IoTという言葉が一般化するなか、次に注目されているのが「IoMT」だ。IoMTはInternet of Medical Thingsの略で、医療機器とヘルスケアのITシステムをオンラインのコンピューターネットワークを通じてつなぐという概念であり、スマホアプリで患者のデータを取得するなど治療・予防での応用が期待されている。こうしたなか、眼科医として、ドライアイや角膜移植免疫などの研究をする一方で一般社団法人IoMT(Internet of Medical Things)学会を立ち上げ、日本のあらたな医療の形を提唱しているのが、順天堂大学医学部附属 順天堂医院 眼科学教室の猪俣 武範 助教だ。今回は猪俣助教にIoMTのニーズや可能性について伺った。
ドライアイの臨床現場から、治療ニーズを把握
Q:まずは、研究のニーズについて教えてください。
免疫に関する研究に加え、IoMTの研究を行なっています。
ドライアイは、日本では約2000万人以上の人が罹患する病気であるといわれています。それにもかかわらず、今のところは目薬による対症療法しか治療法がありません。ドライアイになると視機能が落ちるだけではなく、集中力や生活の質そのものが落ちるなど、様々な影響を及ぼすことがわかっています。
患者数は多いのですが、生活の中でどのように重症化していくのか、未然に防ぐための予防医療はどのように行なうべきかについては、研究されていない状態です。
また、ドライアイはいわゆるライフスタイルが関係する病気ですが、海外ではその結果として免疫炎症が関係する病気ともいわれています。
私はボストンに留学中、ドライアイ炎症の研究をしていました。現在はドライアイ炎症についての免疫学的な研究もあわせて行なっています。
なかでも、「制御性T細胞(Regulatory T cell )」という、免疫抑制に働く細胞とドライアイの関連を見ています。ドライアイは炎症が起きる病気なので、炎症が起きた時にその炎症を抑える細胞はどう変わっていくのかを基礎的に見ています。臨床においては、様々な臨床研究を行なっています。
その一つが、「目を12.4秒間開けていられない人は、ドライアイの可能性がある」という指標で、これは臨床研究から導き出しているデータです。自分がドライアイだと気づいていないけれども実は症状があり、生活の質や視機能が落ちている人が多くいるのではないかと考えています。
その中でわかりやすい指標、なおかつ病院に来なくても自分でドライアイかもしれないなと気付けるような指標をつくることを心がけています。「悪くなる前に自分で気づいてほしい」という啓発も込めて、臨床研究として行なっています。
現在は、Apple の「リサーチキット®️」というプラットフォームを使った、「ドライアイリズム®️」というアプリも出しています。これはライフスタイルとドライアイの症状がどう関連しているかを調べるためにつくられたアプリで、まずはリアルワールドから集めたデータを解析している段階です。非常に面白い結果になってきているなと思いますね。
つい先日論文になったのですが、ドライアイの自覚症状の重症化には様々なライフスタイルが影響していることが明らかになりました。
例えば運動量が少ない、喫煙をしている、あとはモニターを見る時間が長い人などで、これらに該当する場合はドライアイの自覚症状が重症化しやすいという結果が出ています。
生活の中で防げる項目を直してもらうことで、ドライアイの自覚症状を自分でコントロールすることができるかもしれないというような論文も出ています。
現時点では次々と出てきている結果をフィードバックしていく段階ですが、将来的にはこういったアプリケーションなどを通じて、個人個人の個別化されたデータや新しい形の医療ビックデータを得て、それを個別化医療につなげていけたらと考えています。
今回のアプリであれば目がテーマになりますので、目の「個別化医療」ですね。
Q:「個別化医療」とはどんなものでしょうか。
従来、A という目薬があったら、どの患者さんにも「4回点眼してください」と渡していました。
個別化医療では、これをアプリケーションで生体モニタリングしてあげることで、「あなたは6回点眼してくださいね」など、患者さんの状態に合わせて細かく投薬できるようになる可能性が出てくるわけです。
