変換して、電力の属性を瞬時に変えることができます。
またモータ制御とは、必要に応じてモータの回転速度や回転方向を変化させて、思い通りに力(トルク)を瞬時に発生させる技術のこと。この2つの技術を用いることで、電気をエネルギー源とする小型で大出力な動力発生機構である「モータ駆動システム」が実現できました。そして、ハイブリッド電気自動車のようなエンジンとモータ両方の駆動システムを搭載したクルマや、新幹線のような小型軽量で大出力の駆動システムを搭載した鉄道車両が誕生しました。このように電気でクルマや電車などの移動体を動かす機構を「電動モビリティシステム」と言います。
我々の研究室では、この電動モビリティシステムを対象にパワーエレクトロニクスやモータ制御を基盤技術として、電気を賢く使う研究を行っています。
研究テーマとしては、大きく分けて3つです。
1つ目は、蓄電池装置/燃料電池の応用です。この研究で重要になるのが、「充放電制御」です。これは、適切なタイミングと適切な電力で放電と蓄電を行うことで、最小の電池容量で,電池のエネルギーに利用効果最大限に高めるための技術です。この技術を使うと,余分な電力を貯める必要がなくなり、例えば,電気自動車の電池搭載量の削減が可能になり,小型軽量化とローコストの実現を目指せます。
最近では電車でも、自動車と同じようにハイブリッド電源鉄道車両の研究開発がさかんに行われています。列車本数の少ないエリアでは、電線を設置するとコスト高になります。こうしたエリアでは、元々ディーゼルエンジンで走行していましたが、CO2排出削減のため、ディーゼルエンジンと蓄電池を動力源とする車両が採用されています。私は、こうしたハイブリッド電源鉄道車両の性能を向上させるための研究やアドバイスなどを行っています。
2つ目は、意のままに動かし・止める高性能なモータ駆動制御の実現です。速度を素速く変える時には、モータを回転させる回転力(トルク)を正確に調節する必要があります。また,回転力を急減に変化させると,駆動されている機械装置が振動する場合があります。これを抑えるためにも、微妙な力加減が必要です。これらを限られた電源電圧,機器の大きさ,コストなど制約の中で,いかに高性能に実現するか,という研究を行っています。
3つ目は、高効率な非接触給電の実現です。非接触充電は「ワイヤレス給電」とも言いますが、ケーブルを接続することなく充電できる仕組みです。導線を巻いたコイルに電気を流すと磁界が発生します。そこにもう1個コイルを置き、磁界を変化させると、そのコイルにも電圧が発生し,電力が送れるようになります。この原理を応用して、片側の受電コイルを自動車側に付けて、もう一方の送電コイルを地上側に置けば、停止した瞬間から,あるいは走行しながらでも,自動車への給電が可能になります。
まだ実用例はないですが、大手自動車メーカーでは20年程前から興味を持っている技術の1つです。なぜ、それほどまでに注目を集めているのかというと、この「ワイヤレス給電」で頻度高く充電することで,電気自動車の搭載電池の削減や航続距離延伸を可能にするからです。
例えば、電気自動車のバッテリー充電が自宅でしかできないとしたら、外出しても電池が持つように、沢山の電池を車載することが必要になります。ワイヤレス給電(非接触給電)で、いつでも充電ができるようになれば、電池を多く積む必要がなくなります。目指すのは、電車のように、線路上に設置している電線から電気を取り入れられるような仕組みです。しかし、線路に沿って一次元で動く電車に比べ、平面を二次元で動く自動車では、電力の供給を容易には行えません。また、蓄電池電車でも,いつ,どこで充電するかによって蓄電池搭載量や航続距離に影響します。そこで、我々は、どのタイミングで、どのような給電を行えば車載電池を最小化しながら,クリーンで高効率な電気駆動を広められるかという研究を行っています。
Q 研究の社会的ニーズについて教えてください。
一番は化石燃料枯渇対策です。何十億年の間に地球上に蓄えたエネルギーを,人類はこの100年の間に物凄い勢いで消費して便利な生活を得ました。しかし,これが永続するとは限りません。子や孫の代まで続く戦いですが,我々が今できることはする必要があります。もう少し短期的なニーズはカーボンニュートラルへの貢献です。Well(油田)から原油を採掘し、精製・運搬を経て、Wheel(車輪:車が走行する)までの効率(Well to Wheelの効率)で,電気自動車はガソリンで動かすよりも効率が良く、CO2の排出量をトータルで減らせる可能性があります。電気自動車のようにモビリティの電動化と性能向上を進めることで,カーボンニュートラルに貢献できると考えます。
Q 近藤先生の研究アプローチには、どのような独自性があるのでしょうか?
