低酸素社会の実現に向け、現代生活に必須なプラスチックの原料を、石油から生物由来のものにシフトしていくことが求められている。こうしたなか、シアノバクテリアや真核藻類を使った基礎・応用研究をもとに、低炭素社会の実現に向けたバイオプラスチックの原料の効率的な生産法の開発に注力しているのが、明治大学農学部農芸化学科の小山内崇 准教授だ。細胞観察などの基礎研究をベースに、将来的には石油由来に代わるプラスチックをつくるべく研究に取り組む小山内准教授に、バイオプラスチック研究の現在地点について話を伺った。
二酸化炭素からプラスチックをつくる
Q:まずは、研究の社会的なニーズについて教えてください。
現代は、身の回りのあらゆるものがプラスチックに置き換わっています。
一方で、ゴミとして捨てられるプラスチックも増えており、問題は非常に深刻化しているといえます。石油の資源枯渇や、人体に影響を及ぼすかもしれないといわれるゴミの問題が大きなポイントとなっています。それらを解決するために求められているのが、生分解性のあるプラスチックの開発です。
プラスチックというと、一般的には石油からつくるものがメインになります。次がバイオプラスチックと呼ばれる、生物由来のものです。生物からプラスチックの原料をつくることはすでに行なわれていますが、つくるときには糖が必要になります。専門用語では「従属栄養」といいますが、外側から炭素を与えて生物によってプラスチックの原料ができます。
ただ、この方法は糖を使用するため、食料との競合が出てきます。
では、結局何からプラスチックをつくれたらいいか。そう考えたときに出てきたのが、二酸化炭素でした。我々が取り組んでいるのは、生物由来、なおかつ糖は使わずに光合成の力で二酸化炭素からつくるプラスチックです。
Q:ラン藻に着目したのにはどんな理由があるのでしょうか。
ラン藻を選んだ理由は非常にシンプルで、光合成をする生物の中で一番簡単で一番増えやすいためです。
藻類というと海苔や昆布などがイメージしやすいと思いますが、これらは種類としては大型藻類になります。
一方で我々が使っているのは、微細藻類という小さいものです。藻類は真核生物ですので、広く見れば人間の仲間ですが、このラン藻は別名「シアノバクテリア」というもので、分類としては細菌になります。細菌の中でも比較的ゲノムサイズが小さく、他の藻類よりも増殖が速いものです。
Q:実際の研究内容について教えてください。
大きく分けると、「育てるフェーズ」と「つくるフェーズ」の2段階にわかれています。
まずは二酸化炭素を吸収させて細胞内に炭素を溜め込む、いわゆる光合成のプロセスになります。どのようにしたら光合成が強化されるのか、早く育つのかを考えています。
2番目のプロセスはものをつくる、バイオプラスチックを生産するプロセスです。ここで使うのは、醤油やお酒の加工と同じような「発酵」の技術です。酸素をなくした状態で、なにかものをつくることが発酵です。
ラン藻を光合成させることは、世界中で誰しもが昔からやってきたことです。一方で我々の研究の新しいところは、ラン藻をわざわざ「発酵」させるという部分だと思います。
発酵というと、酵母や乳酸菌などのイメージが一般的で、藻類の発酵はあまり聞いたことがないかもしれません。実際にもあまり行なわれていないことですので、そういった面で新しいのではないかなと思いますね。
さて、発酵を促進するには、主に二つの方法があります。
まず一つが培養方法を変えること。例えば、発酵させる際の細菌の培地や温度をどのようにして調整するか、要は最適な条件にするということですね。
もう一つは、ラン藻の遺伝子を変えることです。生き物には、遺伝子を変えることができるものとそうでないものがあります。狙った遺伝子を変えることができるのが、ラン藻の利点でもあります。
Q:現在の研究に至るまでの経緯について教えてください。
ラン藻の研究を始めたのは、大学院の修士のころからです。
2007年に博士号を取り、その後は学術振興会の研究員になりました。その頃までものづくりについては一切考えたことがありませんでした。いわゆる分子生物学の全盛期だったこともあり、代謝のメカニズム、光合成のメカニズムというように、ものづくりから離れていたのです。
その後、2009年ごろにPNASという雑誌に転写のメカニズムについての論文を出しました。そこで飽きを感じてしまいました。自分の中でもすごくいい論文だと思いましたし、たくさんの先生方にも嬉しいお言葉をいただいたのにもかかわらず、です。
そんな時感じたのが、「メカニズムだけではなくて、なにか社会にアウトプットできるようなことをしたい」という思いでした。
私はもともと理化学研究所にいたのですが、植物の研究をすべく、1年ほどラン藻の研究から離れていた時期があります。ただ、植物の研究は非常に時間がかかることもあり、光合成や光合成を利用したものづくりであれば植物以外でもできるということで、ラン藻の研究に戻ってきました。
これが現在の研究に至る大きなきっかけです。
Q:プラスチック以外の生産については取り組んでいるのでしょうか。
過去には水素の生産についての論文なども出していますし、プラスチック以外のものについても取り組んだことはあります。
ただし、研究室のポリシーとしては、エネルギー物質はなるべくやらないということにしています。
理由は、単価の安さです。バイオエネルギーやバイオマテリアルをつくるといっても、エネルギーや材料は必要です。「エネルギーを使ってエネルギーをつくる」となると、一見環境には良さそうに聞こえますが、突き詰めるとそうでもなかったりします。
それもあって、バイオではエネルギー物質をあまりつくらないようにしています。プラスチックなど複雑な化合物になると、太陽電池や風力発電だけではつくりだすことができません。
やはり生き物を使うことで、複雑なものをつくることができる。そういった意味で、プラスチック製品に着目しているのです。
事業化を目指し、生産効率をアップさせる
Q:研究においてどんな課題がありますか。
