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原子を一個単位で精密に制御し、新たな物質を創り出す〜塚本孝政・東京大学 生産技術研究所 物質・環境系部門 講師

2026年7月21日 by Top Researchers編集部

従来の材料研究では、物質の性質は元素の種類や組成比によって決まるものとして捉えられることが多かった。しかし、原子クラスターと呼ばれる極小の物質群では、原子を1個単位で制御することで、従来の材料では現れない発光特性や触媒機能、特異な電子状態が生み出される可能性がある。こうした新たな物質設計の可能性を切り拓くため、独自の合成法と理論的枠組みの両面からクラスターを体系的に探究しているのが、東京大学 生産技術研究所 物質・環境系部門 講師の塚本孝政氏である。本記事では、原子配列を精密に制御することで新たな物質機能を引き出す試みと、その基盤となる合成・解析のアプローチ、さらに社会実装も見据えた今後の可能性について伺った。

基礎研究と理論の融合による原子クラスターの設計指針の確立

Q:研究対象の原子クラスターの可能性について教えてください。

原子クラスターの最大の可能性は、「原子の数が1個違うだけで全く異なる物性を生み出せる点」にあります。

まず大きさでいうと、原子クラスターは原子が数個から数十個程度集まった、直径およそ1ナノメートルの極めて小さな物質です。一般的なナノ粒子が数十万〜数百億個の原子で構成されるのに対し、原子クラスターは100原子未満という非常に小さな領域にあります。このため、透過電子顕微鏡でようやく観測できるほどのサイズであり、扱いも非常に難しい物質です。

しかし、この極限的なサイズ領域にこそ、新たな物性や機能が発現する本質的な可能性が内在しています。従来のナノ粒子では、原子数が1個増減しても性質はほとんど変わりませんが、原子クラスターでは原子がわずか1個違うだけで、構造や電子状態、さらには機能までもが大きく変化します。つまりこの領域では、原子1個の違いが物質全体の性質を左右するのです。

さらに重要なのは、こうした原子クラスターの機能がすでに自然界で活用されている点です。例えば、光合成における水の分解反応や、生体内での電子輸送、生体エネルギーの変換、さらには空気中の窒素をアンモニアに変換する反応など、生命活動の根幹を支えるプロセスの多くは、原子クラスターによって担われています。これは、長い進化の過程を経てもなお、こうした機能がタンパク質などの有機分子だけでは代替できず、原子クラスターが持つ特殊な構造が不可欠であったことを示しています。

こうした特徴から、原子クラスターは基礎科学的にも極めて多様な展開を内包する領域です。原子数、元素の種類、組成比、さらには原子配置の違いといった要素を組み合わせることで、膨大な数の新規物質が想定され、従来にはない材料や機能を次々に開拓できると考えられます。

また応用の観点からも、その可能性は非常に大きいと考えています。自然界が実現しているような高効率なエネルギー変換や触媒反応を、人工的に再現できれば、人工光合成や温室効果ガスの削減、さらには新しいエネルギー生産技術などへの応用が期待されます。

このように、原子クラスターは「未知の物質を無限に生み出せる可能性」と「自然界が証明している高機能性」の両方を兼ね備えた、非常に魅力的な研究対象だと考えています。

Q:この原子クラスターを対象にした研究は、どのように行っているのでしょうか?

大きく分けると基礎的な実験研究と理論の二つの側面から進めています。主軸になっているのは実験研究で、まずは狙った原子数や組成を持つクラスターを実際に合成し、そのうえで、どのような構造や機能が現れるのかを詳しく調べています。一方で予測理論の構築も並行して行い、どのような原子配置や元素の組み合わせが望ましい構造や機能につながるのかを予測し、将来的には実験研究と理論を融合させて、原子クラスターをより体系的に設計できるようにすることを目指しています。

まず実験研究についてお話しします。この研究でまず大きな課題になるのは、原子クラスターそのものの合成が非常に難しいことです。原子クラスターは1ナノメートル前後という極めて小さな領域に、目的の原子を必要な数だけ集めてつくらなければなりません。しかも、原子を1個単位で制御する必要があるため、従来のようにビーカーの中で原料を混ぜて反応させるだけの方法では対応できません。さらに、原子クラスターは非常に不安定で、生成してもすぐに互いに結合して大きなナノ粒子へと成長してしまうため、狙ったサイズや構造のまま安定に取り出すことが難しいのです。

