地球温暖化の原因とされる化石燃料の使用が年々制限されるなか、欧米を中心に注目が高まっているのがバイオプロダクションだ。バイオプロダクションとは燃料に限らず、生活で必要なあらゆるものをバイオ由来のものにすることを目指す大きな潮流であるが、この流れのなか「将来、バイオベース以外のものが禁止される時代が来るかもしれない」と予想するのが、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の近藤 昭彦 研究科長だ。
今回はあらゆるものをバイオでつくるための基礎的な技術の可能性と、世界で戦うために必要な分野横断研究の重要性、バイオベンチャーの必要性について伺った。
バイオベースの世界的潮流を見据えて
Q:「バイオプロダクション」の研究概要をお聞かせください。
バイオプロダクションとは燃料に限った話ではなく、プラスチックや石油からつくられているゴム、他には医薬品や食品素材なども含め、我々が生活で必要としているすべてのものを対象としています。すべてをバイオ由来にしようと試みるのが、バイオプロダクションです。低炭素社会のように、できるだけ二酸化炭素を排出しないようにする視点から見ても、燃料は大きな部分を占めているといえるでしょう。
バイオプロダクションの中で特に注目されているのは、ジェット燃料です。電気自動車はすでにありますが、電気でジェット機を飛ばすことには無理があります。これは、積み込む電池のほうが機体よりも大きくなってしまうからです。ジェット燃料を全てバイオ由来に変えていくことが大きな研究ゴールです。
バイオプロダクションの推進には、様々な要素があります。一番大きな部分でいうと、地球温暖化問題です。世界の流れとしては、なによりもまず石油を使わないようにしていこうという流れがあります。フランスや中国では、2020年ごろまでにエンジンの車を廃止し、すべて電気自動車にしようとしています。またジェット機も、バイオ燃料でなければ空港に飛んできてはいけない、となる可能性が出てきているのです。
では、そもそもなぜ全ての燃料をバイオから作ることが必要なのでしょうか。先ほどお話しした環境問題などの他に、石油など天然資源の枯渇問題があります。すべての燃料をバイオ燃料にできれば、このような問題の解決にもつながっていきます。
また燃料以外にも、世の中の全てのものをバイオ由来にしていく取り組みも注目されています。私たちはこれを「バイオベース」と呼んでいます。バイオベースとは、バイオプラスチックやバイオベース化学製品というように、バイオに基づいてできたもの、という意味です。
おそらく将来、世界中でバイオベース以外のものを使ってはいけないというような時代が来ると考えられています。
バイオテクノロジーを活用して、様々なものを再生可能な植物からつくろう、石油をやめよう、などの取り組みをバイオエコノミーと呼んでおり、これらの取り組みのために、世界中の様々な国が国家レベルの巨額投資をしています。バイオエコノミーのためには、バイオプロダクションが大きな鍵を握っているのです。
これはアメリカよりも、ヨーロッパのほうが明確です。たとえばヨーロッパでは子供たちの教育も含めて、バイオエコノミーに注目しています。経済的な側面だけを考えると、どちらのほうが安いかという観点だけで物事が決まってしまいますが、資源においてはそういったわけにはいきません。石油だっていつかは枯渇しますし、環境問題も抱えています。国が政策としてやっていかなければなりません。国連も含めて持続可能な社会をどうしていくか、非常に大きな開発をしていかなければならないのです。
最近はどこにいてもAIやITと耳にする時代になってきました。AIとITで工場の効率を上げたり、ものづくりをする時にも活用されていますが、実はバイオにも同じことがいえます。すべてをバイオでつくることは難しいことです。つくりにくいものもあれば、つくれるかどうかわからないレベルのものもありますから、そういったものを開発する時にAIやITを使っていくわけです。
研究の内容にも関わってくることですが、バイオで何かつくりましょうとなった時、多くの場合まずは微生物にそれをつくらせます。わかりやすい例を挙げるなら、お酒、つまりアルコールです。アルコールはお米でも麦などでも、酵母が糖から醗酵したものからできていますよね。ただ、これは微生物の持つパワーによってできることであって、ありとあらゆるものすべてが同じようにつくれるわけではありません。微生物に何でもつくらせるなんて、そんな万能な微生物がどこにいるのだという話になります。このあたりが研究開発のテーマになっています。
かつては微生物を探すため、地球上のありとあらゆる場所、それこそ北極や南極、深海などどこまででも探しに回っていた時代がありました。つくりたいものに理想的な働きをする微生物がどこかにいないかと、あらゆる場所を探していたのです。しかし、この方法ではお目当ての微生物がいつ見つかるのかがわかりません。何かをつくろうとしてもこの微生物を探し出すことだけで多大な時間がかかってしまい、研究がなかなか進みませんでした。
