2012年のノーベル生理学・医学賞の受賞から5年。iPS細胞を用いた研究の発展は年々勢いを増している。日本でも産学が連携して応用研究が進む一方、創薬分野においては早くから研究環境が整っていたアメリカを追う形で研究競争が展開されてきた。そして現在、iPS細胞の無限の可能性は、生命科学分野において生命の神秘を解き明かす鍵を握っている。iPS細胞を用いた再生医療や創薬の世界で日本が生き抜くために、そしてiPS細胞に続き世界を驚かせる研究成果が生まれるために必要なこととは何か。iPS細胞研究の最前線と、医療の進歩への飽くなき献身について、京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授にお話を伺った。
次なるステージへと進むiPS細胞研究、安全性と時間・費用がカギ
Q:現在研究所が取り組んでいらっしゃるご研究の内容について教えてください。
この研究所には現在500名以上の者が在籍して、頑張っています。「iPS細胞」の技術を使って医療に貢献することが皆の共通した目標です。
医療応用にはいくつか種類があり、その一つが再生医療で、二つ目が創薬です。また、医療応用とは別に、もう少し時間がかかりそうですが、iPS細胞をツールとして使って今までになかったような生命科学を切り開いていくことも目標としています。このような新しくてチャレンジングなことにも取り組んでいます。
Q:現在のご研究の中で一番の課題を挙げるとしたら何でしょうか。
再生医療ではiPS細胞から作った目の細胞や脳の細胞、心臓の細胞などを移植するのですが、ここで一番課題となるのはやはり、安全性です。iPS細胞の特徴の一つは「どんどん増えること」。いくらでも増やせるのです。そのように増やした後に、心臓の細胞や網膜の細胞を作ります。一方で、心臓や網膜の細胞は増えません。増えない細胞は通常腫瘍を作ることもないのですが、元がたくさん増えるiPS細胞なので、「本当に大丈夫なのか」といった心配があります。
つまり、iPS細胞を他の細胞に作り変え移植するときに、少しでもiPS細胞が未分化のまま残らないように注意しなければなりません。残ってしまうと、最初はほんの少数であっても、少しずつ時間をかけて増えてしまう危険があるからです。そうした安全性の確保が重要な課題だと考えています。
そのために最も重要なのが、目的の細胞にiPS細胞を完全に変えてしまうことです。必要のないiPS細胞を残さないようにしなければなりません。それが、多くの科学者が最も力を入れて、これまで10年もの間研究してきたことなのです。
Q:iPS細胞を識別するために用いられるマイクロRNAというのも、その成果の一つなのでしょうか。
そうですね。その方法が考え出されたのは2年ほど前でした。細胞をどのようにして目的の細胞だけに純化するかを追究してきまして、その方法の一つとしてRNAを使う方法が発明されたのです。
また、それ以外にも抗体を使うスタンダードな方法が昔からあります。これは、目的の細胞だけを認識するような抗体を見つけることができたら、その抗体を使って目的の細胞だけをくっつけて精製するのです。これが一番スタンダードな方法です。
例えば、当研究所の髙橋淳教授がパーキンソン病に対するiPS細胞を使った再生医療の研究に取り組んでいて、2018年度中には治験の申請をしたい考えで進めています。パーキンソン病の治療法開発においては、iPS細胞から作った脳の細胞、特に「ドーパミン」と呼ばれる物質を作る特殊な神経細胞を作成します。その特殊な細胞の精製にやはり抗体を使うのです。
Q:2017年は、患者さん本人の細胞から作成したiPS細胞を使った治療法だけではなく、他人の体細胞から作ったiPS細胞を患者さんに移植する治療法の開発にも取り組んでいくとのことですが、その上で重要になるのはどのようなことでしょうか。
患者さんの細胞を使う方法を、専門用語で「自家移植」と呼びます。これは患者さんご本人の細胞を使い、移植しても型がぴったりと合って拒絶反応を起こしにくいわけですから、洋服で言えばオーダーメイドです。この自家移植は一番理想的な方法ではありますが、その一方でいくつか課題があります。一つは、時間がかかること。そしてもう一つは、費用がかかることです。
