地球環境の保全に配慮した観点から、新材料の作製や、省エネの製造プロセス技術に関心が高まっている。そこで、地殻変動に伴う、熱や圧力によって堆積岩などの鉱物が生成される自然のメカニズムを応用して、天然素材からセラミックスという人工物をつくり出す「ジオ・ミメティック」という新たな工法が開発された。それを手がけたのが、名古屋工業大学大学院 工学研究科 生命・応用科化学専攻の橋本 忍教授である。今回は橋本教授に、新材料の特長や、社会応用の可能性について、話を伺った。
水の共存下、熱と圧力で固化する「セラミックス」
Q:まずは研究の概要について教えてください。
新セラミックス材料の創生研究を行っています。通常セラミックスは原料を粉末にして成形した後に、高温下で「焼成する」という製造プロセスを経て、製品化されます。しかし天然の堆積岩などは「焼成」をしなくても、自然の摂理である圧力と熱により、地層奥深くで固化体は形成されます。
また最近では、従来のポルトランドセメントとは異なる硬化機構のセメントとして「ジオポリマー」という新材料が注目を集めており、ここ20〜30年で一気に研究が進んできました。
ジオポリマーは、火山灰や石炭灰など日頃は廃棄物として扱われる物質にアルカリ性の水溶液を加え、化学反応を起こして固化したものです。見た目は普通ポルトランドセメントそのものですが、非晶質で原子の配列の規則正しさもなければ、これまでのセメントに含まれているカルシウム成分も入っていません。
ただ問題としては、ポルトランドセメントと異なり、固めるには若干の熱が必要です。ポルトランドセメントなら、型枠に流し込んで屋外においておくだけで、冬の低い気温でもしばらく置いておけば自然と固まりますが、このジオポリマーは70〜80℃に温度を上げないと凝固しません。
化学的な結合様式でいえば主にSiO2(シリカネットワーク)で構成されており、無機高分子ゆえに、熱と圧力があれば固まるのはもちろん、ある程度の熱で変形させることもできます。それゆえ、熱と圧力を上手にコントロールすれば、耐熱性や形態など、目的要求に合わせて自由度の高い材料がつくれるのではないかと考えました。
そこで研究の末、発見したのが「人工の天然鉱物」と言われる新たな材料です。これを「ジオ・ミメティック・セラミックス」と呼んでおり、地殻の緻密な鉱物形成を模倣して作製したセラミックスのことです。
地殻の中にある堆積岩のように、熱と圧力そして水があれば、本当に人工の鉱物や材料がつくれるのか。そこに興味を持って研究を始めたところ、市販のウォームプレス機を一部カスタマイズして、水と250℃程度の熱、そして圧力をかけると、ジオポリマーのような非晶質シリカネットワーク構造物や、酸化物、炭酸化物を固められることが分かってきました。例えば、ハマグリの殻のような天然の炭酸カルシウムからでも、一度に熱と圧力で処理するだけで、ある程度の機械的な強度をもった炭酸カルシウムの固化体をつくることができます。
「焼かず」になぜ固まるのかというと、「溶解‐析出」反応が影響しています。水に溶けている物質が、水が失われた時に固体として現れます。中学時代に理科の授業で行った塩を使った再結晶の実験ですね。この反応が「ジオ・ミメティック」工法の過程で起こっています。つまり水の溶解の性質により一旦溶け、その後水の蒸発などで濃度が変化することで再析出する。その際粒子の物質移動が促され、粒子同士がつながる作用が働くことで、固化反応が起こるのです。この技術を建材・都市景観材などに利活用すれば、わざわざ山を削って新たに建材をつくる必要もなくなります。先ほど紹介した、食べたハマグリの貝殻も再利用できます。そして、使用後また回収して、熱と圧力と水があれば、もう1回作り直せるので、資源循環できる材料として大きな可能性を秘めています。
Q:「人工の天然鉱物」を形成する方法は、以前から研究されていたのでしょうか?
