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光・中性子・薬剤を組み合わせ、次世代のがん治療を設計する〜野本貴大・東京大学 大学院総合文化研究科 准教授

2026年8月12日 by Top Researchers編集部

がん治療は、手術、化学療法、放射線治療、免疫療法などの進歩によって大きく発展してきた。しかし現在でも、再発がんや治療抵抗性を持つがんなど、十分な治療法が確立されていない疾患は少なくない。こうした課題に対し、東京大学 大学院総合文化研究科 准教授の野本貴大氏は、「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」と「光線力学療法(PDT)」という二つの先端医療技術の研究開発に取り組んでいる。いずれも光や中性子といったエネルギーを利用し、がん細胞を選択的に攻撃する治療法であり、既存治療では対応が難しい患者への新たな選択肢として期待されている。本記事では、野本准教授に現在取り組む先端的ながん治療研究と社会実装への展望について伺った。

実用化から逆算した、シンプルな薬剤設計

Q:研究概要について教えてください。

私が取り組んでいる研究は、「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」と「光線力学療法(PDT)」という次世代のがん治療技術の開発です。これらの治療法は、光や中性子といった外部から与えるエネルギーを利用し、体内では通常起こらない特殊な化学反応や核反応を引き起こすことで、がん細胞を選択的に死滅させることを目指しています。現在のがん治療には、手術、化学療法、放射線治療、免疫療法など、さまざまな選択肢があります。しかし、それでも治療が難しいがんや再発がんは少なくありません。BNCTやPDTは、従来の治療法とは異なる仕組みで作用するため、既存治療に抵抗性を示すがんや、治療後に残存したがん細胞に対しても効果が期待されています。

BNCTでは、まずホウ素を含む薬剤をがん細胞に集積させ、その後に中性子を照射します。すると、がん細胞の内部で核反応が起こり、細胞を破壊する高エネルギー粒子が発生します。正常細胞への影響を抑えながら、がん細胞を狙い撃ちできる点が、この治療法の大きな魅力です。ただし、既存のホウ素薬剤には課題もありました。がん細胞に取り込まれても、時間の経過とともに細胞外へ排出されてしまうのです。そこで私は、ホウ素化合物を高分子材料であるポリビニルアルコール(PVA)と結合させる研究に取り組んできました。PVAは液体のりにも使われる身近な素材です。この高分子を利用することで、がん細胞に取り込まれたホウ素薬剤を細胞内により長く留められるのではないかと考えたのです。いわば、細胞内に入った薬剤が外へ出ていくのを抑える仕組みを設計したことになります。

もう一つの柱が、光線力学療法(PDT)です。PDTは、光に反応する薬剤をがん細胞に届けたうえで、特定の波長の光を照射し、活性酸素を発生させることで、がん細胞を死滅させる治療法です。これまでPDTの薬剤開発では、「いかに薬剤をがん細胞に選択的に集めるか」が重要なテーマとされてきました。私たちも、光に応答する薬剤をがん組織へ効率よく届けるためのドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発に取り組んできました。

ところが、動物実験を重ねるなかで、薬剤が十分にがん組織へ集まっているにもかかわらず、期待したほどの治療効果が得られないケースがあることが分かってきたのです。また、医療機関によって治療成績にばらつきが見られることの原因を探索することにも興味を持っていました。そこで私たちは、その原因を基礎研究の観点から詳しく調べました。その結果、単に薬剤をがん組織へ集めるだけでは不十分であり、「薬剤が腫瘍内のどこに存在するのか」や「腫瘍内の酸素環境」が治療効果を左右する重要な要因であることが見えてきました。

PDTでは、光を受けた薬剤が周囲の酸素を活性酸素へ変換し、その活性酸素ががん細胞を攻撃します。しかし、腫瘍内部はもともと酸素が不足しやすい環境です。加えて、強い光を一気に照射すると薬剤が急激に活性化され、周囲の酸素を短時間で消費してしまいます。その結果、十分な活性酸素を生み出せなくなり、治療効果が限定的になる可能性があります。一方で、弱い光を長時間かけて照射すると、酸素を持続的に利用しながら反応を進められるため、治療効果が高まることが分かってきました。つまりPDTでは、薬剤そのものの性能だけでなく、薬剤の分布、腫瘍内の酸素環境、光の照射条件を含めて、治療全体を設計する必要があります。

