日本国内だけで年間1万人以上の死亡者が出ているくも膜下出血は、脳動脈瘤の破裂によって引き起こされる。そのため、脳動脈瘤の破裂をいかに予防するかが重要である。こうした中、脳動脈瘤を引き起こす炎症を抑える薬の開発に取り組んでいるのが、国立循環器病研究センター研究所 分子薬理部 創薬基盤研究室の青木 友浩室長だ。くも膜下出血を防ぐための取り組みについて、青木室長に話を伺った。
くも膜下出血を抑制する薬を開発
Q:まずは、脳動脈瘤研究のニーズについてお話しください。
脳動脈瘤は、脳の血管のちょうど分かれ目の部分にできる風船状のもので、有病率の割合が高い病気です。
割合としては人口の数パーセントといわれており、仮に5パーセントだとすると日本なら500万人がこの病気を持っていることになります。
脳動脈瘤は脳ドックやMRIなどで偶然見つかるケースが多く、破裂するとくも膜下出血を引き起こします。
くも膜下出血は医学が発達した日本でも約半分の人が亡くなる病気であり、後遺症をきたす人も非常に多いです。社会復帰の割合も10パーセントほど、脳梗塞や脳内出血など他の脳卒中と比べても予後が悪い病気であるといえます。
さらに、亡くなる人の中に若い人も多く、若い人の突然死の原因の一つにも挙げられています。
くも膜下出血を起こした人の4人に1人が突然死で、日本でも年間1万人以上が亡くなられているのが現状です。
その原因である脳動脈瘤は、日本・アメリカ・ヨーロッパのような医療技術の発達した国であれば、脳ドックなどで破裂する前に見つけることができますが、破裂してしまえば半数の人が亡くなってしまいます。
さらに、破裂してしまった後の治療法が限られてしまう(破裂した後では死亡率や後遺症率が高い)ことなども踏まえると、脳動脈瘤の破裂を予防するということが非常に重要であるといえます。
脳動脈瘤は、日本で検査をすると数パーセントの割合で見つかり、そのうちの半数弱の方は治療を受けられています。
しかし、脳動脈瘤の治療は現状では外科手術しか方法がありません。基本的には、頭を開けて手術をする、もしくはカテーテルという2つの治療方法しか選択肢がないのです。
両方とも外科的な治療ですから、うまくいけばいいのですが、治療によって亡くなる方や後遺症が残ってしまう方もいます。
そのため、外科治療のリスクよりも、破裂の危険性が高いと予測される人だけが手術を受けているのです。
割合でいうなら、脳動脈瘤を有する方が100人いたら、年間で約1人が破裂していることになります。
脳動脈瘤の大きさや場所、家族歴があるか高血圧があるかどうかなど様々な面から予測をして、危険だと推測される病変を有する方が手術を受けます。
しかし、現段階では予測の精度が十分ではありません。
例えば、脳動脈瘤は大きいほど破裂しやすいのはもちろんですが、小さくても破裂する人がいます。反対に、非常に大きな動脈瘤があったとしても、生涯破裂しない人もいるのです。そういった方にとっては、治療をすること自体が過剰な医療介入であり逆に治療しないことは不十分な医療介入になってしまいます。
つまり、現在の医療介入の状況が本当にベストだとはいえないのです。がんの治療であれば、化学療法や放射線治療など様々な方法があることで治療成績が上がっています。一方で脳動脈瘤の場合は、外科治療しか選択肢がありません。
つまり、治療の危険が高い人や高齢者の方など、負担が大きくなってしまう方、予想される破裂危険性が低く手術を行わない方に対して、外科治療を補完するような内科治療がないことが問題です。そのため、脳動脈瘤の治療を受けられない方に対して薬を作ることが、重要な社会的ニーズであると考えています。
脳動脈瘤がどのようにしてできて、悪くなって、破裂するかというメカニズムを知らなければ、予防の薬を作ることはできません。そこで我々はまず、日本で開発された動物のモデルを使って、脳動脈瘤のメカニズムの研究を始めました。
