日本でも患者数が多いアトピー性皮膚炎は、難治性の慢性疾患として高い治療ニーズがある。こうしたなか、アトピー性皮膚炎の克服のために可視化技術を用いた研究手法を開発し、皮膚バリア・免疫・かゆみの観点からアトピー性皮膚炎の要因を検証する実験で注目されているのが、京都大学大学院医学研究科の椛島 健治教授だ。アトピー性皮膚炎の薬につながる皮膚バリア機能亢進薬の開発や、非侵襲的に疾患を診断するシステムの開発など、今後の動向に注目があつまる椛島教授に話を伺った。
アトピー性皮膚炎の病態を三つの側面に分けて解明
Q:まずは、研究概要について教えてください。
アトピー性皮膚炎は、日本でも患者数が非常に多い疾患です。人口の約10%、数百万人程度の患者がいるといわれています。一方、治療法に関しましては、この20年ぐらいを見ても、ステロイド系や免疫抑制剤系の塗り薬の開発などについて、大きな進展はありませんでしたが、現在になってようやく明るい光が差しつつあります。
ステロイドの塗り薬は効果は高いのですが、副作用が避けられませんので、アトピー性皮膚炎の診療ガイドラインが整備されてきました。その成果もあり、かつて多くいた「ステロイドは絶対に使いたくない」というステロイド恐怖症の割合もだいぶ減ってきています。それでも、根本的な治療薬の改善や革新的なことが長い間なかったわけです。
さて、アトピー性皮膚炎の病態は、ここ10年~20年で随分明らかになってきています。
アトピー性皮膚炎には3つの特徴があります。皮膚の「バリア」が壊れてしまうことにより外からアレルゲンが入りやすくなることです。二つ目には、アレルゲンが皮膚の中に入ってしまった時にそれを排除しようとする免疫・アレルギー反応です。そして三つ目は、アトピーの患者さんを苦しめる痒みについてです。痒いから掻いて血が出たり、夜痒くて眠れなかったり、勉強時に痒くて集中できなかったりイライラしたりというように、つらい症状が起こります。
これら、皮膚バリア、免疫・アレルギー、そして痒みという三つのポイントに対して、私達はその病態をつかむ研究に約20年間従事してきました。
まず一つ目、なぜバリアが壊れるのかに関しては、皮膚の細胞分化の異常が原因となっていることを、特にフィラグリンという遺伝子変異の観点から明らかにしてきました。フィラグリン遺伝子の変異によって皮膚が乾燥したり、発汗が減少することがアトピー性皮膚炎の発症に関わっています。
続いて二つ目について、バリアが壊れてアレルゲンが入ってきた時に、どのようにして免疫細胞が外敵を排除しようとするのか。そしてその結果、どのように炎症が起きて皮膚炎になるということに関しては、生体イメージングという技術を世界に先駆けて皮膚に応用し、そのメカニズムを明らかにしてきました。
この技術の導入により、皮膚に存在する免疫細胞を生きたまま可視化することができましたので、皮膚炎が起きている最中に、皮膚の中のどこで、どのように免疫細胞が相互作用しているのかがはっきりと目にすることができました。これにより、世界で初めて誘導型皮膚関連リンパ組織という構造を発見することにも成功しました。
三つ目の痒みの研究においては、アトピー性皮膚炎の痒みを阻害する物質の探索とその臨床応用です。そうしていくうちに着目したのが、「IL31」という物質です。IL31は痒みを誘導するため、IL-31を標的にした中和抗体によりアトピー性皮膚炎の痒みが顕著に抑制されることが明らかとなりました。その研究がいま、臨床試験の第三相まで進んでいます。
また、JAKシグナルという免疫系のシグナルを抑える新たな塗り薬の開発についても、第3相を迎えています。本薬は、皮膚バリアを修復して炎症や痒みを抑え、ステロイド特有の副作用が減らせることが期待されます。
このように、アトピー性皮膚炎の臨床の現場から生まれた疑問を基礎研究で解決し、そこで得られた知見を元に新薬の開発に繋げる、という研究を続けています。
ちなみに、基礎研究の遂行の際には、新たなテクノロジーの導入を積極的に行っています。皮膚の研究以外の目的で開発されたものであっても、実は皮膚にも応用できるテクノロジーというものはたくさん眠っています。
例えば、生体イメージングに用いる二光子励起顕微鏡という機器はニコンやオリンパスなど、顕微鏡の開発をしている会社が作製した機器であり、もちろん私にはそのような新しいテクノロジーを生み出すをつくる能力はありません。しかし、臨床家には患者さんをなんとか治したいという強い気持ちと様々な疑問があります。その疑問を解決してくれる手段やテクノロジーを見つけ出し、応用していくことは私どもにもできるです。それ故、皮膚科とは関係の無い分野の学会などにも積極的に参加して物色しています。