理化学研究所の髙橋政代先生は、2年前から既に網膜の病気である加齢黄斑変性について臨床研究をはじめておられて、非常に良い結果を得ています。その最初の手術は、自家移植で行なわれたのです。私たちも、細胞の品質評価をする部分においてお手伝いをしました。しかし患者さん一人の細胞を評価するだけでも数千万円の費用がかかってしまい、一例目の手術までにかかった全ての費用を合わせると1億円近くにも上ります。そして、期間としても1年くらいの時間がかかりました。
Q:1年とは、長い時間ですね。
そうなのです。ここには色々な過程があります。iPS細胞を作る過程、増やす過程、そしてそれを網膜の細胞に作り変える過程など。さらにその網膜の細胞を純化する過程もあります。その上で品質評価を行なうのです。このように非常に多くのステップがあるため、全部で1年かかります。
しかし1年も経つと患者さんの状態が変わってしまう可能性が高いのです。1年前には手術可能な状態だったのに、1年経つともう手術できなくなっている場合もあります。また、大阪大学や慶應義塾大学の先生が心臓の病気である心不全に関する研究を進めていますが、心臓の場合は1年経つと患者さんが亡くなってしまっているかもしれません。そのため、どのようにして時間を短縮するか、そしてどのようにして費用を抑えるかが実用面から見た課題なのです。
科学面ではやはり、どうやって腫瘍、つまり癌化を防ぐかが課題です。このように、科学面から見た腫瘍を防ぐ課題と、実用面から見た時間と費用の課題に取り組んでいます。
Q:そのような背景から、患者さん本人の細胞を使う自家移植に比べ、多くの人に普遍的に適応するHLA*型をもつ細胞を使う他家移植が主流となっているのですね。2017年には新たな型のiPS細胞が加わり、より多くの人に適応できるようになると期待されていますが、どのくらいの効果が見込めそうですか?
これはまだ今後研究が進んでいかなければ分からない部分ではありますが、動物ではサルを使った動物実験の結果、「有効である」というデータを複数の研究者が出しています。ただ、サルと人間ではだいぶ違いがあるのです。実験動物は遺伝的に比較的均一ですが、人間にはより幅広い多様性があります。ですので、人間の拒絶反応を調べるためには、治験などで人間の臨床データを集める必要があるのです。そういった意味では、現段階では効果の程度をはっきりと判断することはできないと思います。
*ヒト白血球型抗原。ヒトの免疫に関わる重要な分子として働いており、自身の持っている型と異なるHLA型のヒトから細胞や臓器の移植を受けると体が「異物」と認識し、免疫拒絶反応が起こる。
創薬分野で、病気のメカニズム解明を加速
Q:現在、色々な研究機関が様々な病気に対してiPS細胞を使った研究に取り組んでいますが、今後日本のiPS細胞研究がより力を入れていかなければならない分野はどこだとお考えでしょうか。
再生医療は、加齢黄斑変性やパーキンソン病、心不全や脊髄損傷など色々な病気において、ずいぶん進んでいます。こうした研究は世界でも日本がリードしていると思います。
かたや創薬、つまり薬の開発の面においては、アメリカが大きくリードしています。ただ、日本でもこの数年で色々な製薬会社が力を入れて研究に取り組んでいますので、これから追いつくことは十分に可能だと思います。治療薬が求められている病気はまだまだ多くありますし、アメリカで開発されたものよりももっといい薬を作ればいいのですから、今後いくらでも挽回できるでしょう。
Q:iPS細胞を使った病気の研究においても、日本の技術はひけをとりませんか。
まさに創薬が病気の研究でもあるのです。例えばiPS細胞ができる前は、パーキンソン病やアルツハイマー病の患者さんから、脳の細胞をたくさん採取するようなことはできませんでした。脳の病気を研究するためには脳の細胞が不可欠ですが、従来は患者さんが亡くなった後に解剖をさせていただいて、そのときに少しサンプルをいただくことができるくらいでした。
ここで問題となるのは、基本的に脳細胞は新たに作られることがないということです。だから、病気の進行した患者さんからはだいぶ病気のステージが進んだ状態の細胞しか手に入らないのです。病気の研究をするには、病気の進行する過程を観察することが必要です。そのため患者さんの脳の細胞はあまり研究に使えないという事情がありました。
しかし現在では、そうした患者さんから採血で得た血液などからiPS細胞を作ることが可能です。そうすると、iPS細胞はいくらでも増やすことができ、増やした後で脳の細胞を作りだすこともできます。
