先進国のがん治療において、半数以上の患者が受けるのが放射線治療である。しかしながら、日本に限るとこの放射線治療の割合は低く改善が望まれる。こうしたなか、動体追跡と陽子線を組み合わせた独自の治療手法によって、さまざまな種類のがんへの対応を実現したのが、北海道大学大学院医学研究院 医理工学院長の白土博樹教授だ。今回は白土教授に陽子線を用いたがん治療の最前線について伺った。
動体追跡と陽子線を組み合わせた治療を開発
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
現代は日本人の2人に1人ががんにかかり、3人に1人はがんで亡くなるといわれています。
放射線治療というと、非常に侵襲性が低く、大手術と比べても患者さんが外来で治療を受けることができ、さらに抗がん剤と比べて副作用が少ないという特徴があります。そのため先進国においては、約60パーセントの患者さんが放射線治療を受けています。
ただ、日本だけを見ると25パーセントほどで、その背景には放射線治療医が不足しているという問題があります。社会的なニーズとしては残りの35パーセントを伸ばしていきたいと考えています。日本が研究している内容自体は、世界的に見ても治すことが難しかったがんの問題解決に貢献しているといえます。
近年、小さいがんであれば、X線治療でも非常に高い効果を得られるようになってきました。また、動いているがんに対して動体追跡技術は非常に役立っており、そこに陽子線治療の技術を組み合わせたものもあります。
陽子線は、X線に比べて少ない副作用で治療ができます。従来は、肺がんや肝臓がんなどサイズが大きく他の箇所への転移が見られないものは、大きな手術が必要でした。今ではそういったがんに対して陽子線や動体追跡の技術を使うことで、外来での治療が可能になっています。
例えば、肺のように上下や前後に動く臓器の場合、X線を広い範囲で当てなければなりませんでした。外さないようにしっかりと放射線を当てなければならないのですが、がんではない部位にもX線がかかってしまうため、正常な組織が耐えられなくなってしまうという問題がありました。このことが原因で放射線治療ができない方も多くいたのです。
一方、陽子線を使う治療の特徴は、そういった方にも治療が可能であるということです。対象であるがんが大きかったり動いたりする場合には、動体追跡と陽子線を組み合わせた治療が非常に有効であるといえます。
陽子線治療そのものは30年ほどの歴史がありますが、動体追跡と陽子線を組み合わせたのは我々が世界で初めてです。2014年から実際に患者の治療を始めています。既存の方法で治療できる場合もありますが、この治療法でしかできない場合もあります。外科医、内科医、放射線科医で考えたうえで治療法を決めていくという感じですね。
Q:「金マーカー」を埋め込む技術には、どういった利点があるのでしょうか。
放射線治療では生物学(バイオロジー)が重要ですが、数学や物理学を活用する医学でもあります。これは、レントゲンがX線を発見したことに端を発する「医学物理学」という学問の中に出てくる概念です。
私たちが提唱しているのが、「医理工学」という領域です。例えば、X線そのものが生体とどう反応するのか、どのくらいの量でどんな反応が起きるのかという部分は物理的な面であるといえます。一方でX線をかける場所を特定して、精度よく治療をするという部分は工学的な面だといえるでしょう。
いわば、「理」と「工」を応用して医学に役立たせようという分野ですが、動体追跡に関してはどちらかというと工学寄りの話だと思います。
かれこれ20年ほど前に我々が開発したわけですが、身体の外側にできたがんと同じような精度でX線をかけることができれば、非常に話が早い。
しかし、体内にあるうえに動いているようながんの場合、なかなかそうはいきません。なんとかして体内にも高い精度でX線をかけたいと考えていました。
そこでまず考えたのは、体内に座標系をもたせて腫瘍の位置を特定できれば、精度が保てるのではないかということでした。
そのためには金マーカーが必要だったため、ロボットの分野で開発されてきた「パターン認識技術」と組み合わせることを思いつきました。この技術を使って、金マーカーが体内のどこにあるのかを計算させようと考えたのです。
パターン認識技術は、もともと野菜の選別などに使われていたものです。金マーカーの形をコンピューターに覚えさせ、0.03秒という非常に短い時間で座標を計算させます。純度の高い金は、体内に入れても害がないと認められており、臨床にも応用しやすい金属です。
金以外にも身体に害のない金属としてチタンや白金などがありますが、例えばチタンは硬すぎるため、形を加工するのが難しくお金と時間がかかってしまいます。あとはMRIで歪みが生じてしまうといった問題もありますね。
Q:現在の研究に至るまで、どういった経緯がありましたか。
現在も放射線の医師をしていますが、学生の頃から物理系の科学に非常に興味をもっていました。当時からこの教室は産学連携に積極的で、今では子宮頸癌の標準治療になっているラルス (RALS) という装置を、1960年代に世界で初めてつくりました。
また「CTシミュレーター」というものもあり、いまでは世界中どこでもCTで放射線治療プランで使われていますが、これも1987年に世界に先駆けて開発し、利用し始めたのも我々の教室です。
私自身、こういった流れの中で育ってきたといえますね。帯広厚生病院や海外にいたこともありますが、基本的にはずっと北大に教えられた理念を継承し、いままでやってきました。
