コンクリートの原料に使う、天然資源の「砂」が世界的にも足りなくなってきている。それにより、海外では違法な採掘も行われており、生態系の破壊などにつながっている。この課題を解決するために、世界で初めて100%リサイクルのコンクリートを開発したのが、東京大学 生産技術研究所の酒井 雄也准教授である。この研究では、カーボンネガティヴによる環境負荷の軽減も期待できる。さらに酒井准教授は、現在廃棄される食材を原料にした新たな建材(代替品)の開発も積極的に行い、さまざまな産業からも注目されている。今回は、次世代コンクリートや新素材建材の開発プロセスや、今後の展望について伺った。
展示会などから新たな発想を得て、さまざまな新素材の建材の開発に取り組む
Q:研究概要について教えてください。
私は、学生時代からコンクリートがどういうふうに劣化していくのかを解明したり、どういう検査をすればコンクリートの耐久性が分かるのかなどを研究してきました。
そういう研究を行っていくなかで、次第にコンクリート利用における課題が見えてきました。1つは、CO2排出が大きいことです。コンクリートは、水とセメント、砂・砂利でつくられます。このうち、セメントをつくる際に一番多くCO2が排出されてしまいます。
もう1つが、コンクリートの原料に使う砂が世界的に足りなくなってきていることです。ドキュメンタリーにもなっており、国連も警鐘を鳴らしています。実は、コンクリートに使う砂には、適切な大きさや硬さ、吸水性の低さが求められるため、限られたモノしか使えません。しかし、そういう種類の砂の多くは採り尽くされていて、今は大きな岩を砕いて、要望に合ったサイズに調整して、使用しています。こうした過程においては、非常にエネルギーを使いますし、中には、コンクリートに使えない砂が副産物として大量に発生してしまう問題が起きています。川底や海底から砂を吸い上げる方法もありますが、このやり方は生態系を壊してしまう恐れがあるため、環境保護の観点から法律で規制されていることが多いです。それでも海外では、砂不足の影響により、違法な採掘が行われていたりします。
この2つの課題を解決するために、数年前から、われわれの研究室では、リサイクルなどによる次世代コンクリートの開発や、新たな原料によるコンクリートの代替品となる強固な建材の開発に取り組んでいます。
具体的には、まず100%リサイクルしたコンクリートの開発です。コンクリートがれきを砕いて粉にして、その粉に圧力をかけて固めてしまうというものです。たまたま私が他の研究をしている際に、コンクリートがれきの粉末を圧縮してみたところ強い接着が起こり、この100%リサイクルのコンクリートを開発できることを発見しました。当初は水深1万メートルほどの圧力が必要だったのですが、従来の1/10程の圧力をかけ、高圧水蒸気で処理したり、そのまま放置してCO2を吸収させると、十分な強度が得られることに気が付きました。後者は吸収するCO2が多いので、カーボンネガティブで温室効果ガスの抑制も期待できます。
今までコンクリートのがれきは、道路建設の際にアスファルト下に敷く砂・砂利の代わりとして活用していました。しかし、今は道路建設も減少していて、そこに使えなくなってきたため、最終処分場に運ばれて廃棄するコンクリートがれきが増えてきました。そのコンクリートがれきを100%リサイクルできるとゴミも出ないため、コンクリート業界に非常に注目されています。世界初の技術であり、コンソーシアム的に今さまざまな企業を集めて取り組んでいます。その中には大型のプレス機を持っている企業もあり、量産化も遠くないと思います。
実は、このリサイクルのコンクリートでは、ウクライナ出身の研究実習生がウクライナから持ってきた、ソビエト連邦時代の非常に古いがれきを使って開発も行っています。それが実現できれば、ウクライナの復興支援にもつなげられると考えています。
その他には、コンクリートと木粉を混ぜて熱をかけながらプレスしてつくる、植物性コンクリートの開発も行っています。木材の繊維が含まれているので、従来のコンクリートやリサイクルのコンクリートよりも、引張強度が非常に高いのが特長です。この植物性コンクリート開発の着想を得たのが、技術展示会でした。ある企業が卵の殻と、木材の成分に含まれているリグニンを混ぜてプレスして固めるという技術を紹介していて、「これで固まるなら、コンクリートの粉でもできるはずだ」と、思ったのがきっかけで、共同研究と共同出願につながりました。
ただ、接着材となっている木材が水に弱いところが難点です。そこで表面にコーティングを施したり、紙をつくる際の副産物を混ぜたりして、耐水性を高める改善を行っています。
Q:この他にも、新たな素材を原料に新材料の開発をされているとお聞きしましたが、そちらは具体的にどのようなモノでしょうか?
