従来のロボットのあり方を180度変えるソフトロボティクス(柔らかい材料を用いたロボット工学)が、世界で注目を集めている。ソフトロボットは人工筋肉と呼ばれる柔らかいアクチュエータなどの新しい材料で開発されており、環境に適合しやすく、安全性が高いため、人との協働や共生がしやすいと言われている。可食(食べられる)ロボットや泳ぐ魚ロボット、植物ロボットなど、さまざまな機能を持つソフトロボットを開発しているのが、電気通信大学 大学院情報理工学研究科 新竹 純 准教授である。今回は、社会的ニーズのある、さまざまなソフトロボティクスの特性などについて話を伺った。
多彩な機能を付与できるソフトロボットを開発
Q: 研究概要や社会的ニーズについて教えてください。
柔らかい材料を用いたアクチュエータやセンサロボットの研究開発をしています。
テーマは大きく4つに分かれます。1つ目は、「ソフトロボティクス」。ゴムなどの柔らかい材料や人工筋肉(アクチュエータ)を用いたロボットやセンサ、ウェアラブルデバイスおよびポンプの研究です。私たちの手も柔らかいからこそ、適切な力でモノをつかんだりすることができます。モノに馴染んでくるわけです。モノに馴染むということは、環境に適応しやすくなるということ。
タコなどの軟体動物も全身が柔らかいので、自分の身体よりも小さなツボやビンに入ることができますよね。ソフトロボティクスも同じようなことが可能になります。それに構造もシンプルで、制御も簡単です。このように、従来の硬いロボットでは難しいことが可能になり、それによって新しい用途での活用が期待されています。たとえば、柔らかいということは「安全」ですので、より人間に近い場所でロボットが活動できるようになりますし、VR/AR 、ヘルスケアのバイタルチェックなどに柔らかさがフィットし、違和感なく利用できます。
その中で、私たちの研究室が取り組んでいるのは、アクチュエータ(またはスマート材料)で動く材料を用いたロボットの開発です。柔らかいレゴのようなブロックにして使える構造体を応用した魚ロボットをつくっています。アクチュエータ(スマート材料)は、どのくらい変形したのか、材料自体でセンシングすることができます。動かす部分と、センサとして使ってセンシングする部分が、同じ基盤上でできるので、システムとしては非常につくりやすいです。
ただ課題もあります。それは静電気力を使っているので、高電圧が必要なこと。値としては数千Vほど。電流の値が100 µAと非常に小さいので、安全面はそれほど心配いりませんが、高電圧を生み出すには電力や部品のコストが比較的かかるため、実用化に向けては低電圧にする必要があります。
ここまでは、アクチュエータ(人工筋肉)を活用した研究です。「ソフトロボティクス」では、もう1つ「ソフトポンプ」の開発を行っています。液体を送るポンプがあり、その液体でソフトアクチュエータやロボットを動かします。元々ソフトロボットに用いられたポンプは硬く、少し扱いにくいところがありましたが、2019年に柔らかい材料で液体を押出するポンプがつくれることを共同で発見し、これは面白いとなり、私たちの研究室でも引き続き取り組んでいます。
電気を与えると、液体が動きます。それでいて構造自体も柔らかいので、例えば柔らかいアクチュエータにそのまま統合することができます。また、温度を下げる「ペルチェ素子」といわれる、電力を消費して熱を移動させるチップがあります。そのチップ(素子)の下を液体が通るようにして、ソフトポンプで液体を動かすと、夏の暑い時期には、身体を冷やすようなウェアラブルデバイスがつくれます。この研究においては、最近非常に効率的な出力を生み出せる構造が分かってきたので、今は実用化を目指して、企業と共同研究を行っているところです。
2つ目は「生分解性ロボティクス」です。このテーマでは、土に還る材料を用いてソフトロボットの開発を行っています。現在は、ゼリーに使うゼラチンといったタンパク質を材料にしています。空気で動くソフトアクチュエータと、電気で動くソフトアクチュエータを開発してきましたが、両方とも土の上に置くと微生物が分解して、最終的には無くなります。ゼラチンといっても、通常のゼリーだとすぐに壊れてしまいます。そこで強度を高めるために、さまざまな素材を調合しています。その結果、ソフトロボティクスに使われている材料と同じくらいの強度を持つ材料を生み出すことができました。このゼラチンは、当然食べられるので可食ロボットにも応用しています。
