次世代のがん治療薬として注目を集めている「核酸医薬」。DNAやRNAを応用し、難治性の高い遺伝疾患にも有効だと言われている。また副作用の少ないがん治療につながる可能性が高く、かつ開発期間も大幅に短縮できる特徴がある。2023年に「核酸医薬」として、特定のがん細胞を死滅させる人工DNA(ヘアピン型DNA)を開発したのが、東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻の岡本 晃充教授である。この人工DNAは、これまでの核酸医薬とは異なるメカニズムで作られている。岡本教授は、これまでにない核酸医薬を上市するため、自らベンチャー企業を立ち上げている。今回、岡本教授には研究開発したヘアピン型DNAの仕組みや特長などについて話を伺った。
自然免疫を引き起こす、新しいメカニズムの核酸医薬
Q:研究概要を教えてください。
私たちは、分子単位で物質を扱う有機化学の考え方を遺伝子学や構造生物学などに応用して、DNAやRNAの構成単位や、原子・分子が生命現象にどう関わっているのか謎に迫るとともに、がんの治療薬などの実用化に向けた研究も行っています。
例えば、2023年には特定のがん細胞を死滅させる人工DNA(ヘアピン型DNA)を開発しました。がん細胞には、1対のヘアピンのように折れ曲がったDNAがくっつき集まって、miRNA(マイクロRNA)を起点に長い二重らせんのDNAを作ります。これは元々細胞が持っているものとは違うDNAなので、細胞にウイルスが入り込んだのと同じような異物になります。それを排除する反応を起こすDNAを設計して、ガン細胞を消滅させる研究です。しかもmiRNAはがん細胞ごとに種類が異なるため、そのがんを特徴づけるmiRNAをターゲットに、ヘアピンDNAを設計すれば、標的となるがんだけを狙うことが可能になります。
この研究は、今注目されている核酸医薬の一種です。核酸医薬は、これまで生体内で容易に分解されることが指摘されていましたが、ドラッグデリバリーシステム(DDS)といわれる、体内での薬物効果を高め、副作用を最小限に抑えるデリバリー技術が進化したことで、活用されるようになってきました。これまでに核酸医薬は筋ジストロフィー適応薬など15種類以上が上市されています。
従来の抗がん剤は、細胞分裂の増殖を抑えたり、破壊したりすることで、がん細胞の広がりを抑制します。その際、正常細胞にも同じようなダメージを与えてしまいます。
一方私たちが開発した核酸医薬は、DNAやRNAを標的にして、がんの要因となる細胞を作らせずに結合して、がんの悪化を抑制します。それに開発期間も、抗がん剤に比べて非常に短いことが期待できます。一般的な薬品だと開発に10年近くかかります。それは、標的タンパク質にだけ強く結合する薬品の候補を探索するなかで、いくつもの候補の構造を化学合成して、実際にタンパク質との結合を検討して、最終的な構造に落とし込むまでに何年もの時間を要するからです。そうなると、特許の維持費や今までの研究開発費により、薬価が高くなってしまいます。それが核酸医薬だと、数年で開発できるので、薬価を安く設定することも可能です。
なお、これまでに開発された核酸医薬のほとんどはセントトラルドグマに直接アクセスするタイプですが、我々が研究している人工DNAは、セントラルドグマに直接アクセスせず、自然免疫を誘発するタイプなので、メカニズムが全く異なるのも特徴です。
Q:研究の独自性はどんなところにありますか?
まず1つは、有機合成により、新たな機能を有する核酸分子を設計できることです。有機合成でオリジナル分子をつくり、それをバイオロジーの実験や測定に活用して、創薬や生物学的な観察などに使うことが可能です。
もう1つは、合成設計や測定から、マウスを使った動物実験やバイオ実験まで、一連のプロセスを、自分たちの研究室だけで行えることです。幅広い経験ができ、それによって普段出てこないようなアイデアも湧いてきます。こうしたワンストップの研究ができるのも、他にはない特長だと思います。
DNAのメチル化を発見できる技術を、新たなアプローチの創薬に応用
Q:研究において課題と感じている点はありますか?
技術的な課題で言うと分子のデザインを途中で変更したり、書き換えたりが簡単でないことです。ゲノム編集技術の進化によって、DNAの中の変化させたい箇所は書き換えたりすることができるようになってきました。そういう編集がいろいろな分子でできるようになれば、比較的、さまざまな薬を作り出すことが可能になります。
我々の研究室では、オスミウムという金属が持つ錯体反応を利用して、メチル化したDNA(しかも、自分たちが狙った部分だけ)を反応させて捕捉することができます。これを発展させて、RNAやタンパク質などのもっと複雑な構造で狙った所だけを変えることができれば、タンパク質の相互作用や化学装飾を変えたりして、新しいアプローチの薬を創ることもできるだろうと考えています。
Q:この分野を志す学生にメッセージはありますか?
社会に出てからも、これまで培ってきたことが役に立つように、我々の研究室では、先ほどもお話ししたように、化学合成や設計からバイオ実験やマウスの実験まで幅広い経験ができるようにしています。また、短い期間で経験できる実験量は限られているので、他の研究者の研究論文を積極的に読むことも薦めています。さまざまな論文に目を通すことで、最先端の科学を理解できるだけでなく、研究者たちの研究を追体験することができます。
また、もう1つ薦めていることは海外への留学です。異なる研究室の作法や、海外の人たちの異なる価値観に触れ、多様性を知ることで、新たな科学的アプローチを学ぶことができます。できれば、数ヶ月や数年単位で経験してみることです。苦労も多いと思いますが、その何倍もの学びや気づきが得られます。
私もコロナが始まった直後ぐらいに、イギリスに渡り、ケンブリッジに3カ月程滞在して、研究に取り組みました。言語や文化なども含めて、さまざまな刺激が得られるので、一度は経験してみるのがいいと思います。
Q:どのような企業と研究を行っているのですか?
化学メーカーやバイオメーカー、製薬メーカー、医療機関など様々です。私たちが取り組んでいる有機合成をベースにしたバイオロジーの技術は、化学メーカーからすれば、医薬品分野、環境分野に事業領域をひろげる契機になると思いますし、バイオメーカーからすれば、より基礎研究を深めて、社会実装などの実用化に結びつけるチャンスになります。
核酸医薬については、医学薬学の知識や経験が必要なため、ベンチャー企業を立ち上げて、製薬会社と共同研究を進めようとしています。なかでも注力しているのは、病院との連携です。どういう薬が必要なのか。どういうリスクを考えておくべきなのかを医師から直接ヒアリングしています。現在も東京大学病院との共同研究を進めているところです。
Q:今後の展望を教えてください。
他の研究者たちが考えないような新しい分子を設計して、それをベースに、創薬などの臨床医療での実用化や、産業に役に立つ実験ツールづくりに役立てていきたいと思っています。世の中には、薬だけでなく生物学的にも、まだまだ分からないことがたくさんあります。それらを解明するために、新たな、人工的な分子を開発していきたいと考えています。(了)
岡本 晃充
(おかもと・あきみつ)
東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 教授
1993年 京都大学 工学部卒業。1998年 京都大学工学 大学院 工学研究科 合成生物化学専攻 博士後期課程修了。米国マサチューセッツ工科大学化学科 博士研究員、京都大学大学院工学研究科 合成生物化学専攻 助手、理化学研究所 准主任研究員、2012年4月東京大学 先端科学研究技術研究センター 教授を経て、2022年4月より現職。