世界中で注目が高まる再生医療の技術が大きく前進している。2010年にマウスの線維芽細胞に3つの遺伝子を加えて心筋様細胞へと変える「リプログラミング」技術を生み出した家田真樹講師は、2013年にヒト心臓線維芽細胞から直接心筋様細胞の作成に成功。この開発により、iPS細胞を経由しない再生医療の可能性が拓けた。社会に大きなインパクトを与え続けるこの分野は今後どのような発展を遂げていくのか。家田講師に再生医療の未来を伺った。
Q:現在の研究内容について教えてください。
心臓の再生研究をしています。皮膚や心臓の線維芽細胞と言われる細胞は心臓の筋肉ではない細胞ですが、その線維芽細胞を心臓の筋肉の細胞に変える研究をしています。もちろん何もしなければ変化することはないのですが、特殊な遺伝子を組み合わせて与えれば変化を起こせるということを我々が2010年に発見しました。それは最初はネズミの実験、言うなれば試験管の中での発見から始まったので、現在はそれを臨床の段階まで持っていくべく研究を進めています。
Q:なぜ線維芽細胞を心筋細胞に変化させる必要があるのでしょうか。
心臓には心筋梗塞など様々な病気が起こります。心臓で亡くなる患者さんは日本で二番目に多いのです。心臓の病気は治らないと言われていて、我々はそれを「アンメットニーズ」と呼んでいます。これは、必要性やニーズがあるけど満たされていない領域だからです。色んな薬や機械が開発されても、年間19万人くらいの方が日本で亡くなっています。全ての種類の癌で亡くなる人数の次に多いのが心臓病なのです。その次は肺炎などの肺の病気が続きます。とにかく心臓病で亡くなる方は多いのですが、この状況は何年間も変わっていません。現在の医療が頭うちで、現在の医療では治らない患者さんがたくさんいるということなのです。
どうして治らないかというと、心臓が再生しない臓器であることが理由として挙げられます。どの臓器もそうそう再生はしないのですが、例えば皮膚であればかさぶたができてすぐに治りますよね。また肝臓にも再生能力があって切除したあとでも再生します。心臓はそうではなくて、一度障害されしまうと戻ることはないのです。また、構造的には心臓はいつも拍動していて、心臓の筋肉がポンプの働きを果たしていますよね。その心臓の筋肉の細胞が失われてしまう病気があるのです。それは例えば、心筋梗塞という心臓の筋肉が腐る病気や心筋症などの様々な病気が原因で起こります。そのように、心臓の筋肉としての機能が失われてしまうと戻ることがないので、動かなくなってしまうのです。それが心不全と呼ばれる、心臓のポンプの働きが悪くなった状態です。それが年間19万人もの、多くの方の死因になっています。結局、心臓は再生できないので悪くなっていく一方なのです。
現在、最終治療としては、心臓移植しかありません。しかし心臓移植は全く足りておらず、日本では年間1000人の方が手術を待っている状態です。でも受けられるのはたった年間30人だけ。つまり、全然足りなくてほとんどの方が手術を受けられずに亡くなっているのが現状です。
この課題に対して我々は、「移植ができないなら、再生医療だ」と考え、再生医療への取り組みを始めました。既に説明した通り、心臓の筋肉を線維芽細胞から作ろうと考えたのですが、それはなぜかというと心臓の中には、心臓が拍動するための筋肉の細胞以外に線維芽細胞がたくさんいるのです。
心臓の中には、心臓の筋肉の細胞と、筋肉じゃない細胞がいまして、約半分の50%くらいが皮膚を作る細胞と同じ線維芽細胞が占めています。そうした普通の細胞が何をしているかというと、普段はコラーゲンを出すなどして、心臓の形を支えています。つまり骨組みのような、骨格のような役割を持つ細胞なのです。でも線維芽細胞は拍動できないのです。そのため、周りの筋肉の細胞が動いて心臓のポンプの働きを支えているのです。そして心臓の筋肉の細胞が何らかの理由で失われてしまうと、心臓の筋肉の細胞は増殖しないので失われたままになります。しかしそれ以外の線維芽細胞だけは非常に活発に増殖するのです。それは皮膚が傷ついても再生するのと同じ仕組みです。どの臓器でも線維芽細胞は非常によく増えるのです。そして心臓の病気になってしまうと、線維芽細胞だけが非常に増える繊維化という状態が起こり、心臓はペラペラでうすっぺらい、皮のようなものになってしまいます。これは、筋肉の厚みがなくなってしまうためです。そこは拍動しないので動かなくなってしまいます。
