がんのなかでも早期発見が難しく、治療も難しい膵がんの治療には、あらたな技術が求められている。こうしたなか、タンパクからつくったナノデバイスを活用し、膵がんに特化したカプセルをつくることで、ドラッグデリバリーシステムの新たな活路を拓いているのが、九州大学先端医療イノベーションセンターの村田 正治特任教授だ。工学部出身の経歴から「医工連携」の必要性を重視し、最近ではデバイス開発にもめざましい成果を挙げている村田特任教授に、研究の独自性を伺った。
膵がんに特化したカプセルをつくる
Q:まずは研究の概要について教えてください。
我々は研究があまり進んでいない「膵(すい)がん」をターゲットの一つにしています。膵がんは5年生存率が極めて低い疾患として知られていて、手術ができれば幸運というようなものですが、早期発見ができれば生き残れる確率は大幅に上がってきます。
残念ながら、今の画像診断技術では、発見できたときはすでに手術ができない場合がほとんどです。しかし5ミリから1センチ以下の大きさで発見できれば、5年生存率は率は80パーセントというデータもあります。ただ残念ながらこのサイズの膵がんにはほとんど自覚症状がありません。
さて、これらの非常に小さい初期のがんを見つけるためには、それを積極的に発見するための造影剤が必要になってきます。そのために、膵がんに特化したカプセルをつくる研究を始めました。
我々が研究しているナノDDSの材料はタンパク質でできているカプセルで、直径がだいたい10ナノメートルほどでウイルスとほぼ同じ非常に小さなものです。
ナノカプセルがあまり大きいと身体の中で異物として認識され、免疫系から攻撃されてしまうのですが、10ナノメートル だと見つかりにくいという特徴があります。
一方、小さければ小さいほどいいというわけでもなく、あまりにも小さいと今度は腎臓から尿として排出されてしまいます。つまり、免疫から回避され、腎糸球体で濾し取られない、ちょうど中間くらいの大きさであることが重要になってきます。
10ナノメートルは、そこにフィットしたサイズ感というわけです。
我々がタンパク質のナノカプセルに注目したのは、もう10年以上も前ですが、当時はまだ誰も手をつけていませんでした。このカプセルを使いたかったのは、構造が非常に安定していたためです。
例えば、通常のタンパク質は熱をかけると壊れてしまいますが、このカプセルは100度の加熱にも耐えることができます。さらに、血中に打っても免疫系につかまりません。
そもそもタンパク質は、アミノ酸からつくられるものです。つまり遺伝子を書き換えると、構造を簡単に制御することができ、扱いやすいのです。通常は合成をすると様々な分布のものが出てきてしまいますが、タンパク質ならそれしかできません。つまり、分子量分布がまったくない、一つのものだけができてくるわけです。分子量分布がないのは、材料の中では非常に珍しく、それによってピュアな性能を引き出すことができるのです。それが、この研究をスタートさせたきっかけにもなっています。
これを発案したのは、私が工学部の時で、医学部に移ってからは10年ちょっとになります。工学部の材料化学の研究者達には、自分のつくった材料を社会的に役立てたいという思いがあります。「これは何に使えるだろう?」、と常に考えながら研究をしているのです。その中で、医療は最高の分野だと考えています。
私自身も最初、手元の材料が何に使えるかというところから研究を始めました。臨床の先生などとお話をしていく中でターゲットにしたのが、膵がんだったのです。
当時も現在も膵がんを完治できる治療法はありませんし、抗がん剤に関しても10数年は新しいものが出てきていない状態です。そこから、まずは診断の高感度化に取り組みたいというニーズがあったので、その実現を考えてきました。
そのために、まず分子標的をつけることから始めました。カプセルは安定しているものの、残念ながらこれを投与しても身体の中をぐるぐる回るだけで膵がんにたどり着くわけではありません。
膵がんに直接たどりつかせるためには、膵がんを見つけ出すしくみ、つまりアンテナが必要になってきます。様々な分子を試した中で、「ニューロピリン1」という血管新生に関わるタンパク質がありまして、これをターゲットとしたアンテナ分子をつくりました。
先ほどもお話ししましたが、タンパク質ですからアンテナをつけることは簡単です。そこで複合化を行なって実際に打ってみたところ、確かに投与した薬が膵がんに集まることがわかりました。