そこで、コンピュータの中に蓄積された微生物のゲノムの情報のデータベースが発達してきました。微生物以外でも、植物とか動物とかありとあらゆるものがデータベースの中に蓄積されてきています。世界の果てまで探しに行くのではなく、データベースの中から欲しい遺伝子を見つけ、それを微生物の中で組み立てる。そのことによって、目的のものがつくれるような人工的な代謝経路ができるようになってきています。
「天然」ではなく「養殖」のようなイメージでもいいかもしれません。天然の遺伝子を探してくるのではなく、データベースの中から探してくるというわけです。コンピュータを使った設計、つまりシミュレーションができるようになったわけです。
遺伝子操作ができる以上、どの生物が持っている遺伝子でもかまわないということになります。それを全部一つの微生物の中でアセンブルしてあげます。植物のもの、動物のもの、微生物のものなど、全部をアセンブルして設計します。昔はデータもそれほど多くはありませんでしたので、このようなことはできずにいました。もちろん今でも深海などには面白い微生物はいますから、探索は続いています。しかし、バイオベースでものをつくろうとした時に、それではこれから探してきましょうと始めていたのでは、間に合わないのです。そのため、やろうと決めてから1~2年ほどで考えて、様々な遺伝子を組み込んで目的のものをつくれる微生物ができれば理想的です。これが現在ではバイオ×デジタルできるようになりつつあるということです。
こうしたなか、経済産業省で推進しているのが、スマートセルインダストリーです。バイオとデジタルを融合することによって、今までできなかったことを圧倒的なスピードでやってしまおうということです。
また、ゲノム編集(狙った遺伝子を狙ったところだけ置き換える)のような先端的なバイオテクノロジーの技術も発展してきています。これを組み合わせることで、非常に速いスピードで目的の細胞をつくれるようになってきています。まるで工場のように細胞を効率よく生産できることから、細胞工場と呼んでいます。
昔ならできるかどうかやってみなければわからないことも多くありましたが、現在では確実性も上がってきているといえます。いつできるかもわからないとか、10年くらいはかかりそうということが多かったので、そう簡単にやりはじめるわけにはいかなかったのです。最近は遺伝子を解読するスピードも早くなってきています。解読が早いと、新しい微生物が見つかったときに簡単に遺伝子を読むことができますから、データベースは大きくなっていくわけです。細胞工場の効率がどんどん上がっていくことで、1~2年で目的のものにたどりつける。そのスパンが見えていれば、経営者も「よし、やろう」といえるのです。
Q:これまでのご経歴をお願いします。
京都大学の工学部、化学工学を出まして、その後修士へ進んで博士という流れです。博士が終わったのが1988年ごろです。その後は福岡にある九州工業大学に6~7年間いました。その間にスウェーデンに1年間留学したのですが、この経験は自分にとって非常にいいことだったと思っています。
その後1995年、震災の後に准教授として神戸大学にやってきました。教授の先生に誘われたことがきっかけです。彼は私が京都大学にいた時によく一緒に研究をしていた方です。人柄を知っている人に誘ってもらえたことは大きかったですね。その後はここで教授になり、6年ほど前からは理化学研究所でも仕事をするようになりました。
留学時代もそうですが、違う環境を知ることはいいことだと思っています。国立研究所と大学は、全く違うわけでもありませんが、違う部分もたくさんあります。その意味で、異なる2つの環境を知ることができるのは、私にとっての宝となっています。
神戸という地域については、研究がしやすい場所だと思っています。東京は個人的には人口密度が高すぎる気がしていて、住むだけでも大変だと感じます。あと日本は大都市圏でないと人材が集まりにくいですから、その意味でも神戸は人材も集めやすいですから、いい場所だと思います。暮らしやすいこと、人を集めやすいことが神戸の良さだと思います。
国内のベンチャー環境から強化していく
Q:現在の研究環境についてはどうでしょうか。
現在は150名ほどの研究員が我々のグループで研究をしています。他と比べるとだいぶ人数が多いと思われるかもしれません。なぜこれほどの大人数なのでしょうか。先ほどお話ししたように、私たちの分野は先端的なバイオ技術とか、遺伝子を高速で読んでいく技術、あとはデジタル技術など様々な分野を融合させていかなければなりません。
これらは大学でいうなら全く別の学部になりますから、普通なら同じ場所で研究を行なうことはまず無理でしょう。それぞれの分野ごとにチームが必要になってくるわけですから、先端融合など様々な支援を受けて現在の体制をつくることができました。
他ではなかなか見ない研究体制かもしれませんが、こうしなければ世界で戦うことはできません。世界トップの研究グループはどこもこのように分野を横断した体制でチームをつくっているからです。アメリカをはじめ、中国もヨーロッパも非常に大きな投資をしています。私は理研の研究員でもありますから、理研と連携してさらに大きな拠点にしていきたいと考えています。研究のハブになって、そこに大学や企業がたくさん入ってくるような体制を作りつつあります。