研究の当初は、脳動脈瘤は生まれつきあるものだという考え方や、後天的に生まれてからできるものだという考え方もあり、どうしてできるのかがよくわかっていませんでした。
私は脳外科医ですので最初は脳外科におり研究を開始したのですが、しばらくして京都大学の薬理学教室(医学研究科神経細胞薬理学教室)で研究をすることになりました。
研究を続けるうちにわかってきたのは、脳動脈瘤は炎症反応で起こる病気だということです。ケガをすると赤く腫れるとか、熱が出る、痛いなどは全て炎症反応です。
ただ、ガンや動脈硬化、糖尿病なども炎症による病気です。実は、多くの慢性的な経過をたどる病気の背景には長く続く炎症反応(これを慢性炎症と言います)があるということがわかってきており、総じて「慢性炎症性疾患」と呼ばれています。
脳動脈瘤については、炎症によって進行していくものだということは我々を中心に見出されてきました。概念として確立されたのは、2010年くらいのことだと思います。
脳動脈瘤を専門に研究する研究者は限定的です。我々はずっと一貫して研究を行なっているので、世界の中でも主流だ
と思っています。その後、脳動脈瘤の炎症反応を司る分子がいくつかあることが明らかになりました。
動物実験では、その分子を抑える薬が動脈瘤の形成や進行を抑えるということもわかったのです。これは2010年前後に順次判明したことで、その中から薬のターゲットになるものがいくつかピックアップされました。
ターゲットとしての要件は予想される副作用が少ない、あるいは効果が強いものなどです。炎症反応であれば、要となる反応や分子を抑えた方が効果が強いといえます。
いくつかの薬や分子が限定され、その一つにあったのがプロスタグランジンの受容体の一種である「EP2」でした。
皆さん、風邪をひいて喉が腫れたりケガをしたところが赤く腫れても、数日で治ると思います。これが「急性炎症」といわれる状態です。
一方で「慢性炎症」は、数ヶ月~数年単位のように長い期間続く炎症のことです。
一般的な炎症は短時間で治るものですが、長く続いてしまうのは特有のメカニズムがあるからです。そういった「炎症の慢性化」を司る因子の一つがEP2というわけです。
その後実験を重ねていくと、EP2の機能を抑えることでモデル動物の動脈瘤を治療できることがわかってきたのです。様々な検討を続けた結果、体内にある炎症反応を担う細胞の一種の「マクロファージ」に発現しているEP2が重要であるということまでたどり着きました。
薬のターゲットとしてEP2は非常に有望で、病変部のみで発現し炎症反応の慢性化の要として働くため、病変部のみに効く副作用の少ない効果的な薬ができるのではないかと考えています。また、EP2以外にも多くの分子が病気に関わることを見出し、我々だけでも10を超える薬で、モデル動物の動脈瘤を抑えられると証明してきました。
EP2以外をターゲットとする薬においても、脳動脈瘤の発生や進行を抑えられるという知見を動物モデルで蓄積しています。
研究の証拠としては弱いかもしれませんが、臨床で使われている炎症を抑える薬の中に、人間のくも膜下出血を抑える可能性を期待できそうなものが出てきています。
くも膜下出血や脳動脈瘤が未破裂の患者さんに飲んでいる薬の種類などを聞いたところ、ある薬を飲んでいると、くも膜下出血を起こす患者さんが少ないということがわかりました。
つまり、炎症を抑える薬によって、人間の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を抑制できる可能性があると、我々が世界で初めて報告をしたわけです。現在ではそれを補完するような報告が海外からも出てきています。
脳動脈瘤の治療薬は作れる可能性が非常に高いというところまできているのです。何がベストかはまだわかりませんが、EP2は非常に有望であると考えています。
実現に向け、大規模な治験に課題
Q:今後の課題として、どんな課題があるでしょうか。
社会実装に向けて考えると、「治験」を組むことが非常に難しいといえます。
