生活習慣病の発症に重要な炎症は、血管と組織の境界部分にしばしば認められる。一方で、従来の観察手法ではアプローチが困難という課題があった。そのような中で、光を用いた独自の生体イメージング手法を開発し可視化を行ない、実態の解明及び新規治療法の開発を目指しているのが、自治医科大学分子病態治療研究センター分子病態研究
部の西村智教授だ。現場に即した生体イメージング技術を重視し、自らも機器を開発する西村教授に、医学部としては珍しい研究手法について伺った。
現場での撮影課題を解決する
Q: まずは、研究の概要についてお聞かせください。
バイオイメージングや生体イメージングという言葉があります。生き物についての基礎研究で「なぜ人や動物が生きているのか」、その理由を探求するために体の中を見て撮影する際に作られた言葉です。撮影すると一言に言っても、基礎研究での撮影も、臨床診断の際にレントゲンを撮るのも、あるいは、手術のときにカメラで撮るのもすべて撮影です。
バイオイメージングや生体イメージング研究の中で、私の立ち位置や仕事は少し変わっているかもしれません。生物研究を主眼として、人や動物を撮影するだけでなく、技術そのものにはどんな展開がありうるのかという「技術提案」や、それを使った新たな研究を導き出したり、あとはそれを必要とする企業や研究室のコンサルテーションなどもしています。
そもそも、「動物を生きている状態で、しかも非常に解像度を上げて細かく早く見る」という技術はニッチなもので、必ずしも誰もが行なうものではありません。基本的には、固定した動物サンプルのほうがよく見えるし、体の中の状態もある程度は推察することができるためです。
しかし、私たちの体は常に変化しながら生きています。手術で切り出して標本にできるのはごく一部です。生きたまま体を見る方法として、レントゲンやX 線といった技術があるのですが、放射線の被曝などの副作用を伴います。あるいは、核磁気共鳴や超音波では解像度に限界があります。そういった点からも、体をやさしく見るやり方が求められています。
これまで、可視光や赤外光を使った観察技術は十分に研究されておらず、私はこれらの光をつかったイメージングを研究しています。光はレントゲンのように透き通って見えるわけではないので、センサーからの距離が問題になります。そのため一番、可視化が簡単なのは体表面です。人間は実験動物と比べると割と分厚いので、体の表面や手術中の体の中などを対象にすることが多くなります。
一方、実験動物では、種類によっては非常に薄い場所もあるので、骨の中など人ではなかなか見えないところもはっきり観察できます。実際の研究では、マウス観察が多くなります。ただし、人臨床で用いる手術用機材を提案する際には、人間サイズの機材を体長5 センチのネズミで作ってもどうしても分からないことがあります。その際は、より大きな豚など、人サイズに近い動物を使うこともあります。ただし、実際にはほとんどの場合は観察しやすいマウス実験が多くなります。
Q: マウス実験できれいに生体イメージングできたら、それをより大きな動物に応用していこうというのが基本的な流れになるのでしょうか。
そうですね。ただ動物で使う機材と人で使う機材は、設計思想が全く違います。厚みや長さが一桁以上違うので、自然に作るものも違ってきます。また、実験動物を観察したいときは研究室に持っていけばいいわけです。巨大な顕微鏡でもかまいませんし、世の中に一つしかない一品ものの装置でもいいでしょう。
しかし、患者さんを診察するために、となれば、毎回巨大な機材室にご案内するわけにはいきません。そもそも、一般病院の診察室でやるのであれば、大きな機材はありえないのです。実用には、なにせ安く、コモディティ部品で、小さいものでないと使えないのです。
得てして、全部のニーズを叶えるようなものをみんな作ろうとするのですが、それは理論的、物理的な限界からありえない提案になります。ニーズに応じて設計思想も大きく異なるのです。いままでの医学研究は書面上のスペックを追求するようなものが多いですね。まだまだ、人に使えるものがアカデミアから出てくる可能性は低いともいえます。
Q: 続いて、実際の研究体制についてお聞かせください。
顕微鏡のユーザーは研究者には多いのですが、私たちはレンズ・部品・素材から作ることもしばしばです。レンズ自体を樹脂やガラスから作ることもあります。これらの、レンズやミラーといった光学部品を並べて顕微鏡にし、最後に動物体内で撮影する、というところまで、すべてを一貫してひとつの研究室で行っています。もちろん時間はかかります。ですので、完成した撮影機材を使って、どんなことがわかるのかについて、特定の仮説検証のためにすごく時間をかけて追求するといったことは行なっていません。
私の研究ニーズだけから開発を行なっても、私のデバイスにしかなりません。より汎用性を持たせるために、医者の知り合いと「どんなものがあったらいいか」と、ニーズを議論しながら作ることも多いです。私は臨床現場にずっと出ている人間ではなく、実際の勘所は実際に患者を眺めている人の方がよくご存じです。例えば体表の診断用のものを開発したのであれば皮膚科医に見せる、といった流れになります。
Q: 臨床の現場の声を常に聞きながら自分の設計に活かしているという関係性ですね。実際に作ったものを自分で試した上でどこかに発表されたりもしますか?