では、これを造影剤にするにはどうするかということで、MRI用の機能化造影剤を作り始めました。MRIは日本に数千台ある、画像診断の汎用機です。しかし、残念ながらMRIで早期の膵がんを発見することは極めて困難です。MRIで見るためには、膵がんだけに集積する機能化造影剤が必要なのです。そしてもうひとつ、MRIの難点として、感度が低いことが挙げられます。ここに関しても、もう一段ブラッシュアップしていく必要があると考え、MRIの造影剤としての高感度化に取り組みました。
その結果、カプセルの中にMRIの造影剤を閉じ込めると、感度が一気に10倍以上になるということを発見しました。これは、カプセルに閉じ込めることによって造影剤分子(ガドリニウム錯体)の動きが抑制され、それによってMRIの感度が上がる仕組みです。
この現象はカプセルの中に封じ込めることによって、初めて発現される機能で、非常にナノカプセルとフィットした仕組みです。これによって高感度化をすることに成功しました。つまりこの安定した分子をつけて、ターゲティングをしてあげて、中に封じ込めることによって高感度化する。二つを組み合わせることによって、届くし、見えるということを実現しました。
これはちょうど去年論文で発表したマウスの実験ですが、ターゲットである直径5ミリの膵がんを実際にMRIで描写することに成功したというわけです。今後も、非常に長いスパンで研究を続けなければならない分野ですね。
Q:この研究室の特色の一つでもある、内視鏡(ハイパースペクトルカメラ)とは何でしょうか。
病巣の可視化、イメージングは我々のキーワードにもなっています。カプセルをつくっても、実際に人に投与するとなるとやはりもう数段上の安全性試験が必要です。もっと簡単にがんのイメージングができないか、ということで新たにスタートしたのが、新しいイメージングデバイスの開発です。これは我々も単独でやっていたわけではなく、5年前にある内視鏡メーカーと始めました。
内視鏡は日本の強みでもありますが、最新の内視鏡は、4Kや8Kなど高精細化が進んでいます。高精細によって今まで見られなかったところも見えてくるため、非常にいいことでもあります。ただ、いくら高精細とはいえど、基本的には「形」を見ているわけですから、あまり変わりないともいえます。
そこで我々は、形ではなく機能を見ることはできないかと考え、この研究をスタートしました。
例えばがんになったらどうなるか。よく知られているのは「低酸素」状態になることです。がんは増殖して大きくなっていくと、最初の段階では酸素を必要としますが、ある程度大きくなってくると酸素不足になってきます。代謝のレベル形も、正常な部位とは違い酸素を必要としなくなるのですが、結果としてがんの部分は低酸素化することがわかっています。
そこで、形ではなく低酸素という指標を可視化できないかと考え、このカメラの開発がスタートしました。
もうひとつ重要な要件は、非接触・非侵襲であること。身体に侵襲のない形で見えるようにすることです。我々は長い間薬を使っていますが、身体に打つということ自体ハードルが高いことでもあります。ところが、非接触であれば様々な場面で使えますし、すぐに社会に役立てることができます。そういった部分をキーワードにして、ハイパースペクトルカメラの開発をしています。
「ハイパースペクトル」とは何かというと、その基本は光を波長ごとに分けていく「分光」という技術が基本になっています。我々はその中から酸素を運んでいる分子ヘモグロビン特有の光を選択して検出します。これはヘモグロビンが、酸素とくっついている状態と、酸素を離しているときで光の吸収波長、すなわちスペクトルが違っているからできるのです。このスペクトルを見分けることによって、酸素の状態を可視化できるのがこの「ハイパースペクトルカメラ」です。これによって低酸素状態をイメージングできるというわけです。
工学部にいてはなかなか臨床の手術室に入ったりすることはできませんが、我々は医学部ですので手術室にも入れますし、実際の診断にも携わることができます。
医師の補助という形にはなりますが、実際につくったものを患者さんに役立ててもらうことも可能です。このあたりは我々の強みと言えるでしょう。もちろん倫理委員会で安全性を確認した上での話で、今回も安全性は担保した上で患者さんにも同意をいただいて行なっています。