この場合、再生医療においては二つの方法があります。
一つは臓器ではなく細胞を移植する方法です。それは私たちとは違うアプローチです。それは体の外で心筋細胞を作り、それを移植します。そこでは例えばiPS細胞などを使い、外でiPS細胞から心筋細胞を作って、それを移植する方法です。これは色々な人が取り組んでおり、有名ですよね。
しかし私たちは全く違ったアプローチで、細胞移植をしない方法を考えています。それは、今お話ししたように特に病気になると非常に多く増えてしまう線維芽細胞を利用するのです。この線維芽細胞をその場で心臓の筋肉の細胞に転換できれば心臓の機能を再生できるのではないかと考えました。つまり心臓の中にある線維芽細胞を使い、外から移植をしない方法です。
Q:線維芽細胞と心筋細胞の割合はもともとどのくらいなのですか?
正常の状態では心筋細胞が3割で、線維芽細胞が5割います。他に血管の細胞など色々な細胞がいるという状況になっています。例えば一番分かりやすい心筋梗塞では、心臓の栄養血管が詰まってしまってその先の心臓の筋肉が動かなくなり死んでしまいます。すると、その部分の心筋は0%になり、ほぼ100%が線維芽細胞になってしまうのです。線維芽細胞の他にはコラーゲンのようなタンパクが存在するだけです。そうしたコラーゲンを線維芽細胞が出しているお陰で破裂したり破けてしまったりするのを防ぎ、傷口は修復しています。けれどもそれでは心臓は結局動かないので、弱っていき、心臓は年と共に劣化していきたくさんの方がなくなる病気です。
もう一つの問題点は、若い人しか心臓移植を受けられないことです。厳密に言うと65歳なのですが、現実には60歳以下の人しか受けられません。心臓の病気で亡くなるのはほとんどが60歳以上で、しかも再生せず不調が年齢と共に積み重なっていくため、結局心臓の病気が元で亡くなっている患者さんはたくさんいるのに、それをどうにかできる方法は全くないのです。そうすると、再生医療しか方法がないと考えています。多くの人が細胞移植の方法に取り組んではいるのですが、いくつか課題があるので、我々は自分の細胞を使う方法を研究しているのです。どうやるのかと言うと、究極的にはある遺伝子を加えて、その場でiPSを通さずに、線維芽細胞を心筋に変えて再生するという方法です。
例えば試験管の中やバイオ皿に線維芽細胞をたくさん用意して、そこにマウスの場合では心筋にしか出ていない3つの遺伝子を入れます。すると心筋が直接できることを我々が発見しました。それはシステムとしては、iPSを作る方法と似ています。線維芽細胞にステムセルと呼ばれる、受精卵に多く見られる遺伝子を入れることによって、受精卵に似た細胞ができます。これがiPS細胞と呼ばれる細胞なのです。これと同じアイディアなのですが、我々はiPSを心臓の中で作りたくなかったので、独自の方法を考えました。iPSは腫瘍になり癌化してしまう可能性があるのです。そのため心筋を直接作りたいならば、受精卵に見られるのではなく心筋にしか出ていない遺伝子を入れればよいのではないかと仮説を立てました。その過程では多くの苦労を強いられましたが、入れるのに適した遺伝子を発見しました。それが発表したたった3つの遺伝子だったのです。それによって直接、皮膚にある線維芽細胞または心臓の中にある線維芽細胞から心筋を作れることが発見できたのです。
Q:その場合、腫瘍化や癌化は起こらないのでしょうか。
癌化はしません。心筋細胞は増殖できないからです。癌化は増殖しなければできないのです。だから増殖できないことは、癌化しないのでメリットと言えます。そのため直接作ってしまえば癌化の危険性がなくなるのです。
Q:マウスの場合は3つの遺伝子を入れるとのことですが、人間の場合はいくつ入れるのですか?
