乳がんは、様々な種類のがんの中でトップクラスの罹患率があり、初期段階での発見が必要である。しかし、現状の初診検査では患者側の負担が大きく、判定も不正確であるなど課題も多い。こうしたなか、「マイクロ波」を用いて従来とは異なる検査手法を開発しているのが、電気通信大学大学院情報理工学研究科 情報・ネットワーク工学専攻の木寺 正平准教授だ。今回はマイクロ波の特性と、波長の長さからくるデータの粗さを補完するデータ解析の必要性について、話を伺った。

乳がん検査のためマイクロ波に着目
Q:まずは、マイクロ波研究の社会的ニーズについて教えてください。
マイクロ波は、我々の生活にとってかなり身近な電磁波だといえます。
マイクロ波は電磁波の一つの波長帯で、だいたい数センチ~数メートル程度の波長です。携帯電話にもマイクロ波が使われており、およそ数十センチ程度の波長になります。
また電子レンジは英語で「マイクロウェーブオーブン」といわれていて、こちらも名前のとおりマイクロ波が使われています。
携帯電話などマイクロ波が使われているものを身体に押し付けた場合、その人体への悪影響が危惧されていますが、科学的には長時間になると影響が出るかもしれないという程度で、数時間以内であれば影響がないとされています。
つまり、生体に対してさほど影響はないといえますから、医学の分野でも使うことができます。
マイクロ波の一番のメリットは、「イメージング」です。「イメージング」とは、身体を三次元的に再構成することで、一般的なカメラやレーダなどにも使われています。
例えば、光が使えないような状況でマイクロ波が使われていることもあります。光は数百ナノメートルくらいの波長で、それに対してマイクロ波は数センチメートル。その差は数万倍、数十万倍にもなりますから、起こってくる物理現象にもかなりの違いが出てきます。
例えば、煙の中。光の場合は煙にも反射してしまうので、向こう側が見えなくなってしまいます。災害現場で粉塵が立ち込めていて向こう側が見えないというとき、光は細かすぎて、微粒子に対して乱反射してしまうのです。こうした、光では使えないような状況でマイクロ波が使われます。
他の例であれば、車の車載センサーがあります。一般的な車の自動運転には、レーザー、カメラ、マイクロ波(ミリ波)のセンサーが使われています。車の自動運転に関わるようなカメラは、周囲の環境をセンシングしなければなりません。
霧が出ていたり、天気が悪い場合には、マイクロ波よりももう少し短い波長のミリ波であれば、悪い環境下においても遠くを見ることができるのです。このように、状況次第では長い波長も活躍するところがあるというわけですね。
ただしその一方で、マイクロ波では見える画像の細かさ(分解能・解像度)についてはかなり粗くなってしまいます。データ、つまりとってきた波長を変えることはできないので、得られたデータをいかに信号処理側で工夫して従来の限界を超えていくかという研究が必要になります。
そこで、マイクロ波の信号処理、データ処理、画像解析が主に我々が行なっている研究になります。
Q:マイクロ波を用いて、どういった対象を研究されているのでしょうか。
まずは、がん細胞を見つけることです。
私自身、2016年にアメリカのウィスコンシン大学に行ってきまして、そこで半年ほど研究をしてきました。
ウィスコンシン大学には、マイクロ波を使ったマンモグラフィーで乳がんを見つける研究のパイオニア的存在の教授がいまして、そういった先生方と研究をさせていただきました。そこで行なっていた試験や現状の課題などを日本での研究に活かしています。
我々は基本的に信号処理側の人間ですが、現状では精度が足りないという課題がありました。そこに対してレーダ的なアプローチと誘電率を再構成するトモグラフィ的な方法などを統合すると精度が高められるのではないかと考えていました。課題を日本に持ち帰って、本格的な取り組みを始めています。
渡米より以前から、私がもともとやっていたのが、レーダ信号処理です。イメージングの精度や処理速度をどのようにして上げていくかという、アルゴリズムの開発などを主にやってきました。
様々な出口がある中で、そこまでどうやって展開していくかという点に、3、4年前から取り組み始めて広がってきたのが現状ですね。
Q:一般的に、現行の乳がんの検査ではどのような課題があるのでしょうか。