では実際にどうなるのかというと、カメラですから今回は消化管がターゲットになっています。例えば胃や大腸など、消化管であれば基本はどこでも見ることができます。
大腸がんの症例で、実際にがんが低酸素化しているところの可視化に成功しました。これは、昨年度ですが実際にPMDAの承認をいただいて、もう間もなく診断機器として発売されることが決まりました。身体の中に何かを入れるとなると、ものすごく時間がかかりますが、デバイスならすぐに役立てることができます。
工学と医学をさらにフィットさせていく
Q:今後の課題としてどんなものがあるでしょうか。
まず我々は工学部ですから、「実学」がベースとしてあると感じています。つまり理論よりも実際に役に立つ技術開発を目標としています。一方で医学も究極の実学です。患者さんに役に立たねばなりませんし、役に立つ基準も患者さん一人一人によってよって違いますから理論だけではないところが多くあるわけです。その意味で、工学と医学は全く異なる分野ではありますが、考え方そのものはすごくフィットすると思っています。
ただし、それは目標が一致していることが重要です。目標を一致させ、常にコミュニカーションをとりながらやっていくことが、医工連携の肝だと考えています。従来の医工連携の失敗は、そういったことがうまくいかなかったがために起きたと考えています。大学では学部が違うとそういった連携が難しいのが現実です。
私は医学部に飛び込んだ人間ですので、臨床と連携していくことはある意味使命とも言えると考えています。それが患者さんの役に立ったり、実際に臨床の現場で使われているのを見ると、我々エンジニアとしても非常にやりがいを感じます。
また、我々のスタッフもそういった臨床現場に関わることで、工学部にいるだけではわからないようなニーズや患者さんの思いについて知る機会にもなるでしょう。
もちろん、ただ単に医学と工学がくっつけばいいというわけでもありません。例えば、医学だけを見ても様々な科の先生たちとやっていて、それぞれで違った目標を持っています。これは工学部でも同じことで、その中で誰と誰が組めばいいかということはプロジェクトによってまったく違ってきます。
目標をきちんと達成するためには、様々な技術を持つ人たちがいる中で、必要な情報と新たな技術をキャッチアップしていかなければなりません。我々の研究スタッフの出身分野も薬学、理学、農学、獣医学と多様性を増しており、医工学というくくりでは収まりきれなくなってきています。また工学であっても機械や情報分野の研究員も加わり、デバイスそのものを設計・試作することもできるようになりました。我々はそれぞれの専門分野を生かしながら、臨床ニーズに対してどのような技術開発で応えるかを、常に考えながら試行錯誤しています。
日々進化していく医療のニーズに対して技術をどのように役立てていくか、常にアンテナを張っていなければなりません。「医工連携」というよりも「異分野融合」のほうが的確な表現かもしれませんね。
分野を意識せず、目標を達成するためには必要な技術を積極的に取り入れていくことで、あらゆる視点から物事を見ることができ、それに伴って新たな課題も見えてくるようになります。
ただ、これはあくまでも大学内での話であって、実際にどう産業化するかとなると、企業をどうやって巻き込んでいくかが重要になってくると思います。我々も過去10年ほど様々な企業と共同研究を重ね、製品ができたものもありますが、やはり市場がどのくらい大きいか、あるいはどのくらいの時間で市場に投入できるかといった部分が重要になってきます。
もちろん論文も我々にとっては重要なアウトプットですが、それだけではなくて実際に役に立つデバイスを社会に届けることも意識しています。企業といかにして組んでいくかも大事ですし、企業に大学に来てもらって臨床の現場を見ていただき、時には手術室に入ってもらうこともあります。
先ほど、ハイパースペクトルカメラを消化管で使っているとお話ししましたが、このカメラは内視鏡をとればただのハイパースペクトルカメラになります。このカメラは組織の酸素濃度を非接触で見ることができるので、様々な使い方ができます。
