ゲノム編集技術の劇的な進歩により、生命科学に革命が起きつつある。品種改良や製薬、病気治療など各方面において活用が期待されているゲノム編集技術の研究であるが、「日本は他国に遅れをとっている」と指摘される面もある。ゲノム編集学会の代表を務め、国内の研究環境でさらなる開発に精力的に取り組むのが、広島大学の山本卓教授だ。ゲノム編集の活用方法とその具体的課題について伺った。
Q:研究内容についてお聞かせください。
元々は発生生物学の研究者で卵から色々な細胞がどんなメカニズムで生まれてくるのかについての研究をずっとしていました。
約10年前からゲノム編集に利用する、DNAを切断する酵素の開発をスタートさせました。
発生生物学の研究中、どの遺伝子が細胞の分化に働いているかを調べるためには、その生物の遺伝子に傷をいれて破壊し、発生に与える影響を調べる必要がありました。
しかし、6、7年前まではこの基本的な方法はなかなか難しく、適用できる生物は一部に限られていました。例えばマウス、他は酵母や大腸菌、植物だとコケ類などでした。
それが、ゲノム編集が使えるるようになり、全ての生物で狙いの遺伝子を改変することができるようになりました。
Q:動物というのは、マウスのみですか?
任意の遺伝子操作が自在に改変できるのはそうですね。ショウジョウバエは多くの変異個体を扱えますし、メダカなどの小型魚も同様です。
しかし、純粋に任意の遺伝子を改変し、特定の機能を調べることはできませんでした。
そこに登場したのが、ゲノム編集です。
ゲノム編集のインパクトが大きいのは、基本的に動物、植物、微生物、全ての生物に適用できること。
それまでは基礎生物学を始め、農学や品種改良、畜産で遺伝子改変を簡単にはできませんでした。特に医学では、マウスから疾患を再現した細胞を作ると薬の開発に役立てることができますが、作製には半年〜1年ほどの時間がかかっていました。
しかし、ゲノム編集なら最短1ヶ月でできてしまいます。しかも同時に複数の遺伝子を改変できるので、その点を踏まえてもゲノム編集によって生命科学に大きなパラダイムシフトがおこったのは間違いありません。
Q:研究開発スピードが、何倍にも加速したのですね。
その通りです。基礎生物学でも最先端で様々な分子レベルの研究をするためにゲノム編集を使わずに勝負はできないほど、重要な技術になっています。
特にこの技術が爆発的に広がったのは、CRISPR-Cas9の開発。UCバークレー校のジェニファー・ダウドナ博士と、マックスプランク研究所のエマニュエル・シャルパンティエ博士はおそらくノーベル賞をとるでしょうね。今の流れでいくとかなり可能性が高いと思います。
一方、MITとハーバードのブロード研究室のFeng Zhang博士がCRISPR-Cas技術で特許を取りましたが、いずれダウドナらが控訴するでしょう。
特許についてはなかなか簡単に片付かない状況ではありますが、この技術は基礎研究においては自由に使える状態であり、オープンイノベーションがどんどん進んでいます。
産業利用の観点では、品種改良や医薬品開発、さらには臨床利用され治療に使う方向が示されています。治療に関しては、技術利用への慎重派がいる一方で、技術利用がないと治すことができない疾患であれば条件付きで認めるべきではという考え方をもつ研究者もいます。
Q:すごい技術ができてきて、各界に波及しつつ変化がめざましい状況なのですね。先進国ではアメリカが特許をとっていますが、日本の立ち位置はいかがですか。
日本は技術開発において大きく負けています。ただし、第三世代CRISPR-Cas9を使った、品種改良・製薬品開発・病気の治療法確立のための技術開発は負けずに取り組まなければなりません。日本はCRISPR-Cas9をいかにうまく利用するかという技術開発に力を入れるべきです。
ただ全くオリジナルツールを開発しないで高い使用料を払い続けるのも夢がなく、日本でも国としてオリジナルツールの開発プロジェクトに取り組んでいます。CRISPR-Cas9に代わるとまではいかないものの、それと同程度、または第一世代第二世代と同程度の開発が期待されます。
産業利用には、例えば品種改良で遺伝子を1箇所だけ切ってより良い品種が生み出すことは後発のゲノム編集技術でも実現できるので、国産特許さえ取得すれば全く問題はないでしょう。一方、医学利用に関してはスピードも求められるのでCRISPR-Cas9を主に使うべきだと思います。その使い分けが重要で、並行で開発を進める必要があります。
応用技術は既存の基盤技術を使いながら開発研究を進めていき、産業用技術は新しく国産の後発型のものを開発する。このような考え方で日本は進んでいくべきではないでしょうか。
Q:日本以外の先進諸国も、同じ道をたどるのでしょうか?
