現代の建築物の主要な構造形式となっている鉄筋コンクリートは経年変化に弱く、都市の景観を保全するという観点から改善が求められている。こうしたなか、コンクリート建築の第一人者として、建築材料の開発および性能評価、ならびに材料選定手法(材料計画)の体系化、資源環境問題も視野に入れた研究を行なっているのが、東京大学大学院工学系研究科の野口貴文教授だ。今回は野口教授に、いま考えるべきコンクリート建築のあり方について話を伺った。
自然環境下で「安定」な材料を追求
Q:まずは研究の概要について教えてください。
当研究室では、一貫してコンクリートの研究を長年続けてきました。
もともとコンクリートというものがいつできあがったのかですが、セメントを広義に捉えると、紀元7000〜8000年前にセメントを用いたコンクリートの床がつくられていたことがわかっています。もちろん現代のセメントとは違い、石灰系の材料を使っていたようです。
では、そういった材料を人類はどのようにして見つけたのかですが、石灰石の大地は世界中に多くあり、そこで人類は火を使って暖をとったり炊事をしていたりしたとします。石灰石の化学成分のほとんどは炭酸カルシウム(CaCO3)ですが、炭酸カルシウムは750度くらいで分解して酸化カルシウム(CaO)になります。一方、ものを燃やすと大体灰になるわけですが、それは化学物質でいうとシリカ(SIO2)です。
つまり石灰石の上で木などを燃やすと酸化カルシウムとシリカができて、それが粉として混ざったような状態になっていたと考えられます。そこに雨が降ったあと、翌日には固まっていたというのがセメントを見出すきっかけになったと言われています。
実は現代でも同じような形でセメントがつくられています。粉砕した石灰石と粘土を混ぜ、1400℃に加熱して現代のセメントはつくられています。その意味では、セメントの基本的な製造技術自体は非常に昔からあるものであり、時代に合うように工夫してきたといえるでしょう。そこに科学的な知見を加えてさらなる高性能化を目指しているというのが、私の研究内容に一番近い内容かと思います。
最近、原点回帰のようなことが起きています。産業革命が始まって近代文明が発展したことで、地球では様々な環境問題が起こるようになりました。あまりにも人間が手をかけすぎ、エネルギーを使いすぎてしまった中で、自然素材を見直すようになってきているのです。大量生産・大量消費からの脱却が目指され、大量生産・大量消費をベースとする産業は魅力的ではなくなってきています。
個人の要求に合うようなサービスが必要とされるように、ものでも、ありきたりのものではなく、人が情熱を込めてつくりあげた唯一無二のものが、見直されてきているのです。
もともと建築材料も建築もローカルなもので、その土地特有の特徴的な建築は現代でも多数残っています。世界的に流通している建築材料ではなく、ローカルな建築材料をいかに現代のニーズに合わせて建築物をつくっていくか。それが現在のトレンドになってきています。
実は、世界で消費している資源の半分は建設分野で使われています。質量でいうと膨大な量で、それを世界に流通させるのはある意味でエネルギーの無駄遣いに等しいといえます。その意味で、ローカルな地産地消系のものが重要なのです。資源の半分が建設分野で使われている中で、建設分野で使われている資源の半分はコンクリートの生産に使われています。つまり全体の資源の1/4がコンクリートということになります。
では、コンクリートの値段はいくらかというと、1立法メートル(2.3トン)で1万円ほどです。ミネラルウォーターの値段を考えると、ペットボトルで1立法メートルといったら約1000本、それだけ買ったら1万円では済まないですよね。
コンクリートの値段は100年前に比べて数倍くらいにしかなっていないかもしれません。牛乳や卵もそうですが、長い間同じくらいの値段が保たれているという状況は、ありがたいのか、ありがたくないのか。もしこれが一気に数倍の値段になったら、現在と同じ頻度でビルや住居をつくることはできなくなります。そう考えると、ローカルな材料をローカルに使い、長持ちさせていくということは重要であるといえます。
その上で、現代のニーズに合わせながらテーラーメイド的に建築物をつくりあげていくところに魅力が見出されてきていると思います。テーラーメイドでつくると愛着が生じてくる。つまり長持ちさせるという方向にいく。しかし、大量生産・大量消費的に建築物をつくってきた日本では、建築物の寿命が短いのが実情です。ビルなどは三十年ももてば良い方だとされています。
そこで我々は、建築物を長持ちさせるための研究に取り組んでいます。とにかく文化財的な形で、ちゃんと都市全体で景観を保ちながら建築物を残していかねばなりません。そうすることで、非常に愛着ある都市ができ、景観的にも優れた建築物が歴史的な財産となって残っていきます。
建築材料的には、長持ちするものでなければなりません。では、耐久性の高い良い建築材料とはどういうものか。
それは、我々がつくった建築材料が「自然環境下で安定かどうか」ということに尽きるといえます。地球上にある資源は地球上において安定した状態で存在しています。我々がつくった建築材料が本当に自然環境下で安定かどうかという観点で、軍艦島をここ10年ほど研究対象としてきました。