昨今、先制医療とか個別化医療という言葉が出てきていますけれども、アプリケーションによる生体モニタリングをすることで、頻回データの取得が可能になるので、そこを目指しています。
基礎研究では免疫抑制できる新しい薬をつくるなど、双方向から見ているような段階です。
ドライアイに関する研究のほかに角膜移植についての研究もしており、こちらも制御性 T 細胞を扱っています。
制御性T細胞は、先ほどお話ししたとおり免疫抑制の細胞ですので、移植において拒絶反応を抑えるために働いてくれます。それを活性化させたり、外から持ってきてあげたり、もしくは不活化しているものを戻したりすることはできないか。その研究をしています。
制御性T細胞のような免疫チェックポイントに関連するテーマは、近年注目度が高まっています。
例えばノーベル賞をとられた本庶先生の研究は、逆に免疫チェックポイントを外してあげることで、 T 細胞の攻撃力を増やしてあげるものです。この方法は私たちが行なっていることとは逆ですけれども、システムとしては同じものです。
私たちは逆に免疫チェックポイントを強くし、拒絶を減らしてあげたいと考えていますが、目的は同じというわけです。角膜移植は世界で最も件数の多い移植ですが、年間6万件ぐらい行なわれています。その一方で拒絶反応を起こす人も多くおり、特に血管が多く入り込んでいるようなハイリスクな角膜移植では、拒絶が非常に多くなります。
こうして頻繁に移植を繰り返す人も出てきてしまうのですが、それでは患者さんの負担になります。そもそもドナー角膜は亡くなった方から頂かなければなりません。
最近のニュースではiPS細胞を角膜に使うことも目にしますが、おそらくiPS細胞を使う場合でも、最初は拒絶の問題を確実に見なければなりません。
移植の回数を減らすためには、免疫を見ることが必要です。もしくは、他人の細胞を増やしてそれを組織としてくっつける場合は、また拒絶の問題が出てきます。
今後そういった免疫の問題に対し、制御性 T 細胞を使って拒絶を抑えることが求められます。これが、研究の大きなテーマの一つですね。
最近は日本でもアプリの研究はかなり増えてきていますが、世界的に見るとやはりまだまだ少ない状態です。論文になっているものは、日本ではおそらく2本目だと思います。世界では10~15個くらい。今後増えていく分野ではあると思います。
医療系のアプリは様々なところから出ているのですが、なかなかエビデンスが出ていない状態です。私たちは科学者としてしっかりエビデンスを揃え、それをフィードバックすることを目指しています。
Q:Appleのプラットフォームを選んだのは、どういった理由があるのでしょうか。
私は2012年から15年まで留学していたのですが、その頃はちょうど医療の IoT やAIの話が出はじめた頃でした。これらが今後さらに医療分野に入ってくると確信したうえで、日本に帰ってきてからは免疫以外にどんな研究をしようかと考えていました。
iPS細胞などにも興味はありましたが、誰もやっていないことをしたいと思っていました。
そんな時に「リサーチキット®️」が2015年にリリースされました。
なぜ選んだのかというと、日本は iPhone のペネトレーションがすごく強いこと、あと最初の頃はAppleが強烈にマーケティングをしてくれたというのもありますね。
プラットフォームを使うと様々なことがスムーズにできますし、Appleのものはデザインも優れていました。
ただ、今後はAndroid 版も出そうかと考えています。多様性のある人を見つけなければならないので、世界的に見てもみんなが使える形にしてあげたいですね。
また、ドライアイのアプリ「ドライアイリズム®️」のほかに花粉症についてのアプリ「アレルサーチ®️」も出しています。花粉症の人は日本で約3000万人いるといわれていますが、治すことが難しい疾患です。花粉症のような状態もライフスタイルから解き明かしていこうということで、2018年にアプリを出しました。花粉症はアレルギー性結膜炎になるので眼科にも関係してきますし、耳鼻科やアレルギー科など様々な科にまたがるため、包括的な治療がしづらいといえます。
今回のアプリでは、私の眼科と耳鼻科、アレルギー科、免疫など様々なチーム編成を組んでアプリの作成に取り組んでいます。
Q:目に関するIoTデバイスなどはすでに出ていますか?