この場合、患者さんの頭の中にある脳の細胞は既に病気になっていますが、iPS細胞は患者さんが0歳のときの細胞の状態に戻っています。つまりiPS細胞経由で作った脳の細胞は患者さんが0歳のときの脳の細胞と同じなのです。例えば現在60歳くらいで既にご病気があったとしても、iPS細胞経由で作った細胞はまだ0歳です。その患者さんが病気になる前の、元気な細胞を手に入れることができます。そこでその細胞を実験室で培養して、もう一度病気を再現することができるのです。
Q:その病気を再現する過程には、やはり実際の病気の進行と同じくらい時間がかかるのでしょうか。
例えば60歳くらいの年齢で発症する病気を研究するとして、じゃあ60年経たないと病気にならないのだろうかと思いますよね。たしかに、10年くらい前にはそういう危惧もありました。しかし実際は、老化現象を試験管の中で疑似的に再現することで、一ヶ月くらい培養すると細胞が死にはじめるといったことが起こります。
病気ではない方のiPS細胞から作った神経の細胞は死なないのに、ALS(筋萎縮性側索硬化症)のような神経難病の方のiPS細胞から作った神経細胞は次々に死んでいってしまう実験結果も出ているのです。このことはつまり、体内にはバックアップのような働きをする様々なシステムがあり、病気の発症を抑えているために症状としては長い間現れないことを意味しています。一方、iPS細胞から分化した細胞を単独で培養すると、体内のバックアップを全く受けられないのです。つまり単独で培養することは細胞にとってかなりストレスのかかる環境であり、余計に病気の進行スピードを早くすることにつながっているのでしょう。
もちろんiPS細胞による再現も完全ではありません。患者さんと同じ形・サイズの脳を作ることはまだできないのです。そのため、シャーレの中で部分的に再現しています。それでも、これまで非常に難しかった人間の細胞を使って病気を再現することが、iPS細胞を使えば部分的にではありますが実現できるようになりました。それを使って、病気の発症のメカニズムに関する研究や、病気の発症や進行を抑える薬の開発が活発に行なわれているのです。
Q:人体の器官の再現という点では、動物を使って、その体内で人間の臓器を作るような研究もあると伺いました。iPS細胞の技術において、動物を使った実験は研究の推進にかなり効果的なのでしょうか。
ネズミやサルといった様々な実験動物がこれまでも使われてきました。人間と同じような病気のモデルもたくさん作られています。これまで、動物の実験から効果がありそうな薬を探索し、それが人間にも効くかどうかを確かめる方法で現在ある薬は作られてきました。けれどもやはり人間と動物はずいぶん違います。そのため動物の体ではよく効くけれど、人間の患者さんには同じ薬があまり効かないような病気もたくさんあるのです。
その典型的な例が、先にも挙げたALS(筋萎縮性側索硬化症)と呼ばれる病気です。これは全身の運動神経が麻痺してしまう病気で、患者さんの意識や感覚ははっきりしているのに、全身を動かすことができなくなります。進行すると呼吸ができなくなったり、意思の疎通もとれなくなったりする恐ろしい病気です。
このALSの研究においては、ALSと同じような症状を見せるネズミのモデルがあります。そしてネズミにはよく効く薬がたくさん作られているのです。しかし残念ながらそれらは人間の患者さんには効きません。
そういった病気に関してはやはり人間の細胞を研究しない限り、人間に効く薬はできないのです。ただ、これまではどうしようもありませんでした。手に入る患者さんの細胞は限られていたのですから。けれどもiPS細胞ができたことによって、患者さん由来の筋肉の細胞が大量に手に入るようになったのです。そのおかげで、現在ではALSの薬の研究も急ピッチで進んでいます。
ベールに覆われた生命科学に切り込む若い発想力
Q:iPS細胞の登場によって、色んな場面で医療が飛躍的に進歩しているのですね。
そうですね。再生医療と創薬はこのように変遷してきました。そして冒頭で3つ目に挙げた、再生医療でも創薬でもない、iPS細胞を使ったもっと新しい研究も進んでいます。今までできなかったような研究、例えば「進化」のような。サルから人間が生まれたと言われていますが、その過程でどうやって進化してきたのでしょうか。サルと人間の遺伝子はかなり似通っています。つまり遺伝子的にはほとんど同じなのに、サルと人間は明らかに違っています。それがなぜなのかは、全く解っていません。