現在は、この知見をもとに、光の照射方法を合理的に設計する研究を進めています。具体的には、薬剤がどこに集まり、どの程度の速度で酸素が消費されるのかを数理モデルで再現し、シミュレーションを行っています。その結果を活用することで、腫瘍の状態に応じた最適な光照射条件を導き出し、PDTの治療効果を最大化することを目指しています。

Q:現在はどのような研究に取り組んでいるのでしょうか?

研究概要でお話ししたPVA結合型ホウ素薬剤の研究は、現在、実用化を見据えた研究開発の段階に進んでいます。2016年頃から研究をスタートし、2020年には成果の一部を発表しました。その後も改良を重ねながら、実際の医療現場で活用できる技術へと発展させています。その中で大きなテーマとなっているのが、肺がん治療への応用です。BNCTはすでに切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌を対象に保険適用されています。一方で、現在の適用対象である頭頸部癌は体表に比較的近い場所に存在するため、中性子を照射しやすいという特徴があります。しかし、肺がんや悪性胸膜中皮腫のように体の奥に存在するがんでは事情が異なります。

BNCTで用いる中性子は、一般的な放射線のように一直線に進むのではなく、体内で散乱しながら進む性質があります。そのため、腫瘍が深い位置にあるほど十分な量の中性子を届けることが難しくなります。そこで重要になるのが、がん細胞の中にできるだけ多くのホウ素を集め、長時間留めておくことです。ホウ素の濃度が高く、かつ滞留時間が長いほど、中性子との核反応が起こる機会を高めることができます。

私たちが開発したPVA結合型ホウ素薬剤は、まさにこの課題の解決を目指したものです。ホウ素薬剤が腫瘍内に長く留まりやすくなることで、高いホウ素濃度を維持できる可能性があります。そのため、悪性胸膜中皮腫をはじめとする胸部の難治性腫瘍への応用が期待されています。現在は、実用化を見据え、製剤の最適化や規格化を進めています。また、それと並行して、さらに高性能な次世代ホウ素薬剤の開発にも取り組んでいます。

次世代ホウ素薬剤の開発では、PVAによるDDSの基盤は維持しながら、ホウ素化合物側の構造を改良することで、がん細胞への選択性をさらに高めようとしています。この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、ステラファーマ株式会社や京都大学との共同研究として進めています。薬剤は正常組織にもある程度分布してしまうため、「がんに限定して届ける」ことは容易ではありません。そこで、がん組織と正常組織との濃度差をさらに大きくし、より効率的にがん細胞を狙える薬剤の開発を進めています。BNCTの効果を最大限に引き出すためには、どれだけ選択的に、そして長時間がん細胞内に留められるかが重要です。膵臓がんのように治療が難しく、患者数も多いがんに対して新たな選択肢を提供することが、研究開発の大きな目標です。

Q:それぞれの研究の独自性について教えてください。

BNCTの研究で私が大切にしているのは、「できるだけシンプルに作る」という考え方です。ホウ素薬剤の性能を高めようとすると、複雑な材料設計に向かいがちです。しかし、材料が複雑になるほど、動物実験などで得られた結果を解釈しにくくなります。期待した効果が出なかったときに、どこに原因があるのかを特定しづらくなってしまうのです。そのため私は、できるだけ簡単な構造で薬剤を設計することを重視しています。シンプルな材料であれば、実験結果を読み解きやすく、課題が見つかったときにも原因を探りやすくなります。研究開発のサイクルを速く回せることは、限られたリソースの中で成果を出すうえでも非常に重要です。

