宇宙開発から飲料缶まで──今や、さまざまな領域で活用されている「折紙」技術。JAXA(宇宙航空研究開発機構)では、宇宙ヨット「イカロス」のソーラーセイルで採用され、最近では火星探査ロボットにも使われている。この折紙の「折り畳み」のアイデアを工学に応用し、新たなハニカムコアによる、自動車の衝撃吸収材の研究を行っているのが、明治大学 理工学部の石田 祥子専任准教授である。石田専任准教授は、折紙が示すばねの特性を活かした防振装置の研究も行っている。今回は「折紙」構造の特性や今後の可能性について伺った。
折紙の「折り畳み」過程に着目
Q:まずは、研究の概要についてお聞かせください。
折紙の形を科学的に解明し、「折り畳み」のアイデアを機械工学の分野に応用する研究を行っています。折紙と聞くと「鶴」や「兜」を作るイメージがあると思いますが、私たちが対象にしている「折紙」工学は、形の美しさを求めるのではなく、形の変化を利用して社会に役立つような技術やモノを産み出す付加価値のある学問です。
折紙工学を紹介するときに、最初にお話しするのが「折り畳み傘」の例です。折り畳み傘は必要なときは大きく広げられますが、それ以外はコンパクトになるため、携帯性が高く、軽量で非常に便利です。この折り畳み傘を折紙的な視点でみると、中心から放射状に延びている折り目部分と、多角形の折り目部分の組み合わせで構成されています。これは、折り目をその都度考えているわけではなく、ある数学的条件を満たせば、簡単に折り畳めるように設計することができます。
このように傘と聞くと、非常にローテクなイメージがあるかもしれませんが、実はJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した宇宙ヨット「イカロス」のソーラーセイルにも類似の「畳み方」が採用されています。ソーラーセイルは帆船が風を受けて進むように、太陽からの光の粒子を受けて巨大な宇宙ヨットを動かすため、196m2(14m×14m)もの大きさがあります。しかも厚さは7.5ミクロンと、人間の毛髪の1/10ほどしかありません。それを宇宙で広げようとしたときに、そのままの形で宇宙に持ち運ぶことはできないため、小さく折り畳んでロケットに収納し、宇宙で広げて運用する方法が採用されました。それには「折紙」が最適だったのです。
このように「折紙」の特長の1つとして、「形を大きく変化」することができます。先ほど紹介した宇宙事業での折紙工学は1970年代から研究されてきました。現在は、ITの発展によりロボットにも応用されており、「折紙ロボット」として注目を集めています。NASAが開発した火星探査の「折紙ロボット」は、変形して段差のあるゴツゴツした岩場を乗り越えたり、狭い場所に入って作業を行ったりして、これまでの機械(ロボット)では到達できなかった場所を調査・探索するために開発されています。
その他に「折紙」には2つの特長があります。1つは「軽くて硬い構造が作れること」です。その代表的な例は「ハニカムコア」と呼ばれる構造です。「ハニカム」とは英語で「蜂の巣」のこと。頑丈な構造であるため、材料の軽量化にも貢献でき、ボーイング747などの航空機の主翼や尾翼など風の抵抗を受ける部位に採用されてきました。私たちの研究室では、2019年にハニカムコアの硬い特性を活かして、クルマに紙製のタイヤを装着し、走行試験を行いました。タイヤの種類は2つあり、一般的なのは、重量のあるクルマを空気で支えている「空気入りタイヤ」です。軽くて硬いのですが、パンクしてしまうデメリットがあります。もう1つは「ソリッドタイヤ」というもので、こちらは空気の代わりに硬い材料でクルマを支えるため、パンクはしませんが、重いというデメリットがあります。
材料は一般的には頑丈になればなるほど、重たくなる傾向があります。鉄のような金属をイメージすると、頑丈で重いですよね。一方で、スポンジのような材料は柔らかくて軽いです。それが「ハニカムコア」だと、軽くて頑丈なモノを作り出せるので、これでタイヤを作れば燃費もいいし、材料も抑えられ、省コストで開発できます。しかもパンクもしません。このようにメリットばかりなのですが、果たしてクルマが走行するのでしょうか。そこで、研究室の学生12名に協力してもらい、木工ボンドで白い紙を折って張り合わせて「ハニカムコア」の紙製タイヤを作り、タイヤホイールに装着しました。試算したところ、車両重量1tのクルマを4本のタイヤが支えるので、1本あたり約250kgがかかります。しかし、実際に計測すると、紙製タイヤ1本あたり500kgを支えられるだけの強度がありました。実験では、4本合わせてわずか7kgの紙製タイヤで、時速3kmで約20m走行しました。わずか20mと思われるかもしれませんが、質量で換算すると体重60kgの人間が、8tのアフリカ象を抱えて歩いたことになります。紙のように柔らかい材質であっても、形(構造)を工夫することによって、より大きな荷重を支えることができることを証明しました。