人間の場合は、5〜6個の遺伝子を加えることを発見しました。そのうちの3つはマウスの場合と同じものですが、残りの2つも心筋のみに出ている遺伝子です。それらの組み合わせを2013年に発見したのです。そしてその翌年に、もう一つある遺伝子を与えると効率性が10倍になることを発見しました。
Q:入れるべき遺伝子にはもとから見当がついているのですか?
いえ、見当はついていないのです。実際に入れる遺伝子は、非常に多い選択肢の中からスクリーニングをしていきます。それはもうばくちにも似た作業です。もちろん全く大事ではなさそうな遺伝子は候補から外し、実際ネズミの場合には14個の遺伝子まで絞ってから一つずつスクリーニングしていきました。 そうして最後は3個に結論したのですが、人間の場合は3個では効率的に心筋ができなかったのです。そこで、まず人の場合でも3個の遺伝子は必要だろうと考え、今度は残りの11個を一つずつ足していく方法で検証していきました。それで結局5個にたどり着いたのです。
Q:2014年に6個の遺伝子の組み合わせを発見されましたが、それ以降の研究はどうでしたか?
遺伝子を加えて細胞が変化することを世界で最初に発見したのは2010年でした。そこから色々な論文が発表されてきたのですが、もう一つ分かっていなかったのは細胞の環境だったのです。細胞の中に遺伝子を入れることはもちろん大事だったのですが、細胞の周りの環境、例えば試験管の中の状態も結果に大きく関わります。試験管の中では培養液と呼ばれる、栄養分になる液体を使うのです。イメージとしては血液のようなものです。細胞が生きていくためにどんな栄養分を入れればもっと心筋ができるのかを研究しました。それについては昨年発表したのですが、体の中にある増殖因子、つまり栄養因子を、それもたまたま3つ入れると、もっと心筋ができる効率が上がり40倍くらいになるのです。だから2010年は0から1を作った年だったのですが、それ以降1から10、10から40と前に進んできました。
Q:その発見には、どんな名前がついたのですか?
「ダイレクトリプログラミング」と名前がつきました。ダイレクトは直接という意味ですが、それはiPSを介さずに直接心筋を作ったからです。リプログラミングの部分はどういう意味か分からないかもしれませんが、コンピュータのプログラミングという言葉がありますよね。例えば、受精卵は私たちの体を全て作ります。その過程が成体の領域ではプログラミングと呼ばれるのです。つまり受精卵は何にでもなれる万能細胞なので、そこから目や心臓の細胞など、全く異なる細胞になります。それは生物の領域では、プログラミングされたものが実行されていると考えるのです。それではリプログラミングとはどういうことかというと、それを越えて違う方向にプログラミングを書き換えるということです。つまり絶対に起き得ないことを起こすことがリプログラミングであり、その代表例がiPSなのです。具体的には、皮膚の細胞が受精卵に戻るというリプログラミングでした。我々の場合は、同じように皮膚の細胞や心臓の線維芽細胞から心筋の細胞を作るのですが、iPSを介さないで作るので、ダイレクトに作る方法として「ダイレクトリプログラミング」と命名しました。
Q:それでは、心臓以外の様々な部位でリプログラミングが可能になるのでしょうか。
その通りで、実際に色んな論文が発表されてきています。脳の細胞とか、神経の細胞とか、肝臓や骨、血液など様々な細胞を作る試みがなされています。普通iPS細胞に戻せば、受精卵なので色々な細胞を作ることが可能なのですが、それをせず、その臓器だけにある遺伝子を3つとか4つとか色々な組み合わせによって直接欲しい細胞を作る研究が世界中で進んでいます。
Q:世界的な潮流も、原点には2010年の家田様の発見があったのですね。
