多くの人々の命を奪ってきた難病、膵臓がん。創薬の長い奮闘の歴史の中で、そうした病気への特効薬はまだない。病気の原因となるタンパク質の75%には現行の方法で薬を作れないからだ。そこで新しいアプローチを武器に創薬に挑んでいるのが東京理科大学の宮本准教授である。豊富な化学の知識を駆使してバイオや生命科学(ライフサイエンス)の分野に新風を吹き込む、その取り組みについて話を伺った。
分解法の創薬、ケミカルノックダウン(CiKD)法によってアンドラッガブルターゲットにメスを入れる
Q:現在どのようなご研究に取り組んでいらっしゃるのですか。
私が取り組んでいるのはバイオやライフサイエンスに関する研究です。バイオの研究には色々な種類があるのですが、その中でも未来の薬を創る研究に取り組んでいます。これまでの薬とは違う方法で、全く新しい薬を創りたいと考えています。
これまでは「阻害」の方法を用いて薬を創ってきました。「阻害」では、まず病気の原因となるタンパク質を突き止めます。それを「標的」と呼ぶのですが、その標的を阻害する低分子化合物を開発するのです。それがこれまでの低分子化合物の創薬における基本的な方法でした。しかし、全てのタンパク質を100%とすると、阻害の方法ではそのうちの25%にしか、薬が創れません。
病気の原因は体の中のタンパク質なのですが、それが過剰に分泌されたり、活性化しすぎていたりと色々なことが起こっているのです。そうした病気の原因に対して、なんとか調整をする必要があります。これまでの創薬ではタンパク質の阻害を行なう阻害剤を開発して来たのですが、それでは全体の25%のタンパク質にしか薬を創れません。残りの75%の中に病気の原因となるタンパク質があったとしても薬を作ることができませんでした。そのため、直接的な病気の原因タンパク質に薬を創るには、阻害以外の方法を考える必要があるのです。
そこで目をつけたのが、生体におけるタンパク質の分解現象でした。作られたタンパク質は必ず分解されます。このメカニズムを利用して、低分子化合物で標的タンパク質を分解へ誘導してなくしてしまおうと考え、この分解の方法を、ケミカルノックダウン(CiKD)法と名付け、研究に取り組んでいます。
Q:分解の方法、CiKD法を使うと、何%のタンパク質に効果があるのですか。
原理的には100%です。体の中で作られたタンパク質は必ず、「プロテアソーム」と呼ばれる分解装置によって分解されます。そのため理論上は、全てのタンパク質に対して適用できる画期的な方法なのです。このような生体現象を上手に利用できるように、うまく低分子化合物を設計しようとしています。
Q:現在、実用に向けてどのくらい進んでいますか?
CiKD法の研究は、まだまだスタートしたばかりです。このプロジェクトは、去年の年末に、国家プロジェクト「START(大学発新産業創出プログラム)」の一つとして科学技術振興機構に採択されました。そこで事業化に向けて、まずは原理を証明し、果たしてこの技術で標的が分解できるか、そしてそれが治療や創薬につながるのかを検証しようとしています。
標的を発見、分解することで人類の難題に光明を
Q:目の前にある課題はどのようなものでしょうか。
阻害では薬を作れないと言われている75%のタンパク質を、「アンドラッガブルターゲット」と呼んでいます。薬、つまりドラッグが設計できない標的であるからです。それらに対する薬は現在のところありません。ですから分解の技術によって、それらに対する薬効を証明できるのかどうかが大きな課題です。
まずは対象となる疾患を「がん」に設定しました。がんで代表的な3つの有名なアンドラッガブルターゲットである「Ras」「p53」「Myc」があります。この中の一つに対してでも、CiKD法で薬が設計できて、がん細胞の死滅などの薬効を示すことができれば素晴らしいと考えています。
具体的には、細胞によるがん細胞の分解や死滅を証明することを目指しています。そのためにはマウスを用いた実験を行ない、細胞を移植するなどして「担がんマウス」と呼ばれるものを作るのです。その上で、CiKD法で設計した薬によって、がん細胞が実際に抗腫瘍効果を示すことを証明していくことになるでしょう。
突然ですが、千代の富士やスティーブ・ジョブズを知らない人はいないと思います。実はこの二人は共通の疾患によって亡くなっているのです。その疾患とは、「膵臓がん」です。当時、彼らには適した薬がありませんでした。現在もまだありません。しかも切除しても再び再発することの多い病気です。そのため最後は薬が肝心なのです。
それにもかかわらずなぜ薬がないのかというと、先ほど述べた「Ras」「p53」「Myc」の3つのタンパク質に対して薬を創る技術がまだないためです。特に膵臓がんでは、Rasの変異が95%と言われていて、この標的に対する薬を創らない限り、膵臓がんを克服することはできません。
