ロボットを用いた高齢者の運動アシストが徐々に実現されつつあるなか、人間ーロボット間のより安全な相互作用の実現をめざし、受動的アクチュエータをロボットに用いた研究を進めているのが、東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の平田 泰久教授だ。今回は平田教授に、パッシブロボティクスと呼ばれる、あらたなエンジニアリング思想や可能性について話を伺った。
必要なぶんだけアシストする「パッシブロボティクス」
Q:まずは、研究の概要とニーズについて教えてください。
基本的には「パッシブロボティクス」もしくは「非駆動型ロボット(=駆動しないロボット)」などと呼ばれています。自ら動くことがないロボットというようなイメージで研究を行なってきました。
パッシブロボティクスはもともとアメリカの研究者が提案したもので、あくまでもロボットを人間の力で動かすことが大前提でした。そこでは、ロボット自身が動くことは最小限にとどめるということをコンセプトとされていたのです。
その時考えられていたのは、いかに安全なロボットを作るか。人とロボットが協調するとなると、安全性の確保はすごく難しい問題になってきます。
例えば、モーターがついたシステムで様々な機能が実現できるとしても、そのモーターを時にはうまく制御することができない。例えばセンサーが何かしらの誤作動を起こし,間違えたデータを読んできてしまうと、間違ったセンサーデータに基づいて動いてしまうわけです。すると人を助けているはずなのに、逆に人が引っ張られてしまうような暴走状態に陥ってしまいます。
それを解決するためには、自ら動かないロボットをつくって、人間が動かすことを大前提としたほうが安全なのではないかと考えました。
特に我々は歩行支援などの福祉ロボットの開発をしていたこともあり、安全性を最優先にしなければならないと考えていました。そこで、15年ぐらい前にアメリカの研究とは少し違うアプローチで、ロボットに一切モーターを付けず、ブレーキを使ってコントロールする方法に取り組んだのです。
仕組みとしては、車輪にブレーキを付けてそれを人間が押す。4つある車輪のうち前の2輪がキャスター、後ろの2輪が操舵しない固定輪なっていて、そこにブレーキを付けました。普通に動かすなら歩行器のように使うことができますが、片方の車輪にブレーキをかけるとまっすぐ押すだけで勝手に曲がっていきます。それをうまくコントロールしてあげると、例えば綺麗に経路に沿って動いたりすることができるようになります。
人間がちょっとどこかに行きたいなという時、例えば,診察室やトイレまで案内してくれるとか、そういう利用の仕方ができると考えました。さらにそれを外で使うとなると、坂道を引っ張り上げることはさすがにできませんが、下り坂で手を離しても完全にブレーキがかかるので、すごく安全に支えられながら坂を下りていくことができます。
そこで発見したのがモーターを使わなくても、意外と多くの支援ができるのだということです。これが我々が最初に提案した、パッシブロボティクスのコンセプトをベースにした、「非駆動型」ロボットです。
Q:現在の研究にいたるまでに、どういった経緯がありましたか。
もともとは、人とロボットの協調についての研究を行なっていました。例えば重たいものを運ぶのを助けようという時、従来はモーターを使ったロボットでパワーアシストをしていました。その関連から様々なところに応用が利くということで、福祉ロボットに取り組みはじめたわけです。
福祉ロボットについても最初はアシスト型のロボットを開発していていました。しかし、安全性の問題を考えた時にブレーキという発想に行き着いた背景があります。車輪がついていれば400キロぐらいの重さのものでも自分の手で比較的簡単に動かせるものです。1.5トンの車でも、ギヤをニュートラルにしてしまえば、押して動かすことができます。
ただし、押せたとしても、一回動いたものを止めるのは結構大変です。また、まっすぐ動かしている状態で方向を変えることも難しいです。でもそこで片輪にブレーキをかけてあげると、自然にスッと曲がれるわけです。
そうしていると、コレってあらゆるところで応用できるんじゃないかなというところからスタートしたのが、パッシブロボティクスの研究になります。
実際に取り組んでいるのが、足こぎの車椅子です。
足で漕ぐ車椅子を発明したのは、東北大学の医学部の先生です。もともとは屋内のリハビリテーションで使おうとしていたのですが、足が動かなくなるような障害を持った方や片麻痺の方たちが足こぎの車椅子に乗ったさい、自分の足は動かないと思っていたのにもかかわらず、両足が動くことがわかりました。
片足が動かないと思っていた人が、両足を動かして漕いでいる。対麻痺と呼ばれる、両足ともなかなか動かせない、自分で立って歩くことが難しいという人も、足こぎ車椅子に乗せると結構ペダルをこげてしまう。もともとは屋内の安全なところで使いましょうと言っていたのに、意外と外でも使えてしまう。