実際は2010年に我々と、神経の領域を扱う米国スタンフォード大学の先生がほぼ同時に発表しました。だからそのときに、心臓の筋肉のダイレクトリプログラミングと神経のダイレクトリプログラミングという新しい概念が生まれ、その後、肝臓などあらゆる臓器のダイレクトリプログラミングに関する研究が一気に進むことになりました。その二つの発表が同じタイミングになったのはたまたまです。しかしどうしてこんな研究をしたかというと、やはり2006年に発見されたiPSの影響があるのです。私は臨床医なので、もともと心臓を再生したいという思いがありました。それでiPS細胞の発見を見て、同じ発想を心臓の再生にも生かせないかと考えたことがダイレクトリプログラミングの発見につながりました。それはスタンフォードの先生も一緒で、彼はもともと神経の臨床医だったので神経の領域のダイレクトリプログラミングに興味を持ったのです。どちらもiPSからアイディアを得て、あとは時間がたまたま重なったのですね。
Q:臨床の分野でのニーズがあったことが大きかったのですね。
私の場合はそれが一番ですね。臨床からの必要性がないとおそらく研究は進まないでしょう。実際に現場で見ていると、「こういう病気に対しては、こういう治療が必要だ」と感じることが多くあります。そういう意味でヒントをもらうことは多いですね。例えば今回の研究の場合は、心臓の中にはたくさん線維芽細胞が実際にいて、そういう症状をもった患者さんがたくさん亡くなっている状況がありました。そのため、こういう治療が必要とされているし、今後も絶対に必要だろうと思ったのです。実現できたら必ず良いだろうと思える治療は、臨床からしか着想を得られません。
Q:「心臓は再生しない臓器」という固定概念がある中で、心臓の再生に取り組もうと考えたきっかけはありますか?
心臓の再生医療に取り組むことを決めたのは、今一番必要とされている領域だからですね。心臓に関しては現在も色々な薬が出ていますが、究極的には再生しない臓器なので、そこでこそ新しい治療が一番求められているのです。だからその領域で何か新しい方法を発見できれば、本当に画期的なゲームチェンジャーになれます。私が取り組んだのは結構ばくちに近いような研究で、むしろ細胞を移植する方がスタンダードな方法でした。具体的にはiPS細胞で作った心筋を移植するとか、ちょっと前だったら脂肪細胞を移植するなど色々な方法がありました。しかし私は人がやっている方法には追従したくなかったのです。同じことに取り組んでいても勝てないので自分独自の方法を研究したいと考え、新しいことにトライしました。
Q:2012年に山中教授がiPS細胞でノーベル賞を受賞されてから、再生医療には大変注目が集まりましたが、何か変化を感じることはありましたか?
臨床応用への期待が非常に大きいと感じました。色んな記者の方から取材を受けますが、皆さんが一番知りたがっているのは「あとどのくらいで臨床にいけるか」ということです。そのため、臨床への期間や、それに向けての課題をメディアに聞かれることは非常に多いですね。そのため期待の大きい領域だということを実感しています。
しかし、臨床に向けて必要な時間をはっきり言うのは難しいともいえます。やはり研究には成功も失敗もあるためです。ただ現在の研究のスピードで本当に順調に進んだ場合、5年〜10年くらいではないでしょうか。医療の領域では厚生労働省をはじめ当局の様々な規制もあるので、研究だけの問題ではないのです。これが人間以外の動物相手の研究であれば別でしょうが、人間相手の研究では当然、安全性が非常に厳しく求められますよね。そのため、iPSの研究でも現在はそうした部分で大変苦労をされており、思ったより時間がかかっています。だから実用に至るまでの時間の幅は本当には分からないのです。
Q:患者さんに接していると、ここでダイレクトリプログラミングの技術を使いたいと思うこともあるのではないですか?