そうしたことを研究する際に、人間の脳そのものは当然使えないのです。けれどもiPS細胞ならば脳の細胞は作れます。さらに、シャーレの中における単なる二次元の培養のレベルも超えつつあります。これは理化学研究所で行われた研究ですが、iPS細胞から作った脳の細胞を浮遊培養しておくと、勝手に脳の立体構造を作り出していくのです。これを「ミニブレイン」といいます。もちろん、完全な大きい脳は作れず、非常に小さい、脳の部分的な組織や発生途中の組織ですが、立体構造を作れることが解っています。
これは驚くべきことです。例えばネズミと人間の脳を比べると、大きさは当然違いますが、ネズミの脳にはシワがありません。それに対して人間の脳にはシワがあるので、見た目の違い以上に表面積の大きさが全く違います。それが人間の知能が優れている理由の一つなのでしょう。
このようなネズミの脳をミニブレインで再現しようとすると、シワはできません。しかし、人間のミニブレインではシワまできっちり再現することができます。つまり、シワができることまでも遺伝子にしっかりプログラムされているのですね。どこにどうプログラムされているかまでは分からないのですが、ミニブレインのようなモデルを使うと、人間の脳がどれほど複雑にできているかを知ることができるのです。
また、人間とサルの間にはネアンデルタール人がいたと考えられていますよね。しかし間違いなく、人間はネアンデルタール人から進化したのではありません。サルの段階では共通だったのでしょうが、そこから人間とネアンデルタール人は別々に進化したのです。ただ、私たち人類の祖先がネアンデルタール人を征服したのか、何が起こったのかは分かりませんが、間違いなくある時期にネアンデルタール人はいなくなり、人類の祖先だけが生き残ったのです。ということはつまり人類のほうが、知能が優れていたと考えられますよね。実は、ネアンデルタール人の骨が見つかっています。現在のゲノム解析技術は非常に優れていて、その骨からネアンデルタール人の全ゲノムが解析されているのです。それを調べたところ、人間とネアンデルタール人の脳に関する部分の遺伝子はほとんど共通していることが解りました。しかし、わずかに異なる部分にネアンデルタール人よりも人間の知能が優れていることに関する秘密があるのではないかと考えています。
残念ながらネアンデルタール人のiPS細胞は手に入りません。さすがに何万年も前の骨からはiPS細胞を作ることができないのです。しかし人間のiPS細胞は手に入りますし、それをゲノム編集によって一個ずつネアンデルタール人型の遺伝子に戻すことはできます。そして先述のミニブレインを組み合わせれば、何がネアンデルタール人と人間を分けているのかを解明することができるでしょう。そういった新しい研究も、iPS細胞を使えば可能になります。
再生医療と創薬に続く三つ目の新しい生命科学はこうした内容を含んでいます。このような研究に関しては、残念ながら、圧倒的に日本よりも海外の方が進んでいるのです。
Q:こうした新しい分野は、今後iPS細胞の研究に進む学生や若い研究者の方々に期待がかかりますね。
そうなのです。この京都大学iPS細胞研究所にも2年前から「未来生命科学開拓部門」を設けています。ネアンデルタール人の研究は海外で行われた研究の一例に過ぎませんが、この未来生命科学開拓部門では、iPS細胞の技術にゲノム編集など他の技術を組み合わせることによって、今まで出てこなかった真理や可能性を発見していくような研究を日本でも行いたいと思っています。そうした試みの中からまた、新しいノーベル賞受賞者が生まれていく可能性もあると考えているのです。必要な人材が安心して長期の研究に打ち込める、最高の環境づくりを目指して
Q:未知の領域だからこそ、可能性の宝庫でもあるのですね。一方で、国や企業に期待していることはありますか。
国や企業にとって特に興味があるのは再生医療と創薬です。そうした再生医療に関しては国から大きな支援をいただいていますし、創薬においては武田薬品工業株式会社など大きな製薬会社と共同研究を行なっています。ですが、やはりこうした研究開発には非常に時間がかかるものなのです。20〜30年かかるのが当たり前のような世界ですので、その長い期間を通してどのように組織として存続していくかが問題になります。例えば現在20代でこの研究所に所属している人が、20年後あるいは30年後にもここで働けるような環境を作らなければならないのです。
