エアコンや冷蔵庫などの冷媒、半導体などの製造用クリーニング、電気設備のガス絶縁開閉装置など、多岐にわたり活用されているフロン類。CFC(クロロフルオロカーボン)やHFC(ハイドロフルオロカーボン)、NF3(三フッ化窒素)、SF6(六フッ化硫黄)などの「フッ素化合物」で、温室効果ガスに指定されている。これら気体状のフッ化物に含まれるフッ素を再資源化し、温室効果ガスの排出量削減に寄与できる技術をいち早く開発したのが、名古屋工業大学 電気・機械工学専攻の安井晋示教授だ。従来のやり方ではなく、新たな処理技術を使って、純度の高いフッ化カルシウムの精製に成功した。今回は、研究の独自性や、この研究が生まれた背景、実用化の可能性についてお話を伺った。
酸素を使わずに、純度の高いフッ化カルシウムを精製
Q:研究の概要について教えてください。
地球温暖化の原因となっている温室効果ガスのなかには、CO2以外にフロン類があります。
フロン類とは、炭素や水素にフッ素といったハロゲンが含まれた「フッ素化合物」のこと。エアコンや冷蔵庫、洗濯機、ヘアースプレーなどの身近な製品から、半導体や太陽電池の製造用容器のクリーニング、電気設備のガス絶縁開閉装置などのニッチな領域まで、多岐にわたる分野で利用されています。非常に温室効果が高く、CO2を「1」とした場合、電力機器などに多く使われているSF6(六フッ化硫黄)は「23900」倍、冷媒として冷蔵庫やエアコンに使われているCFC(クロロフルオロカーボン)は「10900」倍の温暖化係数を有します。
私たちは、このフッ素の再資源化の研究を行っています。
フッ素は元々フッ化カルシウム(蛍石)という鉱物に含まれています。そこに硫酸を反応させて、フッ酸(フッ化水素酸)という水溶液を取り出し、それを元にさまざまなフッ素製品がつくり出されます。ちなみに、日本には「フッ素」という資源はなく、フッ化カルシウムまたはフッ酸として中国やカナダから輸入しています。そのため、安定した供給を維持していくためには、国内での生産を高める必要があります。その1つの方法として考えられるのがフッ素の再資源化(リサイクル)です。
しかし現状では、フッ素製品は燃焼するとフッ化水素(HF)という有毒ガスが発生するので、大気中に排出しないように燃焼させたフッ化物にカルシウムを含んだシャワーをかけて、低濃度のフッ化カルシウム(蛍石)を含む汚泥にして埋設処分しています。
フッ素を回収して、資源化できるフッ化カルシウム(蛍石)にリサイクルできれば、輸入に頼らずにすみますし、温室効果ガスの削減にもつながります。そのためには、フッ化カルシウム(蛍石)を97%以上の純度の高い鉱物に再生する必要があります。30〜40%というきわめて低い純度のフッ化カルシウムではリサイクルとしてはとても活用できません。
そこで我々は、純度の高いフッ化カルシウムの再資源化を研究開発しました、たくさんの種類のガスを有するフロン類のなかで、最初に取り組んだのはSF6(六フッ化硫黄)といわれるフッ素化合物です。この気体は放電しにくい性質を持っています。通常なら空気中で高電圧をかけると1mの距離で放電してしまいますが、同じ条件下でも、SF6(六フッ化硫黄)の場合は30cmの距離でも放電することはありません。非常に絶縁性の高いガスなので、ガス遮断器やガス絶縁開閉装置などさまざまな電力機器に広く用いられています。
Q:研究の独自性はどんなところにありますか?
先ほども少し触れましたが、従来,フッ素を処理するには(酸素を使って)燃焼させますが、我々の研究では酸素を使わずに、電気炉に水素を混ぜて、1000〜1200℃の高温熱でHF(フッ化水素)とH2S(硫化水素)に分解しています。このように電気炉を使うのが、この研究の独自性です。
そこから一気にガスの状態で200〜300℃くらいまで温度を下げ、フッ化水素(気体)のまま、炭酸カルシウム(固体)と反応させることで、気体が固体の中心まで浸透するので98%ぐらいの純度高いフッ化カルシウムを精製することができます。その際、H2S(硫化水素)は反応せず抜けて分離します。採掘したフッ化カルシウムと同等か、あるいはそれ以上の純度の高い資源を再生できるので、フッ素資源として再利用することが可能となります。
このフッ素の再資源化の技術を、次は他のフロン類にも応用していきました。CFC(クロロフルオロカーボン)やHFC(ハイドロフルオロカーボン)の場合は、同じように電気炉を活用しましたが、今度は水素ではなく「水蒸気」を混ぜて、分解しました。
ただし、この場合H20(水)とフッ酸が混じり合うため、腐食性が極めて高くなります。特に400℃以上なら高温腐食が起きてしまいます。そこで電気炉では200℃まで下げて低温で反応させることで腐食性を低減させました。それによって、ある程度濃度の高いフッ化水素も扱えるようにしました。
その他には、半導体や太陽電池などの製造用容器クリーニング用の特殊ガスとして活用されているNF3(三フッ化窒素)での再資源化にも挑戦しました。NF3(三フッ化窒素)は、成膜用ガスであるSiH4(モノシラン)と交互に排出されるエッジングマシーンから処理するため、他のガスと異なり、2段階の回収を行いました。
最初は電気炉で電気分解を行いますが、まずシリコン系の不純物を冷却して、粉じんフィルタでSiO2(二酸化ケイ素)を回収します。2段階目としては、HF(フッ化水素)だけをカルシウムと反応させ、残ったSiF4(四フッ化ケイ素)をナトリウム系の吸収材で回収し、純度の高いフッ化カルシウム(蛍石)の精製に成功しました。このように混合ガスについてもフッ素を再資源化する技術を開発してきました。
Q:この研究が生まれた経緯を教えてください。
私は名古屋工業大学に着任する前は、電力中央研究所にて電気事業に携わっていました。おもに環境対策に取り組み、そこで先程紹介したSF6(六フッ化硫黄)を削減するにあたっての回収処理や再資源化を研究していました。
実際、SF6(六フッ化硫黄)におけるフッ素の再資源化の研究で特許を取得した時点で、これは他の温室効果ガスにも応用できる技術だと思ったので、名古屋工業大学にきてからは、CFC(クロロフルオロカーボン)や、HFC(ハイドロフルオロカーボン)、NF3(三フッ化窒素)での再資源化の技術開発に精力的に取り組みました。
粘り強い精神や体力が必要不可欠
Q:現時点での技術的な研究課題は何かありますか?