実際に私は安全性がとても大事だと考えているので、現段階では使いたいとは思いません。目の前の患者さんを、今できる治療の範囲で治すことの方が医療としては重要なのです。一方で患者さんからの期待は非常に大きく、「新しい技術を使って病気を治してほしい」と手紙やメールをもらうことはあります。そういうことで強い期待を感じていますが、私は実際には医者なので安全性をしっかりと確認してから患者さんに投与しなければならないと考えています。でも「実現できたらいいな」と思う治療であることは確かです。
Q:安全性という面で、クリアしなければならない課題にはどのようなものがあるのでしょうか。
心臓の中の線維芽細胞を心筋細胞に変えるので、実際にそうしてできた新しい心筋細胞が不整脈などの全く予期しなかった不具合を起こさないか注意しないといけません。試験管の中の心筋細胞が自分で拍動を開始するのですが、それが逆に心臓の正常な動きを邪魔しないかといった懸念です。それを我々は不整脈と呼んでいて、そうした脈の異常が起きないかどうかには非常によく注意を払わなければいけません。
現在のところ、そうした異常はネズミの段階では起こっていませんが、今後は同じことを大動物で実験していく必要があります。そして人間と同じような脈の形でも試さないといけません。ネズミの脈は人間と比べると10倍くらい早いのです。寿命も人間よりずっと短いですから。そのため、不整脈もずっと出にくいのです。だからネズミではなく人間と同じような条件での実験を、当然人間に応用する前の段階で行い、安全性を確認することが大切です。
もう一つあります。現在取り組んでいる方法は遺伝子治療と呼ばれる部類に入ります。遺伝子治療と聞くと、皆さんギクッとされると思いますが、この数年間で遺伝子治療を取り巻く環境が変わってきました。世界中で、心臓の領域も含め様々な分野で臨床試験が行なわれ、安全性が高まってきたのです。
例えばパーキンソン病や血友病など、色んな病気において遺伝子治療の臨床試験が世界中で行なわれています。それによってもう本当に臨床の領域に入り、実際に遺伝子治療の薬が外国では販売されるようになりました。日本ではまだですが、EUでは認可され、売られているのです。そういった形で2012年頃からこの5年くらいですが、遺伝子治療の現場が変化してきました。これまでも遺伝子治療の取り組みはあったのですが、実際に副作用などが出てストップしたことがあります。
しかしこの2、3年で全く違う遺伝子の運び屋、つまりベクターを調べ、安全なベクターを世界の研究者が開発したのです。それによって安全性が増したので、現在使えるようになってきました。もともと有効性は評価されていたのですが、安全性の面で20年くらい前に一度ダウンしてしまったのです。それがこの数年間の間に安全な運び屋の遺伝子を発見できたことで、有効性と安全性の両方が認められ、かなり機運が高まってきています。私が現在取り組んでいるのもまさにその部分です。つまり安全なベクターを使って、ネズミでは3個の遺伝子、人では5個の遺伝子を導入しているのです。まだ現在は動物実験の段階ですが、本当に細胞を再生できるかを調べています。
Q:日本よりも海外のほうが、新しい技術が研究から臨床に進むスピードは早いのでしょうか。
海外のほうが早いですね。海外のほうがベンチャー企業が多いのが理由だと思います。実は遺伝子治療でもベンチャーで開発していて、ベンチャーが成功例を出すのです。もちろん全てがそうではないですが、その流れが多いですね。それは医療機関と大学などが提携しているベンチャーです。
例えば私のような大学研究者がベンチャーのサイエンティフィック顧問に就き、ベンチャー自体には社長のようなトップがいるのですが、研究者が技術面でアドバイスを行なうのです。そうしてペンシルベニア大学などでは、ベンチャー企業に技術やノウハウを提供しているのだと思います。そのようにできたベンチャーが成功したとしましょう。そうすると、大手のメガファーマがその成果をベンチャー丸ごと買い取るのです。そうした流れが現在の遺伝子治療ではアメリカをはじめ海外においては起きてきています。一方残念ながら、日本にはそういう動きが全くありません。だから遺伝子治療に関しては完全に遅れてしまっているのかもしれません。。
Q:家田様の研究成果を臨床に移すとしたら、海外で行なうことも選択肢にありますか?
