産業界と大学が協力して研究開発を推進する研究拠点「サイエンスパーク」の第一号として注目されているのが、東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センターだ。国際的な産学連携のアライアンスの中で、日本で生まれた技術が世界で席巻できるような研究開発拠点としてその役割を年々強めている同センターであるが、そのトップを務めるのが、みずからを「産学連携の体現者」と語る遠藤センター長だ。スピン注入磁化反転型磁気メモリ(STT-MRAM)やスピントロニクスとCMOSの技術を融合させた、新しいタイプの不揮発性のワーキングメモリの研究者としても知られる遠藤氏に、センター長として、また研究者としての展望を伺った。
Q:まずは、国際集積エレクトロニクス研究開発センターの設立のねらいについてお願いします。
このセンターは、国際的な産学連携を通じて、東北大学をはじめ、我が国から生まれてくる新しい技術を社会実装する所までドライブしていくことを目標にしています。東北大学には、工学研究科や理学研究科などの部局がありますが、それとは独立に、本センターは本部直轄の部局になっております。そして、東北大学の様々な部局で創出された基本技術やセンター自身で創出した革新的技術を、より大規模に社会実装して行くことを目指しています。
つまり、最近よく言われている概念実証(Proof of Concept: POC)のように、発想した技術のコンセプトは面白いけれどもという所で終わらせずに、産業界が受け取れるよう、技術整合性までを多面的に実証するところまで責任を持って研究開発することを目標にしています。
例えば、我々は最近、Internet of Things (IoT)やパワーデバイスなどの革新的省エネ化技術やArtificial Intelligence (AI)チップや人工知能システムなどのインテリジェントシステムの開発に力を入れています。IoTやAIにしても、ずっと議論はされているものの、なかなか我々の身の回りに出てこないものは、技術的に何かしら社会実装できていない未解決な部分があるためです。研究開発し、単に論文を書いておしまいではなくて、きちんと工業製品として成立するかどうか。イノベーションを起こすためには、そこまで技術開発をしていかなくてはなりません。
エレクトロニクス産業には様々な応用先があると共に、世界規模で事業展開する必要があります。最近ですと、自動車産業を支えるカーエレクトロニクスに関しては、世界を牽引しているトヨタですら、一社では世界戦略を組む事ができず、世界中の自動車メーカーとアライアンスを組んでやっています。半導体メーカーなども同様です。
民間企業側が国際的なアライアンスの中で産業活動をしている訳ですから、その産業と大学や学者が連携しようとするなら、大学も同じように国際的なアライアンスの中でやっていかなければ産業界と金型が合わなくなってしまいます。このような意味で、センター名に「国際」と名付けさせていただけたことに大きな意味があると思っています。
やはり国際的なアライアンスの中で世界の動向をしっかりとウォッチしながら、世界の知恵や技術が日本を還流しながら世界に広がっていくような仕組みを作っていきたいと思い、そのためにこの国際集積エレクトロニクス研究開発センターを立ち上げました。
Q:センターはいつごろから稼働しているのですか?
2012年からですので、5年経ちました。まだまだ若いセンターですが、いくつか特長があります。まず、このセンターはサイエンスパーク第一号と言われており、建物などすべてが民間からの寄付で成り立っています。民間企業から建物や研究設備の寄付を受け、大学が運営するものを、広くサイエンスパークと呼びます。そして、当センターを運営する上で、いわゆる文部科学省からの運営交付金などは使っていません。センターの教員・研究員から事務局のスタッフに至るまで、全て民間との共同研究費などの共創資金のみで運営しています。
これは米国のスタンフォード大学のマイクロソフト棟や、中国の清華大学のグーグル棟などと同じ枠組みです。このように海外でのサイエンスパークで産業界と大学側が大きく歩み寄り、協力して研究開発を推進する形態の研究拠点が日本でも構築できたと自負しています。
Q:東北大学でこのような取り組みを始めるに至ったきっかけは、どんなものですか?