増殖が速いといわれるラン藻のシアノバクテリアでも、一般的な酵母や大腸菌などのスピードには及びません。やはりものづくりに使うとなると、とにかく速く育ってもらわなければなりません。
そのため、現状よりもさらに増殖のスピードを上げ、高密度で培養できるようにすることが大きな課題の一つであるといえます。
ラン藻が光合成をするということは、光が必要になります。ただ、藻が育って濃くなってくると、光は届かなくなってしまいます。ラン藻培養の事業化に成功しているDIC株式会社では、スピルリナというラン藻をすでに事業化して健康食品などに使用しています。また、身近な食品に使われる青い色素の生産もしています。
かれらはカリフォルニアや中国などの巨大なプールでつくられていますが、これは技術的に非常に困難な面があります。プールの底を30センチ程度までにしないと、光が届かなくなってしまうのです。屋外のため水も蒸発しやすいですし、虫が入ってきてしまうこともあります。これは特別な技術を持つ企業のみが可能であり、そう簡単にできることではありません。
こうした大規模な設備ではなく、今後は植物工場のような機械化された拠点で事業化を進めていかなければ、うまくいかないと思います。
次が、発酵についての課題です。ここ数年、科学技術振興機構の予算をいただきまして、「コハク酸生産」を進めてきました。その結果、生産量はおよそ100倍に増えましたが、すでに事業化されている培養コハク酸からすると生産効率は100分の1ほどで、まだまだ低い状態です。
一番の難点というと、発酵の際には糖を炭素源として使いますが、我々は薄い空気の中に0.04パーセントしか入っていない二酸化炭素を集めてやっと生産をしています。炭素のかたまりからつくるのと、0.04パーセントからつくるのでは、どうしても差が出てしまいます。そのため、光合成や発酵の効率をいかに上げていくかがネックになるといえます。
現在のバイオプラスチックの値段は少し高いですが、それでもキロ数百円程度です。現段階でプラスチック原料単体で事業化していくことはおそらく不可能ですから、さらに高付加価値なものにしていくべきだと思います。
微細藻類がもう少ししっかりとビジネス化してきたら、プラスチック原料の生産に置き換えようと考えています。先に事業化することが大事なのではないかなと思いますね。
Q:研究室にはどんな学生がいますか。
明治大学農学部は、3年生から研究室配属になります。学部生でいうと2学年分いて、現在は1学年7人いるので、全部で14人ですね。修士は3人おり、スタッフとしてポスドクが1人、テクニカルスタッフも3人います。
まず、農芸化学科自体がわりと特殊でして、農学部の中に農学科、農芸化学科、生命科学科という学科があります。農芸化学科は、ほとんどの学生が食品について学ぼうと目指してくるところです。そのほかに微生物や環境などもありますが、やはり最初は食品のことを考えてくるので、何か食品につながるといいなと考える学生がほとんどです。
食品という大きなテーマがあるところに入ってくるわけですから、最初のうちは「健康にいいお菓子をつくりたい」とか「アレルギー反応のないパンをつくりたい」など、いってしまえば一般の消費者でもわかることを目指してきます。
そこから学問としてこの分野について学んでいくことで、例えば「食用色素について考えよう」とか「包装容器も大事なのだな」などというように、食品という分野をより多角的に見ることができるようになると思います。
様々なものが組み合わさることで、ビジネスになっているということを理解していってもらえたらいいですね。それは、勉強しなければわからないことでもあると思います。そういった視点が具体的な夢につながればいいなと思います。
農学部は就職率が高い方で理系だと修士に行く人も多いのですが、農学部でいうと今は3割を切っている状態で、7割くらいの学生さんは4年で就職するといった感じです。食品メーカーに行く人が多いですね。
Q:企業とは、今後どのように連携を進めていかれますか。
企業とは、かなり密にコミュニケーションをとっていると思います。
先ほどもお話しましたが、基礎研究に飽きてしまった時期がありました。そんな時、たくさんの人たちに会って様々な考えを聞くのが面白かったということもあり、積極的に交流を持ち続けています。
最近ですと、株式会社ユーグレナやいであ株式会社などとやりとりをしています。イベントなどにも出ていますが、一番の窓口になるのはプレスリリースですね。プレスリリースを出すと、企業さんからも声がかかりやすいです。
論文を出したらわかりやすい日本語で説明をして、声をかけてもらったらお話をします。わかりやすく説明することは、学生さんたちにとってもいい練習になると思います。
比較的幅広い企業から声をかけていただいています。近いのは化学系の企業ですが、私としては化学に限らなくてもいいと思っています。違う業界の会社の方が、意外と新しい使い方を発見できたりもするためです。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
非常にシンプルですが、3年で製品化することが目標です。アカデミアの環境を考えたプロジェクトというものは実現することが難しいのですが、それでも何か社会にアウトプットしていきたいと考えています。
目標としては、3年くらいで高付加価値なものを製品化していきたいです。それが拾われて事業化していけば、低コスト化は必ず進みます。ゆくゆくは石油に代わるようなプラスチックをつくっていきたいですね。(了)
小山内 崇
おさない・たかし
明治大学農学部農芸化学科 准教授。
2002年、国際基督教大学教養学部卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了。博士(農学)。
2007年から2010年まで、日本学術振興会特別研究員(PD)を務めたのち、理研基礎科学特別研究員を経て、2011年よりJSTさきがけ(専任)研究者に着任。その後、理化学研究所研究員を経て、2014年に東京農工大学 客員准教授に就任。
2015年より、明治大学農学部 農芸化学科 専任講師を経たのち、2018年より現職。