未破裂の脳動脈瘤の方を集めて、お薬を飲んでいただいて、くも膜下出血を予防できたかを見る。考え方は非常にシンプルかもしれませんが、脳動脈瘤の破裂は年間で1パーセント、増大してくるような危険な脳動脈瘤が年間で数パーセント。脳動脈瘤の場合は「破裂を抑制したかどうか」が薬の効果を表します。
しかし、その指標を出そうとするとき、1000人患者さんがいても破裂する人はその1パーセント、10人しかいないことになります。治験をするなら、危険な10人に薬を投与したら破裂した人が5人に減りました、だから薬が効いています。という結果になるのです。
つまり、脳動脈瘤が破裂したり増大する人、すなわち評価の対象になる人が非常に少ないといえます。このようなケースで治験をしようとすると、必然的に症例数が多くなってしまいます。
ここで何が問題かというと、一つは、世界中の治験はコストを下げる目的から、「小規模化・短期間化」が基本になっています。脳動脈瘤は年間の破裂率が1パーセントですから、最低でも年単位で経過観察をするか、期間を短くするのであれば数千人を治験しなければなりません。すると治験が大規模になってしまいます。
我々もいくつかの薬の治験にトライしようとか、様々な企業ともお話をしたことはあるのですが、もし治験がうまくいかなかった場合、かけたコストのぶんを損してしまうことになります。大規模な治験をせざるをえない場合に、企業はそこまでのリスクをおかしてくれない場合がほとんどです。
製薬業界も非常に競争が厳しいため、リスクをおかしたくないという気持ちはわかります。これがガンなどであれば、社会的な認知度も高いので話が変わってきますが、脳動脈瘤はまだ社会的な認知度が低い病気でもあります。
くも膜下出血はよく知られていますが、脳動脈瘤といってもピンとくる人は少ないです。そういった病気について治験をしたいといっても、なかなか話にのってもらえない感じはありますね。
もし、脳動脈瘤の薬ができたら、世界で初めてのことになります。うまくいけばリターンは大きいので、ハイリスク・ハイリターンといったところですね。
患者さんの数も多く、困っている人もたくさんいますから、社会的にも重要なことだと思います。そこを共にしてくれる企業さんが、なかなか現れないということです。
それもあって我々は企業任せではなく、ある程度は自分たちで薬の原型を作っておかなければならないと考えています。いわゆる「アカデミア創薬」的な方向で、自分たちのできる範囲でやっていかなければなりません。最終的な製剤と販売については企業さんが必要ですが、これからはアカデミア創薬に取り組むことも必要だと考えています。
Q:現在の研究体制はどうなっていますか?
脳動脈瘤という病気は、医学の中では脳外科医しか見ない病気です。外科治療しか方法がないこともありますが、内科の先生が見ることはほとんどありません。逆にいうと脳動脈瘤研究に興味を持ってくれるのは、脳外科医しかいないわけです。
私のチームは、テクニシャンを除くと全員が脳外科医です。これは研究を始めた当初からずっとそうです。
一方で、共同研究する先生方は非常にバリエーション豊富です。例えば、炎症という観点では、慢性炎症の一つであるガンの研究をしている先生方と知識をシェアすることもあります。
また、脳動脈瘤は研究としても非常に面白い分野です。脳動脈瘤は血管にできる病気ですが、炎症がなぜ起こるかというと、まず血管の中を流れる血液はあらゆる方向で血管の壁にぶつかります。
特に脳の分岐部は特殊な当たり方をしているのですが、血液が血管壁に当たる物理的な圧力によって、炎症が起こります。これが脳動脈瘤につながるわけです。その観点から脳動脈瘤は、血流という物理的な力がなぜ生物学的な炎症や細胞の反応を引き起こすのかという疑問を解明するための、モデル疾患になっているのです。
例えば生物学なら細胞の反応を見たり、物理学であれば圧力などに関係してくるでしょう。今それぞれの研究の世界は非常に成熟化してきていて、非常に多くのことがわかってきています。