3つ目の特長としては「形の特徴を活かしたアプリケーションを開発できること」です。折紙構造は、形の変化に注目が集まりやすいですが、実は、形が変化するときの挙動を活かして、さまざまなアプリケーションに応用できます。私たちの研究室では、この特長を活かして、長く取り組んでいるものに「防振装置」の研究があります。
私たちが開発している防振装置は、折紙によるばねの特性を活用しています。一般的には「ばねの伸びは、ばねに加わる力の大きさに比例する」という、中高時代に学ぶフックの法則に従いますが、この法則はばねの硬さが一定という条件のもとで成り立ちます。折紙構造を活かしたばねは、そういう挙動をせず、圧縮力が加わると、あるところにきたときに急に大きく縮み、縮んだまま戻らなくなります。つまりばねの硬さが一定ではなく、途中で変わり、柔らかくなってしまうわけです。この特性を活かして、振動を抑えることができます。
マンションやビルの地下にあるゴムを利用した免震装置は、横揺れに効果を発揮するように作られていますが、縦揺れには対応していないと聞きます。この折紙構造のばねを使えば、縦揺れに対応できる免震装置を作れるのではないかと考え、今取り組んでいます。このように挙動の変化によって、新たな機能を創出していくのが、「折紙」構造の面白さの1つだと思います。
新たな構造を産業につなげるために、従来の設計手法にこだわる
Q:この研究の独自性は、どんな点にありますか?
大きく分けて2つあります。1つは、先ほどお話しした「形の特徴を活かしたアプリケーション」の開発です。折紙のばねの特性を活かした防振装置の研究は、他の研究者はあまり行っておらず、独自性があると言えるでしょう。
もう1つは、元々私がメーカーで働いていた経験があり、人の役に立つような技術や製品につなげていく研究を行っている点です。現在取り組んでいる新たなハニカムコアの研究も、単に強度が高い構造を開発するだけでなく、産業につながるように、誰もが再現できる設計手法にこだわって取り組んでいます。
Q:具体的には、どのような研究なのでしょうか?
従来のハニカムコアは六角形のコアでできていますが、私たちが研究している「新たなハニカムコア」は、真ん中に小さな穴が空いています。この方が従来の構造よりも強度が高いことが実験でも示されています。カブトムシの「外骨格」といわれる硬い外殻の部分を顕微鏡で見てみると、この新しいハニカムコアのような構造をしています。昆虫にしても植物にしても生物は長い時間をかけて進化して、今の形(構造)になっているはず。人間が頭で考えるよりも、生物の形を模倣するほうが、私たちが目指す、より良い構造が見つかると考えたのが出発点です。まさにバイオミミクリーやバイオミメティクスの領域です。まだまだ基礎研究を行っている段階なので、「どうしてこれが硬くなるのか」を理論的に解明して、いずれは、さまざまな社会応用に活用していきたいと考えています。例えば、自動車の衝撃吸収材としてのニーズが考えられます。衝撃吸収材は、事故が起きたときに自らつぶれることで、人に加わる衝撃を吸収して、乗客の身を守ります。そのエネルギーの吸収に、このハニカムコアは活かせそうです。
世界でも同じ研究テーマに取り組んでいる研究者はいますが、より性能の高い構造を作ることを優先するあまり、製造する過程を考慮しない人が多いように思います。そのなかで、私たちは産業に結びつけたいと考えているので、製造過程を簡略化できる設計を研究しています。例えば、工場での量産化を考えると、3Dプリンターでしか製造できない複雑なハニカムコアを設計しても、今の技術だと時間を要するため、量産化は非常に難しいです。そこで私たちは、通常のハニカムコアと同じ製造手法を踏襲しつつ、より性能の高い製品が作れるような設計を模索しています。
Q:企業とはどのような関わりが必要でしょうか?