きっかけは、やはり東日本大震災ですね。震災があった時、私どものクリーンルームも壊れて止まってしまいました。その年の春から夏にかけて、産業界の皆さんが東北大学や私の研究室の様子を見にきてくださった時に、「この一年は、壊れたクリーンルームを復旧させるための一年になるな」とお話をしていました。しかし、エレクトロニクス業界は非常にサイクルの早い業界でもあります。その当時は業界の中でもリードしている立場だったのですが、復旧に一年も費やしていたらそのリードがなくなってしまうのではという危惧を産業界の皆さんと共有させていただくことが出来ました。
そんな時に、東京エレクトロン株式会社より、「遠藤君は定年までまだ時間があるから、これからも半導体を中心に物作りから離れないと約束してくれるなら、新しいクリーンルームを寄付するよ」と大変ありがたく、嬉しいお言葉をいただきました。そして、最終的には、その他の多くの企業様のご支援で、現在のセンターの基盤ができました。これは私個人が頑張っているだけでは到底実現できた話ではありません。
半導体を中心としたエレクトロニクス産業の中で、非常に長い間、世の中に貢献し続けてきた東北大学の実績と伝統、そして我々の研究開発してきた研究成果の両方が評価され、国内の大学での半導体集積回路の研究開発のアクティビティーを低下させてはならないという産業界からの強い意志もあって、このセンターのような新しい取り組みが生まれたと理解しております。
大学としてもこれまでに例を見ない先進的な試みで、国際的な産学連携というアライアンスの中で、日本で生まれた技術が世界で席巻できるような研究開発拠点としてやっていこうと始まったセンターです。というのもじつは、私自身が産学連携のようなものなのです。今は大学の教員ですが、以前は㈱東芝の研究開発センターのULSI研究所と半導体事業部で、高密度半導体不揮発性メモリの研究開発とその量産に従事していました。1987年に入社しましたが、その年はまさに、今も話題のNANDメモリのプロジェクトがスタートした年でした。片手ほどの人数で始まったプロジェクトでしたが、そのメンバーの一人としてシリコンテクノロジーで新しいストレージを作ろうと研究開発に奮闘し、その後NANDメモリの量産にも貢献させていただきました。今では、皆さんが当たり前に使っているUSBやSDカードなども、この頃のプロジェクトから始まった製品です。その後、東北大学に移ってきましたので、産業界と大学の両方を経験したことになります。
大学に来て最初に手がけた仕事は、3D NANDというメモリセルを縦方向に積層していくことで、微細化だけに頼らずに高密度化を実現するという全く新しい発想の研究でした。従来の半導体は、シリコンウエハの表面にデバイスを並べて平面的に作ってきましたが、3D NANDの場合はウエハの中にデバイスレベルでマンションを建てるようにデバイス素子を重ねていきます。そうする事で、積めば積むほど微細化しなくても密度を上げる事ができます。大げさに言うとムーアの法則に代わる、もう一つの成長原理ですね。これを提案させていただき、大学に来てから最初の10年間続けてきました。
現在では、三星、東芝、インテル、マイクロンといった世界をリードするストレージメモリ企業の全てに、この東北大方式を採用していただき、この3D NANDメモリの量産もスタートしています。さらに2016年には非常に大きなエポックメイキングがあり、iPhone7のストレージもこの3D NANDメモリが採用されました。
本題から少しずれてしまうかも知れませんが、ハードディスクによるストレージシステムは、東北大学の岩崎先生が発明した垂直磁気記録方式が世界標準になっています。そして、半導体によるストレージシステムは、同じく東北大学の我々が発明し研究開発してきた3D NAND方式が近い将来世界標準になるでしょう。つまり、FacebookやLINEなどどのようなアプリケーションを使っていても、その全てのデータは、東北大学の技術の上でストレージ(記録)されていると言えますね。