Q:ではご研究の目標は、この3つのタンパク質へのアプローチを見つけることなのでしょうか。
3つ全てに薬を創ることなどとても困難です。まず、この中の1つにでも薬が創れれば最高です。特にRasに対しては、世界中の研究者が薬の開発に取り組んできましたが、まだ誰も成し遂げていません。30年、40年かけても誰も薬を創ることができていないのですから、Rasを標的とした薬を創ることができたら夢のようです。もし3つ全てに薬ができたらノーベル賞ものだと思います。まずはこの3つの中に分解できるターゲットがあるかどうかから、CiKD法の研究を進めていきます。
現在の「阻害」技術で薬を作ることができる25%のタンパク質は、「酵素」や「レセプター」と呼ばれるポケット(活性点)をもっているタンパク質です。活性点に化合物を入り込ませる構造です。それで病気の原因タンパク質を阻害することによって病気を治します。阻害薬はこのような仕組みを利用しているのです。しかしほとんどのタンパク質には酵素やレセプターのようなポケットがないので、直接、薬を創ることが非常に難しい状況です。そのため、その標的タンパク質のネットワークの周辺に「酵素」や「レセプター」を探して、間接的に薬を創って来たのです。
Q:インタラクトームの解析も、その対策の一環なのでしょうか。
はい。インタラクトームの解析は、標的を見つけるための方法であり、かつ、その周りのネットワークを解析する手法です。つまり、病気の原因となる遺伝子やタンパク質とその周りのネットワークを見つけるための解析です。この技術は既に確立されています。私が研究開発して作り上げたインタラクトーム解析技術であるディスプレイテクノロジー、「IVV法」と呼ばれるものがあります。一般的には、「メッセンジャーRNAディスプレイ」とも呼ばれています。
これは、検出したいタンパク質と、その配列情報を持つメッセンジャーRNAを連結させる技術です。タンパク質の検出をバーコードであるRNAを増幅させて行なう技術で、これがメッセンジャーRNAディスプレイ、IVV法です。タンパク質がメッセンジャーRNAにディスプレイされていると言う意味です。この技術により、病気の標的タンパク質を発見し、その周りのネットワークを解析しようと取り組んできました。この方法は、現在多くの人たちに使われており、基盤技術として用いているベンチャー企業もたくさんあります。
しかし、この技術で見つけた標的タンパク質があっても、なかなか臨床にはたどり着くことができません。なぜかというと、その標的タンパク質がこれまで述べてきたアンドラッガブルターゲットであることが多いからです。
つまり、いくら良い基礎研究を積み重ねて病気の原因となるタンパク質を見つけても、それに対する薬が創れなければ臨床には繋がりません。けれども薬は25%の標的にしか作ることができないのです。なぜなら、ほとんどの標的タンパク質はアンドラッガブルターゲットなのですから。この問題が臨床の手前の壁となっています。
そのため、基礎研究の成果として出てきたものに対して、すぐに薬を作ることができる技術が必要です。「アンドラッガブル」を「ドラッガブル」な標的とするための技術です。そこで、生体分子の「分解現象」を利用するアプローチとしてCiKD法を考えたのです。
化学から生命科学へ、異色の経歴を歩んだことが結実
Q:大学時代や卒業後はどのような研究に取り組まれましたか。
ケミストリーの分野を修めて大学を卒業したので、その関連の研究開発に携わりました。しかし、生命科学(ライフサイエンス)に転向したいと思っていたのです。そのため、三菱化学の生命科学研究所でマスター・ドクターの研究をしました。
マスターとドクターは横浜国立大学から取得しましたが、研究自体は全て前述の生命科学研究所で行なっていました。これはコラボレーションのような形をとる仕組みです。大学に所属しながら外に出て研究をすることができます。その制度を利用して三菱化学の研究所で研究をしていた5年間の中で、柳川弘志先生の研究室にて、先程お話ししたIVVディスプレイ法の基盤を作り上げたのです。
Q:なぜ、化学からライフサイエンスの分野に転向したいと考えたのでしょうか。
理由のひとつとしては、もともと生化学や分子生物学に興味があったためです。そのため、大学4年生のときの卒業研究で生化学の研究室に最初は入りました。そこでは「オバルブミン」という卵の白身に含まれる成分を扱っていたのですが、私は卵にアレルギーがあるのです。「食べるのはだめでも、まさか成分解析の実験では症状がでないだろう」と考えていました。しかし手袋をはめて実験の作業をしていてもアレルギーが出てしまったのです。
