あらゆる生物の生命活動の維持に欠かせないのが「タンパク質」である。その中でも、光受容タンパク質として機能している「ロドプシン」は、光による膜電位の操作や、細胞内セカンドメッセンジャーの濃度コントロールなど、さまざまな働きを担うことが分かってきており、今注目を集めている。この「ロドプシン」の構造解析を通じて、遺伝子治療への応用や、さまざまな研究に活用できる有用なツールの開発など、多くの研究成果を上げているのが東京大学大学院 総合文化研究科 先進科学研究機構の加藤英明准教授である。今回は加藤准教授が取り組んでいる、タンパク質の「視る」「識る」「創る」の具体的な内容や、今後の展開について話を伺った。
応用研究にも展開できるロドプシンの構造解析
Q:研究概要について教えてください。
人間の身体には約2〜3万もの遺伝子が存在します。そのため、人間の身体には少なくとも2〜3万種類以上のタンパク質があり、その一つひとつが非常に複雑な機能を備えているといえます。
例えば、我々の眼が見えているのは、眼の構成要素である視細胞の中に「ロドプシン」と呼ばれるタンパク質が存在し、これが光を受容しているからです。そのため、ロドプシンの遺伝子に変異が入ったり、ロドプシンを発現している細胞がなくなったりしてしまうと、眼が見えなくなってしまいます。
それ以外にも、我々がさまざまな匂いを感じることができるのは、鼻の中に「嗅覚受容体」と呼ばれるタンパク質が約400種類あるからです。聴覚や味覚についても同じように、感覚受容の細胞にそれぞれ別のタンパク質が備わっており、それぞれの機能を発揮しています。
ただ、タンパク質というのは化学的視点から見れば比較的単純で、約20種類のアミノ酸が数珠状に一直線につながっているだけのものです。では、どのようにして、この限られた数のアミノ酸から複雑な機能を持ったタンパク質が生まれているのでしょうか。重要なのは、タンパク質が一本の伸びた鎖のまま働くわけではないと言うことです。どのアミノ酸を、どれだけの数、どういう順番で並べるかによって鎖は異なる「形」に折り畳まれ、その結果として、全く異なる機能のタンパク質が創り出されるというわけです。
そこで、我々はタンパク質の構造を「視る」「識る」「創る」、という3つの工程を基盤にした研究を行っています。まずクライオ電子顕微鏡と呼ばれる装置を使って、タンパク質の複雑な3次元構造を明らかにします。これが「視る」工程です。次にどのようにしてそのタンパク質がその機能を果たしているのかを、さまざまな角度から検証し、理解します。これが「識る」工程です。
そして、タンパク質のある機能を生み出すために「△△の位置にある●●のアミノ酸が重要だ」ということが分かれば、そのアミノ酸だけを他のアミノ酸と入れ替えることで、今まで自然界になかったタンパク質を創ることもできるようになります。さらに、タンパク質の形と機能を対応させて考えられるようになると、タンパク質自身を変えなくても、タンパク質にくっつく化合物を設計することで、タンパク質の機能を変えることも可能になってきます。
例えば、タンパク質の活性が高まりすぎた結果、病気になるのであれば、それを抑制するような化合物を創ったり、タンパク質の不活性化により病気になるのであれば、活性を高める化合物をデザインしたりするという考え方です。
このように、アミノ酸を変えて新たなタンパク質を創り出すことや新たな化合物を創り出すことが「創る」という工程になり、一連の「視る」「識る」「創る」を通じて、他の基礎研究に有用な研究ツールの開発や、そのツールを通じた産業利用もしくは医療応用への展開が行えるようになります。
Q:具体的にどんな研究を行っているのでしょうか?