機材を作る研究は、民間企業であればそれだけで成立します。また、商品化して売ることもできます。しかし、アカデミアからは開発研究だけでは発表する場所すらありません。仮に、知財をとったとしても、事業展開を前提としなければ意味があるわけではないのです。
そうなると、必然的に多くなるのが我々の側から積極的に企業の開発プロジェクトに関わることです。共同研究やコンサル、アプリケーション作り、実データ撮影、など、さまざまなレベルでの関わり方がありえますね。また、自分自身でゼロからプロトタイプまで作り、ベンチャーからパテントとしてアイデアを民間にお渡しするようなこともあります。
Q: いわば発起人でありつなぎ役でありというところで、研究者よりもアクティブに動かれているというイメージですね。現在、他にスタッフさんはいらっしゃいますか?
スタッフはいますよ。ただ、医学部出身の学生さんが多いので、機械を作るエンジニアリング分野とは違います。バックグラウンドが違う人に無理やり開発研究を押し付けても、いろいろと難しいことが多いです。その場合は、学生さんは「機材を使って何が分かるか」について研究をします。
一方で、機材開発に特化した研究をされるかたも時々いらっしゃいます。ここには、スタッフとして正式に所属している人だけでなく、外部から顕微鏡を使いにくるひとも多いです。ラボに何人いるのかよくわからないですね。おそらく、いつも5 人、10 人程度の人が行ったり来たりしているはずです。
Q: 他の大学から研究に来るような、良い設備があるということなのですね。
そうですね。医学的な診断機器はコストも掛かるし医療費もかかります。
現在、医療費のなかで、MRI やCT などの撮影に関するお金が相当部分を占めています。自分が病院にかかったことを想像しても、MRI でちょっと検査すると、1 〜2 万円自己負担でかかるのが現状ですよね。これが、痛み止めの薬だったら、数百円です。1 〜 2 万円払うことは抗がん剤の治療でもしない限りはありません。
つまり、診断・撮影のコストが相当部分を占めています。そしてこれらの診断を新たなものに変えるために光技術を取り入れようとしています。
Q: こうした研究は、世界各国でも盛んなのでしょうか。
例えばドイツでは国を挙げて企業を作り、地方自治体ぐるみでサポートをするようなやりかたがあります。一方、日本の産業振興にはそこまでの体力はないです。企業内部での安全管理などについても厳しいです。
そのため、こういった撮影機材研究において、日本が先行することは難しいでしょう。日本の一眼レフカメラが世界一なのは間違いないのですが。日本の特徴をいうなら、フォトニクス自体については進んでいるが、メディカルアプリケーションに繋がっていない、といえます。
現場や開発メーカーとの対話を重視し、常にニーズと向き合う
Q: これまでのご経歴についてお話いただけますか。
医学部を出て最初は循環器内科にすすみました。心臓のカテーテルの治療などを研究していました。内科関連のことをやっていたのが3 年くらいです。その後基礎研究をはじめて、研究のフィールドは何回か変わったものの、ずっと東大にて研究をおこなっていました。
その後、自治医大にきたのは、4年ほど前になります。ちょうど永井良三学長が東大からこちらに移られたころです。おそらく、新しいことをする人材が必要だったのでしょう。私自身も、自治医大に来たら新しいことができるかなという動機で来ました。そのタイミングで、研究フィールドそのものが少し変わり、ものづくりをはじめたというわけです。といっても、実際に使えるものを作るようになったのは最近ですね。
Q: ご自分でものを作られるとき、材料はどこから仕入れているのですか?
ルートはたくさんあります。購入場所は秋葉原のようなところもあれば、ローカルなホームセンターのことも。あるいは、機械を作る工場が部品を発注する素材屋のようなところもあります。
また、半導体素子であれば海外から取り寄せることも可能になっています。いまは、半導体の材料ですら、部品調達サイトが進んでいます。昔であれば1000 個単位でしか買えなかったものを数個単位で発注できるのです。便利になりましたね。
Q: 研究において、技術的、産業的課題について感じていることはありますか?
