地球の内部については、まだまだ未解明な部分が多く残されている。地球内部を掘削することで直接見るのではなく、研究室の環境で地球内部と同様の環境を再現することで、そこで起こる物質の変化=相転移を再現する実験が一般的である。
そんななか、地球内部の圧力を再現するために世界最高レベルの高圧・高熱を実現し世界中から注目を集めているのが、東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の廣瀬敬教授が開発したダイヤモンドセルだ。今回は地球内部を調べる研究の出発点と、鉱物の変化の観察にとどまらない研究の展望について廣瀬教授に話を伺った。
地球内部の層構造を実験下で推測する
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
地球の内部に、どんな層構造ができているのかを研究しています。
地震学の観点から考えると、例えば地球内部の真ん中には「コア」という鉄の塊があり、その外側に「マントル」と呼ばれる岩石の部分があります。また地表には「地殻」というまた別の種類の岩石があります。
地球の中は、この3つの層からできています。
小学生が読む図鑑で一度は目にしたことがあるかもしれませんが、たいていそこに書いてあるのは、「地球の真ん中には鉄の塊があって、その外側に岩石があって……」というような説明のされ方です。
これをもう少し詳しく見ると、コアと呼ばれる鉄の塊には中心に固体部分があり、これを「内核」と呼びます。一方でその外側には液体のコアがあり、これは「外核」と呼ばれています。一口にコアといっても、2種類あるわけですね。
コアは95%が液体で、固体部分は5%ほどしかありません。コアの外側にはマントルがありますが、マントルもコアのように層構造になっています。マントルは4つの層に分かれていて、浅いところから上部マントルや遷移層という名前がつけられており、その上に地殻があるといった感じです。
このくらいのことは地震学でわかりますが、「なぜマントルが4つに分かれているか」という疑問は、地震波のデータを見ただけでわかることではありません。地震波の速度はわかっても、この層にはどんな石があるのかということまでは、データの数字からはわからないのです。
その中で私たちが研究しているのは、地球の内部にどんな層構造ができているのかを理解するための研究です。
研究では、実験室で地球の深いところの状況を再現し、研究をします。まず地球内部に相当するような高い圧力と、高い温度を同時に発生させ、その環境の中で岩石を調べます。
岩石はいくつかの鉱物が集まって成るものです。石が変化する、岩石が変化するという意味は、圧力と温度とともに鉱物の種類や結晶構造が変わっていくことを指します。結晶構造の変化を「相転移」と呼んでいます。
例えば「炭素」といっても、鉛筆の芯も炭素ですし、ダイヤモンドも炭素です。両方とも同じ炭素ですが、鉛筆の芯に5万気圧と1000度くらいの温度をかけると、ダイヤモンドになります。それは別に炭素がなにか別のものになるのではなく、相転移したというわけです。化学組成は変わらないものの、結晶構造つまり炭素の結合状態が変わるということです。
炭素がつくる結晶が、グラファイトといっている鉛筆の芯からダイヤモンドに変わる。これが多分一番わかりやすい例だと思います。
グラファイトはすごく柔らかく、鉛筆の芯として使えます。一方のダイヤモンドは人類が知っているものの中で最も硬い物質ですので、簡単にいうと「すごく柔らかいものから、すごく硬いものになる」ということになります。鉛筆の芯は真っ黒ですが、ダイヤモンドは透明です。また鉛筆の芯は一定の電気を通しますが、ダイヤモンドは全く通しません。このように、相転移によってとにかくガラッと物性が変わってしまうのです。
これは炭素に限った話ではありません。我々の身の回りにあるほとんどすべてのものは、マントルの深いところまで持っていってしまえば、別の結晶構造に変わり、物性がガラッと変わってしまうのです。
マントルの一番上部にある岩石や鉱物を掘ることはできませんが、実際に採ってくることはできます。マントルの石は、地表に露出しているところもあり、そこでマントルの石や鉱物を採ってくることができます。
例えば、宝石屋さんによくある「ペリドット」という黄緑色の石。これは「カンラン石」というもので、上部マントルの主要鉱物(6割ほど)を占めるものです。深さ410キロよりも深いところには、地震波がより伝わりやすい「遷移層」と呼ばれる部分がありますが、この遷移層を占めているのは、カンラン石が相転移した別の鉱物だとされています。
なぜ地震波が伝わりやすいのかというと、それはもっと硬いからです。
ペリドットに15万気圧をかけ、温度を1000度程度にあげると、黄緑色だったものが、より色の濃い緑色の鉱物に変化することがわかっています。ダイヤモンドとグラファイトほどの相転移ではありませんが、より硬い鉱物になるということです。