そうですね。ただ日本はアジアでもトップではなく、むしろ韓国のほうが強いです。中国はオリジナル技術には富んでいませんが、研究に投資する余裕があるので、誰でも利用可能な技術を皆が一斉に使うことに強みがあります。
現在中国で必死に取り組んでいるのは品種改良ですが、医学の利用でも勢いをつけています。安全性をどれだけ考えているのかについてはかなりの疑問点があります。
Q:安全、慎重、倫理的である日本人の考え方故にですね。
こういった技術は誰でも使えるぶん、利用に積極的な研究者がいる様々な分野に一刻も早く拡散させて、その結果が集まったビッグデータからまた新たなものを作り出していこうとする全体の動きが必要です。
しかし、日本はシーケンス技術開発でも失敗してきているといえます。2003年にゲノム解読が終わった際、中国やアメリカは個人のDNA解析に乗り出しました。その研究がさらにそのシーケンサーを開発する原動力になり、どんどんスピードが加速しました。日本はそこには進まなかったので、DNAを解析するシーケンサーという機械の開発においても後進国になってしまいました。
やはり数をこなして投資をして、というやり方で進めていく分野に関して、国がお金を出しにくい日本が勝負をすることは難しい。私はゲノム編集に早くお金を投じないと負けてしまうと申しあげていたのですが。
Q:ゲノム編集学会代表を務めていらっしゃるのも、上記のような背景があるのでしょうか?
そうですね。ゲノム編集学会は基本的に海外に勝つためのツール作製がよりも、いかに産業に使ってもらうか、倫理問題をクリアするためにはどうしたらよいかを議論する場です。もちろん技術開発の議論もしますが、産業利用に向けた適用における問題を議論することが一番重要であると私は考えています。
Q:現在、直面している技術的な課題は何でしょうか?
ゲノム編集において基本的に使用しているのは、DNAを切るはさみです。このはさみでは、オフターゲット作用が起こります。
細胞の中にはさみで切るべき遺伝子の並びと似た配列があると、間違えてそれも合わせて切ってしまう作用が起こります。すると例えば、病気治療のために任意の遺伝子を変えることができたとしても、合わせてがんを抑制する遺伝子も切ってしまったら目的の病気は治せても、今度はがんを引き起こす可能性があります。
そういったオフターゲット作用をいかに抑えるかということが課題です。
オリジナルのCRISPR-Cas9は、オフターゲット作用が少し高めであることが問題でしたが、最近は改良がだいぶ進み、トップランナーの研究者によると5年以内には遺伝子治療に使えるレベルに達するとの見方があります。技術の確実性が高まれば、確実に狙って改変できた細胞だけを取り出して治療に使うことができます。再生医療でも、ゲノム編集で任意の遺伝子だけに改変を起こした細胞を選び出して使うことができれば理想的ですね。
全ゲノムシーケンスによって他に変異が起こっていないことを解析することは既に可能になっています。他の重要な部分に傷が入っていないことをきちんと確認する、安全性の評価方法も確立しつつあるので、オフターゲット作用を低減させた新しい安全な方法が使えれば、遺伝子治療にも利用できる段階になってきています。
Q:続いて、倫理面での課題についてお聞かせください。
やはり受精卵を使うことに関してですね。「デザイナーベイビー」という言葉があるように、例えばアスリートの遺伝子を全て解析できれば、任意の遺伝子をどのように改変したらある面での増強効果が出てくるのかといったことが近い将来分かるようになります。そうなると、頭のいい子を作りたい、背の高い人を作りたい、様々な欲求が生まれますがそういった使い方をしてはなりません。ゲノム編集の危険性を取り除いたとしても病気治療のためだけに使う方向性に持っていくことが必要と考えられます。
病気の治療に受精卵を使うことが将来可能になった場合には、必ず100%成功させる精度でなければなりません。現在受精前の生殖細胞、精子や卵子の状態でゲノムを改変する技術も可能になりつつあります。その技術が確立すれば精子や卵の中で壊れた遺伝子を治し、良い精子のみ選ぶことも可能になりますが、選ぶ対象が受精卵から生殖細胞になると倫理的問題の考え方も変わる可能性があると感じます。
Q:産業的な課題についてお聞かせください。
日本は遺伝子組み換え作物を食べたくない国民なので、ここに関するハードルは本当に高いです。
基本的に今の技術で作物のゲノム編集をすれば、自然突然変異と同じものを作ることができます。良いものができたときには自然突然変異体とゲノム編集で作製したものと区別できないくらい、綺麗に狙った部分だけを改変できます。ゲノム編集作物は本当に安全なことを証明できると思いますが、国民が納得して積極的に食べるようになるかについては別問題だと思います。