Q:椛島様の研究アプローチには、どのような独自性があるのでしょうか。
まず、臨床の現場で何を患者さんが求めているのか、疾患の病態や本質は何なのか、という疑問をとても大切にしています。様々な疑問を何年間も温めつつ基礎研究の学会などに参加していると、もしかするとこの疑問はこの技術を使えば解けるかも知れない、という思い(妄想かもしれませんが)から研究を出発させるところに独自性があると言えるかも知れません。それ故、いつも僕の研究のアプローチはゼロベースでスタートし、ありとあらゆるテクノロジーの利用のチャンスをうかがっています。
また、私自身は、基礎の研究室にいた時間が長かったことや製薬会社との共同講座にも数年ほどいましたので、臨床・基礎・製薬会社それぞれで一定時間を過ごしていたことになります。そのため、3つの立場をある程度理解できていることも研究開発がスムーズに進められる原因となっているかも知れません。
Q:この分野に進んだきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
大学生の時に、免疫細胞のように実際に目に見えるものが、お互いに相互作用をして何かの現象を生み出すという免疫学やアレルギー学に興味を持ちました。もともと頭で考えるよりも実際に目で見たり、経験したりすることが好きでしたので、内科系よりも「実際に病気が目で見える」皮膚科の分野に進もうと考えたわけです。
また、医者の使命として、人の命を救うことが大切なのはもちろんですが、、患者さんの「QOL」(クオリティ・オブ・ライフ)の改善も大切だと考えています。
例えば、アトピー性皮膚炎の方は周りの人に皮膚を見られるのが嫌でプールで泳ぎたくないとか痒くて夜寝られない、抗ヒスタミン薬を飲めば痒みは収まるけれど授業中や勤務中に眠くなってしまう、などの悩みを抱えています。そういった患者さんの力に少しでもなれれば、と感じた事で、アトピー性皮膚炎の分野にフォーカスしていきました。
さて、研究をしていくうえで最も大切なことは、疑問とそれを解決するための道筋を考える事です。疑問を持つためには、いろいろな現象、すなわち自然とできるだけたくさん触れあい、そしてそれを素直に受け入れる事です。皮膚科という臨床医は、皮膚を日々見続けます。その作業を繰り返す中で、ふと沸いてくる疑問を大切にしています。皮膚科という臨床領域は日々病気を直に目で見ることができますから、いろいろな疑問や仮説が生まれやすく、臨床と研究を両立する上で非常に恵まれた科だと感じています。
Q:現在、研究室の組織体制はどうなっていますか。
当研究室は、約三分の二が皮膚科医で、あとの三分の一は皮膚に興味をもってくれている基礎の研究者です。海外の人は10人ほどで、留学生も多いです。アジア圏を中心に、中東からも来てくれていて、多様性に富んでいると思います。
研究室の多くが皮膚科医ですので、臨床と基礎研究の両方を各々がバランスを取りながら研究を進めています。研究テーマはアトピー性皮膚炎や尋常性乾癬などの炎症性皮膚疾患のみならず、皮膚ガンや強皮症などの膠原病、水疱症など多岐にわたります。また、研究対象がマウスと人間の両者にわたります。免疫学的手法のみならず、生体イメージング、ゲノミクス、リピドミクス、一細胞RNA解析などの様々なテクノロジーを用いて説得力のある実験を行う様に心がけています。
臨床に向け、最後の仕上げに取り組む
Q:研究課題としてどんなことを感じていらっしゃいますか。
マウスで明らかにされたことが必ずしも人で正しいとは限りません。我々の研究のゴールは臨床応用にありますので、人とマウスのギャップをどのように埋めていくのかにはいつも苦労があります。
例えば、生体イメージング・可視化技術は、安全性などの観点からマウスが中心になっています。今後は、人での生体可視化技術の応用を実現しなければなりません。そうすれば、人における定常や病気の状態での皮膚の中で起こっていることが深く理解できる事になります。
また、以前と比べて、テクノロジーの発展にはすさまじいものがあります。追いつくためには一研究室レベルでインフラを整えているようでは到底追いつきません。せめて大学レベルできちんとしたインフラを整えることが必要です。
それに、欧米に比べると日本はアカデミアと産業界の間に壁が高く、お互いの利点をうまく生かし切れていません。「オール日本体制」でがんばっていかないと、欧米どころかアジアの諸国にも立ちゆかなくなります。