軍艦島でもっとも安定だったものは、セラミックタイルでした。軍艦島の建築物は、建設されて100年程度が経っているのに、タイルだけは何も変わっていなかったのです。100年となると、鉄は酸化鉄になっているものがほとんどで、錆びてボロボロになってしまっています。プラスチックは思っていたよりは強かったです。木材も水がかかっていないところにあるものは残っていました。自然環境下では、有機系の建築材料は分解して自然に戻っていきますが、プラスチックは少し時間がかかっているという状況でした。
そういったことを踏まえて、我々は研究として何を目指していくべきかと考えたわけです。自然に存在しているもので一番長持ちしそうなものは何かと考えたとき、化石として残っているようなものは長持ちしていると言えるので、建築材料としても使えそうだという結論に至りました。こういったものを「バイオミネラル」と呼んでいますが、これから着想を得て、新素材開発という観点で研究をしています。バイオミネラルの研究をしている化学の先生は他にいるので、我々はそれを建築材料としてどう使っていくかを考えている感じです。
バイオミネラルを建築材料として使っていくためには、耐震性や熱に対してどういう性質を持っているかなどを把握しなければなりません。
また、そういった建築材料を劣化環境から保護するためにはどんな方法があるかという研究は、耐久性の研究です。自然環境下では、太陽光線や熱の影響を受けたり、大気中の二酸化炭素によってカルシウム系の物質が炭酸カルシウムになっていったりします。炭酸カルシウムが自然環境下で安定しているためです。自然環境下で物質が変化していくのはしかたがないことです。変化しなければいいのですが、変化が生じるとしたら劣化という形ではなく、いい方向に変化していくという形になれば一番いいです。
ローマ時代のパンテオンとかカラカラ浴場などは、広義のコンクリートでつくられています。現在はほぼ安定した状態の炭酸カルシウムになっているはずですが、まったくボロボロではないですよね。こういうのが理想です。
じゃあ、現代のコンクリートはどうでしょうか。鉄はダメです。これは軍艦島の状況からも言えます。鉄筋コンクリートという構造形式は19世紀の半ばに開発されたのですが、コンクリートは引張力に弱く、補強のために中に鉄を入れることで、梁や床として使えるようになったわけです。その鉄筋コンクリートの鉄が錆びないようにするために、人類は途方もない労力と年月をかけてきました。
一般的に、鉄筋に錆びが生じる原因は、コンクリート中に二酸化炭素が入ってアルカリ性のコンクリートが中性に変わっていくことにあります。また、海の近くであれば、塩分が中に入っていくことで鉄筋は錆び始めます。
それを防ぐために、我々は建築物をいかに二酸化炭素や塩分からシャットアウトするかという研究をずっとしてきました。
しかしながら、コンクリートの安定な状態は炭酸カルシウムで、鉄は酸化鉄であると考えると、いかに無駄なことをしてきていたのかと、少し情けない気持ちになることもあります。
そう考えると、鉄筋コンクリートに関しては、補強材は錆びないものであること、コンクリートは炭酸カルシウムに自然に変わっていってもいいけど、劣化ではなく美しく変化してくれる材料であること、というのが理想であるといえます。
英語では老化することをエイジングというのですが、まさに美しくエイジングをしていくような鉄筋コンクリートを考えるべきでしょう。人間もそうですが、老化は見てわかるものです。人間と同じように建築物を美しく老化させるためには、建築材料はどうあるべきかというのがポイントです。
一方、先端研究としては、高度化があります。
Q:「高度化」とは何でしょうか。
建築材料を高度化するというよりも、まず考えるのは建築物を高度化する。例えば摩天楼。摩天楼建設の競争が始まったのは、19世紀末のシカゴとニューヨークです。1980年代の半ばまでは摩天楼の主役材料は鉄だったのですが、今ではコンクリートになっています。安いからというのもありますが、コンクリートでもつくれるようになってしまったからというのが大きいですね。鉄に匹敵する強度をもつコンクリートがつくれるようになったのです。
ただ、強度が高くなると、扱いが難しくなってきます。セメントは安いといっても、コンクリートの材料の中ではセメントが一番高いものになります。セメントと水、あとは骨材という砂利や砂がコンクリートの材料なのですが、骨材は安いのでセメントを少なくして骨材をたくさん使いたい。だけど強度を高めようとするとセメントが多く必要になってきて、実際につくれるかどうかは、水が少なくセメントが相当に多い状態でもコンクリートを練り混ぜられるかどうかということになります。
それを練り混ぜられるようにしたのが、界面活性剤でした。つまり、セメントの粒子をすべて分散させる。タバコの煙ぐらい細かい粒子もちゃんと分散できるようになり、練り混ぜやすくすることができました。今では鉄と同じくらいの強度のコンクリートをつくれるのですが、それをどうやって建築物に使っていくかがこれからの時代重要になってきます。
昨今、建設分野では熟練した技術者が足りなくなってきており、これからの時代は自動化施工が重要になっていくと思います。従来の人による建設ではなく、ロボットやAIを使う方法へと変革が起きてきていて、建築材料もそれに合うようなものにしなければならないのです。
建築物を自動でつくれるようにするためには、今まで大工さんが作業していたようなことを機械がやれるようにしなければなりません。