私の事を「空振りがない研究者」と言ってくださる方もいて、NANDメモリや3D NANDメモリなど会社員時代から大学に来てからも私が研究開発してきた技術は、いずれもその研究の方が時期には突拍子過ぎて受け入れられなくても、最後には全てが工業製品としてモノになっています。そのおかげで、2016年には、3D NANDメモリの開発と、本センターでの先進的モデルによる産学官連携拠点の構築を通じて、日本の科学技術に産学官連携で貢献したという事で、産官学連携功労者表彰で内閣総理大臣賞をいただきました。加えて、東北大学が保有している私共の3D NANDメモリに関する基本特許をご評価いただき、2017年の全国発明表彰をいただくことになりました。
ここで申し上げたいのは、数十年にわたる地道な実績の積み上げと、その研究開発を通じて産業界との強い信頼関係が構築できたいたからこそ、震災をきっかけにして莫大な寄付をしてでも「ここの火は消してはいけない」と思ってもらえた事です。これについては非常に光栄に思っています。
Q:続いて、研究センターの成り立ちについてお願いします。
まず部門については、研究開発部門、戦略企画部門、基盤技術部門があります。研究開発部門はどこにでもある部門かと思いますが、大きくは産学連携、民間との共同研究、国家プロジェクト、地域連携を大きな柱として活動しています。
研究開発部門のポイントについてですが、基本的に我々は民間との共同研究をやりたいと思っていて、これには大学の持っている技術を民間へ技術移転していく形になります。そうなると当然コア技術という預貯金が減っていくことになりますが、それがなくなってしまうとそこでもうおしまいです。それではサステナブルな体制ではなくなってしまいますので、我々は国家プロジェクトを通じて常に産業界から魅力的に見てもらえる革新的技術開発をして、その国家プロジェクトが終了したら、その新しい革新的技術群を民間との産学共同研究プロジェクトへと技術移転していくシステムを構築しています。つまり、産業界への技術移転で預貯金が減っても、それと同時に国家プロジェクトを通じて次の新しい技術を生み出していくということです。したがって、生み出すスピードと技術移転していくスピードのバランスがとても大事だと思っています。
ここで、なぜ地域連携を出しているかと言うと、この東北地域の特性が大きいです。東北はITと自動車の中小企業の集積地域となっており、日本の工業製品の下支えをしている地域と言えます。しかし、地域となるとやはりワールドワイドで活躍されている企業とは体力も違いますし、何よりも企業にとって必要なことが異なりますので、様々な意味でワールドクラスの企業と地域企業とは同じ枠組みでやっていくことは効率的とは言えません。この理由から地域連携ではより小回りがきくよう、別の枠組みを作っています。
もう一つ、特にご説明したいのは、戦略企画部門についてです。この部門は知的財産マネージメント、つまり知財を管理する部門で、個別の部局に知財部を設置したことは恐らく日本の大学では、初めてのケースかと思います。少なくとも東北大学としては初めてのことです。東北大学に限らず、特許は組織としての資産です。その特許を売却するのかライセンシングするのかは、組織の資産をどのように運用していくかということですから、本学の場合、総長の専権事項であると言えます。このような部門は、通常であれば本部に必ずあるものでした。
しかし、本センターは、センターで管理運用している知財にかかる全ての費用をセンター自身で負担することで、上述のような知財運用を総長よりお認めいただいています。これは非常に大きな意味があると思っています。この新しい知財システムにより、本センターでは、共同研究契約を結ぶ際に、知財の取り扱いまでを全てワンパッケージで契約すると約束できるようになっています。結果的に、産学連携の研究費で見ると、全国平均の20~30倍がこのセンターとの共同研究に充てられています。特に、現在、本センターが推進するAIチップにしても、磁気メモリ(MRAM)にしても、窒化ガリウム(GaN)パワーデバイスにしても、いずれも民間企業から見ると中核事業であると言えます。
それをこのような公的機関に技術を持ち出して大型の共同研究をやる気になってもらえているのは、本センターが生み出す多くの革新的技術群と、それを効率的に社会実装化できる先進的な産学連携モデルに加えて、上述の知財システムが産業界から高く評価されているからだと考えております。
不揮発性メモリが、電池持ちを100倍に
Q:遠藤さんご自身の研究代表としての活動についてお願いします。
現在の私自身の主なプロジェクトで言うと、スピン注入磁化反転型磁気メモリ(STT-MRAM)やスピントロニクスとCMOSの技術を融合させた、新しいタイプの不揮発性のワーキングメモリ等の研究をしています。
