電力システムは社会を支えるインフラとして、地球温暖化、エネルギーセキュリティ、電源ベストミックスといった課題に直面している。その課題を解決すべく、「電力システム工学」という分野から再生可能エネルギーの大量導入やIoT・AIと融合したスマートグリッド・超スマート社会の構築を実現するための研究を行なっているのが、東京理科大学工学部 電気工学科 の山口 順之准教授。今回は山口准教授に、現在の電力システムの課題と解決方法、将来展望について話を伺った。
全体パフォーマンスを追求する電力システム工学
Q:まずは研究の社会的なニーズについて教えてください。
スマートグリッドは、世界中で行なわれている発電・送電・配電工学の発展形のひとつです。社会的なニーズや今後のことを踏まえると、発電・送電・配電工学が活躍する場である電気事業とはどういったものかを考える必要があると思います。
日本の最近の電力事業には、大きな2つのテーマがあります。
一つ目は、再生可能エネルギーが大量に入ってくるような世界です。経産省でも、電気料金と一緒に電気の使用量に応じた賦課金を徴収して、そのお金で太陽光発電などの再生可能エネルギー発電をしている人たちにお金を払う「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)」という取り組みがされています。
再生可能エネルギーは、太陽光発電であれば日の光によって発電の量が決まるので、人間が制御できるものではありません。風力発電なども同じことが言えるでしょう。しかし、電気は効率よく大量に貯めることができないため、自然任せの発電タイミングと電気を使いたいタイミングを一致させる必要があります。そこをどのように調整していくかがひとつのポイントです。
そしてもう一つは「電力システム改革」という、電力の自由化、規制産業の自由化についての問題です。
これは少し前の話になりますが、日本は1995年から発電事業の参入の自由化が始まりました。また2000年には、電力小売事業の自由化が始まりまして、それは部分自由化といって、大きい需要家さんだけが自由に売り手を選べるという制度でした。そして2016年からは全面自由化となり、全ての人が売り手を選べるようになりました。これが最近の2つの大きな問題になります。
自由化がなぜ問題なのかというと、電気は裕福な人も貧しい人も平等に必要なものであるという生活必需材であることと、電力供給サービスを選択的に提供することができない公共財であることです。生活必需材を自由な競争が行える市場に任せて、需要家に不利益が生じないのか、社会が混乱しないのかよく検討する必要があります。また、世の中には公共のサービスがいくつもありますが「お金を多く払ったからその人にだけ停電が生じないようにする」「払わないから停電が頻繁に生じる」というサービスの区別が、簡単ではないのです。こうした側面から、合理的な経済的な競争ができるのかという部分が難しいところです。
一方で、自分は再生可能エネルギーがたくさん入っている電気を使いたいなとか、そういったことは理論上何かの決めごとをすればできると思います。自由化の市場競争のルール、商品の差別化が難しいのでどうやって競争させればいいのか、またそういった競争環境をつくることで、本当に効率的になるのかという面を考えていかねばなりません。
Q:電力システム工学とはどういった学問なのでしょうか。
電力システム工学とは、システム全体で組み合わせたときにどのようなパフォーマンスが出るか、例えば停電が減るとか、社会全体としてコストが最適化されるか、CO2の排出量が少なくて済むかというところを研究する、電力に関するシステム工学です。発電システムや送電技術そのもの、また個々の最適化をするということを指すのではありません。
「日本中には1000台くらいの火力発電所があります。火力発電所をどの時間にどれだけ運転させると燃料費が最小になりますか」という問題があったとします。
火力発電所は、好きなように動かしたり止めたりすることができません。一回火力発電所の火を焚いて、蒸気を作って発電させたら、3時間から6時間は出力させ続けなければ止めることができませんし、一度止めたら数時間は動かすことができません。巨大設備ですので、車のように急に動かしたり急に止めたりすると熱のショックで設備がすぐに傷んでしまうのです。その他にも、発電機には様々な運転の制約があります。それをうまく組み合わせて、日本全体で燃料を最小にするためにはどうすればいいかが課題になってきます。