乳がんの検査については、現在ですとX線のマンモグラフィーが主流です。X線を使いますから、被曝の危険性が出てきます。乳がんの検査時は乳房を強く圧迫しなければならないため、痛みが伴います。こういった理由から、どうしても受診率が低くなってしまいがちです。
また検査には超音波を使うものもありますが、これも接触させて検査するものです。超音波検査は、お医者さんによって検査結果に違いが出やすく、技量に依存してしまっている部分が多くあるのです。
一方で乳がんは、様々な種類のがんの中でトップクラスの罹患率があります。検査における課題をなんとか改善していくため、X線に代わるものがないかと探していたのです。これに対して、マイクロ波であれば非接触で検査を行なえるため、より頻度の高い簡易スクリーニングが可能であると期待されます。
マイクロ波を用いた検査手法として、現在簡易診断装置と画像解析法を開発しています。あらかじめ検査用のベットには穴を開けておき、穴の下にはレーダの装置を置きます。そして穴に乳房を入れるような形で、ベットにうつ伏せに寝てもらい、スキャンしていくという方法です。 こうして非接触で三次元的な像が撮れれば、痛みがなくかつ安全な検査ができると考えています。
もちろん、より高い精度で検査をするなら、MRIやX線CTが必要になるかと思います。しかし、簡易スクリーニングとしては身体への負担が少ない検査装置ができればいいのではないかと考えています。 簡易スクリーニングの結果、何か怪しい部分があればより詳しく検査をするというような、二段階の検査方法が早期発見のために重要だと考えています。
がん細胞を見つけるための重要なポイントとして、誘電率と導電率があります。
正常な細胞よりも、がん細胞のほうが、誘電率と導電率が高いということがわかっています。誘電率の違いを画像で識別することができれば、どこにがん細胞があるかが一目瞭然です。
しかし、ここで問題になるのが、乳腺内での判別です。乳房には脂肪と乳腺があります。がん組織は脂肪組織に対して10倍以上の誘電率の比があることがわかっていますが、乳腺組織の誘電率は高くがん組織との比は1.2倍ほどしかありません。 そのため、微妙な差を見抜かなければなりません。特に日本人は乳腺が発達しているため、見分けるのが難しいといわれています。
こうした理由から、従来のアプローチでは見分けることが難しいということが、現状の課題になっています。そこで我々がこれまで行なってきた高分解能レーダアプローチと、誘電率を再構成するトモグラフィー的アプローチを融合させることで、精度を高めていこうと考えています。
誘電率を再構成するトモグラフィー的方法については、アメリカの研究室でも行なわれていました。一方で我々が行なっているトモグラフィー的方法とレーダ的アプローチを融合させる方法は、世界的に見ても独自性が高く、既にその有効性を特定の例で確認しています。
データ解析を重点的におこなう
Q:実際の研究体制は、どうなっていますか。
装置そのものについては民間と共同でつくっていて、我々はそこから得られたデータを解析するという部分にフォーカスを当てています。
現在の体制としては私と大学院生が7人、学部生が4人という体制になっています。現在複数のプロジェクトが並行して走っているので、学生さんはそれぞれの課題で、関連する実験やアルゴリズムの開発に取り組んでもらっています。
マンモグラフィーの他には、車載レーダにおける周囲環境モニタリングや道路やトンネル等のコンクリート内部における空洞や腐食を探知する非破壊計測をマイクロ波やミリ波を使って実現するテーマ等を中心に研究しています。
昨今、建物やトンネルなどの老朽化も問題になっていますので、長大な道路やトンネルをスピーディーに検査したいというニーズがあります。従来は打音や超音波などを用いて基本的に接触型で調べていましたが、マイクロ波は非接触で調べることができますから、例えば車にセンサーを搭載して電波を出しながら走らせれば、スピーディーに大規模な領域の検査ができます。
Q:課題として感じている点はどんなことでしょうか。
誘電率の精度をどのようにして高めて再現していくかという部分が、今後の主要な課題になってくると思います。
これは信号処理側の課題だと考えています。もちろんハードウェア的な課題もあると思います。ハードウェアに制限があったとしても、信号処理でなんとかできるようになれば良いと思っています。我々が開発した独自のアプローチを入れてあげることで、さらに独自性を高めたいですね。