産学連携という言葉が飛び交っていますが、基本は人と人のつながりです。そして、私はいつもなるべく多くのメーカーのエンジニアと直接話し、現場の人の話を得るように心がけています。議論の際には、ニーズの話や「こんな研究があったら面白い」という話が多く生まれますから。
もちろん、すべてが事業プロジェクトになって継続的にやるわけではありません。特に、5000 人以上従業員がいるような大きな会社は、会社の中で元々決めた開発ラインに乗って粛々とやるというのをよしとしている風潮があります。ちょっと面白いアイデアがあっても飛びつけないのでしょうね。下手すると、失敗しているプロジェクトにこそしがみついていたりして、第三者の私から見ると「何でこんなことをやっているのか」と思ったりしますよ。
私が独学・浅学で作った提案でも、それなりに価値を感じてお金を出して買う人がいる現状があります。本職で開発研究している人は、社内論理の狭間で噛み合わない仕事を押し付けられて成果が出せていないのかもしれません。
Q: 企業に対して要望はありますか?
私の思い当たる企業は私から積極的にコンタクトしています。というのも、医学部からの電話だとむげにことわられることが少ないのです。レンズ・センサーメーカー、あるいは、化学系の企業にしても、それなりに皆聞いてくださるので、問題はありません。医学部の特権かもしれません。
一方で、私が思いつかないような人、知らない技術分野には連絡しようがありません。たとえば、自分が分からない映像、芸術、文学の方とは、医学部にいたら話をすることはほとんどありません。そういった、業界の方がブレイクスルーをもたらしてくださることもあります。
友人で、エンターテイメント業界で映像をやっていて、映画を作っている方がいます。映像情報の管理や編集など、その人と話すと色のことなどすごく勉強になりますよ。教育業界にも関わっています。小学校にまで出張して授業もします。子供にロボットを作らせる、といった、医学部と一見まったく関係ない講義もやっているのですね。
大学や医学部とは大きく違う業界ですね。子供にロボットを作ってもらうと、面白いですよ。思いもかけないデザインのロボットを作ってくださいます。一方で、最近の子供は工具をあまり触ることがないみたいです。ドライバーでネジをちゃんと回せる子すら少なくなっています。ものづくりの授業をやらせても、実際にはマニュアル工程どおりのものを作るだけです。「素材を渡すから、好きに作っていい」ということはほとんどありません。本当の面白さはそういった場面にこそ生まれるのですが。
Q: この分野を志す学生に伝えたいことはありますか?
私は、私の今やっている研究をそのまま誰かに引き継いでほしいと思ったことはありません。ラボの誰かに渡すつもりもないですし、そもそも、こんな極端なやり方は私しかやらなくていいとも考えています。私には私なりの特技があり、その結果、この研究が成立しているのでしょう。
研究は個性の表現そのものです・残念ながら、医学や生物学は、判で押したように同じ研究をしている人があまりにも多く、端から見るとそれがつまらないからライフサイエンスにお金をつけるのをやめようという人までいるほどです。もっともっと、大学でも個人の特性を活かすべきです。個人の特性は色々あって、全然寝ないで仕事できる人もいれば趣味で色んなことができる人、ものを作る人もいれば色々使うことが上手な人などさまざまです。しかし、大学の教育では個々人で得意なことを探してくれません。多くの人が自分の特性を知りません。「自分は実は手先が器用だ」と気づかない人すら多いです。
個人の特性は小学生くらいにはほとんど決まっているという意見があります。実際に、私は小学生の頃からずっとものを作っています。作文が上手なひとは文章を書けばいいと思いますし、みんなそれぞれ特性があるのでしょう。それを探すのは親の義務の一つと思います。
“ 医学部生” は卒業と同時に専門を選びます。人生の岐路ともいえる決断をいきなり迫られるわけです。実際に、どこに行ったらいいか分からないという声もよくききます。消極的に、「楽そうだからこの科に行こう」と言う人もいるくらいで、そこで人生面白くなくなっちゃったりします。
一方で、「自分は観察眼が鋭いので皮膚科の微妙な診断ができそうだ」と分かれば、医師としての成長も早いでしょう。こういう特性の見極めをもう少し早くからはじめてもいいんじゃないでしょうか。卒業前じゃなくても気づくようにしてくれたらいいと思います。
医学部は受験は難しいですが、国家試験そのものは難しくありません。学生さんは遊んでいる時間も長いでしょう。楽しく、遊ぶのもいいですが、その間に何か特技や一発芸くらいは身につけてほしいと思いますね。そして、それこそが研究のきっかけになると僕は思います。 (了)
西村 智
にしむら・さとし
自治医科大学 分子病態治療研究センター 分子病態研究部 教授
1999 年、東京大学大学院医学博士課程 修了後、東京大学附属病院内科研修医となる。
2001 年より東京大学付属病院非常勤医員を経て、2006 年より日本学術振興会特別研究員DC2、2007 年より同PD となる。
2008 年、東京大学循環器内科特任助教(JST さきがけ研究員兼任)となったのち、東京大学医療ナノテク人材育成ユニット特任助教を経て、2009 年に東京大学システム疾患生命科学による先端医療技術開発拠点(TSBMI)特任助教となる。
2011 年東京大学システム疾患生命科学による先端医療技術開発拠点特任准教授となったのち、2013 年より現職