しかしながら、残念なことに現在の国立大学はそのような体制にはなっていません。私たち教授や准教授などの教員、そして事務職員の二つの職業は、国家公務員に準じるような立場なので、間接的にではありますが、国からお給料をもらえます。だから私たちは20年後も京大で働くことができる可能性があるのです。ところが、実はこのiPS細胞研究所で直接雇用している約300人のうち、教員や事務職員のように安定的に雇用される立場にある人、つまり京大の正職員は30人程度しかいないのです。あとはみんな有期雇用です。そして現在、そういう人たちが研究活動には必須の存在となっています。
その中には例えば知的財産の専門家や、広報の専門家、あるいは色々な難しい実験を担当し研究員を補佐する技術員がいます。そうした人たちが300人近くいて、そのほとんどが有期雇用なので、数年後のことが保証されていない立場なのです。
けれども彼らが安心して働けなければ、優秀な人から次々と民間企業に引き抜かれていってしまいます。せっかくここでトレーニングをしてもらって経験を積んでも、結局抜けていってしまうのなら、何のためにトレーニングをしているのか分かりませんよね。また継続性の面からみても、非常に大きな痛手です。
日本全体でみると、民間企業も含め、非正規雇用の割合は4割くらいですよね。それでも問題視されていて、もっと減らさないといけないと考えられています。それに対して、当研究所の教職員はほぼ9割が非正規雇用なのです。このような問題について、国にももっと理解していただければと思います。
私たちはこれまでにもこの問題のことを国に訴えてきました。しかし他力本願ばかりではだめだと思いますから、寄付募集活動を通じて企業や一般の方から一生懸命支援を集めています。それがこの研究所の特徴の一つなのです。私がこの研究所の所長ですが、私の時間の約半分くらいは寄付を募る活動に使っています。
Q:京都マラソンへの参加も、活動の一環でしょうか。
マラソンも半分は寄付募集の活動で、半分は趣味と健康のためですね。趣味と実益を兼ねています。
2030年までの4つの目標
Q:今後の目標についてお聞かせください。
私たちの研究所には2030年までの、明確な目標が4つあります。
1つ目はiPS細胞を使って再生医療を実現させることです。これは臨床研究や治験の段階を経て、保険収載されるような一般的な治療として普及させることを目指しています。
2つ目はiPS細胞の技術を使った創薬です。難病の創薬はもちろんのこと、より一般的な病気に対しても薬を作っていきたいと考えています。例を挙げるならアルツハイマー病。現在大変患者さんが増えていて、薬もいくつかありますが、効く患者さんと効かない患者さんがいるのです。今のところ、誰に効いて誰に効かないのかは予想できません。しかしiPS細胞の技術を利用して、色々な方からiPS細胞、そして脳の神経細胞を作っておけば、一体誰に合う薬で誰に効かないのかを予想することも可能になるでしょう。そうした創薬の研究を現在進めています。
こうした取り組みを「個別化医療」と呼んでいます。これまでは同じ薬をみんなに適用して、「効いたらラッキー、効かなければ残念」と利用してきました。しかし今後はそうではなくて、「この人にはこの薬」と狙い撃ちの医療を行なう必要があるのです。それが我々の二つ目の目標です。
そして3つ目は、iPS細胞を使って50代の私には思いもつかないような新しい研究を生んでほしいと考えています。これは若手の方々に期待です。
最後の4つ目は少し毛色が違います。これは私個人の目標でもあるのですが、これまで述べてきた3つの目標を達成するために、この京大iPS細胞研究所を日本の大学の中でも最高の研究環境にしたいと考えているのです。最高の研究が行なわれる舞台となるように、これからも取り組んでいきたいと思います。(了)
山中 伸弥
やまなか・しんや
京都大学iPS細胞研究所 所長。1987年に神戸大学医学部を卒業、国立大阪病院での臨床研修医を経て1993年大阪市立大学大学院医学研究科を修了。その後、1993年米国グラッドストーン研究所で博士研究員、1999年奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター 助教授、2003年同センター 教授などを経て、2004年より京都大学再生医科学研究所教授を務める。2010年より現職。2012年ノーベル生理学・医学賞の受賞をはじめ、2011年ウルフ賞医学部門、2012年文化勲章など受賞多数。