具体的には、食材を使用します。普段食べずに廃棄するような部分を原料に使った新材料の開発です。1つは「タマネギの皮」です。乾燥して粉砕し、適量の水に加えながら、熱と圧力を加えて、つくります。もう少し大きいものだと「白菜」でつくったり、どれも香りを残していますが、一番香りが強いものだと「茶葉」をもとにつくったものがあります。「茶葉」に関しては、元々は緑茶なのですが、高温でプレスをかけるため、完成した新材料は、ほうじ茶のような香りがします。これらの中で、一番強度があるのは、「白菜」で、コンクリートの4倍の曲げ強度があります。
食材だけで、なぜこれほどの強度が高まるのかというと、それは圧縮する際に高熱をかけるので、食材の糖が熱で溶けて、粒子間にその糖が流れ込み、冷えて接着剤の働きを担うからだと考えています。
それでも、やはり一番長持ちするのは、100%リサイクルのコンクリートです。何も処理をしないと、これらの食材からつくった素材は耐水性が低いです。そのためコンクリートのように屋外で使用するよりも、まずは屋内での活用を模索しています。この素材は卒業生が起業したfabula株式会社で製品化を進めているのですが、その中で実際に販売されているのが、食品メーカーの明治さんとのコラボレーションで「カカオの皮」からつくった器です。現在、様々な食材から作ったコースターなどをインターネットでも販売しており、国立科学博物館の特別展でも期間限定で販売されました。あと大学ならではでいえば、生協の廃棄弁当を原料にして開発している新材料もあります。
これら食材を原料にした新材料は強度を高めるために、原料によって適切な温度や圧力があり、そこをピンポイントで見つけることが非常に重要です。食材によっては、温度が100度以上変わってきます。こうした廃棄食材による新材料は、あらゆる業種から問い合わせがあり、例えば家電メーカーからも「製品の部品として使いたい」という要望をいただいています。
Q:最近取り組んでいる代表的な研究があれば教えてください。
2021年に発表した研究では、これまでとは全く異なる手法で、新建材を開発しました。それは、これまでのように接着材料を加えるのではなく、化学反応で接着させるというものです。原料は、砂とアルコールと触媒です。これらを混ぜて、容器に入れて蓋をして加熱するのみ。本来、砂・砂利だけだといくら圧力を加えてもくっつきませんが、これなら化学反応を利用して接着させることができるため、砂漠の砂でも固められます。そういう意味では、主原料の砂は半無限に存在します。強度もコンクリートと同じか、それよりも高いものがつくれます。
この建材においては、国内企業はもちろん自治体や海外からも問い合わせをいただいています。砂漠でモノをつくろうとすると、まわりにコンクリートなどの原料がなく、遠くから原料を輸送してこなければならないため、コストとCO2排出がかかります。その場所にあるモノでつくることができれば、コストと環境負荷の課題を一気解決できるため、大きなニーズがあります。われわれの研究室としても、こうした建材を、いずれは月面での基地建設にも活かしたいという思いで、研究を進めています。
Q:これらの研究における独自性を教えてください。
やはり「発想」だと思います。次々新たな原料を使って、新材料を研究開発していくために、本や雑誌を読んでインプットすることに加えて、技術展示会に出向くようにしています。留学生が世界各国から持ってくる問題意識や課題からについて議論しているうちに、アイデアが生まれることもあります。
課題ありきではなく、中には技術展示会で偶然出会った技術をヒントに開発した新材料もあります。それこそ、化学反応を活用して砂を固める新材料は、砂を液体に分解する技術が展示されていて、そこから発想を得て、開発しました。展示会でヒントになるような技術を見つけて、その出展企業と共同研究を行ったこともありますし、Googleで検索して、求めている技術に精通した先生に直接アプローチすることも少なくありません。
ウクライナの復興、砂漠や月面での建設を目指して
Q:今取り組んでいる研究における技術的・産業的な課題はありますか?