具体的(個別的)な応用研究を通じてから、普遍的な手法を導き出す。そこに我々研究の独自性があると思います。例えば、ハイブリッド自動車の電池の高効率・高性能に利用する技術をテーマに研究したとします。そこで得られた技術は,自然エネルギー発電の電力平準化や,電気鉄道の地上蓄電による回生エネルギー有効活用などの他の電池応用技術にもその考え方は応用できるわけです。
こうした考え方に至った理由は、2つあります。
1つは、パワーエレクトロニクスやモータドライブ応用は50年以上歴史のある成熟した研究領域です。このような領域では一般的な解決法はすでに提案しつくされています。しかし工学は,技術がどの場合にどの程度まで有効かをメカニズムとともに明らかにする学問です。一般的な知見を個別のニーズに適用する意義はここにあると思っています。
もう1つは、自分の強みを発揮できると思うからです。
大学教員になる前は、鉄道総合技術研究所にて具体的な課題解決につながる新技術の開発などに取り組んでいました。ここで養われた研究対象の技術的特徴や定量的な感覚は,アカデミックな世界で問題を設定する上で,陰に陽に役立ちます。このようにして,具体的な問題を設定し,個別的なテーマから共通項を探り、普遍的なテーマを見出すという研究スタイルを確立していきました。
目標は、パワーエレクトロニクス技術を意識しなくなること
Q 研究についての課題はありますか?
自動車のエンジン(ガソリン)とモータ(電気)でのエネルギーの変換効率を比較すると、ガソリン60%に対してモータは90%。つまり電気エネルギーのほとんどは、機械エネルギーの動力に変換されています。つまりこの分野の研究は例えるなら,「乾いたぞうきんを絞る」のと同じで,その残された10%をいかに改善していくかというものです。これが象徴するように,上澄みみたいに残っている部分について、さらなる効率化を目指しても、一足飛びに社会を変革するような大きな変化は産み出せませんし、リーズナブルな日本の電気コストでは、労力と成果が見合わず、報われないところもあります。
それでも、わずか数%の改善が、例えば,電力変換装置の冷却系などの小型化や軽量化を実現し、これまで電動化が難しかった分野にも適用可能になる、というようなブレークスルーにつながります。そこは意識して取り組むようにしています。
Q:この分野を研究する学生に必要なことは何ですか?
「研究者は、内向的でおとなしい人が向いている」というイメージでとらえられることがありますが、それは大きな誤解だと思います。研究は自分のわからないことや、自分の知らないことを解明しながら、真理に辿り着かなければなりません。そのためには、他の人から新たな情報を得たりして、さまざまな世界について積極的に吸収していかないと、そこに到達するまでの新しい発想は生み出せません。また自分の成果を発信し理解してもらえなければ,研究成果とは言えません。
だから、他者としっかりとコミュニケーションを図ること。そして、相手が何を考えているのかを理解し、自分が思っていることを分かりやすく伝えられること。これこそが,将来エンジニアとして活躍する学生達に研究を通じて養ってもらいたい素養です。
Q:企業について伝えたいことはありますか?
私の研究室では、電機メーカーや自動車メーカー、鉄道会社との共同研究がさかんです。学部生と修士、博士が30名ほど在籍していて、ほとんどが企業からの依頼をもとに研究テーマを設け、取り組んでいます。
企業には、パートナーとして同じ目線で、できれば長期的なプロジェクトに取り組んでいただきたいと思っています。それによって、物事の本質を見抜く目が養われ,目の前の問題だけでなく,より普遍的に問題解決が図れるようになり、お互いメリットが得られると考えています。
Q:将来的な目標をお聞かせください。
究極をいえば、パワーエレクトロニクスという技術が見えなくなることです。携帯電話が世の中に登場した頃は、ショルダーバッグほどの大きさで、非常に存在感がありました。それが今やスマートフォンとしてポケットに入ってしまうくらいのサイズになり、徐々にスマートウォッチ(時計)のウェアラブルデバイス化しつつあります。このように技術が進化すると、存在そのものが意識しなくなってきます。それと同じで、パワーエレクトロニクスの究極の進化は、電気を使っていることさえも考えなくていい、そんな社会にすることが我々の究極の目標です。(了)
近藤 圭一郎
(こんどう・けいいちろう)
早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授
1991年 早稲田大学理工学部電気工学科卒業。同年鉄道総合技術研究所入所、2007年千葉大学工学部助教授、同工学研究科教授を経て、2018年より早稲田大学先進理工学部電気・情報生命工学科教授となる。博士(工学)、技術士(機械部門、総合技術監理部門)、IEEE Member、電気学会上級会員、自動車技術会フェロー、日本鉄道車両機械技術協会顧問。