こうして自分の足で外に行けるとなると、みんなどんどん外に行きたいという話になっていきました。富士山に登ったり、普通に旅行に行ったりする方が出てきました。車椅子マラソンのような大会に挑戦して、マラソンコースをそれなりの速度で走りきるとか、そういうことに挑戦している人たちも出てきました。
基本は自分の足で動いて、自分で行動する。自分の足で動くけど、障害物にぶつかりそうだから停止するとか、スピード超過を抑制するとか、操舵をアシストするとか、ロボットがちょっと助けてあげる。これがもっとも良いバランスではないかと考えました。基本は自分の力で動いて、足りないところをちょっとロボットが助けてあげるわけです。これは、「ちょい足しロボティクス」みたいに呼ばれることもあります。
無理にパワーアシストをして、何でもかんでも補助する発想ではなく、必要なところだけアシストするというような発想にすると、パッシブロボティクスは非常に良いシステムになるといえます。
Q:実際の研究体制はどうなっていますか。
様々な研究がある中で、最初は車輪を制御する移動体の研究からスタートしましたが、その後さまざまなタイプの非駆動型ロボットをつくりました。
例えば装着型の歩行支援機のような、身体の股関節のところにつけるロボットをつくっています。膝で言うならニーブレースのような形のものを腰のところにつけるイメージです。
腰がすごく曲がってしまった高齢者はそのまま歩くのではなく、なるべく身体を立てるようにするのが重要だと言われています。身体を立てるためにうまくバネをつけてあげれば、強制的に立たせることができます。最初は、病院の先生が開発した矯正ギプスのようなものをつけていたのですが、歩こうとした時に足が上がらなくなってしまいました。
そこで我々はそのバネの部分を改良し、バネの力が加わったり解放されたりする、「ロック・アンロックの機構」を考えました。支えなければいけない時はカチッとロックしているけれど、歩行時に足を上げる時にはバネを解放する、すなわちアンロックするという仕組みです。
人間が歩くことを前提としている部分は変わらないけれども、それをバネでうまく調整するかたちです。非駆動型ロボットの受動要素をいろいろ組み合わせて、様々なアイデアに基づいて、新しいハードウェアをつくろうということですね。
もう一つは、「振動モーター」というものを使っています。人間の身体にいくつかの振動モーターを付けてあげて、それらの振動モーターを適切なタイミングと大きさで振動させると、人間にどの方向に進めばいいかを教えることができるデバイスを開発しています。
例えば、6個の振動モーターが手首に時計のようについていて、ぐるりと順番に振動していくと、あたかも振動が動いているかのように感じます。6個の振動モータしかついてないのですが、うまくコントロールしてあげると360度どの方向にも人は振動を感じることができるのです。いわゆる音の錯覚と同じで、映画で複数のスピーカを使うと自分の周りで音がぐるぐる回るみたいな感覚と一緒です。
このデバイスも振動はしますが、デバイス自体が大きな力を発生して、人を動かすわけではない非駆動型ロボットの一種であると考えています.結局人が動くのが大前提ですが、この振動デバイスを使って人に進むべき方向を教えて、ナビゲーションしてあげようとか、何か物を取らなきゃいけない時に、ものがある場所を教えてあげることができます。
最終的には、スポーツの支援ができないかと考えています。
ゴルフやテニスで、何も考えずに素振りを100回するよりも、1回素振りをした瞬間に「ちょっと肘高いよ」とか「もっと下に下げなきゃダメだよ」というように、毎回振動でフィードバックされながら素振りをします。すると、なるべく振動させないように素振りをしていくことで、結果的に上達につながるわけです。
もう一つは、例えばサッカーで11人全員に同時に指示を出すという技術も面白そうかなと。ある人がボールを持って、スルーパスを出す状況を考えます。そうすると、その人にはボールをどこに蹴れという指令を出すことができます。また別の人はここに走り込めという指令を出すことができる。また別の誰かはバックアップをしろと教えることもできると。
一人の人間のコーチだと、全員に一度に指示を出すことは絶対にできませんが、我々の振動デバイスを使えば、11人全員にパッと指令を出すことができるのです。人間のコーチには絶対できないような、ものすごいコーチングシステムをつくることができるかもしれないなと考えています。
実用化に向けコストの課題に取り組む
Q:今後の研究課題としてどんなものがありますか。
我々の技術は人間が動くことが大前提なので、比較的安くシステムを開発できたり、大きなシステムではなくわりとコンパクトにできたりと、実用化が結構やりやすいと思っています。実用化には特に、機能と価格のバランスが重要であると考えています。
企業との共同研究で歩行支援機をつくった際、試行錯誤して比較的安くつくれるようになったのですが、それでも高いという声があり、さらに安くという話が出てきています。