近い将来、コンクリートを型枠に流し込んで固まるまでそのままにしておくというこれまでのやり方は、型枠を使わずに三次元プリンターでコンクリートを成形していく方法に変わるかもしれず、それに合うコンクリートを開発するという研究が必要になります。現時点では、これが最優先で行うべき研究と考えています。
鉄筋コンクリートの保存・修復のあり方を示していく
Q:今後の課題としてどんなことがありますか。
建設業の生産効率は1990年以降上がっていない状態です。他の製造業では上がっていて、1990年と比べて倍くらいの産業もありますが、建設業にはそれが起きていません。労働者に若い人がいなくなって高齢化が進んでいる状況の中で、1人が1年に働いていくらの収入が得られるかということでも、建設業は昔と変わっていないのです。
生産効率を改善しないと、若い人が入ってこなくなってしまうでしょう。それを改善するための方法としては、やはりITをいかに利用するかが重要で、無人化できるところは無人化することが必要です。
Q:研究室には、どんな学生がいますか。
大学院の博士課程・修士課程合わせて12~13名ほどいまして、半分以上が外国人です。
いくつかの研究テーマがある中で、複数の学生の興味の方向と私の目指している方向とが一致している場合には、その分野で研究チームをつくってもらいます。チームといっても本当に密に連携しているかというと、そこまでではなく、同じ分野の中で自分が受け持っているパートはこの部分です、という感じの連携です。
先ほどお話ししましたように、地産地消の研究をしましょうということで、ローカルな建築材料を使ったローカルな消費、なおかつ高性能な建築材料づくりというところに数名の学生が興味を持ってくれているようです。
海外の学生の中には、自分の国の住宅建設のために自分の国の建築材料を取り寄せて研究をしている学生もいます。中には難民のための住宅をつくりたいという学生もいますが、そのためには当然安くなければいけません。自分たちでもつくれる、Do It yourselfな建築材料の研究ですね。
また、SDGsの17のゴールの全部とはいかないまでも、2030年に向けてどういう建築材料の使い方をすればいいかという研究をしている学生もいます。あと、軍艦島の建築物のような文化財を修復して保存するための建築材料の研究をしている学生もいますね。
文化財は扱いが大変で、歴史を壊してはいけないわけです。非常に難しいですね。
ただ共通したことですが、建築材料を扱う場合には、ミクロな観点の知識は必要ですね。我々にとってはミクロであっても、本当の化学屋さんからするとミクロではないでかもしれませんが、科学的な素養はないといけません。一方、建築材料の社会的な面を研究している学生は、建築材料の社会的な意義や重要性をちゃんと認識した形で研究を進めていくことが求められているので、理学や工学だけではなく、社会的な素養も必要ですね。
Q:企業にはどんなことが必要でしょうか。
建築材料は、一般的には企業がつくっているものです。その評価を依頼されることが結構多く、よく企業の方が新しく開発した建築材料を持ってきたりしますね。企業の方はどちらかというと結果重視です。結果というのは、売れるかどうかということで、最後に建築材料はどうなっていくのかというところまで考えて開発していることは、それほど多くはないかもしれません。
つまり、何年もつかというのは企業の方にとっても重要ですが、その後にどうなるのかということまでは、それほど考えていないようです。先にも話しましたが、建設には非常に多くの資源が使われているので、当然、資源の枯渇を心配しなければいけない状況になりつつあるわけです。企業の方には、いかに資源を循環させるかも考えて開発をしてもらえたらいいなと思っています。
Q:今後の目標を教えてください。
今後、鉄筋コンクリート造の文化財が世界中でどんどん現れてくると思います。どのようにしたらそれらを将来に残していけるのか。
石造や木造の建築物は、文化財として保存していくためには何をどうすればいいのかということが経験的にわかってきていますが、鉄筋コンクリートについてはこれからという状況です。そのためのネットワークをつくって、知見を積み上げていき、鉄筋コンクリート造建築物の修復学みたいなものを構築する。それが目標ですね。
文化財を修復する場合に後から加える素材は、建設当時に使われていたものに近いものでなければなりません。見た目を変えず、劣化もさせず、将来もっといい素材が開発されたらそれと交換できなければなりません。
様々な制約を乗り越えるために工夫して、鉄筋コンクリート造建築物としての保存・修復のあり方を示していく。それを世界の仲間と一緒につくり上げていくのが今の目標です。(了)
野口 貴文
のぐち・たかふみ
東京大学大学院工学系研究科・教授。
1985年、東京大学工学部建築学科卒業。1987年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。1988年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程中退。
1988年、東京大学工学部・助手、1997年、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員を経て、1998年、東京大学大学院工学系研究科 助教授に就任。
2005年、西安建築科技大学・客員教授、2006年、中国科学技術大学・客員教授
2008年、東京大学大学院工学系研究科・准教授に就任。
2014年より現職。