また、この考え方は産業化を見据えたときにも大きな意味を持ちます。企業と共同で研究開発を進め、将来的に医薬品として実用化するためには、安定して、大量に、再現性高く作れることが欠かせません。どれほど高機能な材料でも、製造が難しすぎれば実用化の壁は高くなります。そこで、すでに産業利用されているPVAのような材料を活用し、ホウ素化合物と結合させることで、機能性と実用性の両立を目指しています。新しい材料をゼロから作るのではなく、既存の材料の特性を見極め、適切に組み合わせることも、材料科学の重要なアプローチだと考えています。

一方、PDTの研究では、臨床と基礎研究が近い距離で連携できる環境そのものが大きな強みになっています。PDTは、光が届く範囲が限られるため、参入する研究者や企業はまだ多くありません。一般的には、体の奥深くにある病変には使いにくいと考えられるからです。しかし、内視鏡を使えば、光を病変の近くまで届けることができます。そのため、内視鏡が届く範囲のがんであれば、患者さんへの負担を抑えながら治療できる可能性があります。日本には、医師が中心となってPDTの臨床応用を進めてきた土台があります。中心型早期肺がんや悪性脳腫瘍などで保険適用につながってきた歴史があり、現在も医師、基礎研究者、レーザー物理の研究者、バイオロジーの研究者が関わるコミュニティがあります。

私自身も学会などを通じて臨床の先生方と接する機会が多く、現場で何が課題になっているのか、どのような治療条件が求められているのかを直接知ることができます。その臨床ニーズをもとに、薬剤の開発だけでなく、光の当て方や酸素環境まで含めて治療を設計する。そこに、私たちのPDT研究の独自性があると考えています。

大学と企業の知をつなぎ、BNCT・PDTの社会実装を加速する

Q:この研究における課題は何でしょうか?

現在の課題は、研究そのものというよりも、研究を継続的に発展させるための基盤づくりにあります。BNCTでは、中性子を照射するための専用設備が不可欠です。しかし、研究や治療に利用できる中性子線源は限られており、基礎研究を進める環境は十分とは言えません。特に多くの研究者が利用してきた京都大学の研究用原子炉が運用を終了したことで、中性子を用いた実験を行える機会が限定的になっています。現在は加速器型中性子線源の整備が進みつつありますが、研究をさらに発展させるためには、多くの研究者が継続的に利用できる研究基盤を充実させることが重要だと考えています。

また、BNCTは日本発の技術として世界的にも注目されており、近年は中国をはじめとする国々でも研究施設や研究体制への投資が活発になっています。日本がこれまで培ってきた基礎研究や臨床研究の強みを維持し、国際的な競争力を高めていくことも重要な課題です。さらに、人材育成も欠かせません。BNCTやPDTは大きな可能性を秘めた研究分野ですが、研究者人口は決して多くありません。放射線や中性子と聞くと専門性が高い分野という印象を持たれやすく、若手研究者が十分に参入しているとは言えない状況があります。

しかし、BNCTやPDTは、既存の治療法では十分な効果が得られない患者さんに新たな選択肢を提供できる可能性を持つ技術です。今後、社会実装をさらに進めていくためには、次世代を担う研究者や技術者を育成し、研究コミュニティ全体の活性化につなげていくことが不可欠だと考えています。

 Q:共同研究を進めるうえで、企業に求める役割や期待していることがあれば教えてください。

企業との共同研究には、大きな可能性を感じています。特に期待しているのは、企業が持つ高い製造技術や品質管理のノウハウです。医薬品の研究開発では、実験結果の再現性が非常に重要になります。どれほど興味深い成果が得られても、材料の品質や供給が安定していなければ、研究を次の段階へ進めることはできません。その点で、製造基盤や品質保証の仕組みは、大学だけでは補えない大きな強みです。安定した材料供給や製造技術があるからこそ、社会実装を見据えた研究を進めることができます。一方で、大学には、既存技術を異なる視点から見直し、新たな用途を見いだせる強みがあります。企業では一つの用途で活用されている技術でも、基礎研究の視点を加えることで、医療や創薬といった新しい分野へ展開できる可能性があります。実際に企業の方と議論を重ねるなかで、新たな研究テーマや応用のアイデアが生まれることも少なくありません。