やはり多機能な福祉ロボットとしてつくっていこうとすると、安くするのは難しいことです。一つの方向性として、支援機能を絞って価格をいかに安くするかという話があるのかなと思います。
一方で安ければ誰でも買うのかとなると話はまた別で、高くても必要なら買ってくれる人はいるはずです。先ほどお話ししたように、動かなくなったはずの自分の足が動かせるようになったこととか、もしくはこれを使うことで足が動きにくい人もアクティブになるので、家族からは多少高くてもおじいちゃん・おばあちゃんにプレゼントしようという話が出てくるかもしれません。その辺の値段とニーズの関係を調べながらより良いものをつくっていくことが今後の課題になると思います。
福祉業界のニーズの話もよく耳にするのですが、例えば施設などでは、高齢者や障がいを持った人にどんどん外に出てもらいたい、認知症などにならないためにも、外でたくさんの刺激を受けてほしいという要望を聞きます。その一方で、家族からは、事故が起こってはいけないのであまり外に出さないでほしい、と言われてしまう。お互いの要望がせめぎ合ってしまうわけです。
そこでロボット技術を使うことで、比較的安心して外に出られたり、屋内でうまくトレーニングをする機器をつくったりする仕組みをつくっていきたいです。
Q:研究室には、どんな学生がいますか。
学生は実質3年生から、工学部のロボティクスコースから入ってくる学生と、マスターコースで違う大学から入ってくる学生がいます。また、海外からの留学生もたくさんいます。
研究テーマは、基本的には1人1テーマを選ぶ形です。例えばスポーツを教えるという大きな目標に対して、集団スポーツを支援するテーマ、ゴルフのスゥイングを教えるテーマ、歩行支援ロボットの研究であれば,ロボットの運動を制御するテーマや人の状態を推定するテーマなど様々あり、最初に学生さんと相談しながら研究テーマを決めていきます。
ロボット全般に言える話ですが、「システムインテグレーション」が重要で、様々なシステムやメソッド、技術が世の中に溢れている中で、それらをいかにうまく組み合わせて新しいものをつくるかというのが、ロボットとかエンジニアに関する分野では非常に重要になってきます。
新しいシステムをつくるという話になると、一つの技術を追い求めているだけだと何もできないままになってしまいます。様々な技術を勉強して知見を広めておくことが重要で、もし何かの技術を知っていると、その技術を別の技術に組み合わせようと思うかもしれませんが、その技術を全く知らないと発想すらそこにたどり着かないでしょう。多くの技術をいかにつなげられるか、幅広い知識を持つことができるかが求められると思います。発想力や統合力といったところでしょうか。
またニーズの面では、たくさんの人とコミュニケーションを取らなければならないので、コミュニケーション能力なども技術とは別のところで重要になってくると思いますね。
Q:企業との関わりはどの程度あるのでしょうか。
共同研究という形で、様々な企業と一緒にものづくりをしています。我々はたくさんの技術をつくっているので、それらを見ていただいて興味を持ったところで共同研究をやっていけたらいいなと思います。
ただ、最近日本の企業は研究開発がなかなかできなくなりつつあるというか、予算的に厳しいなどの問題を抱えているところもあります。ただ、ちょっと試してみたいなっていうところをうまく大学と一緒にやることによって、企業だけではなかなかできなかったところを我々とやれたらいいのではないかと思いますね。
国内外で最近ロボット系のベンチャーが数多く立ち上がっていて、どんどん広がりを見せています。我々が行なった歩行支援ロボットの共同研究をした企業は,最初は大企業だったのですが、その企業からある一部の部署が独立してベンチャー企業をつくり、そこから新しい歩行支援ロボットが生み出されました。大企業だけではなくて、ベンチャー企業も含めて、様々なコラボレーションができるといいのではないかと思っています。
Q:今後の目標を教えてください。
最近は健康寿命という言葉もよく出ていますが、本当の寿命とは10年くらいの差があると言われています。これは健康でない期間が10年あることを意味しています。その差をいかに短くするかということも重要ですが、例え完璧に健康じゃなくてもロボットが必要な障害部位を支援することで、人がちゃんと歩けるようになるとか、活動範囲が広がるとか、そういった部分をロボット技術を使って支援したいと思っています。
数年以内に、支援システムのアイデアを実用化に近いところまで持っていく取り組みができればと考えています。様々な人との連携ができるようになっているので、ニーズを聞きながらたくさんの人を助けるロボットをつくりたいです。本当にみなさんが求めているものをつくっていきたいなと思っています。(了)
平田 泰久
ひらた・やすひさ
東北大学大学院工学研究科 ロボティクス専攻 教授。
2000年、東北大学修士過程修了。同年、同大学助手となる。2002年から4年間、科学技術振興さきがけ研究21研究員も兼任。
2006年、東北大学助教授に就任。2016年より現職。