従来からも原子クラスターの合成法はいくつか報告されてきましたが、適用可能な元素が限られていたり、できる原子数が特定の値に偏っていたりと、自由度や汎用性に大きな制約がありました。つまり、「原子数を変える」「元素の種類を変える」「複数元素を組み合わせる」といった、原子クラスター研究の本質に関わる設計を十分に行える道具がなかったわけです。そこで私は、その“ツールそのもの”を構築することが不可欠であると考え、独自の合成法の開発に取り組んできました。

具体的には、ナノサイズの高分子カプセルを利用した手法を用いています。この方法では、カプセル内部の限られた空間に金属原子(金属イオン)を一個ずつ導入・保持し、その中で反応を進めることで、原子数や組成を制御した原子クラスターを形成させます。さらに、できた原子クラスターはそのままだと不安定なので、カーボンやシリカなどの固体材料の上に担持して安定化させます。この一連のプロセスによって、1ナノメートル程度の原子クラスターを狙ってつくることが可能になります。

この手法の大きな特徴は、特定の元素だけに依存しないことです。カプセルの中に金属イオンを取り込む基本原理は、配位結合を介した酸塩基反応に基づいており、これは多くの元素に共通する普遍的な学理です。そのため、特定の金属にしか使えない方法ではなく、周期表の広い範囲にわたる元素に適用できる可能性があります。実際に、放射性元素や強い毒性を持つ一部を除けば、実用的な元素のおよそ68種類について、カプセルの中に取り込めることを実証しました。これは、「あらゆる元素に近い広がりをもって、原子を1個単位で制御できる」ことを示した重要な成果だと考えています。

さらに現在は、単一元素の原子クラスターだけでなく、複数元素を組み合わせた原子クラスターにも研究を広げています。金属原料の性質やカプセル内部の化学環境を細かく設計することで、どの金属を内側に入れるか、どの金属を外側に配置するかまで制御できるようになってきました。その結果、二元素、三元素、さらにそれ以上の複雑な組み合わせについても合成が可能になりつつあり、現時点でカプセル内部の元素の組み合わせパターンは数百種類規模まで広がっています。

合成した原子クラスターについては、透過電子顕微鏡を用いて本当に狙ったサイズや構造が得られているかを観察し、さらに特性X線を用いた元素分析法を組み合わせて、どの元素が実際に含まれているのかを確認しています。原子クラスターは電子線によって壊れやすいため、観察自体も簡単ではありませんが、こうした分析を通じて、複数元素が本当に一つの原子クラスターの中に共存していることを確かめています。最近では、通常のバルク材料では混ざらないような元素同士でも、1ナノメートルのサイズ領域では混ぜ合わせられる可能性が見えてきており、従来の合金設計の常識を超える新しい材料設計につながるのではないかと考えています。

もちろん、原子クラスターはつくること自体が目的ではありません。合成したクラスターからどのような性質や機能が現れるのかを調べることも、研究の重要な柱です。実際に、発光特性や電子状態、触媒機能などを評価する中で、特定の組成でのみ現れる発光や、通常では安定に存在しにくい酸化状態、従来材料とは異なる反応性など、原子クラスターならではの現象が少しずつ見えてきています。これは、原子クラスターのサイズ領域では、元素の性質そのものが大きく変わり得ることを示していると言えます。

さきほど約68種類の元素を扱っているとお話しましたが、それだけの元素を扱っているということは同じ数の元素や化合物の試薬が、われわれの研究室に揃っているということです。一般的な化学研究では、扱う元素はかなり限定されることが多く、周期表に載っているすべての元素に触れられるわけではありません。そうした中で、幅広い元素を実際に扱い、その性質を自分の目で確かめながら研究できる環境は、アカデミアの世界でも珍しいものだと考えています。

私自身、学生時代に周期表を学びながら、これだけ多くの元素があるのに実際には限られたものしか扱えず、残念な気持ちになったこともありました。この研究を通じて、できるだけ多くの元素を自由に扱える世界を実現したいと考えてきました。教科書には載っていない元素の性質や見え方を、自分の手で確かめていくこと自体にも大きな魅力があります。

その延長として、将来的には新しい「元素の図鑑」のような形で、研究を通じて得られた知見を可視化し、高校と大学をつなぐような教材としてまとめることも一つの目標としています。

Q:具体的には、どのようなアプローチで進められているのでしょうか?