生分解できるということによって、ロボットが何らかのアクシデントにより回収できなくなった時に、通常だと廃棄されてしまう部品が、微生物などによって分解され土(自然界)に還ることができる、環境にやさしいロボットがつくれます。
この生分解ロボティクスは、食べられるという特性を利用して、遭難者への食糧運搬にも用いることができます。以前には、食べられるドローンを開発したことがあります。遭難者へ非常食を輸送する時に、物量が制限されるため、ロボットそのものが非常食にできれば、1回分の食糧を増やすことができます。そういうコンセプトでつくりました。
その他には、食品メーカーの工場での活用の可能性も模索しています。食品工場では、機械の部品(食材をつかむ部分)が外れたりして、食品に異物混入のトラブルが定期的に起こってしまいます。その部分に可食ロボットを使えば、たとえ混入しても、食べることができるので、こうした問題を解決することができます。
また、可食ロボットは絶滅危惧種などの野生動物の保全にも利活用できる可能性があります。たとえば、絶滅危惧種が何らかの病気を患ってしまった場合に、人間が薬を与えようと近づくと逃げられてしまいます。そうなると、なかなか病気が回復できずに、万一の場合は、命を落としてしまうリスクもあります。そこで、その動物がいつも捕食している小動物と同じ動きをする可食ロボットをつくり、その中に薬を入れておけば、自然に服用できるので、病状も回復していけます。
最近は、食べられるロボット(可食ロボット)の逆転の発想で、ロボットの形をしている食べ物(動くような食べ物)の研究も行っています。私たちが意図した通りに動く食物の開発です。たとえば、ご飯にかつお節をふりかけると動きますよね。動くことで、人に美味しい印象を与えられます。味噌汁も同じ。中に入っている味噌が動いている方が、美味しそうに見えます。このように、普段私たちが口にしている食べ物の中には、動いている食材が少なくありません。しかも、その動きによって、「美味しそうなインプレッション」を与えることができます。そこで、「動き」をこれまでにないファクターとして食品や料理に加えることで、新しい食文化を形成できるのではないかと、私たちは考えて取り組み始めました。
特に日本の懐石料理を見ると、見た目の形や色に非常にこだわりを持ってつくられています。一つひとつの料理に料理人の着想が反映されているわけです。そこに「動き」を入れると、もう一歩新たな表現が広げられるのではないかと考えています。その動きにも、「美味しそう」と「気持ち悪い」の境界線がきっとあるはずです。どこまでが「美味しそう(あるいは新鮮)」で、どこからが「そうでない」と感じるのか。その境界線も研究者としては解明したいと思っています。
3つ目の「生物模倣ロボティクス」は、「魚ロボット」です。私自身、魚や水中生物に非常に興味があり、この研究に取り組み始めました。人間には適さない水中環境で我々にはできない動きをするので、ある種の憧れも混じっていると思います。エイなどはしなやかで、構造もシンプルです。私がこれまで手がけてきたソフトロボティクスで使った材料と非常に相性がいいのも開発に取り組めた理由です。
今は「トビウオ」のようなロボティクスを開発したいと考えています。これをつくるためには、助走をつけなければならないので、俊敏な動作が必要になってきます。胴体は柔らかいボディをモーターで揺らし、周りの流体との相互作用で、魚のような変形になります。現段階では、通常の魚のロボティクスの数倍の速さを実現できるようになってきました。
そもそも、なぜ「トビウオ」の生物模倣ロボティクスを開発しようと思ったかというと、現存する生物のように、多機能なロボットをつくりたいと思ったからです。従来のロボットは、「歩くだけ」や「泳ぐだけ」といった単一の機能しかないロボットがほとんどです。しかし、本来の生物は泳げて空を飛べたり、歩いて跳ねたりと複数の機能を持っていることが多いです。そうしたロボットをつくろうと取り組みはじめ、2018年には文部省でもこの研究が採択されました。全長は30 cmほどで、2.6 m/sの速度を出せるので、非常に速いです。
この「生物模倣ロボティクス」の社会的ニーズとしては、海中にある鉱物(レアアースなど)探査や、養殖している魚の生産状況の観察、人が近づけないサンゴ礁の育成状況の把握、海難救助などを視野に入れています。