さらに難しいのは、再生可能エネルギー発電と電力需給の一致です。例えば天気予報で、明日は晴れですと言っていたとします。すると電力会社の人は太陽光発電があるから、うちの火力発電所の出力を下げておかなければいけないなと考えます。しかしそれには続きがあって、昼は出力を下げておかなければいけませんが、夕方日が沈んだ後に誰かが電気を作らなければいけないよねとなる。つまり、火力発電所を急に立ち上げなければいけないということになってきます。
かつては太陽光発電がなかったので、朝立ち上げて、昼動かして、夜また減らすというなだらかな運転をしていました。しかし太陽光発電ができてからは、昼間は火力発電の出力をぐっと落として、その後夕方になったら出力をぐっと上げなければならない。1日の中で、出力に2つの山ができてしまうわけです。2つの山を作るだけでも大変ですし、例えば1時間のうちに手元にある発電機10台のうち6台ほどを起動させなければいけなくなってきます。6台を急に起動させるのは、無理な話です。あらかじめ6台をアイドリング運転させておくとしても、太陽光発電のために火力発電所をアイドリング運転させておかなければならないなんて、本当に地球に優しいのだろうかという疑問が出てきます。
そこで「新しい発電所を作ったときに、普段の効率はさほど良くなくても、出力変化に即時に対応できる発電所があったとしたら、世の中に与える影響はどれほどのものなのか」。これを考えてみるわけです。
続いては、送電線の活用。送電線を使えば、東京エリアがすごくよく晴れていて、エリアの電気が余ってしまいそうな時には、他の曇っているエリアに電気を送ることができます。そうすると、発電所を立てればいいのか送電線を作ればいいのか、どっちがいいのかという選択問題になってきます。送電線は、災害が起きた時などに他のエリアから電気を送ることができますが、逆に他のエリアで災害が起きると、自分のところは何もないのに、他のエリアからもらっていた電気がもらえなくなってしまうという可能性が出てきます。
つまり、日本全体で広域的に電力システムを運用できれば、それだけ柔軟に効率良く電力を供給することができるかもしれませんが、逆に遠くの発電機が倒れたら自分のところまで停電してしまうということが起こりえます。それならば発電機を自分のところに置いたほうが良いのではないかということになりますが、発電機を立てるには大変なお金もかかります。
1年間は8760時間ありますが、例えば1時間おきの電力の消費パターンを考えても、8760時間で発電機500台分を動かして、どこの送電線にどれだけ電気が流れているか、しっかりと電圧を満たしているかなど、計算してみないとわからないことがたくさんあります。
ここから言えることは、電気事業においては、あらゆる事象を組み合わせなければわからないことが多いということです。
本当に原子力発電はなくても問題ないのか。日本に石炭火力を新しく作ろうという計画があったとき、地球の環境に厳しいからやめたほうがいいのか、はたまた実はまだやめられないのかはそう簡単にわかることではないのです。
従来、電気事業においては「ベストミックス」といって、それぞれがある程度の分量を持っておくことが、おそらくベストだろうと言われてきました。しかし,それではどのくらいがいいのかとか、今後人口が減っていく中で新しい発電機を立てるべきなのかなど、様々な視点から考えるべき難しい問題なのです。
Q:研究室の体制はどうなっていますか。
研究室全体で、大きく3つのテーマを持っています。
一つ目は、発電の全国での最適化問題。全国の送電線を考慮して発電所を全国レベルで運用する広域運用の研究をしています。言うのは簡単ですが、いざ答えを出そうとすれば、計算機を使うテクニックが必要だったり、与えた条件がそもそも解けるものなのかという吟味が必要な難しい大規模数理最適化問題です。
火力発電や風力発電もそうですが、それに加えて揚水発電という少しだけ電気を貯められる方法の最適運用も含まれています。かつては夜間に電気を使う人が少なく昼に電気を使う人が多かったため、夜の電気で水をくみ上げて昼間に水を落として発電すれば、昼間に火力発電所を動かさずに済むので得になるわけです。
しかし、太陽光発電が入ってくると、ただでさえ電気が余っている昼に水を落とすのはもったいないので、むしろ昼間に水をくみ上げて夕方に水を落としたほうがいい。
また、天気予報の当たり外れや、1週間で見ると土日は電気をあまり使わないのに平日は使うので、土日に水をくみ上げて平日にゆっくり落としていくとか、そういった方法の研究をしています。