このようにある物質を実験室で相転移させ、その性質を観察することで、地球内部の層の性質を推測することができる、というわけですね。
ペリドットの相転移が初めて調べられたのが、1950年代のことでした。このことから、「相転移によって、マントルの中には4つの層構造があるのではないか」という話が出てきたのです。深さ410キロの部分の相転移に関しては実験で証明されたわけですが、まだあと2層あり、その正体に相転移が関係しているのかどうか、それを調べなくてはいけませんでした。
別の層が始まる深さは決まっていて、例えば世界中のどこに行っても深さ660キロより下の部分は地震波のスピードがさらに早くなります。また、その深さでかかる圧力もわかっています。実験室で圧力にすると24万気圧なのですが、その環境下で物質がどうなるかというのが次のクエスチョンでした。
深さ410キロの位置は15万気圧ですが、この圧力を出せるようになったのは1960年代のことです。一方で24万気圧を出すことに成功したのは1974年で、10年ほどかかっています。
もう一つ、最後の層については深さが2600キロもあり、圧力も120万気圧程度です。この環境の再現には、かなりの時間がかかりました。この層の再現を最初に成功したのが、私たちの研究室というわけです。
Q:レーザー加熱式ダイヤモンドセルとは何でしょうか。
「レーザー加熱式ダイヤモンドセル」は、実験装置の名前です。もちろん皆さんがよく知っている、あのダイヤモンドです。ダイヤモンドを使うのは、高圧を出すためです。高圧を出すためには硬いもので押さなければなりません。硬くないと押すほうがつぶれてしまうため、この装置ではダイヤモンドを使っています。
ここまでは加圧についての話ですが、地球の中は高圧かつ高温の世界なので、同時に温度も上げなければなりません。温度を上げる方法はいくつかあるのですが、その一つがレーザーによる加熱です。透明なダイヤモンドを使っていれば、レーザー光をそのまますり抜けさせ、試料に直接レーザーを当てて温めることができます。
試料を超高圧かつ超高温にできるのが、レーザー加熱式ダイヤモンドセルの特徴です。高圧・高温実験にはいくつかのやり方がありますが、地球の深いところを再現するには、このダイヤモンドセルでないとできないわけです。
ダイヤモンドセルという装置の開発は、元々1950年代にアメリカで始まり発展しました。私がアメリカに1996年に留学して、その時にこの方法の基礎を学んだのですが、日本に帰ってきてからは、自分のやり方で研究をしています。基本は変わらないですが、どうやったら他よりも圧力を出せるかなど、様々な工夫とオリジナル性があります。
うちの研究室ではとにかく他よりも高い圧力が出せます。その意味で、他の研究室とは一線を画すと言えるでしょう。世界中にある研究室の中でも、本当に最先端で同じような研究をしている研究所の数は20ぐらいで、アメリカとヨーロッパ、あとは日本にいくつかという感じですね。
実際の観察においては、加熱している最中にそのままX線の光を通して試料がどうなっているかを見ることもあります。それは東大ではできないので、スプリングエイトという兵庫県にある専用の研究施設に、毎月通っています。
液体の構造変化の謎を解き明かす
Q:これまでのご経歴について教えてください。
もともと、東京大学の理学部、当時は地学科(現在の地球環境学科)の地質学コースを出て、そのまま東大の大学院に進み、東工大の助手になりました。その後も東工大には22年間いて、2017年の4月に東大に戻ってきました。現在は東大と東工大を両方兼任している状態です。
学生の時には地質学を学んでいたこともあって、地球の表層の研究をしていました。火山で噴火するマグマは、元々マントルの一番浅いところの岩石が融けてできたものです。大学院を修了して博士号をもらい、さて次は何をしようかなという時に、「マントルの一番深いところの研究をしてみたい」と考えました。
それまではピストンシリンダーという高圧発生装置を使って実験をしていましたが、今度は全然違う種類の「ダイヤモンドアンビルセル」という、もっともっと圧力が出る高圧装置を使って実験をしたいと思うようになりました。
研究についてはやはりアメリカが一番進んでいたので、1996年にアメリカに留学することにしたわけです。東工大の助手をしながら留学させてもらったのですが、帰ってきて間もなく助教授になり、研究室を立ち上げました。アメリカで学んできた技術を生かしながら、従来のやり方に色々な工夫を加えて研究を続けてきました。
東工大に行って20年弱経った時に、地球生命研究所という新しい研究所をつくることになり、今もその所長としての仕事もしています。
Q:今後、乗り越えていきたい研究課題は何でしょうか。
先ほど地球の構造の話をしましたが、例えば地球の真ん中にどんな結晶構造の鉄があるかもすでにわかっています。一方、まだわかっていないこともたくさんあります。実は外核の液体のコアについてはまだわからないことだらけなのです。