そのため、その研究室では実験が続けられなくなってしまいました。他の実験室に移らなければなりません。時期が遅かったため大変でしたが、偶然にも東京大学を退官された先生がいらっしゃったのです。その研究室は触媒の研究を行なうところでしたが、そこに移って研究を続けました。それで、本当は分子生物学や生化学に興味をもちながらも、物理化学も好きだったので触媒の反応速度論などの研究に取り組むようになったのです。「バイオの世界に入りたかったのに、縁がなかったのかな」と思っていました。
それでも、やはり諦めきれなかったのです。「バイオに関係する研究がしたい」と思い、それができるところを探しました。そしてそれを研究としてずっと続けるためには、ドクターまでとった方がいいと考えたのです。そのためドクターも取得して、現在まで研究に取り組んできました。
Q:生物学的な研究において、化学的な研究のご経験が生かされていると感じることはありますか。
そうですね。自分の土台にケミストリーがあることが、現在薬創りに挑戦していることにつながっています。ディスプレイテクノロジー「IVV法」も、ケミカルバイオテクノロジーの一種です。というのも、IVV法で、メッセンジャーRNAにタンパク質を結合させたものを作るためには、「ピューロマイシン」と呼ばれる抗生物質をメッセンジャーに化学合成でつける必要があります。つまりこの過程で、化学合成の知識が必要になるのです。私はそれを足がかりにしてライフサイエンスに入りました。
そしてCiKD法の研究もケミカルバイオロジーです。しばらくは、化学合成の技術も使わずに完全にライフサイエンスの研究をしていましたが、そこで先述のような、阻害剤の問題にぶつかりました。そこで「阻害剤ではなく分解剤のようなものが低分子化合物で作れないか」と考え、実際にその研究をはじめることができたのはケミストリーの土台があったからこそだと思います。
Q:最初から医学部や薬学部に進んでいたら、実現しなかったかもしれないのですね。
そうですね。生物や医学の専門だったらできなかったでしょう。これらの分野では、化学合成などにはあまり馴染みがないのです。だから現在の研究に取り組んでいると、ケミストリーからバイオに転向を経験して、またケミストリーの土台に戻ってきたような気がします。薬学だったら化学合成はできたかもしれませんが、今度は生物や医学に必要な生体現象等に精通していません。ですから、生体現象を利用するアイディアは簡単には生まれないと思います。このアイディアが生まれるためには、バイオや医学の世界を通ることが必要だったと思います。
スペシャリストが評価される日本と、ジェネラリストが歓迎される米国
Q:日本ではかなりめずらしいご経歴なのではと思いますが、海外においてはどうでしょうか。
アメリカでは、日本のような研究分野の縦割りの文化が鮮明ではありません。文学を研究していた人が、バイオやケミストリーの研究に取り組むこともあるのです。哲学を扱っていた人が転向してくることもあります。つまり、文系と理系の区別や隔たりがあまりなく、様々な経験をもつ人たちがバイオの世界に入ってくるのです。そのような意味では、アメリカは日本とは違い、なんでもありです。
Q:海外での経験からどのようなインスピレーションを受けましたか。
やはりそうした自由な発想には影響を受けました。私自身、ケミストリーからバイオに移ろうとした際には、「専門性がなくなるからやめたほうがいい」と周りの人たちに言われたのです。根無し草のように、研究の軸となる専門性がなければ専門家としては認めてもらえません。箔がないと思われるのです。ジェネラリストとなってしまうと、サイエンティストとしてはあまり評価されないのではないかと心配され、多くの人が転向に反対しました。
一方で、「人生は一回きりなのだから、やりたいことをやったら?」と言う友達もいました。私としては、それまで何度も諦めてきたので、最後のチャンスとして、挑戦してみようと考えたのです。
そうして転向してみたら、毎日が本当に楽しかったですね。広がり方が全然違うと感じました。ケミストリーの世界だけで研究しているときと、バイオの世界に一歩踏み出して研究をしているときでは、私の中での感覚としては、広がりが全く違ったのです。
ケミストリーは、とても物質的です。物質そのものと言うべきものに深く入っていく分野なのです。それに対して、私の中でバイオや医学は広く人類や社会につながっています。そういうところが好きで、実学的なことや「この研究がどんなことの役に立つのか」といったことが気になるのです。自然現象を発見することは必ず人類の役に立つのだということも、バイオの分野で学んだことでした。そのような発見がたくさんあったのです。