将来、電気自動車の電池を電力システムの制御に使えることができるかもしれません。一日のうち車が停まっている間は、電力の価格に応じて電気を売ったり買ったりして、走りたい時は走るというようにすれば、電気自動車を持ってる人もちょっと儲かるかもしれないし、夜は家に止めて、昼間出勤で使った後は会社に止めて電気を売ったり買ったりして、儲けることができるかもしれません。これが日本全体として太陽光発電がもっと増えても大丈夫になるかもしれないといったような社会的なメリットがあれば、そういう駐車場の電気自動車をうまく使うということも、政策としてみんなでやりませんかと言えるようになるのかなと思います。
二つ目は、「個別分散電力システム」という、分散型の電力システムの電力取引についての研究です。
先ほど、電気自動車が電気の価格に応じて充電したり放電したらよいという話をしていました。しかし、実際世の中にそんな価格はどこにも出ていないですよね。
現在も一応「卸電力取引所」というものがあって、大きな発電所や電力会社の電気のやりとりをしているのですが、個別の家のやりとりはしていません。
しかし今後、一日のなかで電気の価格が安い時に消費電力の大きい家電を動かすなど家庭でもいろんなことができるはずです。当研究室では、ブロックチェーンとスマートコントラクトを活用した、家庭レベルの個別の電力取引の研究もしています。
そして三つ目が、電力市場を作るための研究です。海外ではマーケットデザインの分野にあたります。
現在、日本では電力システム改革ということで、さまざまな市場を作ろうとしています。現在の電力市場は、エネルギー kWh あたりの取引ですが、kWhだけだと電気を十分に送ったりすることはできないわけです。なぜならば、電力を供給するためには、時々刻々と変化する電力需給を一致させる調整力が必要だからです。海外では,この能力をフレキシビリティ(柔軟性)と呼んでいますが、いずれにせよ日本でも海外でも、こうした調整力もしくは柔軟性に、どのように価値を付けて取引をすればよいのか、市場設計の検討が進められています。
また、電力の「容量市場」についても議論がなされています。容量市場では、発電機の設備の容量を始めから取引しておくという方式がとられています。容量市場によって、設備容量を持っている人が、「あなたは来年までの1年間、この設備量を買ってくれますか」というように、設備投資に対する市場を作ることで、発電所への投資ができ、電気を買うほうも安定した価格で買えるとされています。
電力市場をつくる研究をするにあたっては、日本全国での最適化問題を解けることが重要になってきます。市場そのものの研究や経済学者の専門分野でしょうが、こういう市場になるからこういうルールを与えて、こういう最適化をすると、こういう取引結果になりますというのは、工学的な計算をしないと分かりません。そのため、電力システムの自由化や市場をつくる議論においては、エンジニアやミクロ経済学者などを含めた融合研究が求められるでしょう。
真の自由化にむけ、既存の常識を問い直す
Q:今後の研究においては、どんな課題がありますか。
スマートグリッドのように、その情報通信技術をどうやって活用していくかということは大きなポイントかなと思います。
これまでは安い電気を送るということで、不要な計測器はあまりつけずに、必要な情報だけを集めて運用制御して送ってきました。しかし現在、センシング技術が発達し、情報が取れるようになったことで、これまで知りえなかった情報がどんどん入ってきました。本当に電気を使う人にとって魅力のあるサービスとして提供できるよう、使えるようになるかというところが一つのテーマになると思います。
さて、「電気を安い時に買って高い時に売る」ということが各家庭でもできるようになったらどうなるかというと、電気の価格が1日の中で変動する可能性が出てきます。
現在は夜間料金と昼間料金の2段階ですが、例えば今日は太陽光発電が発電するから昼間でも電気が安いとか、今日は曇っていて太陽光発電ができないから、火力発電で補う分電気料金が高めになるとか、そういったことができるようになるのかという技術的な課題と、それを私たち消費者が受け止められるかという難しさが出てくるわけです。
