全世界で省エネが注目される昨今、ニーズが高まっているのが、電気を扱う新たな半導体素子の開発である。従来、大きな電力を扱う半導体はシリコンで作られていたが、その代替として注目されているのが、ワイドギャップ半導体だ。
このワイドギャップ半導体を用いた新しいエネルギー創出技術に取り組んでいるのが、名古屋工業大学大学院工学研究科電気・機械工学専攻 電気電子分野の加藤正史准教授だ。
化学的に安定な半導体材料であるシリコンカーバイド(SiC)を用いて、太陽光から水素を生成する取り組みなど、「創エネ」の観点からも期待が高まる加藤准教授の研究について話を伺った。
省エネと創エネの両観点からワイドギャップ半導体を開発
Q:研究の概要を教えてください。
半導体の研究をしています。従来の半導体は、シリコンが中心でした。シリコンは巨大産業で、広く使われているものですが、私の研究の対象はそれよりもちょっと新しい半導体材料で、ワイドギャップ半導体と呼ばれるようなものになります。
ワイドギャップ半導体はシリコンカーバイド(SiC)、シリコンと炭素の化合物や、窒化ガリウムです。これらはシリコンに比べて、バンドギャップという物性値が大きいという特性があります。バンドギャップが大きいと、高い電圧でも動作させることができます。
大きな電力を扱う半導体は従来、シリコンで作られていました。そこに大きいワイドギャップ半導体、SiCとか窒化ガリウムというような材料を使うと、より効率の良い電力のオンとオフができます。
そのため、大きな電力を使う半導体のスイッチに活用できます。この結果、省エネな電気自動車や電車をつくることができます。
例をあげると、電気自動車のモーターがあります。普通のおもちゃのモーターは、電池をつなぐと一定の速度でしか回りません。しかし自動車は違います。速度を制御するために、車内のモーターに流す電流を流したり、流さなかったりする必要があります。この際、相当な大きい電気を流さないと動きません。
そこで私の研究室では、大きいバンドギャップを持ち、従来のシリコンに比べて高い電圧で動くようなものを研究対象としています。
続いて、太陽光を水素にする研究。大きいバンドギャップを持つ半導体というのは、実は太陽の光を電気とか水素に変えることができるということも可能です。ご存知のように水素は燃料として利用可能なものなので、もし太陽光から水素が作れれば創エネになります。
水素は水を分解して作るのですが、水の電気分解にはある程度の電圧が必要です。理論的には1.23ボルトという電圧が必要ですが、これはシリコンでは出せない電圧です。そのため、バンドギャップが大きい材料を使わないといけません。
私はそこに、SiCが使えるだろうと考えました。SiCの構造は、シリコンと炭素からできています。その並び方をうまく調整することで、太陽光のエネルギーをSiCに吸収させて電気に変えて、それをさらに水素に変えることができます。
従来、水の電気分解をして水素を生み出すことのできる半導体材料がいくつかある中で、私はこのSiCを選び、伸ばしてきました。SiCは化学的に安定なため、他の材料にはない耐久性があるという点と、エネルギー変換効率も高いという点が両立しているところにSiCの特徴があります。
以上をまとめると、SiCをはじめとしたバンドギャップの大きい材料のパワーを生かし、電車や電気自動車に活用する方法や、それを使って太陽光から水素にする方法というように、省エネと創エネという二つの方向を見据えて研究をしています。
Q:この研究に取り組まれて、何年ぐらいでしょうか。
太陽光水素の研究には、かれこれ10年ぐらい取り組んでいます。SiCという材料は、卒業研究の頃から触れており、電力用の素子向けとしては、もう20年近くになるでしょうか。20年前の当時はまだ結晶も汚くて、まだまだ実用化には至ってなかった時期でした。「これが本当に実用化するのか」という疑問があるような材料でしたね。
その後、他の世の中の研究者の皆さまが努力されたおかげで、結晶サイズも大きくなり、品質も良くなってきました。結晶の中で何が半導体素子としての性能を制限しているかも、少しずつ分かってきて、調べがいがあったのです。
近年では、新型新幹線N700SにもSiCの素子が載っています。N700Sに乗ると分かると思うんですけど、客車内は以前に比べて広くなっています。
SiCの素子を使うことで省エネになり、排熱部分が小さくなって、駆動に必要な部品が小さくなる。駆動部品が小さくなると、巨大な車体のなかで余裕が出てくるわけですね。結果、車体が軽くなって居住容積が広くなったというわけです。