4つ目は「植物ロボティクス」です。植物が生長する力を利用して動作し、最終的には「生分解性ロボティクス」のように土に還り、次の植物の糧になる。究極の循環ロボットシステムを構築したいと考えています。オジギソウのように、つつくと葉を閉じたり、食中植物のように、葉に虫が止まると感知して動いたりといった植物が何種類か存在します。これを用いてロボットで構成すると面白いものができるのではないかと思い、2022年から研究をスタートさせました。植物を使ってどうやったらロボットを動かせるのか。植物をアクチュエータとして活用しますが、現段階では植物の力を測ったり、解析をしたりして、ロボットの設計につなげようとしています。
たとえば、竹のように生えてから、木をうまくコントロールすることができれば、土砂災害を防ぐような自然の構造体ができるかもしれません。植物の根の部分にフォーカスして、その根を制御することができれば、地盤型のロボット開発も可能になります。分かりやすい例だと、歩道を歩いてると、道路から飛び出している木の根っこなどをよく見かけますよね。あれを、こちらが制御して意図的に行うことができれば、それを応用して植物が人間社会に溶け込んだ未来をつくることも可能になります。
産業革命以降、ITの進化によって、私たちの仕事はどんどん効率化されるようになってきました。どれだけ無駄なく業務が行えるか。それはロボットでも同じです。いかにそのタスクを早く成し遂げるか。しかしこの植物ロボットは、それらに比べて非常に緩やかに動作します。 1〜2週間で少しずつ動いていく。今のプロトタイプだとそういうことになっています。もう少し視点を広げてみると、屋久杉などは数千年生きていると言われています。ということは、究極の植物ロボットは数千年かけて1つのタスクを行う。そういう人工システムになる可能性があります。
そうなれば、既存のロボットや人工システムの見方や考え方が180度変わってくるでしょう。そういう風に、人が気づかないぐらい、非常に緩やかな速度で動き、環境と馴染みながら1つのタスクを実行するシステム。 そういうところに科学的な知見や哲学が存在するのではないかと、私は期待しています。そこをロボットの開発を進めながら、考えていきたいと思っています。
Q: これらの研究における独自性はどんなところにありますか。
4つの研究テーマ、それぞれに独自性があります。ソフトロボティクスにおいては、先ほど電気で動く人工筋肉を使っていると言いましたが、これに新しい機能を付与して、「高性能化できる」点がそれにあたります。
電気で動く材料というのは非力な部分があり、それをうまく調整すると、高性能にすることができます。たとえば、生卵を掴んで持ち上げる作業は、通常のロボットでは卵をつかむ力加減がなかなか調整できないため、実現できません。しかし、指の先端に、静電気で接着力を発生させると、それが可能になるわけです。そういう機能を与えるアプローチにおいて独自性を認められ、2023年には日本学術振興会の日本学術振興会賞を受賞しました。
もう1つソフトロボティクスの中に「環境に優しい」という要素を入れようとしています。それも独自のアプローチだと思います。さらに、そこから発展させて、食べられる材料でロボットを開発する「可食ロボティクス」も独自性のあるアプローチです。「可食ロボティクス」は、「Edible Robotics」と英訳されますが、この単語を論文で使ったのも、私のロボット研究が初めてなのです。
『生物模倣ロボティクス』は、生物に着目して機能性を付加するところに独自性がありますし、『植物ロボティクス』は、植物のフィジカルな動きや働きを利用して移動するようなロボットとして、他にはない独自性のあるアプローチだと考えています。
まずは、研究の意義を理解することが重要
Q: 今後考えられる技術的・産業的課題はありますか。
さまざまな課題が考えられます。ソフトアクチュエータを実用化しようとすれば「 信頼性」の担保が必要になります。どのぐらいの期間継続的に動くのか、どれぐらいの回数で動くのか、そういうところを明らかにして保証しなければなりません。そこは非常に重要な課題です。それから『生物模倣ロボティクス』では、防水や強度への対応が必要です。より高度な水深まで潜れるようにするためには、水圧にも耐えれるように設計し直さなければなりません。
この4つの研究テーマのなかで、最も社会実装の可能性が高いのは、「ソフトポンプ」です。これについても、技術的課題があり、それは「低電圧化」 と「ライフスパン(品質)の検証」です。この2つがクリアされて、初めて大量生産が可能になります。
Q:どのような学生が多く在籍しているのでしょうか ?