問題点の把握とコンセプトについては主に私が関わっていますが、現状でどのような最先端技術があるのかなどは理工系の方がもってきてくれたアイデアです。そこで、医師と理工系の方がいっしょになって新しい開発をして、特許をとって論文にする、という体制になっています。
金マーカーの改良・低負担化を推進する
Q:今後の技術的課題についてどんなことが予想されますか。
今後の課題は、大きく分けて二つあります。
まず一つ目は、金マーカーをもっと楽に患者に入れられるようにすることです。
現在は1.5~2ミリほどの金マーカーを使っていますが、マーカーを入れるためには3ミリくらいの管を入れなければなりません。局所麻酔をして入れますが、やはりそれなりの痛みが伴います。そういった部分をもっと楽に、より痛みを減らしていく研究をしていきたいと考えています。
もう一つは、そもそもマーカーを全く使わないようにすることです。最近ではMRIなど、さまざまな画像を放射線治療中に使用する方法が注目されてきています。
ただし、使用する機械が非常に高額なものになってしまうため、コスト面を考えていくことが課題の一つだと思っています。
産業応用についても課題があります。コストをいくらでもかけられるのは、研究者側からすれば問題ありませんが、産業となるとあまり高い機械をつくるわけにもいきません。
コストダウンするための方法を考える時には、サイエンスの力が必要だと思います。産業の課題であり、サイエンスの研究材料でもあるという感じですね。
臨床の課題としては、この装置でなくては治らないがんがどんなものかということを、もう少し定量的に知っていく必要があります。治療方法はさまざまで、みんなが同じやり方というわけではありません。
「あなたは外科治療がいい」「あなたは陽子線」というように、どんな方法が患者さんにとって最適なのかを判断できるようにしていかなければならない。
そのためにビックデータを解析して、ディープラーニングで次のことを予測するような情報科学を取り入れた研究もしています。
Q:研究室の体制はどうなっていますか。
学部としては医学部で、大学院が「医理工学院」です。私は2019年度から特に医理工学院の研究に力を入れていく立場になりますが、医理工学院は、理工系の方には医学を教え、保健科学科系の方には理工系の教育をして、融合研究を進める世界でも類を見ないタイプの大学院です。
病院で働く人の中には「医学物理士」という職種の方がいます。現状、国家資格ではありませんが、この資格を持つ人がいないと高精度な放射線治療をすることができません。医学物理士を育て、病院の中でPh.Dの方が次の問題点を見つけて、我々のような者と次の開発や効率化について考えています。
一方で機械そのものをつくりたいという人もいますので、そういった人は企業に勤めることになります。医理工学院にはどちらのタイプも揃っていますので、今後はさまざまな分野へ発展的に進んでいってもらえたらと期待しています。
Q:研究には、どんな学生が向いていますか。
医学部で、学生に放射線医学を教えています。医学部生の中には理工学部を出たあとに医者になった人もいます。学部のうちからここで研究をしたいといって来られる方もいますね。
ある研究によると医学の発展の5割は、医師以外の者によることだそうです。
やはり医療機器の開発などは、医師だけで進められることではありません。理工学や保健科学の中で、医療の発展に携わりたい、理工系や技術系のバックグラウンドをそのために活用したいという方にはぴったりの大学院ではないかなと思います。
Q:企業との関わりはどの程度あるのでしょうか。
毎年秋に学生の研究発表会をしています。興味のありそうな企業の方にはお声がけをして、結構多くの企業さんに来ていただいています。
放射線の治療や診断、ITの医療関係など、すぐにでも社会実装できそうな研究をたくさん行なっていますので、産学連携でやっていけたら面白いのではないかなと思います。研究発表は学生にとってもいい経験ができる場ですから、今後も企業と関わる機会を大切にしていきたいですね。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
私は、日本医学物理士認定機構の代表理事もしています。育てた人の社会的な出口を確立することも、私の大事な任務だと考えているので、今後は人材育成にも注力していきたいですね。
本人たちもそうですが、周りの方々にも社会的なニーズに気づいてもらうための活動が必要であると考えています。
研究に関しては、現時点でスタンフォード大学とも連携をしています。今後は長い付き合いのあるハーバード大学など、他の大学とも新たな研究のつながりも広げていきたいですね。(了)
白土 博樹
しらと・ひろき
北海道大学大学院医学研究院医理工学院長。
1981年、北海道大学医学部医学科卒業。1990年、北海道大学 医学博士取得。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学、英国クリステイー病院などを経て、1986年より、北海道大学医学部 助手。1989年、帯広厚生病院放射線科医長を経て、
1993年、北海道大学医学附属病院 講師、1998年より同大学医学部 助教授。
2006年より、北海道大学大学院医学研究科 教授に着任。
2013年より、北海道大学病院陽子線治療センター センター長。
2014年より、北海道大学国際連携研究教育局・量子医理工学グローバルステーション長。
2017年より、北海道大学大学院医学研究院医理工学院長。