先端融合については、日本は10年ほど前から始めていますし、世界的に見ても比較的早く取り組めたほうだと思っています。経済産業省も5〜6年前からスマートセルなど様々なものに取り組んでいます。これは世界から見るとかなり早いほうで、非常にいい位置にいるといえます。しかし、最近は中国など、莫大な投資をする国が出てきています。それこそ何百億円というレベルです。その意味では、国同士の競争は激しくなってきているといえます。
また社会的な関心が高まることで、ベンチャーなど民間の企業も生まれてきています。私たちもベンチャーをつくっていきたいと考えていて、バイオパレットというゲノム編集の会社と、株式会社シンプロジェンという、遺伝子を合成できる会社をすでにつくってきました。
なぜベンチャーをつくりたいのかというと、日本の大きな会社はみんなバイオベースにしたいと考えてはいるものの、その会社の中に十分なリソースがないわけです。その意味ではベンチャーがどんどんできていかなくてはなりません。
日本は研究においてはトップクラスだけれども、産業の面では遅れているとよくいわれたりしますが、こうなってしまう要因の一つにはベンチャー環境の弱さがあると思います。逆にアメリカがトップにいるのは、ベンチャーが強いからといってもいいかもしれません。大きなベンチャーが様々なことをできる環境があるのです。
私たちもベンチャーを設立して、大企業と協力し合って進めていかなければならないわけです。バイオエコノミーの観点からも、産業化が第一課題であるといえます。
ベンチャーを成長させて、大学は先端的な研究をして、そこから生まれてくる技術でベンチャーが育っていく。このことがバイオエコノミーを回すためのエンジンになっていくのです。大学は先端的な研究はできても、企業の開発を請け負っていくことは難しいですから、ベンチャーができていかなくてはなりません。
一方の民間企業は、全ての企業が自分たちだけでやっていけるようなパワーを持っていればいいのですが、バイオ研究ではむずかしい。そのためにベンチャー企業が大きな企業とのオープンイノベーションで開発していくという体制がなければ、なかなか先に進まない状態になってしまいます。
大学が先端的な研究をし、その技術を移転してベンチャーができています。民間企業と一緒により産業的な開発をして、大学はさらに新しい技術を開発していくというように、両輪を上手く回していくべきだと思っています。
現状の研究の課題としては、日本の中で様々な人たちが連携していくために、ハブ化していくことが必要だと思っています。単純なお金の勝負になると、中国にはかないません。強力なハブをつくり、研究開発をしながら様々なところと連携していく体制を強化していく必要があると思います。
そこで生まれてきたものをいかに産業にトランスファーしていくかも重要です。ハブの中で生まれてくるいいものをトランスファーして、ベンチャー企業にしていくことです。先端的なものであればあるほど、ベンチャーが適していると考えています。例えばゲノム編集だけを見ても、大企業では難しい話です。ゲノム編集はコア技術で、医療にも応用できれば農業にも使えますから、ベンチャー的にやるほうがいいといえます。いかにスムーズにベンチャー化できるかが重要になってきますが、これは技術を社会実装していくための課題といえるかもしれませんね。
この課題について神戸大学では、シードアクセルレーターをつくっています。例えばバイオパレットがなぜスムーズにできたのかというと、この会社が全部やっているからです。バイオパレットはアメリカのボストンから4億円ほどの投資を受けていますが、シードアクセルレーターがそれを全部やってくれているのです。
先端的な研究というと、まずベンチャーができて、それがIPOにいくものもあるかもしれませんが、多くの場合はM&Aされます。それは大企業が最初からそういった研究をできないことが理由にあります。大企業は先端的な研究が産業としてやっていけそうだとわかるまではしばらく様子を見ています。そして確信がつかめた時に高額でM&Aするのです。
どこの国でも大企業が先端的なことをいきなり取り入れるのは難しいので、ベンチャーがM&Aされて、その技術が社会に定着していくわけです。ですから、ここまでのスピードが早いことが重要になってくるのです。この仕組みが加速されなければ、研究自体はよくても新しいものがなかなか生まれてこないという状態になってしまうのです。
もちろん私たちバイオプロダクションの分野も例外ではありません。その意味では、技術的な課題よりももっと大きなものだと考えています。技術面で日本はダントツとまではいかないものの、世界のトップレベルを走っていると思います。
しかし、先ほどお話ししたデジタルとバイオの融合については、まだ不十分なところがたくさんあります。まずこの問題を解決できるような人材が少ないという理由があります。これも技術的な課題というより、構造的な課題になるかもしれません。バイオがわかって、デジタルもできるような人材がかなり少ない状態であるといえます。これは日本に限らず世界中の国で同じことがいえますが、こう言った人を育てていかなければならないことも大きな課題の一つだと考えています。
Q:研究室には、学生はいらっしゃいますか?