現在学部生6名、修士8名、博士1名が在籍しています。従来のロボットとは異なるソフトロボティクスの可能性に魅力を感じて、入ってくる学生が多いです。ソフトロボティクスは、今までのロボットの常識を覆すようなコンセプトなので、そこに惹かれている人が大半です。
学部生には、さきほどの4つのテーマよりも、さらに個別のテーマを与えて、取り組んでもらっています。たとえば、「ソフトロボティクス」と「ソフトポンプ」を組み合わせた研究をしている学生がいたり、「生物模倣ロボティクス」では、魚ロボットを素早く動かす研究をしている学生がいる一方で、魚ロボットのどこに胸びれをつければ飛ぶことが可能になるかという研究をしている学生もいます。また、「生物模倣ロボティクス」の分野においては、魚だけでなくカメロボットも開発しており、それを専門に行っている学生もいます。
Q: この研究に興味を持っている学生の方に何かメッセージはありますか?
まず、研究の意義をしっかりと理解すること。自分の取り組んでいる研究には、どういう背景があって、どういう仮説のもと成り立っているのか。さらに、どういう結果が期待されているのか。そして、学術分野で見ると、この研究はどのくらいの位置にあるのか。それらをしっかり把握して取り組んでほしいです。
なぜ、その意義が必要なのかというと、学生が実験をしてデータをとり、学会などで成果を発表するとします。そこで、自分が研究したテーマにどういう価値があるのか理解していないと、発表した成果がうまく伝わらず、場合によっては意味をなさなくなってしまうことがあるからです。こうした考え方を身につけておくと、社会人になってからも、仕事の理解度が早くなり自律性も高まりますし、会社からも即戦力として期待されることにもつながります。だから、決して無駄ではないと思います。
Q: 今も多くの企業と共同研究を進めていらっしゃると思いますが、今後、新たに組んでみたい業種などはありますか?
いま一番社会実装に近い、ソフトポンプを活用したウェアラブルデバイスの開発を、もう一段進めていきたいので、素子メーカーや体温調整を行うデバイスメーカーには非常に興味があります。
その他には、水中ドローンメーカーやモーターメーカーとも「トビウオ」の生物模倣ロボットの実用化に向けて、意見交換ができたらと考えています。この研究も、さらに上のステージに進めるためは、メーカーの力が必要になってきます。研究開発に時間をとられるため、共同研究をやってみたい企業を探すノウハウや時間がありません。もし、こうした研究に興味がある企業がいらしたら、すぐに共同研究につながらなくても結構ですので、まずは課題の共有などからスタートできればと思っています。
Q: 最後に今後の展望について教えてください。
ソフトロボティクスの歴史は長いのですが、世の中の人々はあまり目にすることがないため、認知度としてはまだまだ低い状況ですのでそこを広めていきたいです。
ロボティクス全般にしても、普段の生活でロボットを目にするのは、Pepper(ペッパー)くんやファミリーレストランでのネコ型の配膳ロボットぐらいではないでしょうか。私としては、さまざまな生活シーンで、いろいろなロボットが活躍できるような未来をつくっていきたいと思っています。特に、ソフトロボティクスは、通常のロボットよりも人との共存がしやすいので、一つでも多く、広く社会で利用されるように、社会実装していきたいですね。(了)
新竹 純
(しんたけ・じゅん)
電気通信大学 大学院情報理工学研究科 准教授
2009年 電気通信大学 工学部卒業。2011年 電気通信大学 工学部修士課程修了。2016年 スイス連邦工科大学ローザンヌ校 工学研究科博士課程修了。同大学ローザンヌ校 工学研究科 研究助手、博士研究員、東京大学 工学系研究科 客員研究員を経て、2018年 電気通信大学 情報理工学研究科 助教に就任。2023年3月より現職。日本学術振興会賞や科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞など、受賞多数。