具体的なアプローチとしては、合成した原子クラスターについて、まず構造や組成を精密に評価し、そのうえで物性と反応性の両面から機能を検証しています。つまり、「どの元素を、どの比率で、何原子集めてくると、どのような機能が現れるのか」を、一つずつ実験的に確かめていく方法です。

例えば、スズとインジウムという周期表で隣接する金属元素からなる原子クラスターについて、組成を段階的に変化させた試料群を作製しました。金属原料の種類や導入順序を調整することで、元素の比率が異なる複数の構造を作り分けています。

その結果、特定の組成においてのみ、従来の材料では見られない特徴的な性質が現れることが分かりました。通常は白色に見えるシリカ担持材料の中で、ある特定の組成だけがわずかに着色し、さらに紫外光を照射すると、その試料だけが緑色に発光する現象が観測されました。他の組成ではこのような発光は見られません。

この原因を詳しく分析したところ、通常は不安定で存在しにくいインジウムの1価やスズの2価といった低い酸化状態が、その特定の原子クラスター構造の中で安定化していることが分かりました。こうした状態は、通常のバルク材料では維持されにくく、より安定な状態へと変化してしまいます。しかし、原子クラスターではサイズや構造の制約によって安定に存在でき、その結果として特異な発光特性が現れたと考えられます。

さらに、原子クラスターは物性だけでなく、化学反応性においても従来材料とは異なる挙動を示すことが分かってきました。例えば、金・銀・銅といった複数の金属元素を組み合わせた原子クラスターを合成し、触媒としての働きを調べています。モデル反応としては、炭化水素の一種であるシクロヘキセンの酸化反応を対象にしました。

一般的にこの反応では、アルコールやケトンといった比較的安定な酸化生成物が得られます。しかし、金銀銅からなる原子クラスターを触媒として用いた場合には、通常は生成しにくい、ヒドロペルオキシドと呼ばれる、過酸化水素化物に近い、高エネルギーで不安定な生成物が得られることが分かりました。これは、原子クラスターが従来の触媒とは異なる反応経路を生み出している可能性を示しています。

触媒性能そのものにも、明確な違いが見られます。同じ銅であっても、マイクロメートルサイズの材料、ナノ粒子、原子クラスターとサイズを小さくしていくにつれて、反応活性は大きく向上する傾向があります。さらに、単一元素の原子クラスターに比べて、金と銅のように複数元素を組み合わせた場合には、より高い活性が得られることも分かっています。

ただし、どの元素を組み合わせれば必ず性能が上がるという単純なものではありません。元素の種類や比率、電子状態によって反応性は大きく変わるため、現在は構造・組成・電子状態と機能との関係を丁寧に整理しながら、新しい材料設計へとつなげようとしています。

Q:最新の取り組みについて教えてください。

現在は、これまでに開発してきた原子クラスター合成技術を基盤として、新規機能性材料の創出と応用展開に向けた研究を進めています。

一つは、原子クラスター特有の電子状態を利用した新しい物性の探索です。例えば、本来は無色で磁性も示さない金属元素に対して、特定のクラスター構造を与えることで、光応答性や磁気特性といった新しい性質が現れることが分かってきました。さらに、周囲の環境に応じて色調が変化するなど、外部刺激に応答する挙動も確認されつつあります。

もう一つは、触媒材料としての応用です。特に、二酸化炭素やメタンといった温室効果ガスの変換反応に対して、原子クラスター触媒を用いることで、従来よりも効率的に反応を進行できる可能性が見えてきました。これは、原子クラスター特有の原子配列や電子状態によって、既存の触媒では実現しにくい反応場が形成されているためではないかと考えています。