学生に文献やインターネットでも調べてもらいましたが、今のところ「ジオ・ミメティック工法」や「ジオ・ミメティック・セラミックス」で研究された実績は他にありません。
私自身、以前から天然の大理石を含む堆積岩が熱と圧力だけで形成される自然のメカニズムを不思議に感じていて、「人間の力で同じことが実現できないのか、時間だけがなしえる神のみのわざなのか」―――そのメカニズムをどうにかして解明したくなり、この研究を始めました。先ほど紹介したハマグリの貝殻には炭酸カルシウムが含まれており、一般的には高温で焼くと炭酸ガスが発生して成分が分解してしまうので焼結体を得ることは出来ませんが、「ジオ・ミメティック」工法だと分解せずにそのまま固まります。出来てしまえばコロンブスの卵ですが、しかし建材として使える十分な機械強度を持った固化体が形成できる非常に面白い反応です。
なお、この「ジオ・ミメティック」に類似する研究として最近「コールドシンタリング」と呼ばれる工法が注目されています。「シンタリング(Sintering)」とは「焼結」のこと。 融点よりも低い高温下でセラミックスの原料の粉末が焼き固まる現象です。陶器などは1000〜1200℃の温度で焼成しますが、純粋なファインセラミックスになると1500℃〜2000℃まで温度を上げて焼き上げて固めていきます。しかし「コールドシンタリング」は、室温の低温度でも圧力だけで、焼かずにセラミックスを固めることができます。私が取り組んでいる「ジオ・ミメティック」とほとんど同じメカニズムではありますが、「ジオ・ミメティック」は地殻に倣いある程度の熱を加えますが、「コールドシンタリング」は超微粉体を原料に用いた場合には室温でも固まると主張した技術です。ここが大きな違いです。「コールドシンタリング」の研究が始まったのも、我々の研究とほぼ同時期で、「コールドシンタリング」という言葉を初めて知った時は驚きました。
天然に代わる「人造砥石」や「フレスコ画」に応用
Q:研究課題は、どんなところに感じていますか?
「ジオ・ミメティック・セラミックス」は、「焼かない」ためエネルギーを抑えられる利点がありますが、大型の材料を作製しようとするとウォームプレス機も大型の装置が必要なため、従来のセメントなどと比較すると、コストが高額になってしまいます。また、材料の機械的な強度面でも安定化させるには課題も多く、セメントの代替材料としてはまだ研究の余地があります。
現段階では、従来のセメントには性能面や価格面でまだまだ太刀打ちできないですね。ただし、例えば、消石灰である水酸化カルシウムの含有率が高い粉末原料なら水酸化カルシウム自身に「抗菌性」があるので、それを「ジオ・ミメティック」工法で固化体を作製すれば、鳥舎、人間の建物では公民館や役所などの公共スペースの壁面に取り付ければ、鳥インフルエンザ、さらには新型コロナウイルス対策などに利活用できる可能性もあります。
Q:「ジオ・ミメティック・セラミックス」の活用法として、他に取り組んでいるものはあるのでしょうか?
現在、ニッチな業界へアプローチしています。それが包丁を研ぐ「砥石」です。人造(砥石)もありますが、プロの料理や刃物職人さんに好まれるのは「天然砥石」。研ぎやすく、使い勝手もよい。そして、何よりも、切れ味が断然違うようです。ただし砥石も名のあるブランドになると、山にある天然砥石が枯渇してきており、環境問題とあいまって良質な砥石が入手しにくくなってきています。
そこで我々の研究室では、「内曇砥 (うちぐもりど)」と呼ばれる天然砥石に代わる人造砥石をつくるための研究をしばらく前から取り組んでいます。
「内曇砥 (うちぐもりど)」とは、日本刀を研ぐ課程で珍重される砥石のことです。日本刀は切るという武器以外に、その研がれた刀身を愛(め)で鑑賞するという文化があります。それには美しい研ぎの技術を必要とします。最初に荒い研ぎをした後に、そこで入った傷をとる研磨用として使われる砥石のことをいいます。実は、天然ものは京都の丹波地方でしかとれず、今のところ「内曇砥 (うちぐもりど)」に代替される人造砥石はありません。それは焼成では内曇砥を作製できないからです。焼いてしまうと人造砥石の組織が変わって、職人が求めるような仕上がりを実現できません。しかし、自然の原理を応用して作製する「ジオ・ミメティック」の技法を用いると、天然砥石に近い砥石を再現でき、刀研ぎ職人が求める砥石の働きを実現することができます。
最初に研師(知り合いの刀研ぎ職人)の方に、我々のつくった天然の内曇砥に似せた人造砥石の実際の研ぎを日本刀で試してもらった際には、「いまのところはこれが大量にできるなら内曇砥としてでなく名倉砥石として商社を紹介できますよ」という当たらずとも高い評価をいただき、自分たち自身が驚いたくらいです。そこから、今は砥石の目の粗さのバリエーションを増やし、何パターンかの人造砥石をつくり、再度研師に試し研ぎをしてもらっています。将来的には刀剣だけでなく名倉砥石として和食用の包丁にまで裾野を広げて、日本料理の職人一人ひとりのオーダーに応じた「天然石を凌駕する」人造砥石をつくりたいと考えています。
また、もう一つ取り組んでいる研究領域として「アート」の世界(美工連携)があります。油絵が生まれる前に中世ヨーロッパで流行っていた「フレスコ画」という絵画技法があります。この技法によって宗教画が非常に発展したと言われています。描いた絵が腐食せずに、半永久的に残るからです。フレスコ画は、「漆喰」と言われる、水酸化カルシウムがベースとなっている壁などの表面に、天然の鉱物などを砕いて粉末にした顔料と呼ばれる絵具で絵を描き、その後長い年月を掛けて空気中の炭酸ガスを吸って、炭酸カルシウムの皮膜ができ上がります。この被膜が焼き物(磁器)の釉薬のように顔料の表面を覆って絵を保護します。本来の「フレスコ画」の技法では、炭酸カルシウムが自然に析出して顔料を定着させるまで100年程はかかると言われていますが、我々の「ジオ・ミメティック・セラミックス」による研究技法だと、わずか半日で炭酸カルシウムによる顔料の安定化、即ちフレスコ画の再現が可能になります。
Q:どのような企業と共同研究を行っていきたいですか?