新聞などで良く報道されているとおり、この10年間で、中国、シンガポール、韓国などのアジア諸国のサイエンスにおけるプレゼンスの向上には目を見張るものがあります。そして、彼らの目はいい意味でギラギラし、夢に満ちあふれています。
研究課題も問題ですが、それよりも根本的なところである人材の育成に深い問題があります。若者が好奇心を大切にし、サイエンスに夢をもって研究に取り組めていないのではないか、という気がしてなりません。
Q:この分野を志す学生にはどんな意識が必要でしょうか。
学生にとって最も大事なのは、なぜだろうという好奇心を大切にし、そしてそれを解き明かす喜びを享受できるかだと思います。
アプローチの方法もたくさんありますから、必ずしもマウスを使って研究をしなければならないわけではありませんし、それこそAIを使う研究をしてもよい訳です。以前に比べて、その人に合ったアプローチ方法が見つかりやすくなってきたと思います。
研究に興味があるだけでも十分素質があると思いますが、研究には長い時間がかかりますし、忍耐力も必要になってきます。1回や2回研究がうまくいかなかっただけで落ち込んでしまう人もいますが、失敗した実験から何かしらポジティブなことを見つけ出して、次につなげていく前向きな考え方も大切です。臨床の場では、治らない病気が数多くあります。すぐに諦めずに、なんとかしたいと思いつづけられるかどうかが大事です。
研究のやり方については、私の場合でいうといくつかのテーマを並行して研究を進めました。プロジェクトの中には仮説が間違っていたり、現在のテクノロジーでは解決できない事も多いので、思い切って進行中のプロジェクトを中止する勇気も時に必要になります。それ故、違う領域のテーマをいくつか走らせておいて、そのうちのどれかがすごく進んだらそこにフォーカスして結論が出るまでそこに集中する、という姿勢は精神衛生的にもよい事が多いです。
あとは、テクノロジーをうまく使っていくことも大切です。これまでの実験手技の限界を、テクノロジーは乗り越えてくれることがあります。私は臨床の人間ですが、例えば分子生物学会や免疫学会など、新しい発見を得るためにさまざまな基礎の学会に参加するようにしています。
Q:企業に必要なことは何でしょうか。
以前に比べて、企業とアカデミアの距離は縮まっていると思います。アカデミアに比べると企業が慎重にならなければならないというのは理解できるのですが、ネガティブな部分だけを見て「条件が厳しいから無理です」というのではなく、ポジティブな部分を見て「欠点はありますが、面白そうだからやってみましょう」といってくれる企業と一緒に働く方が、僕は心地よく感じます。
企業とアカデミアはそれぞれ得意分野が違います。例えば、企業の方は、臨床の現場アンメットニーズを正しく理解する必要があります。一方、臨床医は自分の行なっている研究をどのように臨床応用に結びつけていけばよいのかわからないことが多い。それ故、お互いが交流できる機会をもっと積極的に設けるべきです。
交流の際には、きちんと秘密保持契約を結んだ上で、オープンに意見を交換するべきです。遠慮していればよいものは生まれません。せっかくお互いがいいものを持っているわけですから、オールジャパン体制で国際競争力をあげていくべきだと思います。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
皮膚におけるより本質的な課題を解決することです。
例えば、自己と非自己の認識機構や、外的刺激に対する免疫応答の多様性の解析などが挙げられます。ただ、そこにはオリジナルの仮説や実験アプローチを持ち込みたいです。その点に関しては、常に頭の中を巡らせているわけですが、なかなか良いアイデアが生まれてきません。
また、人の皮膚の中を非侵襲的に可視化するシステムを開発し、それをもとに病態の解明に繋げることにも注力しています。そして、我々のプロジェクトの中から臨床応用に繋げることが夢です。(了)
椛島 健治
かばしま・けんじ
京都大学大学院医学研究科教授。
1996年京大医学部卒。横須賀米海軍病院、京都大学医学部附属病院 皮膚科、米ワシントン大レジデント(内科・皮膚科)を経て、2003年に京都大学大学院医学研究科博士課程修了。
その後、京都大学医学部附属病院助手、カリフォルニア大学サンフランシスコ校リサーチアソシエイトを経て、2005年に産業医科大学皮膚科准教授。
2008年より京都大学創薬医学融合拠点准教授となり、2010年には京都大学大学院医学研究科准教授に着任。2015年より現職。趣味はトレイルランニング(UTMB2017完走)、マラソン(現在もサブスリーをキープ中)と自身のブログ「洛中洛外から椛島健治の頭の中を送ります」の更新。