大学はメーカーではないので、製造については企業の協力が必要です。一方、大学の強みは基礎的な研究に注力できるところなので、新たなハニカムコアや、折紙の特殊なばねによる防振装置のアイデアを創出することができます。そこを社会実装にうまくマッチングすることができれば、折紙に新しい価値を創造できるだけでなく、私たちのモチベーションアップにもつながります。
また企業の研究者は、その研究においては高い専門性を持っている反面、その領域から外れた折紙工学のような技術については認知していないケースが多いと思います。折紙のような「ちょっと変わった」技術についても視野を広げていただけると、新たなアイデアやイノベーションの種が見つかると思います。ビジネスにすぐ直結しないかもしれませんが、5年後、10年後に何かの拍子に思い出して、あのときの折紙構造が使える。そういうつながりができればと思います。
今やサスティナブルな社会が強く求められ、脱プラスチックなど、さまざまな新材料の研究が行われています。それも1つの方法だと思いますが、「折紙」構造だと、同じ材料を、形を変えるだけで硬さを変化させ、軽量化をはかることができます。いくら材料がよくても、それを活かせない設計をしてしまったら、その材料の良さを引き出すことはできません。その点において「折紙」の発想は、いろんな分野で活かせる価値があり、もっと波及していけると思っています。
Q:この分野を志す学生にどのようなことが必要ですか?
コロナ禍になって、学生たちの気持ちが内にこもってしまったように感じます。それこそ、2020年の外出もままならなかった頃は、大学もオンライン授業ばかりで、人とリアルに会う機会が激減してしまいました。友人との付き合いもスマホで完結するようになり、人と直接会わなくなったことで、自分自身の強みや苦手なことを知る機会が少なくなり、相手から自分がどう評価されているのかを知るチャンスも減ってしまいました。
こうした人生のプロセスは、研究のプロセスにも似ています。研究は楽しいことばかりではありません。やりたくないこともやらなければなりませんし、時間の制約があるなかで、いろいろなことを考えて取り組まなければなりません。そのなかでも、企業や他の研究室と行う共同研究もあれば、学会発表のように、他の学生や研究者と対話を重ねながら行う研究があったりと、自分の研究の強みや弱点を知るさまざまなチャンスがあります。しかし、そういう機会を断ってしまう学生が多いような気がします。
チャンスは必ずしも、みんなに平等にやってくるわけではありません。今年、そのチャンスをものにできなかったら、来年は他の誰かにチャンスはまわってしまうでしょう。ビッグチャンスを手に入れるには、経験を積み重ね、それに備える準備が必要になります。目標を設定して、それを達成するために、いつまでに何をやるべきかを決めて、自ら進めていかなければなりません。なぜなら今回のコロナのようなことが起きると、明日からやりたかったことができなくなってしまうからです。そのような状況に陥らないためにも、目標を持って取り組み、チャンスがきたときに、いつでも手を挙げられる準備を日頃からしておくことが大切です。
Q:今後の展望を教えてください。
まず、新たなハニカムコアの研究を積極的に進めていきたいと思っています。今は自動車の緩衝材(衝撃吸収材)に活用するための「エネルギー吸収」の研究をしていますが、折紙構造は「つぶす」だけではなく、用途によって「曲げる」「ねじる」などいろんな変形を考慮する必要があるので、これらの機械的特性ももっと解明していきたいと考えています。もう1つは、研究室内にモノづくりの環境を整えて、さまざまな試作品の開発に挑戦することです。私は、来年から明治大学に籍をおきながら、1年間オーストラリアで在外研究に取り組む予定です。そこで、金属やプラスチックなど、さまざまな材料で折紙構造を製作し実験することで、シミュレーションではなく実現象に着目した研究を行いたいと考えています。紙製タイヤのように折紙構造を実際の形にすることで、いろいろな研究者や企業の目に留まりやすくなるので、共同研究ももっと広げられるはずです。
折紙構造の特性は大体つかめてきましたので、折紙構造を利用するメリットを広くアピールし、社会実装を進めることが今後の課題です。今回の在外研究で、その壁を少しずつ打破していきたい。折紙は大きな可能性を秘めていると思うので、積極的にチャレンジしていきたいですね。(了)
石田 祥子
(いしだ・さちこ)
明治大学 理工学部 機械工学科 専任准教授
2004年 京都大学大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻 修士課程修了。日本ミシュランタイヤ株式会社 エンジニア、明治大学 先端数理科学インスティテュート 研究員などを経て、2014年に東京工業大学で博士号取得。2014年 明治大学 理工学部機械工学科 助教、2016年 専任講師、そして2019年より現職。