電気そのものは電圧が決まっていて、周波数も決まっています。停電が起きるリスクも他の人と同じなのであれば、区別するところが料金しかないわけです。安売り競争にも限界があるので、そういう変化のある料金はどうですかということになってしまうのです。変化をつけなければ効率的な設備投資ができなくなって、システムとしては今までどおりの高い電気代で、イマイチ効率のよくない電力システムで、将来を迎えなくてはいけないわけです。
また、公益性の問題も考えなくてはなりません。例えば、電気が足りないとき、病院に電気を送れますかということになります。病院の場合は患者さんがいますから停電させるわけにはいきません。それでは停電させないために、たくさん電気代を払わせてもいいのかという話になってきます。病院の他にも役所や警察などもそうですね。公益性の高い施設に電気料金の変動を適用することができるのかというと、現実的には難しいと言えるでしょう。
Q:研究室にはどんな学生がいますか。
研究室には修士の学生も合わせて23名の学生がいます。4年生が10人前後で、あとは各学年6~7人ほどです。私の所属する電気工学科には、広くエネルギー制御、エレクトロニクス、情報通信などの分野の研究室がありますので、学生もそのどれかに興味を持ってくる人が多いです。うちの研究室は再生可能エネルギーや、停電を起こさないなど、エネルギー問題に興味のある学生が多いですね。
学生には新しいことをきちんと勉強することに加えて、過去を知ろうとすることを大切にしてほしいですね。どんな経緯でここまでやってきたのかというように、過去の資料を読み、過去から学ぶことが大切です。
電力システムは100年前から、少しずつ変わってきています。これが気に食わないからといって、全部やめて新しく作り直すということが難しいものです。ここは他の商品と大きく違う部分だと思います。
例えばスマホだったら、「動きが遅いから買い換えよう」ということもできますが、電力システムの場合、動きが遅いから買い換えようとなったら、いくらお金がかかるかわかりません。そうなると、現状のものがどうしてそうなっているのかを先人から学ぶ必要があると思います。温故知新、古きを学んで新しきを知るようなスタンスが重要です。
コンピューターもあまりない中で、限られた情報で大胆な仮説を立てて作られたシステムでちゃんと動いているものがあるわけです。過去から謙虚に学んだ上で、新しい技術を組み合わせていくような考え方が重要かなと思います。
Q:この分野への参入を考えている企業には、どんなことが必要ですか。
電気料金はこれまで、勝手に送られてきて税金のように払うものだというような、比較的工夫のしどころのない商品だと思われていました。しかし、電力自由化で電気を売るビジネスが誰でもできるようになりましたし、電気を使う側も選べるようになってきています。そういった意味で、これからの工夫をすることで電気のビジネスに参入することも面白いでしょう。
電気を使う側としても、新しい技術ができて面白くなってくると思います。工夫ができる分野なんだということを、知ってほしいなと思いますね。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
電力システムとそうでない何かの情報を融合させて、超スマート社会を作れないかと考えています。例えば、分散型の電力取引ができるようになり、再生可能エネルギーの重要性も高まってきています。電気を使う人や作る人が、一日先の計画を立てる時にどうしても天気予報との連携をしなくてはなりません。精度の高い天気予報のデータを自分たちの電気の使い方や作り方に活かせるようにするには、そういう異分野のシステム連携が必要になってくるわけです。
電気と気象、電気とビルディング、オフィス、交通や人の動き。電力以外の様々な情報と電力をうまく組み合わせていくことで、社会全体として最適なことにつながればと思っています。(了)
山口 順之
やまぐち・のぶゆき
東京理科大学工学部 電気工学科 准教授。
1997年 北海道大学 工学部 電気工学科電気エネルギーシステム工学講座 卒業。2002年 北海道大学大学院 工学研究科 システム情報工学専攻 博士課程 修了。
博士(工学) 。
2002年から財団法人電力中央研究所 社会経済研究所 研究員となったのち、2003年より11年間、一般財団法人電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員を務める。2008年より1年間、米国ローレンス・バークレー国立研究所 デマンドレスポンス研究センター 客員研究員も兼任。
2015年 東京理科大学 工学部電気工学科 講師。
2019年より現職。