要するに、まだ分からないことが非常に多くある世界なのですね。そのような意味ではやりがいのある世界だと感じました。
Q:ケミカルノックダウン技術は、医学的な分野以外でも、人類の役に立つことがあるのでしょうか。
この技術は、原理的には、「がん」に限らず、アルツハイマー、マラリア、エイズ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病の解決や、21世紀中には病気として治療の対象となっていると考えられる「老化」についての研究の可能性もあります。医学分野以外では、例えば食や環境など様々なことに役に立つと思います。ゲノム編集技術が、あらゆる分野にインパクトを与えたように、このケミカルノックダウン技術も、様々な分野へ影響を与える技術になって行くと考えています。ゲノム編集は、遺伝子を編集してなくしてしまう技術です。ケミカルノックダウン技術は、低分子化合物でタンパク質をなくしてしまう技術です。遺伝子の編集は、遺伝子に不可逆的変化を与えますが、ケミカルノックダウン技術は、タンパク質に可逆的な変化を与えるだけである点が大きな違いです。
研究者の密な関わりと、自由な発想を許容する風土こそが社会に貢献する研究を推進
Q:文科省振興調整費で研究をされているときもそのような取り組みを行なってきたのでしょうか。
私にとっては、ゲノムネットワークプロジェクトの存在が大きかったのです。このプロジェクトには素晴らしい研究者が集まっていました。よく国家プロジェクトのためには、そこに加わる人を公募したりしますが、採択された研究者がお互いを良く知ることはありません。しかしゲノムネットワークプロジェクトでは、その中の役割やお互いの顔がよく見えるような体制がありました。そしてそれぞれの研究者間の交流も非常に密だったのです。
それによって、その内部での共同研究や後に発展した研究が多く生まれました。そのため、このゲノムネットワークプロジェクトでの5年間は私にとって非常に素晴らしいもので宝物だったと思います。プロジェクト終了後も、研究者同士のコラボレーションがプロジェクト期間とほぼ同じぐらい続きました。
このプロジェクトが素晴らしいものになったのは、国を挙げてのプロジェクトであったことも要因の一つですが、やはり榊佳之先生や林崎良英先生の存在が大きかったためだと思います。お二人には、日本の科学が向かうべき狼煙(のろし)を上げて組織をまとめ上げるリーダーシップがあったのです。
当時も、国家プロジェクトは一見するとトップダウンでした。しかし、そうした影響力のある先生たちが主体となっているからこそ、国に「大きな予算をつけてほしい」と掛け合うことができます。そして予算がつけられ、交付される段階では確かにトップダウンなのですが、そこまでの過程はボトムアップですよね。そのため、ある意味「ボトムアップのトップダウン」だと言えます。「今の日本に必要なプロジェクトだから立ち上げる」といった気骨のある科学者が近年ほとんどいなくなっているのではないでしょうか? あるいは、ボトムアップ的な活動が難しい仕組みになってしまったのかもしれません。
Q:研究者同士の交流がもっと活発になればそのような機運も生まれるでしょうか。
もう少し科学者たち自身の中から出る意見を反映したものにできたらよいのではないでしょうか。「ボトムアップ」の余地を残すことが重要です。「ボトムアップ」が生まれる源泉は、やはり研究者同士の横の繋がりだと思います。科学者たちが、どのような国家プロジェクトが必要なのかを自由に考え、国がその意見をすくい取るうまい仕組みがあったらいいなと思います。
AI時代の社会では個人の創意工夫が価値をもつ
Q:現状、若手の研究者や研究を志す学生の方々はどのように考えて行動する必要があると思われますか。
私が若い人たちに伝えたいことの一つは、「なるべくたくさん勉強してほしい」ということです。視野を広げて多くの知識を吸収してほしいと思います。また、ドクターに進むことを恐れている人たちがいます。「ドクターにいくと仕事がないのではないか」「研究者の境遇はあまり恵まれていないのではないか」「自分の就くポジションがないのではないか」と心配になるのでしょうが、あまりそのように考えず、最高学位のドクターまでとってほしいですね。なぜなら、これからは、高度な学問を修めていることが重要な時代が来るからです。
そう考える理由には、近年はAI、つまり「Artificial Intelligence」の技術が大変進歩してきていますよね。それにより、様々な仕事がコンピュータによって置き換えられていくだろうと言われています。そのような未来において、最終的に人間の仕事の中で大事なこととは、やはり創造性です。それは、高度な学問を修めることに裏打ちされてくると思います。仕事がなくても最低限の収入が得られるベーシックインカムの仕組みも検討されていて、それが確立されれば、生活のための労働よりも、自分に何ができるのかが本当に重視される時代がくるのです。