例えば、このカメラを利用し、脳外科の「モヤモヤ病」の手術に立ち会っています。モヤモヤ病は、脳の血管が不完全であるため、酸素不足によって突然意識を失ったりする、子供に多い病気です。治療としては、脳の血管をつなぎ直す(バイパス手術)ことによって、血流を回復させます。血流が回復すると、当然脳の表面にも酸素がいき渡るようになります。しかし、血流の回復は目視で行われているため、手術後にそれが不十分であったことが発覚することもあります。すると、再手術をしなければなりません。
そこで、血管をつなぎ直した後に我々のカメラを使うことで、本当に脳表面に酸素が行き渡っているかをリアルタイムで見ることができるとういうわけです。つまり、それで本当に成功したかがわかるわけです。
こういったように、最初はがんをターゲットにしていたデバイスですが、他の医療分野のニーズに応えることがあるわけです。
ハイパースペクトルカメラという一つのデバイスを使って、様々な医療ニーズをキャッチアップし、より多くの治療に役立てていこうと考えています。それはやはり医学部にいて、常にアンテナを張っていないとできないことでもあると思います。いいものをつくっても、何に使えるのかを考えなければもったいないですよね。これが一番重要な部分かもしれません。
Q:研究室には、どんな学生がいますか。
私の希望としては、もっともっと医系以外の学生にこの分野に入ってほしいですね。 学部を飛び越えていくのは、やはりハードルが高いのだろうなと思います。ですが、そこを超えてくる人には素晴らしい経験と未来が待っているのではないかと思います。
人と違ったことをするのは非常に重要で、一つの研究室の中にいて学ぶことはほんの小さなことです。もっと大きなものがいっぱいあるし、それは無限に広がっています。
ニーズも無限にあります。その中から何を選ぶかは、既存の枠を飛び越えることによって初めて広がるのだと思います。何か一つのことを極めるのはもちろん大事なことですが、新しいイノベーションやフロンティアはやはり異分野にありますから、そこにぜひ乗り込んでいってほしいなと思いますね。
Q:企業とはどういった関わりが必要でしょうか。
枠を飛び越えてほしいというのは、学生さんだけでなく企業にも言えることだと思います。
企業でも、一つの技術をずっと守っているところは結構あります。最近、商工会議所などに呼ばれてお話しするようなこともあるのですが、やはり国内市場は閉塞感もあることから、特に医療分野に進出したい企業さんがたくさんいます。
ある企業の研究員の方が私のところに来ているのですが、例えばセンサー技術を持っている企業が、医療分野に応用したいと。じゃあ何をセンシングするのか、というところが一番の問題です。医学部に入って臨床と接することによって、こういうニーズがあるとか、これならできるかもしれないといったことがわかるようになるはずです。それは、ミーティングや学会ではわからないことだと思います。実際に飛び込んできてほしいなというのは、企業に対しても思いますね。
企業のなかには、イノベーションセンターに訪問して来られる方もいらっしゃいますので、様々な方たちとお会いする機会があります。入りたいけど、どうやっていいかわからないということもあると思います。企業の若手研究者をどんどん送り出してきてほしいなと思います。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
現在、プロジェクトをいくつも抱えていて、その中には国のプロジェクトもあります。先ほどお話ししたものとはまた違うコンセプトの手術ロボットもつくっていますし、あるいは従来になかったがんの診断システムなども開発しています。こういったものすべての製品化を目指し、少しでも社会に貢献していきたいですね。(了)
村田 正治
むらた・まさはる
九州大学 先端医療イノベーションセンター 特任教授・渉外企画部門長。
1992年、九州大学 工学部 合成化学科 卒業。1994年、九州大学 大学院 工学研究院 合成化学専攻 修士課程 修了。1996年、九州大学 大学院 工学研究科 合成化学専攻 博士課程卒業(早期終了)。
博士課程在籍中の1996年より、マサチューセッツ大学 高分子科学科(D.A.Tyrrel研究室) 日本学術振興会 海外特別研究員、九州大学 工学研究院 合成化学科 日本学術振興会 特別研究員を務める。
1998年より、九州大学 大学院 工学研究院・応用化学科(分子) 助手に着任。
2005年、九州大学 大学院 医学研究院 先端医療医学講座 准教授。
2017年より現職。