タンパク質は人間だけでなく動物や微生物にも存在し、その数は無数とも言えます。そのなかで、一体どういうコンセプトで、どのタンパク質を研究するのかと言う部分には、研究者の個性が出てきます。
我々の研究室で主に対象としているものの1つが、先ほどから話しに出ている「ロドプシン」と呼ばれるタンパク質です。非常に便利な膜タンパク質で、いろんな生き物が持っています。ヒトの場合ロドプシンは、光に応じて「Gタンパク質」という別のタンパク質を活性化させることで、モノを見るのに重要な働きをしています。一方で、一部の微生物が持つロドプシンは、光を吸収すると開閉してイオンを通す「イオンチャネル」として働くことが知られています。光を吸収してイオンチャネルとして機能するロドプシンのことを「チャネルロドプシン」と言い、私がここ10年ぐらいメインテーマの1つとして研究している対象となります。
チャネルロドプシンは光を当てるとイオンを通すため、これを使って細胞の膜電位を操作することが可能になります。ヒトの神経細胞では、細胞の内側が外側よりも約マイナス70mVに帯電しています。チャネルロドプシンに光を照射して細胞内電位を上昇させると、電位依存性ナトリウムチャネルが開き、脳内の神経細胞を活性化させることができます。
元々チャネルロドプシンは2002年に発見され、2005年頃から、神経細胞にチャネルロドプシンを発現させてその活性を光によって制御するという研究が行われ始めました。現在ではさらに研究が発展し、マウスなど、生きている動物の神経細胞に光を照射させることで、その神経細胞の機能を調べたり、その動物の行動を光によって変えるといったことまで可能になってきています。
例えば2007年頃には既に、マウスの運動行動を制御する神経細胞にチャネルロドプシンを発現させ、光ファイバーを用いてこれに光を照射することで、マウスをぐるぐる反時計周りに走り続けさせるといった実験が可能になっていました。最近では、チャネルロドプシンを用いてマウスに偽の記憶を植えつけたり、幻覚を見せたりといった、より高次の脳機能に重要な神経細胞を特定したり、より高次の脳機能を光で制御するといった研究が可能になってきています。
神経細胞に光を当てることによって活動をコントロールするこうした技術は「光遺伝学(オプトジェネティックス)」と呼ばれ、その中でもチャネルロドプシンは欠かせないツールになっています。実際、より使いやすいチャネルロドプシンがいろいろと作られ、それを用いてより複雑な光遺伝学実験ができるようになり、その結果神経科学に関する我々の知識が深まるという研究の流れが生まれています。
また、神経科学というと基礎研究のイメージが強いですが、最近だとチャネルロドプシンを使って、「網膜色素変性症」と呼ばれる眼の疾患を部分的に治し、患者さんの視力を一部回復させたという研究論文が発表されました。
「網膜色素変性症」とは、網膜の中にある、光の刺激を電気信号に変化する視細胞が働かなくなって、眼が見えなくなる病気です。通常、眼が見える状態では、視細胞が光を受け取った後、光を直接受け取った視細胞の活性化状態が変化し、さらにそこに繋がっている別の神経細胞がその信号を受け取って・・・というふうにリレー形式で、脳の奥深くに情報が伝達される仕組みになっています。
網膜色素変性症の重度の患者さんでも、視細胞とつながっている神経細胞は無事であることが多いので、そうした神経細胞に光を受け取れるチャネルロドプシンを人為的に発現させ、そこから直接光の情報を転送して、視力の回復を目指しました。
実際にスイスの研究グループとバイオベンチャーが一緒になってChrimson(クリムゾン)と呼ばれるチャネルロドプシンを、40年間網膜色素変性症で失明していた男性患者に遺伝子導入を行ったところ、部分的ですがモノが見えるようになりました。その様子は動画でも公開されています。このように医療応用にも使えることが現実味を帯びてきたので、今後そういう研究も間違いなく発展していくと思います。
幅広い生命現象を光で制御することが可能に
Q:研究の技術課題としては、どんな所がありますか?
実は私を含めた世界中の研究者がこれまで視ることができている「チャネルロドプシン」というのは、光が当たっていない状態の構造です。なぜなら、技術的な制約によって、光が当たっている時の「チャネルロドプシン」の構造を視るのが難しいからです。
光が当たっていない時、チャネルは閉じた状態で安定に存在しているので形を可視化しやすいのですが、光が当たっている時にチャネルが開いている時間は数ミリ秒〜数秒程度しかないので、これを視ることが難しく、光によってチャネルがどのようにして開き、イオンを通し、また閉じるのか、実はまだあまりよく分かっていません。
光照射中のチャネル構造がもっとよく分かるようになれば、通すイオンの種類や、チャネルの開閉の時間などをコントロールするような新しいツールを開発することも可能になると思われます。もちろん我々の研究室でもそのための技術開発は行っていますが、まだまだ検討すべきことがあり、その部分については今後精度を高めて取り組んでいきたいと思っています。これが、タンパク質の「視る」「識る」工程に当たります。
もう1つタンパク質を「創る」工程については、イオンチャネルとしてもっと使いやすいものや、新しい分子機能を埋め込んだものを開発していきたいと思っています。
最近、我々の研究室でトライしていることは、微生物が持っている新しいロドプシンの発掘です。実は微生物が持っているロドプシンの中で、イオンチャネルとして機能しているのは全体で見るとごく一部です。
それ以外にも、光を受けて活性化された後にイオンポンプとして機能したり、もしくはロドプシンが別の酵素とくっついていて、その酵素の活性を光によって間接的に制御したりするものがあります。例えば、「セカンドメッセンジャー」と呼ばれる細胞内でのシグナルを中継する分子に「サイクリックGMP」があります。その濃度を制御する酵素としてグアニル酸シクラーゼやホスホジエステラーゼが知られていますが、これらの酵素にロドプシンが融合しているものは光によってサイクリックGMPを合成したり、分解したりします。
実は、こうした新しい機能を持ったロドプシンは、数年おきに発見されており、プレイヤーがどんどん増えています。我々も、他の研究者と共同研究しながら新しい機能を持ったロドプシンの研究を進めており、新しいロドプシンが見つかれば、光遺伝学は、元々神経細胞の興奮抑制の部分で語られることが多かったのですが、それだけでなくもっと幅広い生命現象を光でコントロールできるようになるのではないかと考えています。
Q:この分野を志す学生には、どんな力が必要でしょうか?