ただ一方で、SiC素子のコストや信頼性に関してはまだまだ課題があります。ここでいう信頼性とは「どれくらいの確率で壊れるか」ということです。自動車に、SiC素子がほとんど載っていない理由の一つがこれです。定期的なメンテナンスがある電車と異なり、自動車がユーザーが点検に来るかどうかが保障できないためです。
そのため我々はSiCの材料内部をうまく測ったり、どういうふうに作ればうまく信頼性を上げられるか、アプローチをしているところです。材料の物性を測るという意味では基礎研究ですが、応用につながるような提案もしています。
Q:技術的な課題、産業的な課題について教えてください。
信頼性とか耐久性っていう言葉を出しましたけども、やはりちゃんと社会実装したときに、ずっと使えるものかどうか、ユーザーが使う期間に耐えられるものを作れるかどうか、というのは産業応用上の一つの課題です。
そのためには、材料の中の、電気を流す電子の動きをうまく制御することが必要です。われわれは電子の動きを測って、どのように制御してやればいいかという提案に取り組んでいるところですね。
そして省エネも創エネも、どちらも効率が大事です。具体的に言うと、省エネの場合はどれぐらいエネルギーをロスしないか、創エネの場合はどれぐらいエネルギーを作り出せるか、ということになります。
これらはいずれも、電子の動きで決まります。そのため、われわれは電子の動きを見てやって、どうやって制御してやれば効率が上がるか、というのを検討しているというところです。
Q:研究室ではどんな指導をされていますか。
私たちは実験屋ですから、粘り強く正確な実験結果を出すことがなにより大事で、これを学生にも求めています。もちろん、シミュレーションとかもやってる学生もいますけど、それは実験事実を説明するために計算をしてるという感じですね。皆、真剣に実験と計算をしてくれています。
Q:研究室を卒業した学生のおもな進路はどこですか。
民間企業、電機メーカーが多いです。SiCの素子を作っているメーカーに就職する学生も多くいます。
Q:今後、組んでみたい企業イメージなどはありますか。
現在も組んでる企業はありますが、省エネに向けた電車や自動車に使われる半導体素子のメーカーが中心です。
そしてワイドギャップ半導体の今後の目標は送配電ですね。大きい電力を扱う場面で活用できます。例えば風力発電の風車から送電するときに、すごい高い電圧で送電しないとロスが多くなるため、実際に使える電圧まで下げていくとき、半導体を使います。
続いては、周波数変換での活用。中部電力と東京電力の間には、60ヘルツと50ヘルツという周波数の違いがあります。その違いのために電力を融通しづらいという課題があります。この周波数の変換にも、半導体を使うことができます。SiCのような素子を使って、大きな電力を扱えるような周波数変換器を造ることができれば、災害時に電力を融通できる可能性があるわけですね。電力的にはすごい大きいところを扱うので。省エネのインパクトとしても非常に大きくなります。
こういうところで、ワイドギャップ半導体素子が今後使われていく可能性が高く、実用化できるような素子を作っていければと思ってます。
一方で太陽光水素での創エネの方は、企業とは情報交換はしていますが、まだ参入してくるような状況ではありません。
とはいえ、これから二酸化炭素削減という目標を見据えると、こうした技術は必要です。興味がある企業に、ぜひお声掛けいただきたいとは思ってますね。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
まず一つは、省エネのほうのSiCの素子で、その耐久性ですね。壊れる要素の一つに、結晶の原子が動くという現象があるんですよ。それは、あることをしてやると動かないようにすることができて、壊れないようにすることができるっていうのが、だいぶ見通しが立ってきたんです。
まず明確に、「壊れない」ということを証明したいですね。1、2年でできる目標としては、基礎を固めて。最終的には、ワイドギャップ半導体でできる省エネ、創エネの全ての可能性を一つずつ伸ばしていきたいですね。(了)
加藤 正史
(かとう・まさし)
名古屋工業大学 大学院工学研究科 電気・機械工学専攻 電気電子分野 准教授。
1998年、名古屋工業大学工学部電気情報工学科 卒業。2000年名古屋工業大学工学研究科電気情報工学専攻修士課程修了。2003年、同博士課程 修了。
2008年より現職。
その間、ヴィリニュス大学研究員、名古屋大学未来材料・システム研究所附属未来エレクトロニクス集積研究センター客員准教授を兼任。