これにはどんな意味があるかと言うと、例えば現在のコンピューターでは、演算対象のデータを格納するためのメインメモリとしてのDRAMやデータ演算を行う中央処理装置(CPU)など電子デバイスは全て電源を切るとデータを忘れてしまう揮発性デバイスです。ですからデータを保持するためには、当然電源を通電し続けなくてはなりません。しかし、最近の半導体集積回路は、その構成要素であるトランジスタが非常に微細化してきたために、動作していないときにも大きなリーク電流が流れ、結果的に演算に必要な電力と同じ程度の大きな待機電力が消費してしまうという課題に直面しています。
この待機電力の問題は、このような事例で考えると分かりやすいかもしれませんが、みなさんが使っているスマートフォンも、通話など使用していなくても1日経つとバッテリーがかなり減りますよね。これはまさに待機電力が原因になっていて、大きな電力消費に繋がっています。最近のデジタル家電などにスリープモードが付いているのも、この待機電力による電気の無駄使いを削減するためのものです。
これがもし、DRAMやCPUで使われている機能のメモリが全て不揮発性メモリになれば、演算処理が終われば直ぐに電源をきることが可能にあり、従って待機電力がなくなりますから、電気の無駄も減ります。しかし、まだ世の中にはそういったものがありませんから、我々がこのセンターで、この夢の技術を研究開発しています。
例えば、今のパソコンのキーは1秒間に10回タイプできるとしても、100ミリ秒に一回しか仕事をしていないことになります。つまりたった1秒の間でも、コンピューターは、ほとんどの時間は何も仕事をせず、ぼーっとしている時間がある訳です。これが、既存の揮発メモリから新しい不揮発性メモリに置き換えられれば、何もしていない時間は電源を切ってシステムをスリーピングさせる事ができるようになります。我々が実際にチップを試作してデモンストレーションしてみたところ、電源の持ちは今の約100倍になりました。皆さんが使っているスマートフォンに例えるなら、今は1日に1回は充電が必要ですが、100倍と考えると3ヶ月に1回の充電で済む計算になります。このように、DRAMやMPUに適用可能な新しい不揮発性ワーキングメモリが世に出せれば、世界が大きく変わっていくと思っています。
これは先ほどもお話ししたIoTやセンサーネットワークが普及しづらい点の解決にも繋がってきます。センサーネットワークで町中にあらゆる電子デバイスをばら撒きたくても、年に一度の電池交換が必要になってしまうとなると、交換するための人件費などがかかってしまうため経済的に折り合わなくなってしまう訳です。「新しいセンサーができました」、「新しい有機デバイスやチップができました」と発表されますが、結局、誰も生産しつづけられないのはビジネスモデルが成立しないからだと思っています。
そのため、もし「電池一つで10年動きます」となれば、バッテリー交換の人件費がなくなります。すると、ようやくビジネスモデルとして成立することになります。10~20%の省エネ化はある意味では技術的な改良と言われますが、これでは状況は変わりません。我々が開発している桁違いの省エネ技術が実用化されてこそ、イノベーションは生まれます。このように2桁の電力削減を可能にするイノベーティブな我々の技術に対する対抗馬は、今のところ見あたりません。
また、スピントロニクスとシリコンテクノロジーについては、低消費電力化のため、シリコン側も三次元構造のハイエンドCMOSと組み合わせる必要があります。つまりCMOSも進化させなければなりませんし、そこにはスピントロニクスという新しい材料を入れなければなりません。CMOSテクノロジーは世の中のプラットフォームですから、材料学的にどんなに素晴らしいものがあったとしても、安価で大量に供給できるものでなければ、これだけ潤沢にIT化されている情報化社会を支えていく事はできません。その意味ではやはりシリコンが最高だと思っています。