さて、得られたデータを再構成していく際に必要になるのが、客観的な判断です。そのために、様々なシチュエーションでの観測データをデータベースに取っておき、機械学習で判定をするという方法も必要になってくるでしょう。 いわば、最終的な判断をお医者さんに任せるのか、データベース化したところから学習させて判定していくか、ということです。データ学習化が、観点の一つです。
医学的、産業的な課題として、以前に講演を依頼されたときに、お医者さんとも話をする機会がありましたが、マンモグラフィーが、MRIやCTに対して十分な優位性を明確にすることが必要であり、そのためにまずは臨床試験が必要だと思っています。
マイクロ波を使う画像診断のやり方は、超音波やX線に比べるとその優位性があまり認識されていないため、企業や医療メーカーさんなども、踏み込むことに躊躇してしまうという感じです。
ユーザーであるお医者さん側としては、既存の機器と比べてどれくらいのメリットがあるのかというところを重視しているようですね。
そのため、臨床試験などを通して、導入のメリットをもっと具体的に説明できるようにならなければ、開発までこぎつけることが難しいといえます。
実際に人を使う臨床試験は難しい状況にあるので、生体の組織などを模擬した「ファントム」を使った試験を行なっていこうと考えています。
がんがある患者さんを毎回連れてくるわけにはいかないので、ファントムを使って識別ができればメリットをもう少し具体的に伝えられると思います。
Q:研究室には、どんな学生さんが多いのでしょうか。
学部生が研究室に配属されるのは4年生からです。医療関係の分野はもちろん、先ほどお話しした3つの大きな柱に興味を持ってくる学生さんが多い気がします。卒業後は大学院に進む人が多く、修士課程が終わるとメーカーに就職という感じです。
研究はなかなか結果が出ない時もあるわけで、そういった時にも粘り強く諦めない意思を持っている人が向いているのかなと思います。
大学全体でいえることかもしれませんが、大学院で修士課程を終えたあと、博士課程まで進む人が少なくなってきています。
研究には独自性のようなものが求められることも多く、論文を書くにしても新しいアプローチを提案して、それがうまくいってという積み重ねの部分は大きいと思います。
新しいことを創造していくのが好きな学生さんにはそういった部分にやりがいを感じてもらえると嬉しいですね。そうなれば、博士課程など研究の道に進んでくれる人も増えるのかなと思います。
私も学生さんと一緒に議論をしてアイデアを出したりもしますが、やはり学生さんには積極的に自分からアイデアを出してほしいです。アイデアを出してもうまくいかないケースはたくさんあると思いますが、そこで諦めずにチャレンジし続けてほしいですね。
Q:企業との共同研究はどういった状況でしょうか。
マンモグラフィーに関してはまだですが、車載レーダや非破壊検査に関してはすでに企業とも共同研究を進めている状態です。共同研究ができるということは、すでにハードウェア的なものを実際に開発したり使ったりしている場合がほとんどです。しかし、その性能が要求を満たしていないのでどうすればよいか、また新たな付加価値を与えるにはどうすればよいか、などの相談が多く、様々な観点から企業と一緒に研究開発を進めている状態です。
今後は特にマンモグラフィーに関して、ファントムなどで検証した結果を実際にお医者さんや医療メーカーさんにお伝えし、実用化に向けて働きかけていく。こうした動きを継続していければと思っています。(了)
木寺 正平
(きでら・しょうへい)
電気通信大学 大学院情報理工学研究科 情報・ネットワーク工学専攻 准教授。
2003年、京都大学工学部電気電子工学科 卒業。2005年、京都大学大学院情報学研究科 通信情報システム専攻 修士課程 修了。2007年、同 博士後期課程 修了。
2007年より、日本学術振興会 特別研究員を経て、2009年より電気通信大学 電気通信学部 電子工学科 助教。2010年、改組にともない、電気通信大学 大学院情報理工学研究科 知能機械工学専攻 助教。2016年 University of Wisconsin Madison 訪問研究員。2014年より現職。2017年から科学技術振興機構 さきがけ 研究員(兼務)。