100%リサイクルの次世代コンクリートも、新建材も社会実装する場合は、大型化しなければなりません。われわれの研究室の設備だけでは、その大型化が難しく、最大で30センチ×30センチの板ぐらいの大きさしかつくれません。メートルサイズに開発した時にどんな課題が出てくるのかも、まだわかりません。そこで、メートルサイズがつくれる装置を持っている企業と一緒に組んで、検証を行っていきたいと考えています。
廃棄食材を原料とした新材料に関しては、卒業生が起業したfabula株式会社がさまざまな企業と提携していて、今後大量生産に向けて、大型化を目指しているところです。1つ大きなトピックスとして、この新材料を2025年の大阪万博で屋根などに使うという話が持ち上がっています。これもfabula株式会社が企業と共同で進めていき、企業が持つ工場で生産される予定です。
廃棄食材は、これまでも説明してきたように、いかにして耐水性に優れた処理が行えるかが、用途拡大のポイントになってきます。長い間、雨ざらしにしておいた場合にどのくらい持つのか、そういう長期的な耐久性については未知なところがあるので、それをどう改善していくかが重要になってくると考えています。
原料が食べられなくていいということであれば、ガラスを注入したりプラスチックを混ぜたりして、いくらでも耐水性を高める方法はあります。「食べられる」という機能を保ちながら、水にも強い強固な建材をつくっていくのが、われわれ研究室の目標です。そうすれば、建物の壁などの内装材や家具に使って、救援物資が届かない時の緊急用に活用することも可能です。そのためにも、さまざまな企業と提携して研究を進めていく必要があります。原料となる廃棄食材をどのようにして集めるのか。そして、どこに運んでつくるのか。それによって、コストやCO2の排出量が大きく変わってきます。そのあたりを企業と組んで模索していきたいですね。
Q:学生に対して求めることはありますか?
得意なことや好きなこと、どちらか1つでも持っていれば、新たな課題や気づきが得られ、新たな研究テーマを見つけることができると思います。ただ、最近は得意なことや好きなことを、初めから持っていない学生も多いと聞きます。そういう人は、まずは新たな世界に飛び込んでみることです。
私自身、若い頃はゲームが好きだったので、プログラマーになろうと思っていました。でも、当時プログラマーを目指せる情報学科に入ることができませんでした。次に環境問題に興味があったので、第2志望の環境都市工学科に入ったら、土木の分野だったのです。自分が考えていた道とは違いました。
卒業研究や大学院で数値解析に携わったりして、その時は楽しかったのですが、その後はプログラミング的な要素に関わることは減ってしまいました。それでも、今も楽しく続けられているのは、社会に貢献する研究ができているからです。それこそ、廃棄食材を使った新材料は製品化されて販売されており、今後他の新材料も実用化していく予定です。
また、ウクライナのがれきを使った再生コンクリートの研究では、ウクライナの復興に貢献できると信じて、個人的にはワクワクしています。このように、常に新たなチャレンジを忘れずに続けていれば、新たな面白さが見つけられると思います。
Q:最後に今後の展望を教えてください。
今取り組んでいる、100%再生の次世代コンクリートや、廃棄食材などの原料を活用した新材料の研究をさらに深め、装置を使った大型化の開発に取り組み、将来的には建物の建材から家具など、様々な場面で使えるようにしていきたいと考えています。それこそ建材開発に関しては、ウクライナの復興や、砂漠や月面での建設を目指しています。
そのためには、まずは十分な強度と耐久性を有する、実際に使えるモノをつくりあげることが重要となります。それがなければ、その後の製造条件を簡略化してコストを低減し、量産化することもできません。そこは、われわれの研究室の使命だと思って、取り組んでいます。(了)
酒井 雄也
(さかい・ゆうや)
東京大学 生産技術研究所 准教授
2007年 豊田工業高等専門学校 専攻科建設工学専攻修了。2009年 東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤専攻 修士課程修了。2011年 東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤専攻 博士課程修了。博士(工学)。2011年 東京大学生産技術研究所 特任助教。2012年東京大学生産技術研究所助教。2017年7月東京大学生産技術研究所講師を経て、2020年より現職。