加えて、より複雑な構造や多元素を含む原子クラスターの構築にも取り組んでおり、材料設計の自由度そのものを広げる研究も進めています。こうした取り組みを通じて、原子クラスターを基礎科学の対象にとどめず、新しい機能材料へと展開していきたいと考えています。

 Q: もう一つの柱である理論についても、教えてください。

原子クラスターは原子数や元素の組み合わせによって取り得る構造や性質が極めて多様であり、人による経験的な試行だけで最適な系を見出すには限界があります。そこで、「どのような構造や組成が、どのような性質を生むのか」を見通すための理論的な枠組みの構築も進めています。

その一つとして、原子クラスターの世界における新しい“周期性”を見出し、従来の元素周期表に対応する形で、原子クラスターを体系的に整理できるモデルの提案を進めています。元素周期表が元素の性質を「族」と「周期」という軸で整理するのに対し、原子クラスターの場合には、原子数や構造(四面体、八面体など)、元素の種類といった複数の要素を組み合わせて分類する必要があります。

このモデルでは、生物の分類体系にならって「「類」や「種」」といった概念を導入し、これまで個別に研究されてきたさまざまなクラスターや化合物が、実は共通の形成原理に基づいていることを示しています。これにより、異なる分野で蓄積されてきた知見を一つの枠組みの中で統一的に理解できる可能性が見えてきました。

この枠組みの意義は、単に既存の物質を整理できるという点にとどまりません。周期表が未知の元素を予測する道具であったように、原子クラスターについても「どの領域に新しい機能が現れるか」を見通すことが可能になります。例えば、本来は磁性を示さない元素でも、特定のクラスター構造を与えることで磁気的性質を発現させるといった、いわば既存の材料の元素代替を可能とする機能単位の設計も理論的には考えられます。これは、“化学的な人工元素”を設計するという発想にもつながります。

さらに理論的な検討を進める中で、従来の化学の枠組みでは説明しきれない新しい電子状態を持つ原子クラスターの存在可能性も見えてきています。例えば、特定の原子クラスターにおいて予測される、電子状態が異常に縮退した「超縮退物質」のような概念的な物質状態も提案されており、こうした系では、既存の物質とは異なる電子状態や物性が現れる可能性があります。ただし、これらは現時点では理論的段階にあるものであり、今後の実験的検証が重要な課題となります。

最終的には、こうした理論的な知見と、これまで進めてきた基礎研究を結びつけることで、原子クラスターを単なる探索対象ではなく、狙った機能を持つ材料として体系的に設計できる基盤を構築したいと考えています。

 Q:この研究の独自性はどんなところにありますか?

この研究の独自性は、大きく分けて「合成手法」と「そこから見えてくる新しい物質領域」の2点あると考えています。

まず1つ目は、合成手法そのものです。原子クラスターの研究自体は他にも行われていますが、多くの場合、扱える元素や組み合わせ、原子数には制約があります。一方で本研究では、従来の手法では扱うことが難しかった元素やその組み合わせ、さらには原子数まで含めて柔軟に設計・制御できる点に特徴があります。このように「作れる範囲」を大きく広げていることが、この研究の出発点です。

2つ目は、その合成手法によって、これまで十分に探究されてこなかった物質領域や現象にアクセスできるようになる点です。他の手法では得られなかったクラスターを実際に作ることができるため、従来は無色とされていた元素から新しい光学特性が現れたり、温室効果ガスの変換反応において従来とは異なる挙動が観測されたりと、新しい現象が見いだされています。つまり、「作り方の違い」が、そのまま「発見できる現象の違い」に直結している点が重要です。

加えて、こうした未知の物質や現象を、実験だけでなく理論的にも整理し、次の設計へとつなげようとしている点も特徴の一つです。ただしこれは主軸というよりは、得られた結果を体系化するための補助的な取り組みと位置づけています。

Q: この研究に至った背景を教えてください。

この研究に至った背景には、「原子レベルで配列を制御することで、新しい物質機能を引き出せるのではないか」という問題意識があります。

もともと私は、固体表面上や液体界面で分子を精密に並べる「分子配列」の研究に取り組んでいました。分子単体では現れない性質であっても、配置や距離を制御することで新たな機能が生まれる点に強い関心を持っていました。