そこで次のフロンティアとなるのは、お互いの分野のちょうど境目の領域についての研究です。大きなテーマを解き明かすための病気として、脳動脈瘤は非常にシンプルで、モデルとして適した疾患であるといえます。それを踏まえ、生物や物理学、場合によっては数学の先生など、あらゆる分野の先生方と共同研究をしています。そういった面では、研究がかなり広がってきていると感じています。
Q:この分野を志す学生にはどんな姿勢が必要でしょうか。
京都大学では、脳外科の大学院の後に薬理学教室でスタッフをしていました。脳動脈瘤が私のライフワークですが、ガンや免疫系など様々な病気の基礎研究をさせていただいていました。
その中で、留学生を含めて非常に多くの大学院の先生などずっと一緒に実験をしてきました。脳外科に興味のある人に対しては、まず一つ、脳外科は非常に特殊な病気を扱う科で、脳外科医となると手術が当たり前になってきます。
ですから、皆さん手術の腕を研鑽してそれで生きていくわけです。その点では非常に職人的な部分があると思います。また、基本的には対応する内科がいないという面もあります。
そのため、脳外科医はお薬など内科的なことも考える必要があります。
外科医はもちろん手術をするわけですが、手術は合併症の可能性も出てくるため、患者さんに負担をかけることでもあります。つまり、手術をすることが必ずしもベストな治療方法ではない場合もあるわけです。
脳外科医は切り貼りをする世界ではありますが、その一方で物事をじっくり考えて、内科と外科を包括するような考え方をしてほしいなと思っています。
逆にベーシックな研究者になりたい人たちに対してですが、私も成宮先生のもとで薬理学に移らせていただいたので、外科医としては生きていません。今も国立循環器病研究センターで研究を続けています。
私が個人的に脳動脈瘤の研究をしてきて思うことは、「最初は誰にも認められない」ということがしばしばあるという事です。認めてもらえなくても、あまり気にしすぎないことが大事ですね。
面白いことは、いつか必ず誰かが面白がってくれるからです。
個人的には、きっちりと実験のトレーニングができる環境に身を置くことは大事だと思います。実験のレベルが低いのでは、話になりません。そのうえで、面白いと思うことを継続していく。たくさんの人たちと話していく中で、「知らなかったけど、面白いじゃないか」と誰かが認めてくれて、そこで世界が広がっていきます。
技術は重要ですが、やはり好奇心を持って面白いと思うことを一人でもいいから徹底的にやる。最初は誰にも見てもらえなくてもいいんです。面白いことを続けていれば、誰かが認めてくれます。こういったことがおそらく、研究者の素質につながるのではないかと思いますね。
Q:最後に、今後3年間の目標を教えてください。
研究としては物理学などと共同で新しい分野を開きたいと思っていますが、やはり社会に還元するということを考えなくてはなりません。
ここ3年で少なくとも臨床の治験をする手前まで体制を整えて、今までは誰もなし得なかった脳動脈瘤を対象とした治療薬の治験をしたいですね。日本から世界へ新しい薬を出すということは、日本としても重要なことだと考えています。ぜひ実現していきたいです。(了)
青木 友浩
あおき・ともひろ
国立循環器病研究センター研究所・室長
2001年、京都大学医学部卒業。2009年京都大学大学院医学研究科(脳統御医科学専攻) 修了(医学博士)。
2001年より京都大学医学部附属病院・研修医に従事。2002年より滋賀県立成人病センター 脳神経外科、2004年より市立舞鶴市民病院 脳神経外科に勤務。
2009年より、学術振興会特別研究員PD(京都大学大学院医学研究科神経細胞薬理学)。
2012年から京都大学大学院医学研究科・特定研究員に着任し、同年8月からは京都大学大学院医学研究科・特定准教授。
2017年より現職。