固体であれば結晶構造をX線を使って簡単に決定できるものですが、液体となると結晶ではないので、構造(原子の配列)を調べることは難しいのです。
私たちがチャレンジしているのは、液体が高圧下でどのようにミクロな構造を変えていくかを調べることです。液体も、構造が全然ないわけではなく、圧力をかけていくとミクロな構造はどんどん密の高いものになっていきます。
問題なのは、X線ですぐわかるものではないことです。固体の構造を調べるのと同じようなX線データを上手く利用して、液体のミクロな構造をだすということにチャレンジしているところです。
地球の中の構造変化については、固体の研究がひと段落つきつつあるので、今度は液体のほうの研究に取り組んでいるということですね。
先ほどから結晶構造などの話をしていますが、ダイヤモンドのように結晶構造が変わるだけではなく、物性がガラッと変わるのがたいへん面白いと思っています。
物性というのは、例えば熱伝導率がどのように変わるか、石の硬さがどのように変わるかなどを指します。結晶構造を決めることは、ある意味最初の一歩であって、結晶構造が決まったらその鉱物がどのような性質を持っているかという「物性値」を決めていきます。熱がどのくらい伝わりやすいかとか、どのくらい硬いかなどを調べていきます。
マントルの相転移について全部わかってはいるけれども、だからマントルの研究をしていないかというとそうではなく、相転移したあとの物性を調べることも同時に行なっています。研究で本当に面白いのはこの部分ですね。
Q:研究室にはどんな学生がいらっしゃいますか。
研究室の学生は、東大ではいまのところ全員が地球物理学科出身です。マントルとコアの構造や進化について、全員が違うテーマで研究を進めています。全員が博士になるわけではありませんが、理学部なのでやはり研究者志向の人が多いですね。
私は東大に戻ってまだ2年ですが、東工大には25年勤めています(※現在も兼任)。比べてみると東大の学生は、自分の個性をちゃんと持っている感じがします。研究者になる上で自分のオリジナリティを出していくことはとても大事な部分です。
人と違うことをする独自性・独創性。周りがやっているから私もやるということではなくて、自分が面白いと思うこと
を自分で発掘していく力。それが研究者として大事なことだと思います。
例えば加熱ひとつとっても、レーザーで簡単にやるか、それともヒーターでちょっとずつ温度を上げていくか、というチョイスがあります。例えば「あと5度上げたい」というとき、レーザーではなかなか難しいのです。レーザーは割と大雑把で、プラスマイナス100度単位の温度調整しかできません。
一方、ヒーターは仕込んで、電気を流して、発熱させてというように難しいのですが、難しい分、プラスマイナス5度で細かな制御ができます。きっちりした実験をやりたい時は、ヒーターを使わなければならないこともあります。
また、研究では様々な試料を見ることができるので、みんなが見ている部分ではなく、できるだけ若いうちから一味違うことを意識して欲しいなと思います。
Q:今後、取り組んでいきたいことは何でしょうか。
研究室として力を入れているのは、現在の地球の研究ではなく、大昔、地球ができた頃についての研究です。
地球の出発点の頃の話ですが、例えば現在の地球の内部を見ていても、「どうしてこうなっているのだろう」と思うことが数多くあるわけですが、ほとんどの場合解決できていません。
最初に地球ができた時に、地球全体がマグマの海に覆われたとか、金属が中心に集まってコアができたなどの、大きなイベントがあって、それが地球の出発点を決めているのだと考えています。出発点を理解しないと、現在の地球についてもこれ以上理解が進まないのではないか、ということです。原始の地球ができた頃、どのような状態だったのか、その時になにが起こったのか。地球の出発点を理解することで、現在の地球に残された謎を解明していきたいですね。(了)
廣瀬 敬
ひろせ・けい
東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻。東京工業大学 地球生命研究所。
1968年福島県生まれ。90年東京大学理学部地学科卒、94年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了後、東京工業大学理学部地球惑星科学科助手。96-98年米カーネギー地球物理学研究所客員研究員、99年東京工業大学院理工学研究科地球惑星科学専攻助教授、2006年同教授に就任。12年より現職の文部科学省世界トップレベル国際研究拠点である東京工業大学地球生命研究所の所長に就任。17年より東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授を兼任。高圧地球科学者。07年日本IBM科学賞、11年日本学士院賞、16年藤原賞を受賞。著書『できたての地球―生命誕生の条件』(岩波書店)。