眼圧をモニタリングするコンタクトレンズが出ましたし、メガネを出したメーカーもありますね。将来的には白内障の時につける眼内レンズなどもIoT化されていくと思います。それ以外にも、目や体の中に入れるインプラントはIoT化されていくでしょう。
これらIoTデバイスを活用し、個人から収集したデータをどのようにして医療機関につなげるか。これが今後のテーマだと考えています。例えば、アプリでとったデータを QR コードで読み込んで、電子カルテに飛ばす、という感じです。
研究で得たことが病院での治療につながるようにしたいですね。
AIと医者のハイブリッド化を見据えて
Q:医療分野の課題としてどんなことを感じていらっしゃいますか。
分野全体の課題としてはまず、ここまでにお話ししたような医療ビッグデータの話を分析できる人が圧倒的に少ないと感じています。
いわゆるデータサイエンティストのような人が足りていないため、私たちがデータを得てもそれを解析する時に困ってしまうわけです。この部分は課題だと思っています。
また、「生体センサリング」で多くのデータを収集することが可能になってきてはいますが、そもそもデータは誰のものかという問題が出てきます。データの所有権を明確にしたうえで、データ収集をしていかなければなりません。
消費者にとって不利にならないような形でとるのが大事ですし、とるときのフォーマットが統一されてないと、後で相互利用が難しくなります。取ってきたデータもある程度形を近くしておかなければ、相互利用ができません。
続いて私自身の研究課題としては、まず先ほどお話ししたとおり今後はメタゲノムとか、ゲノム・オミックスに結びつけることが必要だと考えています。
こういった分野はビジネス化することが難しいのですが、それでもうまく回していかなければアップデートも難しくなってしまいます。どのように産業化を進めていくかが、産業としての課題だといえますね。
病院に期待することというと、「AIホスピタル」というものが、2020年ごろにはいくつかできあがるといわれています。その影響もあって、国をあげてAIやIoT、ビックデータなどに真剣に取り組み始めています。
私たちが研究をし始めた頃は、IoMT に関する研究を出してもほとんど受け皿がありませんでした。新しい研究だということもあって、「よくわからない研究にお金は出せません」と言われることもありました。
しかし、今ではそういった部分もだいぶいい方向に変わりつつあります。科研費などの助成金を増やして、研究に使えるようにしていただけたら嬉しいですね。
私は「医師の働き方改革」の構成員も務めていますが、例えば病院における医師の働き方改革としても、IoT やAIを使うことは作業効率を上げることにつながると思います。簡単なことは AI にやってもらって、私たちは私たちにしかできないことに集中すればいいですから、様々なことが便利になってくるはずです。
おそらく今後は自動車が電気とガソリンでハイブリッド化した時のように、「AIと医者のハイブリッド化」が進むと思っています。それは悪いことではなくて、私たちができないところをAIにやってもらう。一緒にやっていくわけです。
AIに仕事を全部取られてしまうのではないかと思うかもしれませんが、あくまでもハイブリッド化するような形でやっていけたらと考えています。
Q:この分野を志す学生にはどんな素質が必要でしょうか。
私の一番好きな言葉は「チャレンジング」です。
例えばなにか辛いことや大変なことがあった時に、日本人はつらいとか大変とかマイナスに考えがちです。
私がアメリカにいた時によく耳にしたのは、「チャレンジングな課題」という表現です。何か困難なことがあっても、それをチャレンジという言葉で表すと、なんとなく乗り越えられそうな気がするんですよね。だから私はチャレンジングという言葉が好きです。
皆さんもきっと今後はこんな研究がしたいとか、こんな仕事がしたいという目標があると思います。その中で困難に直面した時こそ、「これは自分にとってチャレンジングな課題だな」と考えてもらって、挑戦することを忘れないでほしいと思いますね。
私が思うのは、まずアイデアですね。リサーチキット®️も様々なアプリが出ていますが、人が集まっているものとそうでないものがあります。
重要なのは「ユーザーに楽しんでもらえるか」という部分です。やはりユーザー目線でニーズを汲み取れないと、なかなか人も集まらないですね。
アプリの研究の際にも、まずニーズをどう汲み取れるかは大事です。その次はネットワーキング。やはりプロジェクトは自分ひとりの力ではできません。研究者はエンジニアではないですから、エンジニアリングの仲間を見つけなければいけません。アプリの組み立て方をデザインする人を見つけたり、ファンディング先も見つけなければなりません。
こうした、様々な役割の人と繋がる能力も重要だと思いますね。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
個別化医療にどのように役立てていくか、だと思います。それぞれの人に合った、オーダーメイドの医療を提供できるようにする。それが今後の目標ですね。(了)
猪俣 武範
いのまた・たけのり
順天堂大学医学部附属順天堂医院 眼科学教室助教。
2006年、順天堂大学医学部医学科卒業(MD)。2008年、東京大学医学部附属東大病院臨床研修修了。2012年、順天堂大学大学院博士課程眼科学にて博士号取得(医学博士)。
2012年より、米国ハーバード大学眼科スペケンス眼研究所へ留学、2015年米国ボストン大学経営学部Questrom School of Business卒業(MBA)。
帰国後、順天堂大学医学部附属順天堂医院 眼科学教室助教となり、2016年より同医院 病院機能管理室併任。2016年より、戦略的手術室改善マネジメント講座 併任。