何を目指すかによって、必要なスキルは変わってきます。
研究職やアカデミアを目指すなら、想像力を培ってほしいと思います。突拍子もない妄想で構いません。例えば、あらゆる生命現象を光によってコントロールするというのでもいいと思います。そうすれば、その目標を実現させるために、より近い未来において、自分は何をすべきかが見えてくるはずです。その時に湧き上がってきた課題について、いろんな人と話したり、論文を読んだりして、解決していく習慣を身に付けてほしいと思います。
それが、ある程度できている学生とできていない学生とでは、2〜3年のスパンで見た時に大きく変わってきます。できる学生は、やはりどんどん伸びていきますが、それができないと、途中でどこに向かっているのかが分からなくなり、足や手が止まってしまう人が少なくありません。想像力を持っている人は、ある意味で長期的なビジョンを持って取り組める人だと思います。
ただし、最近の学生は授業や就職活動などで忙しいので、目の前の作業を処理するだけでいっぱいになってしまっていると、なかなか想像を巡らすことができません。そのためには、想像する(考える)時間を意識的につくることも大切です。
それともう1つ重要なのは、「フットワークの軽さ」です。構造生物学や神経科学の分野は急速に進展しており、5年も経てば使っている技術が様変わりします。ですから、新たな技術や情報に迅速にキャッチアップしていくことが求められます。学生の場合だと、例えば「□□の新技術を学びたいので、●●の研究室に数週間行かせてほしい」ということを、研究室のボスに働きかけるようなアグレッシブさも時には必要です。
また、研究関係への就職を考えている人であれば、自分で考えるクセと論文を読む習慣を身に付けてほしいと思います。どういう手順で何を調べたら目的の情報が入手できるかが分かっていたり、情報の正誤を自分で判断できたりする能力はどこに行っても有用になってきます。
我々の研究室では、外部から研究者を招いて行うセミナーを含めて、研究生には必ず1回以上質問するように義務づけています。欧米人と比べて、日本人は非常にシャイです。国際学会での発表時も、日本人からの質問はあまり上がりません。しかし普段から質問したりしていると、学会でも少しずつできるようになってきます。
社会に出て聞かなければいけない場面でしっかりと質問できる能力を養っておくことは非常に重要です。学生時代に、正誤情報の取捨選択ができる、自分から動いてプロジェクトを進めることができる、もしくは学会などで物おじせずに自分の意見を言えるようになる、といったスキルを鍛えてほしいと思います。
Q:企業に期待することはありますか?
私の場合、5年間アメリカで研究してきた経験があるので、どうしてもアメリカと比較してしまう部分があるのですが、向こうと比べると日本の企業は、意思決定に時間がかかることが多いように感じることがあります。
まとまりそうになった時でも、「社内で1回検討します」「上司に相談してみます」という回答を頂戴してから、1カ月ぐらい話が中断してしまうことも少なくありません。アメリカであれば、研究規模にもよりますが、その場でやりとりしている人が判断して、「じゃあ一緒にやりましょう」といったことが多々あるので、スピード感が違います。
日本企業も、スピーディーに物事を決めていける関係性を築くことができると、我々のモチベーションも一気に高まりますし、いろんなアイデアをもとに、活発なディスカッションもできるのではないかと思います。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
研究の技術的課題についても触れましたが、まずはチャネルロドプシンの構造ダイナミクスについて、もっと調べていきたいと思っています。そして、構造解析を通じて新しい治療法や薬を開発したり、光によって操作できる生命現象を膜電位だけでなく、他の機能にも拡張したりしていきたいですね。可能性のある分野なので、今後が楽しみです。(了)
加藤 英明
(かとう・ひであき)
東京大学大学院 総合文化研究科 先進科学研究機構 准教授
2009年 東京大学 理学部生物化学科卒業、2014年同大学 大学院理学系研究科 生物化学専攻 博士課程修了。スタンフォード大学 医学部 分子細胞生理学科 博士研究員を経て、2019年より現職。