安心・安全で、クリーンな熱エネルギーの有効利用が強く望まれている。通常、熱を使った発電では、地下水を水蒸気化しタービンを回転させ発電する「地熱発電」と温度差を利用した「ゼーベック型熱電発電」の2種類がメジャーだが、どちらもエネルギーの変換効率向上が課題になっていた。そこで、地熱や工場排熱などの熱源に置くだけ、埋めるだけで発電し、発電終了後もそのまま熱源に放置すれば、発電能力が復活する「半導体増感型熱利用発電」を開発したのが、東京工業大学 物質理工学院の松下祥子 准教授である。今回は、「半導体増感型熱利用発電」の仕組みや現在抱える課題、今後の展望について話を伺った。
光励起を熱励起に置き変えて、熱エネルギーで直接発電
Q:研究の概要について教えてください。
「熱下における電子の動き」に注目して、材料設計からデバイスの構築まで幅広く研究しています。そのなかでも、特に力を入れているのが、熱源から直接電気を生み出す「半導体増感型熱利用発電(Sensitized Thermal Cell, STC)」の開発です。
STCは、化学系太陽電池である「色素増感型太陽電池(Dye-sensitized Solar Cell, DSC)」がベースになっています。DSCは、電解質イオンを酸化・還元して発電する、薄くて軽いシート状の太陽電池です。色素に光が当たると励起状態(通常よりも大きなエネルギーのある状態)になり、電子が放出されます。放出された電子は外部回路を経由し、対極に移動し、電解質イオンの還元に使われ、還元されたイオンは、色素内の正孔で酸化される。この光励起電荷を半導体内の熱励起電荷に変えたものがSTCです。
通常、温度差を使って発電する「ゼーベック効果の熱電発電」だと、継続的な発電には「熱源」だけでなく、「冷源」も必要ですが、STCのような熱エネルギーの変換が可能になれば、冷却も不要になります。
ただ1つ、懸念点がありました。それは、光励起の場合はデバイス内に温度差に類似した非平衡状態が生じるため発電は終了しませんが、熱励起では一定温度でイオンとやりとりを行うため、完全平衡に到達すると発電が終了してしまうことです。しかし、それも学生の研究のおかげで、回路のスイッチを切って一定の時間が経過すれば、回復してまた発電することが分かりました。つまり、回路のスイッチをオンオフするだけで、何度でも発電し、放電時間もある程度まで自由に伸ばすことができるのです。
Q:「発電性能が回復する」とは、どういう仕組みなのでしょうか?
半導体の電極側で酸化反応、対極で還元反応が起こります。その際、酸化還元電位が半導体のフェルミ準位と一緒になると平衡状態になります。すなわち、電極側に酸化イオン、対極に還元イオンがたくさん集まっているときに、発電が止まってしまうわけです。ここでスイッチを切ると、まず還元反応がなくなって、それぞれに集まっていた還元イオンと酸化イオンが電解質内で拡散していきます。すると、これまでとは異なるイオン分布になり、再びスイッチを入れると、再放電される。このように、熱エネルギーによる電解質でのイオン拡散を利用すると、発電能力が回復するわけです。
しかし、ここで注意しなければいけないのは、電極の距離です。ある程度の近さがないと回復しないことが実験の結果から分かっています。あまり近すぎても放電できないので、イオンが動く最適な距離が必要になります。これも学生が研究で突き止めてくれました。実際、発電温度ごとに最適な距離があるので、設定温度に合わせて設計することが可能です。60℃や80℃などの熱励起の設定温度を、電極の距離で調整できるわけです。
Q:この研究の独自性はどんなところですか?
DSC(色素増感型太陽電池)における光エネルギーによる電子の光励起を、熱エネルギーによる電子の熱励起に置き変えるという、これまで誰も挑戦したことがない、その発想が独自性に当たると思います。それによって、先ほども触れたように冷源設置が不要になり、熱源さえあれば発電できるようになります。これまでの研究でも、90℃で液晶が駆動し、夏は約60℃のアスファルトの熱で、Bluetooth通信デバイスが駆動することは確認済みです。
社会実装として最も近いSTCは、現状60℃程で最大150μw/cm3の出力になります。これは、太陽電池の発電量を超える大きさです。もし火力発電所の地下50〜150mに埋められるなら、1時間の放電、3時間の充電(回復)でも、火力発電と同等の発電量になると試算できます。
将来的には、発電所にこのSTCの技術を活かしたいと目指していますが、すぐには難しいので、まずは充電不要なスマートフォンなどの身近な製品での社会実装を行い、多くの人々にご理解いただくことが大事だと思っています。個人的には、母の補聴器の電池がすぐになくなってしまうので、自身の体温で発電できる電池をつくりたいですね。
次世代に貢献する意志と、主体性ある行動が大事
Q:この研究における課題はありますか?