その研究を進める中で、分子の配列で性質が大きく変わるのであれば、より基本単位である「原子」の配列を制御することで、さらに本質的な現象に迫れるのではないかと考えるようになりました。こうした発想が、現在の原子クラスター研究へとつながっています。

加えて、このテーマは単一分野では完結せず、有機化学、無機化学、錯体化学、物理化学、さらには理論や計算科学など、複数の分野の知識を横断的に活用する必要があります。これまで分野を横断して研究してきた経験が、結果的にこのテーマに適合していたとも言えます。つまり、分子配列の研究で培った「配置を制御して機能を引き出す」という視点を、原子レベルへと深化させたこと。そして、複数分野を横断してきた経験を活かせるテーマであったこと。この二つが、現在の研究へとつながる大きな要因です。

さまざまな化学反応を原子レベルで制御するプラットフォームの確立

Q: この研究における課題は何でしょうか?

大きく分けて「合成」「分析」「社会実装」の3点です。

まず1つ目は、合成の難しさです。原子クラスターは原子を1個単位で制御して作る必要があるため、従来の化学のように単に原料を混ぜるだけでは実現できません。そのため、どうしても手間やコストがかかり、社会実装を進めるうえでは、大量かつ安価に供給することが大きな課題になります。

2つ目は、分析の難しさです。原子クラスターは非常に小さく、しかも原子レベルで構造を評価する必要があるため、数億円規模の高性能な透過電子顕微鏡など、限られた設備でしか観察できません。さらに、一般的な材料のように平均的なデータを取るのではなく、「一つ一つの原子クラスター」を見ていく必要があるため、測定や解析にも高度な技術と時間が求められます。また、原子クラスターは反応性が高く、空気中ですぐに酸化してしまうため、本来の状態を保ったまま評価すること自体も難しい点の一つです。

3つ目は、社会実装へのハードルです。現在の産業界では、特定の用途に最適化された材料を深く掘り下げる研究が主流となっており、原子クラスターのように「幅広い可能性を探索する」研究は十分に進んでいない側面があります。その背景には、そもそも原子クラスターを簡単に入手できないという問題があるのです。

そのため、私は単に個別の機能材料を開発するのではなく、多様な原子クラスターを安価に供給できる基盤をつくることが重要だと考えています。さまざまな元素や組み合わせの原子クラスターをサンプルとして提供できるようになれば、産業界でのスクリーニングが進み、新しい用途の発見につながる可能性があります。

現在は、こうした課題を踏まえ、従来の原理を活かしつつも、より簡便で低コストの合成手法の開発にも取り組んでおり、基礎研究から実用化へと橋渡しをすることを目指しています。

 Q: 本研究を目指している学生に伝えたいことはありますか?

これから研究の道に進もうとしている学生さんにお伝えしたいのは、自分の興味関心に正直に向き合える時間を、ぜひ大切にしてほしいということです。

大学や大学院の時期は、自分が本当に面白いと思えることに、最も自由に時間を使える貴重な期間です。社会に出ると、どうしても役割や責任の中で時間の使い方は制約されていきますが、学生のうちは、好奇心に従って思い切り挑戦することができます。研究は、まさにその自由を最大限に生かせる営みだと思います。

もちろん、効率や合理性を意識することも大切です。ただ、研究において本当に重要なのは、すぐに答えが出ることだけを求めるのではなく、「なぜだろう」「面白そうだ」と感じたことに深く向き合う姿勢です。そうした積み重ねが、結果として自分ならではの強みや専門性につながっていきます。

また、研究は一つの分野だけで完結するものではなく、異なる知識や視点が結びつくことで、新しい発見や価値が生まれることも少なくありません。私自身も、複数の分野を横断してきた経験が今の研究につながっています。だからこそ、「この分野だけに絞らなければいけない」と考えすぎず、自分の興味の幅そのものを大切にしてほしいと思います。

将来のことを必要以上に心配するよりも、まずは「自分は何に心を動かされるのか」「何をもっと知りたいのか」にしっかり向き合ってみてください。その時間は、研究者としてだけでなく、一人の人間としての土台にもなるはずです。

Q:共同研究などを進めるにあたって、企業へのメッセージはありますか?