現在学生は何十人かいますが、様々なものに興味を持てる人材であってほしいと思っています。もちろん一人一人が自分の好きなもの、芯やコアのような部分を持つことも必要だと思います。しかし、中にはそのコアの部分以外に目を向けなくなってしまう人もいるのです。
私の研究もそうですが、様々な分野が合わさっている中で、自分はバイオが得意だけどデジタルってどんなものだろうとか、他の分野も面白そうだなと積極的に考えるようになってほしいと思います。新しいことに挑戦し、取り入れて新しいものをつくっていこうというマインドを持つのは大切なことです。産業的な面でも広い視野で様々なことを俯瞰する中で、新しい何かが生まれてくるのです。
学生にはアントレプレナーシップについて教えていますが、この考え方はただ単に事業を起こしましょうというだけの話ではありません。私がアントレプレナーシップの考え方で重要だと思っているのは「何もないところから、どうやって大きなものをつくっていくかを考える」という部分です。これは研究にもかなり通じると考えています。0からスタートして、誰も何もやっていないところで自分の領域を打ち立てていくわけです。
また、大きなベンチャーは大体ゲームチェンジングで、ルールを守ってプレーするのではなく、ルールを自らつくる人という感じです。ですから、様々なことに興味を持って挑戦するマインドがとても大事だと思っています。
Q:企業に期待することはありますか?
日本の企業はコンサバティブです。民間企業はオープンイノベーションを大合唱していますが、まだ十分ではありません。またバイオエコノミーを進めるためのデジタルとの融合も、一つの企業ではなかなかできることではありません。そういった時に産学連携や、あるいはベンチャーを上手く活用するとか、新しいベンチャーが生まれることを支援するなどといったなかで、本当の意味でのオープンイノベーションをするためには、ベンチャーや企業、そして大学が混じった形で進めていかなければ難しいのではないかと考えています。
大学と企業だけでも難しいことですから、その間にベンチャーが介在したほうがいいと思います。大学の研究が急に産業になるのは難しいかもしれませんが、ベンチャーにあるものはM&Aによってかなり早い段階で産業まで持っていくこともあります。大学の基盤的なプルーフオブコンセプトと違って、実際に事業に持っていっているわけですから、その意味では融合的なところにもっと企業はお金を出すべきだし、挑戦していくべきだと思っています。(了)
近藤 昭彦
こんどう・あきひこ
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科長。
1983年、京都大学工学部化学工学科卒業。京都大学大学院工学研究科化学工学専攻 修士課程修了後、1988年に同博士課程単位取得満期退学。
1988年より九州工業大学 講師、1993年より同 助教授となり、1995年より神戸大学工学部 助教授となる。2003年に神戸大学工学部 教授、2007年に神戸大学大学院工学研究科 教授となったのち、2007年神戸大学統合バイオリファイナリーセンター長に就任。
また、2012年には理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 細胞生産研究チーム チームリーダー(兼任)となる。2015年、バイオプロダクション次世代農工連携拠点 拠点長に就任。2016年には理化学研究所 健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム 人材育成グループ 副グループディレクター(兼任)。
2016年より現職。