植物は、どのようにしてたった1つの細胞である受精卵から根や葉などを「かたち」づくるのか。この謎の解明に取り組んだのが、東北大学 大学院生命科学研究科 生態発生適応科学専攻 植田 美那子教授である。植田教授は、細胞を生きたまま顕微鏡で観察するライブイメージングという手法で、受精卵の内部のダイナミックな振る舞いが、葉や根のできる上下方向を決めることを解明した。今回は、これまでの研究概要や、今後の展開について伺った。
ライブイメージングにより、受精卵内部での変化が、根や葉の方向性を決めることを解明した
Q:まずは研究概要について教えてください。
1粒の種子から葉や茎などの複雑な「かたち」をつくりあげるには、1つひとつの細胞が適切に振る舞う必要があります。私たちの研究室では、その植物体を「かたち」づくる過程を解き明かす研究を行っています。たった1つの受精卵から、どうやって葉や根などの上下左右の方向性が決まっていくのか。これが生物を巡る、根源的な謎でした。
その方向性に影響を与えていたのが、植物に必ずある「液胞」と呼ばれる、細胞内の水分の貯蔵などを行う機能でした。レタスなどを食べて「みずみずしい」と感じるのは、「液胞」が外部から水を取り込んで、細胞の体積を大きくしているからです。それゆえ、「液胞」は「水袋」と呼ばれたりもしています。
綿花やハイビスカスなどを電子顕微鏡で見ると、受精卵の中の、核の下側に、なぜか、大きな液胞が存在しています。なぜ、下側に存在するのかーーそこで、我々はシロイヌナズナを使って、ライブイメージングで受精卵が分裂する過程を観察しました。すると、液胞が下に移ることで、核が上に行き、そこで2対8の非対称な分裂が起こり、植物の上下が決定されることが分かりました。
つまり、植物の「かたち」を決める際には、まず「液胞」が移動します。その過程では、「液胞」は移動しやすいように縄のような構造をつくり、下側に動いた後に、空いた上側に「核」がゆっくりと移ります。その「液胞」の振る舞いを見た時に「なんてダイナミックなの」と、感動すら覚えました。
この「液胞」が水先案内人として最初に動かないと、例えば、通常双葉になるような植物が三つ葉や一つ葉などの奇形したものになったりします。このことから、受精卵が分裂時に、小さな液胞しかない細胞と、大きな液胞がある細胞とを分けておかないと、後々発芽した時の「かたち」にまで影響を与えることになってしまいます。
ただ、植物は非常にたくましくて、核が少し違った場所に配置されても、元に戻ったり、受精卵が非対称な分裂に失敗しても、あとで直ったりする、高い修復力が備わっています。大事な遺伝子が1つ壊れても、予備として2〜3個持っているので、少しぐらいの変異ではびくともしません。「植物なんて動けないから単純なつくりなんでしょう?」と思われるかもしれませんが、実は、彼らは動けなくても生きていける力を持っているんです。この植物の研究を通じて、そこが痛感したところでもあります。
Q:次に、研究の社会的ニーズを教えてください。
例えば、「病気に強く」かつ「おいしい」作物をつくろうとすると、現実的には胚が死んでしまったり、受精卵が1回も分裂できなかったりして、その掛け合わせがうまくいかない時があります。その際、受精卵の中で何が起きているのかが分かれば、その要因を解決して、従来ではつくれなかった品種の組み合わせもできる可能性があります。
また、私たち研究室ではライブイメージング以外にも、遺伝子解析の研究も行っています。精子の遺伝子と卵子の遺伝子の2つが適合しないと分裂は始まりません。2つの遺伝子がどのように協力して、受精卵のなかで何をやってるのか、「モノと現象」の両方から謎を解明することができれば、どんな品種の掛け合わせでも可能になると考えています。
Q:研究のアプローチには、どういった独自性がありますか?
1つは、「発想」です。当時、さまざまな学会でライブイメージングを見てきましたが、花や葉の生長の様子を顕微鏡で観察する研究がほとんどで、種の中に隠れている受精卵を観察する研究は、私の知る限り皆無だったと思います。そしてもう1つは、それを実現した「特殊な設備」です。私たちの研究では、受精卵の深い所まで観察するため、高性能な顕微鏡が必要になります。顕微鏡メーカーの担当者と話をしても、こうした設備を購入される研究室はほとんどなく、たまにあっても医学部系の研究室くらいのようです。
次は、液胞や核が動く現象を、数学的ロジックで証明する
Q:この研究に取り組み始めた経緯を教えてください。
もともとは、シロイヌナズナの根の変異体に着目して、遺伝子の特定や解析を行っていました。しかし、シロイヌナズナの小さな数センチの根っこですら、数千から数万の細胞から構成されていて、その原因を突き止めるには複雑すぎて、研究に苦戦していました。「もっとシンプルにならないものか」と悩んでいた時に、目に留まったのが「受精卵」です。受精卵なら1つで、他の細胞などの影響も受けないと考えました。
そして、受精卵から植物体の「かたち」づくりにつながる過程の研究を始めました。当初は、細胞分裂の結果を静止画で観察するだけだったので、複雑なかたちをしていても、いつ、どこで、何が起きたのか、その変化の過程がわかりませんでした。途中経過をリアルタイムで追っていきたいと思い、そこからライブイメージングに取り組み始めたのです。
そこで、まずどういう顕微鏡なら受精卵を観察できるのか、それを知るために、当時ドイツの大学で胚発生の研究をしていましたが、日本に帰国して、多様な顕微鏡を取り揃え、さまざまなライブイメージングの研究に取り組んでいる名古屋大学の東山 哲也先生の研究室にポスドク研究員として入りました。ここで、さまざまな顕微鏡を試してみて、「これならいける」という確証を得てから、受精卵のライブイメージングに取り組みました。
Q:現在、新たに取り組んでいる研究があれば教えてください。
おもに2つの研究を行っています。
1つは、シロイヌナズナ以外の植物でも、同じような現象が起こるのかを証明しようと、シロイヌナズナとは全く異なる植物として、苔を対象に研究しています。この苔で、これまでと同じような結果が得られれば、植物全体に共通する現象だといえるのではないかと考えています。
もう1つは、細胞のなかでおこる変化を現象としてだけではなく、数学的に証明しようと考えています。そこで数学系の先生たちと共同で、液胞や核の動いた速度や引っ張られた力などをシミュレーションで算出することに取り組んでいます。この構造的なロジックが証明できれば、将来的には、他の植物の細胞分裂の解明にも応用できると考えています。
Q:今後の課題としてはどんなことがあるのでしょうか?