フッ素の再資源化は長年取り組んできた研究テーマですので、実用化に必要な装置を設計するためのデータなども含めて全て収集しており、技術としてはほぼ仕上がっています。例えば、NF3(三フッ化窒素)におけるフッ素の回収や再資源化においては、企業とのコラボレーションにより実用装置を開発し、半導体メーカーにて試運転を行う段階まできています。
ただし現段階では、この技術が実用化されるのは、当分先だと思います。それこそフッ素資源が枯渇してしまうという危機的な状況になったときに初めてニーズが生まれてくるのではないでしょうか。なぜなら、現状だとそのまま燃やして埋設処分するほうが費用としても一番リーズナブルだからです。
今後は、電気炉では分解しにくいガスをプラズマを使って分解するなど、ここで培った技術を他に転用していくことはあると思いますが、温室効果ガスにおけるフッ素の再資源化としての技術的な課題はクリアしたと考えています。
Q:この分野を目指す学生にはどんな力が必要だと思いますか?
どの研究においても同じだと思いますが、研究技術の進展は徐々にステップアップするのではなく、階段状に変化していきます。それまで乗り越えられなかった高い壁が、ある日突然クリアできるようになったりします。そして、そこにたどり着くまでには、非常にたくさんの失敗や大きな苦労があり、時間も要します。そのため、こうした課題を乗り切リ、ブレイクスルーするためには、粘り強い精神力や体力が必要になります。
しかし、一度でも壁を乗り越える成功体験ができれば、それが自分の自信につながり、新たな研究課題が出てきても、以前よりももっと軽度なストレスや忍耐力で乗り越えられるようになります。やはりこういった壁にぶつかって苦労することは、ストレス耐性も身に付くので、学生の間に体現すべきだと思います。人間的にも成長できるので、研究者や社会人になってからでも必ず活かせます。
Q:現在、企業とはどのような関わりをされているのでしょうか?
私の研究室で進めている研究テーマは、一部、博士課程の学生が独自で行っていますが、それ以外の4つのプロジェクトはすべて企業との共同研究になります。インフラ系の企業とのお付き合いが多く、しかもほぼ全てが長期的なプロジェクトです。
また、私は電気学会や応用物理学会、電気設備学会などさまざまな学会に所属しています。なかには支部長を務めている学会もあり、そこでは十数社の企業と新たに研究会を立ち上げて、企業と活発に情報交換などを行っているので、次世代に必要不可欠なテーマが出てきたらすぐにコラボレーションできる体制が整っています。良い内容の提案ができれば、企業側から「ぜひやりましょう!」と、前向きに検討してもらえることが多いですね。
こうした状況のなかで、企業に期待するのは、研究志向のある次世代の人材を長期的な研究を通じて育成していくことです。例えば、大学に社会人ドクターを送り込んでもらって、密に連携しながら次世代の人材を育成していく。そんな機会がもっと増えてくるといいですね。
Q::最後に今後の目標を教えてください。
今回お話ししたのは、環境のリサイクルで、どちらかといえば化学に近い研究テーマでした。ある程度技術的な課題を解決し、すぐ使える技術まで構築しているので、実用化に向けた依頼を待つのみです。私自身電気工学が専門ですので、現在は専ら電力に関する合理的な保安技術の開発を行っています。今後電気設備や電力システムの保安・運用における人材不足が大きな課題になりつつあり、それを解消するためのIoTを活用した遠隔保安システムなどの開発プロジェクトです。常に世の中の一歩先を見据えて、社会的な課題解決に取り組むようにしています。(了)
安井 晋示
(やすい・しんじ)
名古屋工業大学 電気・機械工学専攻 教授
1987年 名古屋工業大学 工学部 電気工学科卒業、1989年同大学 工学研究科 博士前期課程 電気情報工学専攻修了。1989年より電力中央研究所 研究員、1995年より同研究所 主任研究員を務める。2005年、名古屋工業大学 准教授に就任。2017年より現職。