しかし、先ほどもお話ししたように、シリコンは待機電力を消費する点がある事が最近分かってきましたから、そこを何かしらで止めなくてはなりません。私たちはX on CMOSと呼んだりもしますが、CMOSテクノロジーの上に何か「X」を乗せる事によって新しい社会がやってくるのではないかと思っています。この場合はスピントロニクスon CMOSですね。これの革新的技術を材料から集積回路、ひいてはその装置開発まで含めてトータルに研究開発できる研究開発拠点は、今のところ世界中を見渡しても我々のセンターしかありません。
ですから、アメリカなど世界中から名だたるトップメーカーの方が当センターのプロジェクトに参加しています。設置からたった5年の若い部局ではありますが、この分野では世界で一番大きな研究チームに成長してきています。
Q:現在の研究に至るまでの経緯を教えてください。
もともとは東大の理学部の物理学科で、理論物理をしていました。たまたまそこでシリコンと出会い、そのままシリコン繋がりで1987年に東芝の総合研究所に入社しました。そこでは、シリコンの半導体の集積回路の研究に従事することになり、シリコンテクノロジーで今までできなかったストレージメモリを作るプロジェクトに参加していました。研究所には8年ほどいて、研究開発した技術を事業部へ持って行き、量産事業もしていました。その後、1996年に東北大学に移ってきました。
きっかけとなったのが、東芝の方から、「学卒だと学位がなくて困るので、博士の学位を取得してきなさい」と言われたことです。半導体の分野で博士を取るならやはり東北大学がいいだろうという事で、門戸を叩き、学位を取得させていただきました。その流れで、東北大学に参り、今現在に至ります。かれこれ20年経ちますね。今は50代ですから、一番働ける歳と言ってもいいでしょう。半導体メモリにずっと携わってきましたが、現在は、MRAMやGaN on Siパワーデバイスから3D NANDなどの省エネデバイスから、不揮発性ロジックや人工知能チップなど革新的メモリ技術の応用研究をみんなと一緒にチャレンジしています。
Q:技術面、制度面、産業面での課題はありますか?
技術的な課題がない訳ではありませんが、今の世代の我々の技術面はかなり確立していると思っています。第一世代の技術はおそらく東北大学方式で世界を席巻できると思いますが、次を考えるとすれば、出口からのフィードバックを受けて第二世代に向けて何をすべきかが今私が最も興味を持っている部分です。トレンド上の技術はある程度やっていけばできると思っていますが、新しいジャンプというかギヤチェンジというか新しいパラダイムへのチャレンジには、まだまだ心躍る課題が残っています。
例えば、これからのコンピューターは常に動いている訳ではありません。今までは半導体チップが常に起きていて、アクセスすればいつでも動いてくれる事を前提としていました。しかし、これからの半導体チップは使う時しか起きていませんから、ほとんど電源オフして寝ている事になります。こういったシステムになる時には、おそらくオペレーティングシステム(OS)も変わってくるでしょう。今あるPowerPointなどのシステムは、使い方もベースから変わる事になります。そこからのフィードバックを受けて、今は1丁目1番地の研究開発をしていますが、アプリケーションから見た時に、新しいウェーブが必ずあるはずです。この第二波を我々がきちんと受け止められるかどうかが非常に重要な部分だと思っています。
制度面の部分では、東北大学や他の国立大学もそうですが、プロジェクトに参画してくれている職員は任期制になっていて、特にプロジェクト系の研究員は3年や5年の期間でしか雇うことができません。ですから、これだけ素晴らしい研究をしているチームでも、任期が来るとセンターを離れなければなりません。研究員自体の新陳代謝を図らなければならないのも理解できますが、その一方で、どんどん前に進みたいと思っていても強制的にメンバー交代をさせられるのは非常にもどかしく思います。この制度はぜひ変えていただきたいですね。
産業界での課題については先ほどもお話ししましたが、民間のメーカーさんなど国内の受取り手にはもっと活発になって欲しいと思っています。失われた20年は実は経済的なものだけでなく、チャレンジしてこなかった20年によるチャレンジスピリッツの減退にあると感じています。やはりこのようなビッグウェーブがあった時にどこかためらいがある。海外企業はかなり積極的にアクセスしてきている訳ですから、このギャップを何とかして埋めたいと思っています。
Q:この分野に興味を持つ若い学生や研究者に向けて、伝えたいことはありますか?