今まさに取り組んでいるシロイヌナズナ以外の植物でも、同じように深部まで観察できるのかどうかが課題ですね。今後応用研究に入っていくと、複雑な植物にも取り組まなければならなくなってきます。深い部分をライブイメージングで、生きたまま見ようとすると、これまで以上に切ったり光を当て続けたりするため、植物に相当なダメージやストレスを与えて、死んでしまうケースも少なくありません。
それでも、すべてが不可能というわけではないと思っています。それこそ、今研究している苔は非常に大きく扱いづらいのですが、小さく切って培養しています。生きたまま観察するので水中に置き、水で動かないように医療具のような装置で固定してライブイメージングしています。
そのほかの植物も、例えば、ミニトマトをさらに小さくしたマイクロ・トムのようにサイズをコンパクトにして、栽培期間も短縮した研究用の種があるので、やり方によってはチャレンジできると思います。
Q:この分野を目指す学生に必要なのは何でしょうか?
研究に限らずだと思いますが、まずは楽しんで取り組むことです。他の先生方を見ていると、「夕焼けは、なぜ赤いのか」「虹は本当は何色なんだろうか」といった素朴な疑問を常日頃から考えている人たちが多いです。私自身も生物は暗記科目で、かたちの成り立ちも偶然によってできているのかもと思っていましたが、細胞が2等分、4等分と分裂していくロジックに興味を抱き、今では細胞分裂が左右(XY軸)と上下(Z軸)のどちらになるのかといったシンプルな疑問を解決するために、研究に取り組んでいます。
研究とは、分からないことに取り組むチャレンジですが、とはいえ、まったく分からないままでは、あまり楽しくないかと思います。少しずつでもいいので、その謎を解き明かすことができれば、面白さの度合いも高まり、また次の疑問が湧いてくるでしょう。例えば、先ほどの「夕焼けは、なぜ赤いのだろうか」という疑問が湧いた時に、実は青い光が大気中で散乱して、赤い光だけが残るからという理由が分かれば、知的好奇心が満たされ、「では、生き物は光の赤さで朝夕を識別できるのか?」など、疑問が次々と広がっていくと思います。まずは自分の気になるテーマを考えてみて、研究を通じて少しずつそこで抱く疑問を解決していくことで、面白さを体感できるはずです。
Q:研究において、企業との関わりはありますか?
現在は、知り合いのネットワークですが、育種関連や農業関連の企業との共同研究もあります。大学と企業お互いが持っている知見やノウハウが違うはずなので、今後においては、それらを共有していければと思っています。
例えば、昔の教科書を読むと、多くの種は上下に細胞分裂していますが、左右に分裂する種もあると、掲載されています。これは、育種会社の人たちにとっては当たり前のことかもしれませんが、そのあたりの知見は、代表的なモデル生物を使っている大学の研究者にはさほどありません。一方、ライブイメージングによる植物体を「カタチ」づくる知見は、企業にはあまりないと思います。共同研究までいかなくても、大学と企業それぞれが足りない部分を勉強会などを通じて補い合うことで、将来的には、新たな品種づくりなどに活用できるのではないかと考えています。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
精子と卵子が出会い、 物理的な力学がどのように働いて、その結果、液胞が下、核が上に動き、分裂するのか。ドミノ倒しのように、この植物体の「かたち」づくる現象がロジックで全てつながり、最後に1枚の絵が浮かび上がってきた時(全体像が見えた時)に、初めて解明できたといえると思います。それを実現するのが、今の目標ですね。(了)
植田 美那子
(うえだ・みなこ)
東北大学 大学院生命科学研究科 生態発生適応科学専攻 教授
2000年3月 京都大学 理学部卒業。2005年3月京都大学 大学院博士課程修了。日本学術振興会海外特別研究員、ドイツ フライブルグ大学博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学助教を経て、2013年4月 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任講師(名古屋大学大学院と兼任)に就任。2020年10月より現職。