ゲノム編集はどんな技術なのか、ゲノム編集をした作物や魚に関してどの部位にどの程度変異をいれたのかを説明していかなければなりません。
既存の遺伝子組み換えが気持ち悪かったのは、どの部分に改変が加わったのか不透明だったところではないでしょうか。ゲノム編集作物は自然突然変異体と同じものができるので、一般の人々にも理解してもらいながら、今後の食料問題などに対応できる良い品種をつくっていくことが求められます。
そもそも今でさえ、私たちが食べている野菜は品種交配を繰り返して作られています。同じことをゲノム編集でしている訳ですが、自然界ではあり得ない物凄いスピードで実現しているので、自然界のものと違うのは確かです。まずはゲノム編集を行った作物の安全性をきちんと評価し、社会に受け入れられるものを作る。それを皆さんに理解してもらうという活動をしないといけないと思います。
Q:現在の研究体制はどうなっていますか。
基礎研究では、ゲノム編集のツール開発および応用につながるゲノム編集技術そのものの開発に取り組み、ヒトの細胞を使った研究をしています。それ以外に共同研究者でマウスやラットも使いますし、実験動物中央研究所の佐々木えりか先生のグループとは、マーモセット(サル)で免疫不全モデルの霊長類を生み出したりしています。産業研究では、例えば日本ハムと豚の改変に取り組んでいます。ゲノム編集で病気に関係すると判明している遺伝子を破壊し、その病気にかかりにくい豚をつくることを目標に研究しています。
Q:その他の産業分野ではどのような利用が想定されますか。
昨年から、研究所が広島なので、マツダと共同に次世代のバイオ燃料を作るプロジェクトを始め、微細藻類の研究を行っています。ゲノム編集で遺伝子改変が可能になった今、世界でも皆盛んに開発を進めている分野です。
Q:バイオ燃料の原料の効率がよくなるということですね。
そうです。質の高い油を大量に作れる藻類をゲノム編集で生み出す取り組みも進めています。
Q:これまでのご経歴をお聞かせください。
博士課程の初め2年までは広島大でしたが、27歳から10年間熊本大で助手としてイモリの生殖細胞形成に取り組んでいました。その後2002年に講師として広島大に戻っています。
発生生物学の研究者として、以前は細胞の分化について研究をしていましたが、今は数理分子生命理学専攻という少し変わったところに所属しています。数学、物理、化学、生物の研究者が集い新しい分野を開拓する専攻ですが、そこで細胞が分化するときに任意の遺伝子がどの程度働いているかを定量的に見たかったのです。
細胞が生きたままで遺伝子が働くと光る仕組みをつくっておく、つまり光の強さと遺伝子の働きに相関を持たせたイメージングという技術がとても大事でした。まず物理学の研究者とウニで共同開発しました。細胞を切って光る遺伝子をひとつだけ入れたい、そのときにゲノム編集は必要不可欠な技術でした。約10年前は遺伝子組み換えくらいしか方法がなかったので、より正確に研究するためにはまずゲノム編集技術を共同開発する必要がありました。その上でウニの胚の中で生きたままの細胞から発生する光を定量的に観察し、どのように変化するかを捉えるという仕事がしたかったのです。その流れで自分たちがゲノム編集のための酵素を作れるようになると、同じような仕事をしたい様々な人たちから依頼がどんどんくるようになりました。
最初は第一世代のジンクフィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN)を作っていましたが、それは難しかったので、次第に第二世代の遺伝子編集用ヌクレアーゼ(TALEN)を作るようになりました。我々のグループはTALENでも特に活性の強いプラチナTALENというものを作り特許を取得。その少し後でCRISPR-Cas9がでてきたときは、「おおこれはすごい!」と驚きました。今、我々は基礎研究でCRISPR-Cas9を使っていますが、プラチナTALENは産業向けに使ってもらうように推進しています。
先日調べたところ、現在国内外で100以上の共同研究がありまして、その半分以上は医学系研究でした。特に細胞や動物の疾患モデルを作りたいという研究者が多いですね。iPS研の方ともよくご一緒しており、筋ジストロフィー治療を目指している堀田秋津先生やウォルツェン先生も一緒にゲノム改変に取り組んでいます。
iPS細胞を作成した高橋和利さんにもゲノム編集を使ってもらったりしています。
Q:医学系研究は共同研究が多くなる傾向にありますか?