そうしたことは全く考えていません。私は日本人だし、日本で最初に成功させたいと思っているので、日本で臨床まで行おうと考えています。一つのメリットとしては、再生医療法が新しく変わったことが挙げられます。日本で再生医療新法ができたことによって、日本だけの独自のシステムが出来上がったのです。これは海外にはなくて日本だけのもので、これだけ再生医療が注目されているので、その影響が背景にありました。どんな医薬品でもそうですが、これまではすごく規制が厳しかったのです。それをもう少し早く困っている患者さんに届けられるよう、再生医療の法律が変わりました。そのお陰で日本での方が早く臨床への応用に持っていける可能性が出てきたのです。ですから、私としてはそういう日本の「地の利」と言うべきメリットを生かして、日本で臨床まで取り組んでいきたいと考えています。それにもちろん技術的なノウハウも持っているので決して不可能ではないでしょう。そのために必要なのはやはり会社とお金の面での準備や国のバックアップですが、法律が整ってきていることはとても大きな強みだと思います。
Q:これからの進め方としては、ベンチャーの会社を作ることになるのでしょうか。
実際にベンチャーを立てるかどうかは現在のところ分かりません。タイミングが難しいので、もう少し先と考えています。今の段階ではもう少し基礎研究レベルで安全なベクターを開発しているので、それが整った段階で、企業なりにそれを譲渡する形になるのではないかと思います。その段階でベンチャーなのか、メガファーマに譲渡することになるかは分かりません。
Q:医師、教育者、そして研究者の三つの顔をお持ちですが、一つに集中したいと思うことはないですか。
アカデミアにいると、どちらかに100%集中することは難しいのです。アメリカに留学していたときはそういう環境だったのですが。でも逆にメリットもあります。一つは、臨床の現場で実際に患者さんを診ることで研究のアイディアが得られることです。臨床をせず研究だけしていると新しいアイディアが出てこない可能性は十分あると思います。だから時間を取られますが、そういう強みもあるのです。この5年ほどでも医療は非常に進歩したので、臨床現場にいることで、現在の医療に必要なものをキャッチアップしていかなければいけません。古い研究に固執していても仕方がないと思いますから。
大学にいることで、学生さんとモチベーションを共有することができています。学生さんは将来の医療を担っていく宝というべき存在なので、そういう人たちをインスパイアしたり、臨床も必要だけど研究も面白いんだということを伝えて育成していきたいと考えています。
Q:大学を出て進路を決めるときには迷いませんでしたか。
そうですね。最初の数年間は臨床だけで研究は一切していなかったのですが、その中で疑問が湧いてきました。どうしてこういう病気になるんだろう、とか、どうしたら亡くなってしまった患者さんを助けられるのだろう、と考えたときに、やっぱり現状の医療の限界がわかったのです。それで研究がしたいと思いました。新しい薬や治療は基礎研究をしなければ生まれてこないのです。そのため、意外とスムーズに臨床と研究のバランスをとるようになりました。
Q:そのように複数の仕事をする医師の先生は少ないのでしょうか。
いえ、結構多いと思います。そのバランスの中でどちらの割合が大きいかは人それぞれですけどね。研究がメインの先生と臨床がメインの先生、どちらもいらっしゃるし、もしくはどちらかが100%の場合ももちろんあります。それは人によります。私の周りでは臨床と研究どちらも行っている人が多いです。
Q:日本の医療の問題では医師不足に注目されていますが、基礎研究の面ではどうでしょうか。
そうですね。現在、基礎研究の領域では研究者が減っていると言われています。特に、基礎研究に進む医学部卒業生が減ったのです。それは、厚生労働省の方針が変わったことや、専門医制度、医局の崩壊など様々な問題が背景にあります。いずれにせよ基礎研究を志す人はとても減ってしまいました。だから医師よりもむしろ基礎研究の研究者が足りていないと感じています。地方で医師が足りないといった医療問題はありますが、医学部の卒業生を見ていると臨床志向の方が多いですね。新しい薬を開発して患者さんの病気を治そうと考える人は減ってきています。
Q:政府や企業に期待したいことはどんなことですか?