医薬品や医療技術の開発は、短期間で一気に進めるものではありません。安全性や有効性を一つひとつ確認しながら、着実に段階を踏んでいく必要があります。そのため、共同研究ではスピード感だけでなく、長期的な視点を共有できることも重要です。何年以内にどこまで進めるのか、その後どのような研究資金や開発段階につなげるのかを一緒に計画しながら進めることで、成果につながりやすくなると感じています。私自身、企業との共同研究では、互いの考え方や目標が一致していることの大切さを実感しています。大学は基礎研究の視点から新しい可能性を探り、企業は技術の安定性や社会実装の力を持っている。その両者が組み合わさることで、研究成果を実際の医療へ届ける道筋がより明確になると考えています。

Q:この研究を志す学生さんにメッセージはありますか?

まずは、自分が本当に面白いと思えることを大切にしてほしいと思います。研究では、最初に立てた仮説どおりの結果が出るとは限りません。むしろ、予想とは異なる結果が得られることの方が少なくありません。しかし私は、それを失敗だとは考えていません。仮説が外れたということは、新しい発見につながる可能性があるということでもあります。大切なのは、思いどおりにならなかった結果を否定するのではなく、その結果から何が分かるのかを考え続けることです。目の前の問いに真摯に向き合い、最後までやり切る姿勢が、研究者として最も重要な力だと思います。

最近は、研究成果の社会実装やスタートアップ、起業といった言葉が注目される機会も増えています。もちろん、研究成果を社会に役立てたいという思いはとても大切です。しかし、その土台となるのは、やはり確かなサイエンスです。どれだけ優れたアイデアであっても、なぜそれが成り立つのかを科学的に説明できなければ、多くの人を納得させることはできません。企業と共同研究を進める場合も同じで、共通言語となるのは科学的な根拠と論理です。だからこそ、まずは一つひとつの仮説を丁寧に検証し、自分の考えを実証していく姿勢を身に付けてほしいと思います。

若いうちは、まだ知らないことの方が圧倒的に多いものです。将来を急いで決めるよりも、その時々で興味を持ったテーマを徹底的に掘り下げてみてください。目の前の問いに向き合い続けることで、物事の本質を見抜く力が少しずつ養われていきます。研究の魅力は、未知の現象を理解する喜びにあります。ぜひ自分の好奇心を信じて、一歩ずつ前に進んでほしいと思います。

Q:今後の目標を教えてください。

今後の最大の目標は、BNCTとPDTの研究成果を実際の医療現場へ届けることです。私にとって実用化とは、研究室で立てた仮説を社会の中で実証することでもあります。自分たちが考えてきた薬剤設計や治療設計が、実際の患者さんにとって価値ある選択肢になるのか。そこまで確かめることが、研究者として目指したい到達点です。そのために、企業や医療機関との連携をさらに深め、基礎研究の成果を臨床応用へつなげる取り組みを着実に進めていきたいと考えています。

また、研究そのものだけでなく、人材育成にも力を入れていきたいと思っています。若い研究者や学生が早い段階から研究に挑戦し、新しい発想を形にできる環境を整えていく。優れた研究は、一人の力だけで生まれるものではなく、多くの人の知恵や挑戦によって発展していくものだからです。基礎研究から社会実装までを一つの流れとして捉え、がん治療の新たな可能性を広げていくこと。そして、その研究を担う次世代の人材を育てていくこと。それが、私の今後の目標です。(了)

野本 貴大

(のもと・たかひろ)

東京大学  大学院総合文化研究科 准教授
2009年東京大学工学部卒業、2014年東京大学大学院 工学系研究科バイオエンジニアリング専攻博士課程修了。博士(工学)。2014年東京工業大学 資源化学研究所 助教、2016年東京工業大学 科学技術創成研究院 助教を経て、2023年より現職 。

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