人造砥石でいえば、作製方法(レシピ)を教えるので、共同してつくってもらえるような企業を探しています。原料をくっつけるバインダーの技法には、ジオポリマー技術も入っており、特殊なノウハウも含まれるため簡単にはできません。非常にニッチな領域ではありますが、職人が納得する砥石をオーダーメイドできれば、自分たちで価格を付けて売り出せます。そういう業界なので、大手企業には難しいと思いますが、家内制で製造できる中堅・小規模企業なら可能性はあると思います。
それに、和食のプロが納得してくれたり、日本の食文化を一翼から支えられたりできると考えたら、自分たちも感動できますし、そういう想いに共感してくれる企業と共同研究していきたいですね。
Q:この研究分野を目指す学生には、どんな素養が必要ですか?
我々の研究は実験が中心なので、実験が好きなことが一番重要です。実験して何かをつくってみる。結果が出てくることに面白いなあと素直に思える。これまで何かをつくった経験がある方が最適ですが、そういう機会も今は少ないと思うので、絵を描いたりして、つくる喜びを知っている人が良いですね。
また、実験などが思うように進まなくても途中で諦めずに、積極的にチャレンジできるような素養も大切です。実験などでも、言われたことしかできないのではなく、自分なりに考えたことを、失敗を恐れず一つでも二つでもいいのでやってほしいと思います。
「なぜ、そう考えたの?」「なぜ、やってみたいと思ったのか?」そんなところから、いくらでも研究を深められるので、そういった熱量を持って取り組んでもらいたいと思います。
Q:今後の目標を教えてください。
今は「人造砥石」と「現代版のフレスコ画」。この2つを社会実装するのが目標ですね。「フレスコ画」の場合は、大きな絵になると、規模に応じた圧力が求められるため、巨大な圧力機が必要になります。例えば、大学の研究室で使っているような市販のウォームプレス機(圧力機)だと、最大で縦横4cm角ほどの画しかつくれません。
ですから、今は、1枚を1つの色で構成して、モザイク画として大きな絵の製作を構想しています。これまで、創り上げるのに100年近くかかってきたものが、数日で創り上げることができれば、研究としては醍醐味があると思います。世界に2つとない技法で伝統絵画を作製する。想像するとワクワクします。
一方、砥石については、内曇砥の場合には日本の伝統文化の継承への貢献。和包丁の研ぎにおいては職人さんのニーズに応じてチューニングできるかどうか、あるいは天然の砥石と競争できるかどうかにチャレンジしてみたいですね。「天然ものよりもこっちがいいよね」と職人さんを言わしめたら、研究した価値があるというものです。
それに、オーダーメイドの商品づくりは、なんか夢があるじゃないですか。「食材も職人もすばらしい。でもこの砥石がすごく大事なんや」という話になったら材料屋冥利に尽きますよね。(了)
橋本 忍
(はしもと・しのぶ)
名古屋工業大学大学院 工学研究科 生命・応用科化学専攻 教授
1990年 名古屋工業大学 工学部 材料工学科卒業。1992年同大学 工学研究科 物質工学修士課程修了。1992年 名古屋工業大学 材料工学科 助手、2001年 博士(工学)取得。2004年 同大学 工学研究科 助教授、2007年 同大学 大学院工学研究科 准教授を経て、2018年より現職。