そのように自分にできることが問われる時代に、何の技術も知識も学んでいなければ、何の貢献もできません。ですから若い人たちには、高度な学問を修め、自分にしかできないことを見つけていってほしいのです。今後は、「生活のためにお金を稼ぐ」働き方から、「自分がこの人類や世界にどのような貢献ができるか」考えて働く時代にうつり変わっていくでしょう。そのときに、自分にしかできない「オリジナルな」アイディアがある人が一番強いのだと思います。
ベンチャー風土の成熟によって新薬の実用化を加速させる
Q:そのような時代の変化を見据えて、今後力を入れていきたいとお考えの研究について教えてください。
現代社会の人々は、だんだんと長寿になりつつありますよね。それにつれて、様々な病気が治るようになってきましたが、まだ治療法のない病気も多くあります。いま、この瞬間にも、薬がなくて命を諦めている人がいるのです。そのような人に、一日も早く薬を届けたいと考えています。しかし、現在のアカデミア創薬では、研究室から、患者さんへと薬を届けるためには、まだ大きな距離があるのです。それを埋めることに、本来ならベンチャーが役目を果たすはずです。ところが、現状では日本にはほとんどベンチャーがありません。
つまり、非常に良い「標的」や「薬のシーズ」がアカデミアにあるとき、それを実用化へと橋渡しをするのがベンチャーの役割です。ベンチャーのほうが、よりフレキシブルに製薬会社と組んだり、臨床センターと組んだりすることが可能です。そうした働きによって、薬が患者さんのもとへと届けられる時期が早まると期待されるのです。
それを大学の研究者が全部行なおうと思ったら大変ですよね。もちろん、臨床医なら違う話かもしれません。けれども私はケミストリーの経験から、アカデミア創薬を考えるようになりました。ですから、この分野には臨床医だけではなく、様々な分野から新しい風が入ってくるべきだと考えています。けれども、もし理学部や理工学部の先生が薬を創ろうとしたら、そうとうな距離がありますよね。ですからそのギャップを橋渡しできるベンチャーの存在が絶対に重要なのです。
Q:ベンチャー企業の強みとはどのような点でしょうか。
じつは治療が難しい病気に対する薬は、必ずしも市場が大きくないのです。そういった場合、製薬会社は中々振り向いてくれません。製薬会社に本気になってもらうためには、ベンチャー企業によって臨床への可能性を示さないといけないのです。そこが一番難しい点です。また、あまり大きな儲けにはならなくても「治療を諦めている人たちの命が助かる」といった人道的価値に共感して一緒に共同研究を行なってくれる可能性があるのは、やはりベンチャーのように新しい風が吹いている組織であることが多いですよね。
さらに、大学で研究している全く新しい技術には、製薬会社はリスクを感じてなかなか手を出すことができません。それに対し、新しい技術によって世界を変えたいと考えるのがベンチャーです。彼らはリスクをとってでも、新しいことに挑戦してくれます。ですから、そのようなマインドをもったベンチャーの存在を間に挟むことによって、アカデミアから新しい薬が患者さんに届きやすくなるのです。
例えば、私がアンドラッガブルターゲットに対して有効な薬のシーズを発見し、「これさえあれば、現在治療を諦めている人たちも助かる」と考えたときに、どうにしたら一番早く患者さんにその薬を届けられるでしょうか。その方法の一つは、やはりベンチャーの橋渡しによって、大学の成果を製薬会社へうまく繋げて協力しあうことです。そのような仕組みがあれば、臨床につなげることが出来ると思います。ですから、私は大学の研究室から患者さんに一日でも早く薬が届くようにベンチャーを立ち上げることを大きな目標としているのです。(了)
略語:CiKD: Chemical interactions and knockdown IVV: in vitro virus
宮本 悦子
みやもと・えつこ
東京理科大学 生命医科学研究所 准教授。東京理科大学理学部化学科を卒業後、日本IBM大和研究所、東芝情報通信研究所などに勤務。三菱生命科学研究所に特別研究生として在籍中に、1997年から2年間客員研究生として米国カーネギーメロン大学で留学を経験する。2000年に横浜国立大学大学院工学研究科博士課程後期修了後は、慶應義塾大学理工学研究科にて文科省振興調整費やゲノムネットワークプロジェクトに参加。2011年より東京大学医科学研究所 インタラクトーム医科学社会連携部門 部門長を務めた後、2014年10月より現職。