一般的にはやはり研究費が足りていないと言われています。先日ノーベル賞を受賞した大隅先生もおっしゃっていましたが、本当にベーシックなリサーチに足りていないのです。臨床に結びつくような研究には結構お金が出やすいのですが、本当に基礎のノーベル賞をとるような研究にもお金を注ぐ必要があります。その分野こそ、シーズといって、本当の種なのです。そこから木が育っていき、最後に新しい治療が結実するのですから。その過程で、ある程度発展した研究にはお金が出ますが、その前の種や芽の段階も大事にしないと、結局木がなくなってしまうのです。そういう意味で、私も日本の医療を心配しています。だから政府には、もっと基礎研究にも費用をかけてほしいですね。具体的には先ほどお話した遺伝子の運び屋、ベクターを見つけるような基礎研究です。それは既に海外の研究者が発見してしまっているのですが。そういう基礎的な仕事も大事にしてほしいという思いがあります。
企業に対しては、やはり大学でできることには限りがあるので、法的なことやパテント的なことに関してサポートをしてほしいですね。あるいは新しい研究をどうやって製剤化するかといった戦略の部分は企業が得意だと思います。我々アカデミアの人間は種の状態から芽を出すくらいの段階で止まってしまいます。そこからどうやって木に育てていくかに関しては、むしろ経営の領域の人たちの方が強いと思います。その他にも当然海外とのにらめっこも必要でしょうし、大手のメガファーマにはパワーもあるでしょう。だから産学恊働とよく言われますが、まだまだそうした動きが足りていないと感じるので、今後より連携していけたらいいと思います。
Q:毎年どのくらいの学生さんが研究室に入るのですか?
毎年2〜3人です。もちろん卒業したらやめていきますが、自分の中では現在の人数がちょうどいいと感じています。指導者は私一人で、一応一人一人の学生と面談をするのですが、10人前後が一番いい人数なのです。少なすぎると研究が進まなくなりますが、多すぎても一人あたりに割ける時間が減ってしまうので。かえって分散していますのです。だから現在の人数に満足しています。
Q:卒業生はどんなお仕事をされているのですか?
いろいろですが、まずドクター、つまり医者が半分くらいです。医者をしながら研究している人も多いです。あとは医学生もいて、彼は研究室を終えたあとは病院で心臓の医者として働くでしょう。もちろん卒業した後もずっとここで研究を続ける人もいます。研究が好きなら研究、臨床が好きだったら臨床の道に進むのです。また、うちの研究室には実は薬学部の学生もいます。まだ始まったばかりのことですが、そうした人たちは企業に就職する人が多いですね。
Q:企業からすると最新の再生医療を学んだ人材は貴重なのでしょうか。
そうですね。その学生は、うちで研究して、日本でもトップレベルの専門の学会にも出た業績があります。それは普通の薬学部の学生ではできない個性的な経験だと思うので、本人の努力もありますが、本人にとってはプラスになると思います。
Q:今後一番力を入れていきたい研究はなんでしょうか。
やはり、臨床に繋げるために取り組んでいきたいですね。2010年に発見したので、これまでのところまだ6年も経っていない研究なのです。この6年の間に、どこまで進んだか、そして課題も分かってきたのでそれを一個ずつ乗り越えていこうと思います。そしてもっと安全な遺伝子治療として確立したいです。< 了>
家田 真樹
いえだ・まさき
1971年生まれ。慶應義塾大学医学部専任講師。分子心臓病態学、再生医学の研究を専門とし、世界で初めて心筋細胞以外の細胞を心筋細胞に直接分化させることに成功した。1995年慶應義塾大学医学部卒業、2010年慶應義塾大学医学部特別研究助教授、特別研究講師を経て現職。