そうですね。我々としても共同研究で使ってもらった上で使い勝手や効率性をフィードバックしてもらえると、それが開発のどこを改変するべきかのデータになりますので、さらなる開発につなげています。
Q:次世代の研究者達も増えていますか。
そうですね。ゲノム編集でトップランナーの若手研究者は、海外で育ち日本に帰ってきているという傾向にはありますね。そこから日本を代表する開発をしてほしいと思う一方、東大の佐藤守俊先生が開発した、ある波長の光を当てるとCasが働くような工夫が注目されていますね。
ゲノム編集技術の中心は切る酵素にありますが、切らなくても遺伝子を改変できるようになりました。そういった酵素のドメインをつけてやるとできるので、神戸大の西田先生がその技術を持っていたり、若手の人たちも育ってきたりしている最中、我々もゲノム編集でDNAを綺麗に変えることにとどまらず負けないような取り組みをしたいと考えています。
例えばクラゲのある遺伝子を光らせるときに投入する遺伝子はノックイン、投入されて壊される遺伝子はノックアウトと呼びますが、そのノックインに関する技術を全ての生物の実用レベルに到達するべく開発を中心に進めています。
もうひとつ大事なのは、ヒトの病気の原因の変異というのは、一個の塩基が別の塩基に変わってしまうケースというのが意外と多いんですね。ヒトのDNAの個人差は0.1%程度と言われていますが、それは一個の塩基の違いであることがほとんどです。病気の原因となる複数の一塩基変異を、同時に一気に治したい。しかし、自在に一塩基改変する汎用的な技術はまだ確立していません。今は世界中で自由自在に改変できる技術開発が盛んであり、我々のグループでも開発を成功させ、それを日本の独自技術にできればと考えています。
Q:この分野を目指す学生はどのようなことを考えているのでしょうか。
海外に行って経験を積むのは非常に重要だと思いますが、一方で、海外で研究したことを日本でもそのままできる訳ではないことを念頭に置かなければなりません。環境があまりにも違いすぎるからです。「日本で日本らしい技術開発を進めるセンスを磨くため、そのためにまずは海外で経験値を高める」といった目的があればいいのですが、海外で業績を上げて日本でも同じ研究に取り組む感覚でいると、その経験は日本オリジナルの開発には繋がらないと思います。
また、私は日本人の良さは職人魂、つまり限られた条件で工夫できる底力という部分にあると思っています。基礎の技術開発を突き詰める一方、ゲノム編集に活かせるようなトライもしていかないといけないと思います。日本の技術開発力は低下しています。
日本人の良さを活かしつつ、海外では経験を積む気持ちで、そして日本で国産のゲノム編集を独自開発する気概を持って取り組まないと勝てないと考えます。
Q:直近の課題は何ですか?
精密なゲノム編集技術の開発です。今からすぐにCRISPR-Cas9に代わるツールを作るのは無理ですが、まだそこには日本が勝負できる余地がある。精密技術改変、応用技術開発では病気治療に活かせるゲノム編集の確立。そういったところを中心に考えていくことが、日本の独自性かつ競争力を高めることにつながると思います。
(了)
山本 卓
やまもと・たかし
広島大学大学院理学研究科生命理学講座教授。
広島大学理学部生物学科動物学専攻卒業。同大大学院理学研究科動物学専攻中退。博士(理学)。
熊本大学理学部助手として「両生類(イモリ)の精子形成」の研究を経て、広島大学理学研究科教授にて棘皮動物(ウニなど)をモデルとして「発生遺伝子の転写調節機構」の研究を行なったあと、2004年より広島大学大学院理学研究科教授となる。2016年、一般社団法人 日本ゲノム編集学会を設立、会長に就任。
教授編著書に『ゲノム編集入門: ZFN・TALEN・CRISPR-Cas9』(裳華房,2016年)。
Filed Under: Bio/Life Science