研究者と企業の連携については、今後さらに発展させていきたいと考えていますが、その一方で、いくつかの難しさも感じています。

特に、企業側のニーズが十分に共有されにくい点は、連携を進めるうえで一つのハードルになっています。企業としては情報管理の観点から詳細を開示しにくい事情があります。一方で研究者側は、情報が限られていると、どの課題に自分たちの技術を活用できるのかを具体的に把握しにくくなります。その結果、共同研究の方向性を描くまでに時間がかかる場合があります。

また、知的財産の取り扱いについても慎重な判断が求められるため、共同研究の初期段階ではお互いに情報開示の範囲を探りながら進める必要があり、信頼関係の構築に一定の時間を要することもあります。この点については、今後、よりスムーズな連携ができる新しい仕組みが求められると感じています。

さらに、近年は産学連携やスタートアップ創出など、研究成果の社会実装を促進する動きが活発になっていますが、研究者に求められる役割も多様化しています。研究に加えて、共同研究の推進や事業化に関わる検討など、対応すべき領域が広がっているため、それぞれの専門性を活かしながら効率的に進めるための体制づくりが重要になっていると感じています。

そのため、研究者と企業の間に立ち、ニーズの整理や連携の設計、知財や契約面のサポートを担う専門人材が関わることで、より円滑で実効性の高い協働が実現できるのではないかと考えています。こうした仕組みが整うことで、研究成果を社会に還元するスピードや質も大きく向上していくと期待しています。

Q: 最後に今後の目標を教えてください。

今後の目標としては2つあります。

まず基礎研究の観点では、現在取り組んでいる原子クラスター研究をさらに発展させ、原子レベルで化学反応を自在に制御できる新しいプラットフォームを確立することを目指しています。これまでの研究では、金属原子を集めて原子クラスターを形成するというアプローチを中心に進めてきましたが、今後はそれにとどまらず、より広い化学の領域へと展開していきたいと考えています。

具体的には、現在新たに開発しているカプセル分子を活用することで、金属に限らずさまざまな原子や分子を対象に、原子単位で反応を制御できる可能性が見えてきています。これが実現できれば、従来は平均的に扱われてきた化学反応を、原子一つひとつのレベルで精密に捉え直すことができるようになります。言い換えれば、教科書に載っているような化学反応を、原子レベルの精度で再構築していくような研究です。こうした取り組みを通じて、新しい原理や現象を見出し、将来的には教科書の一節を更新するような成果につなげていきたいと考えています。

もう一つは応用の観点で、これまで培ってきた合成技術や材料設計の知見を、社会実装へとつなげていくことです。原子クラスター研究はまだ基礎段階の部分も多い分野ですが、機能性材料としての可能性は非常に大きいと感じています。今後は、基礎研究で得られた成果をもとに、実際の応用につながる形でアウトプットしていくことにも力を入れていきたいと考えています。(了)

塚本 孝政

(つかもと・たかまさ)

東京大学  生産技術研究所 物質・環境系部門 講師
2013年3月 首都大学東京 大学院都市環境科学研究科 分子応用化学域 博士前期課程修了。2015年3月 首都大学東京 大学院都市環境科学研究科 分子応用化学域 博士後期課程修了。2014年よりマイアミ大学 訪問研究員、2015年より東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 博士研究員、2016年より東京工業大学 科学技術創成研究院 研究員を経て、2018年 東京工業大学 科学技術創成研究院 特任助教に着任。2019年 東京工業大学 化学生命科学研究所 助教、2020年 科学技術振興機構 さきがけ研究員(兼任)を経て2023年より現職。また、2023年より東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 講師(兼任)、2024年より東京科学大学 総合研究院 特定講師(兼任)および東京大学 卓越研究員(兼任)、2025年より東京理科大学 総合研究院 客員研究員(兼任)および科学技術振興機構 創発研究員。

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