この研究については、ここ1年で周りの理解が広がり、手応えを感じています。SPIE(国際光工学会)などの海外の国際会議で認めていただき、それを皮切りに、最近では日本でもさまざまな会議やシンポジウムなどの招待講演にお声がけいただけるようになりました。これもひとえに、さまざまなメディアで、私たちの研究を取り上げてくださり、理解が浸透してきたからだと思います。
以前は、私たちのような新しすぎる研究は大型の予算がつきにくいため、いかにして研究資金を獲得していくか模索していた時期もありましたが、このように認知が広がり、状況が変わってきたことで、今はいろんな形で研究費を取れるようになってきました。一方で政府関連予算の場合、共同で行っている企業様の応用研究に使えないケースも出てきます。私たちの目標はエネルギー問題の解決なので、社会実装は必要不可欠です。そのためには、各社様の知財などの権利を守りながら研究を進めることが何よりも優先すべきことだと考えています。
こうしたなかで、研究に関する課題を挙げるとすれば、やはり「人材」になると思います。 理系素養のある人材はたくさんいますが、社会実装に向けた産業面も任せられる人材となると、どうしても限られてしまいます。そういう方を安定して雇用できるようにするには、自分が起業するなどして、なんとかしてやりくりすることが必要だと思います。将来的には、この技術をエネルギー問題の解決だけでなく、雇用創出にもつなげていきたいです。少子高齢化社会の日本においては、人口減少がこれからの大きな社会課題です。例えば、優秀な理系人材を国外からも募り、そういう人たちにこの技術を活かした発電を担ってもらう。そうすれば、地方創生などにも活用できます。国は1つの文化です。その文化をみんなで共有し、さらにそこに一人ひとりの倫理が加わって、大きな社会になっていく。技術者には科学技術力だけでなく人間力が求められます。しかし、日本で働きたいと思ってくれている海外の技術者が果たして、どのくらいいらっしゃるのか。そこも含めて、より安全で、魅力のある日本を、私たちがつくっていかなければならないと思います。
私には14歳になる娘がいて、彼女が20歳になるときに、原子力発電所に代わりうる発電所をつくりたいという想いで、これまで研究に取り組んできました。女性が日本で生きるのは大変な時代です。何であれ、娘が安心して住める日本にしていきたいですね。
Q:企業などに期待することはありますか?
企業に限らず、同じような志を持った人にもっとお会いしたいですね。年々異常気象が頻繁に発生しており、本気でこの気候変動問題をどうにかしないといけないと思い日々研究を行っています。しかし、私たちの研究は一朝一夕で結果が出るものではなく、心身ともに辛く疲弊することもたびたびあります。そんななか、こうした環境問題の解決にコミットしている方とお会いできると、「自分一人ではないんだ」という勇気をもらえます。
知人に紹介いただいて、いくつかのコミュニティにも入りました。環境エネルギー関連のコミュニティでは、珊瑚礁の保護活動や、沖合における洋上風力発電の開発など、さまざまなテーマに取り組んでいる人がたくさんいます。どれも一筋縄にはいかない、非常に難度の高いテーマばかりですが、志のある人は失敗しても、諦めずに、常に新たなチャレンジに取り組まれます。人は、つい楽な選択をしがちですが、周りに自分と同じような意志や行動力をもった人がいると、落ち込んだり、易きに流れそうになる心を引き留め、モチベーションを高めてもらえるので、個人的には、そういう人をもっと増やしていきたいですね。
Q:この分野を志す学生には、どんな姿勢が必要でしょうか?
学生には常々、どんな道に進んでもいいので、「次世代の人々にとっての未来のために貢献しなさい」と言っています。そのためにも「自分がつくっていくんだ」という主体性を持つことです。1人でやるのが大変なら、同志を集める。1人で100人を集められるなら、複数人で組めば、2倍、3倍とその力は大きくなります。そうやって、自分たちでムーブメントを起こしてほしい。一人ひとりにはその力があると、伝えています。もちろん、発信しても認められずに、めげそうになるときもあると思いますが、それでも信念を曲げずにやっていくためには、次の100年を考えることが大切です。私の場合は、娘がいるので、そういう想いになれました。次世代に引き継ぐ何か、または誰かを見つけることです。
目指すのは研究者だけでなくてもかまいません。例えば、政治家になってもいいと思います。日本の政治には、さまざまな事象をデータから判断できる人材が足りないように感じます。忖度しなくても、上の人に嫌われない交渉術や身のこなしを学び、人間性も高め、自らを磨いていってほしいと思います。
Q:今後の展望を教えてください。
社会実装が非常に現実味を増してきたと思います。しかし、私の娘が20歳になるまでは、あと6年間しかありません。そのなかでやりたいことは2つです。1つ目は、新たな発電所づくりや、世界のエネルギー問題の解決に取り組む会社(組織)をつくって、しっかりと次世代にバトンタッチしていくこと。私はいつか死んでしまいますが、組織は残っていきます。2つ目は、身近な製品から社会実装を行って、技術の認知と理解を広げ、安全な発電所づくりに貢献していきたい。残された時間もあまりありませんが、ゴールまでのステップを一つひとつ着実にカタチにしていきたいですね。(了)
松下 祥子
(まつした・さちこ)
東京工業大学 物質理工学院 准教授
1996年 東京大学工学部 卒業。2000年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究(PD)、理化学研究所基礎科学特別研究員、理化学研究所フロンティア研究システム研究員(副チームリーダー級)を経て、2006年4月 日本大学文理学部 物理生命システム科学科 専任講師に着任。2009年4月 日本大学文理学部 物理生命システム科学科 准教授。2010年8月より現職。