私が一番お伝えしたいのは、学生は勉強して、社会に出て活躍する事が本番だと思っています。その時に、このエレクトロニクス産業はすごく魅力的な産業分野だと思います。技術のサーキュレーションが長い分野ですと、自分がしてきた事が日の目を見る事なく定年を迎える場合もあります。しかし、この産業は良くも悪くもサーキュレーションの早い分野ですから、自分が頑張った成果で社会のシステムや我々の生活が快適になることを現役のうちに見ることが出来ます。 実際に、研究室の学生も、ドクターの時に取り組んでいた3D NANDがiPhoneに入った訳です。エレクトロニクス産業には非常に世の中を変えるインパクトがありますから、これはもう社会インフラと言ってもいいくらいだと思っています。社会のあり方や、我々の生活のあり方に大きく影響を及ぼす技術領域で、かつそれが自分の生きている間に結果を見る事ができます。ですからきっとやりがいもありますし、楽しい分野だと思っています。ぜひとも、やる気のある人にどんどん入ってきて欲しいですね。
Q:企業に伝えたいことはありますか?
この5年間を通じてやっと分かったのは、企業側だけではなく大学側にも悪い部分がある事です。一つあげるなら、約束を守らない事ですね。例えば、一度決められた事や必要なデータなどは、たとえ歯を食いしばってでも期日までに揃えるべきです。
つまり、なぜ企業が日本国内ではなく海外の有名な大学を使うのかと言うと、やはりプロ意識の差だと言えます。この辺りは日本の大学も変わっていかなければならないと思っています。自分達で約束したターゲットをお互いに設定して、そこをきちんと二人三脚でゴールを目指していく。これを海外の大学に求めるのと同じように、日本の大学にも求めて欲しいです。我々にもチャレンジをさせて欲しいですし、逆に我々もそれに応えるための行動をしなければなりません。
今は技術の曲がり角に来ていますが、もし今までの延長線上でやっていくのであれば、結局大量に投資ができる企業が勝つ、逆に言うと、たとえ素晴らしい技術を持っていても勝てるシナリオを組む事が困難になってしまします。日本の企業が生き残っていくためには、やはりイノベーティブな技術で、新しくゲームのルールチェンジを行い、先導的なイノベーティブな技術を保有している企業が勝てる仕組みを作ることが大事であると思います。
私たちはよく「ゲームのルールを変える」と言ったりしますが、同じゲームの中で競争すると、残念ながらキャッシュフローをたくさん持っている人が勝ってしまいます。そうではなくて、良い技術を持っている所が勝つようなシナリオにならないと、なかなか現状は変えられません。ゲームのルールを変えるようなイノベーティブな研究開発に対抗するものは、やはり企業の内部だけでは生まれてきません。そのためにも最高学府としての大学がある訳ですから、広い意味で我々のセンターのキーワードである産学連携が重要になってきます。国内においても産業界と大学の距離を縮める事が大事だと思っていますので、それに対してお互いに努力していきたいですね。(了)
遠藤 哲郎
えんどう・てつお
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長。
1987年、東京大学理学部卒業後、株式会社 東芝に入社。NANDメモリの開発、事業化に従事する。1995年東北大学電気通信研究所講師、2007年同准教授、08年同教授、同年東北大学学際科学国際高等研究センター教授を経て、12年東北大学大学院工学研究科教授。
10年東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化センター 副センター長兼務、12年東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長兼務。縦型構造デバイス、SRAM・DRAM・3D NAND・STT-MRAMなどの高集積メモリ、モバイル・AI・IoTシステムに要求されるスピントロニクスベース超低消費電力化技術、GaN on Siベースパワーエレクトロニクス技術に関する研究に従事するなど多方面で活躍している。