昨今、さまざまなアレルギーが報告されており、社会問題となっている。アレルギーは先進国特有の症状であることがわかっており、また明確なアレルゲンがわからないままアレルギー症状を発症させるケースも散見される。
なぜアレルギーが起こるのかを考えるにおいて重要なキーとなるのが、人間が生来もっている自然免疫だ。免疫系は体内に侵入した異物の排除に重要な役割を持つ一方、アレルギーの発症にも関与するためだ。この自然免疫を解明することで、アレルギーの原因を追求することができる。
こうしたなか、「ILC2」とよばれる自然リンパ球の発見によって、アレルゲンがない状態で起こるアレルギーのメカニズムを説明したのが、理化学研究所生命医科学研究センター自然免疫システム研究チームの茂呂和世チームリーダーだ。
今回は茂呂チームリーダーに、これまでに説明がつかなかったアレルギー症状を解明する大きな手がかりなるILC2 理論の概要と可能性について伺った。
アレルギーの原因となる 「ILC2」の存在を発見
Q: まずは、研究の内容についてお聞かせください。
免疫には、「獲得免疫」と「自然免疫」があります。
病気になると免疫が必要になるというイメージがあると思いますが、実は病気にならないために必要なものです。たくさんのバイキンと日々戦っている免疫は、自然免疫と獲得免疫に大きく分類することができます。
私は自然免疫のほうを研究しているのですが、自然免疫と獲得免疫では何が違うのかというと、バイキンも含め、敵が何なのか、どんな敵がいるのか明確に判断する機構を持っていないものが自然免疫として働く細胞になります。
獲得免疫系の細胞にはT 細胞とB 細胞があるのですが、様々な免疫細胞がいる中でこの二つだけは明確にどのウイルスなのか、どの細菌なのかなどを見分ける術を持っています。そのため、非常に高等な免疫反応ができるといえます。人間など、より高等な生物のほうがこの獲得免疫が発達しています。
では自然免疫がダメなのかというと、そういうわけでもないのです。まず獲得免疫にはある程度の勉強期間が必要です。一度かかるとならない病気として、例えばおたふく風邪や水疱瘡などがあります。一度これらの病気にかかることで獲得免疫系がどんな菌だったのかを記憶し、体内にいてくれることで二度目にかかることがないのです。
それに対して自然免疫がなぜ必要なのかというと、獲得免疫には勉強期間が必要であるため、働き始めるまでに時間がかかってしまうという弱点があるためです。一方で自然免疫系の細胞は常に様々な臓器にいて、「どんな敵なのかはわからないけれども、敵だな」というくらいの認識機能は常に持っており、すぐに戦ってくれるというメリットがあります。敵の種類はわからないけれど、悪いやつが入ってきたから戦うぞという感じですね。
自然免疫はリンパ球系とミエロイド系に分かれるのですが、私はその中でもリンパ球系の研究をしています。はっきりとした定義がその二つの中にあるわけではないのですが、リンパ球系はリンパ球前駆細胞という卵からできてくる小さな丸い細胞、ミエロイド系の細胞は、入ってきた敵を食べて消化してなくす大型の細胞というのがざっくりとした分類です。
リンパ球系の細胞は、他の免疫細胞を活性化させるようなタンパクをたくさん出して炎症を誘導し、結果的にミエロイド系の細胞を助けたり上皮細胞などの非免疫細胞も助けたりして、入ってきた敵を倒すという働き方をします。間接的に働くので、直接何かすることは基本的にはありません。一部、NK 細胞のように直接敵を殺すものもありますが、基本的にはサポート役のほうが多いです。従来、免疫細胞はどんな敵に強いのか、どんな時に働くのかが決まっています。私達が発見したILC2(当初はナチュラルヘルパー細胞と名付けていましたが)という細胞は、寄生虫感染やカビなどの、ウイルスや細菌に比べたら非常に大型の目で見えるような敵が入ってきた時に戦う細胞です。そのため身体にとって元々は良い細胞だといえますが、免疫機構には良いところと悪いところがあります。
もちろん敵が入ってきて倒すという意味ではいいのですが、過剰に働いてしまうと、「どんな細胞でも病気を誘導してしまう」というデメリットがあるのです。免疫細胞は戦う時にある程度の武器を作ります。これらは私たちがサイトカインや抗体と呼ぶものですが、それが過剰になると病気の元になってしまうのです。
現在、私たちは昔に比べてすごく綺麗な環境で生活をしていますが、綺麗な環境にいすぎるあまり、寄生虫に対応していたILC2 の本来の役割がなくなってしまい、メインの仕事がないままで暇をもてあましています。
しかし働きたいという状態でいるため、現代社会では先進国の中でアレルギーを誘導してしまっているのです。ターゲット(寄生虫やカビ)があれば正常に働くのですが、それがないために余計なことをしてしまうのですね。
つまり、ILC2 という細胞が何かの引き金で活性化して起こる病気がアレルギーというわけです。
例えばこれがアフリカなど日常の生活に寄生虫があふれているような生活環境であれば、アレルギーは極端に少なくなります。また先進国の中でも農村地帯で牛を飼っている家庭で育った人は、ほとんどアレルギーにならないといわれています。これは衛生仮説と呼ばれていますが、綺麗な環境にいるとアレルギーになりやすく、それほど綺麗ではない場合はアレルギーが生まれにくいということです。現段階で私たちのILC2 に関する研究の社会的ニーズを考えると、アレルギーの発症解明と治療法の提案が挙げられます。なぜアレルギーが起きてしまうのかを研究することで、どうすればアレルギーを抑えることができるか 、つまりILC2 をどうすれば抑えることができるかを見つけていきたいと思っています。
アレルギーにもたくさんの種類があります。皮膚のアレルギーはアトピー、肺のアレルギーは喘息です。鼻のアレルギーであれば花粉症、目のアレルギーだと結膜炎になります。
その中で最も重要だといわれていたのは、獲得免疫系のリンパ球のT 細胞という細胞が、2 型サイトカインというタンパクをたくさん出すことによってアレルギーを誘導しているということでした。そのためアレルギーになった人に対しては、何がアレルゲンになっているのかという検査をしていました。つまりT 細胞が何を認識してアレルギーになっているのかというテストだったわけです。
それはT 細胞がすべてのアレルギーを起こしているだろうといわれていたからですが、そのT 細胞とは全く別のもので、アレルゲンを認識せずにアレルギーを起こす細胞がいるというのがこの発見です。
ILC2 は、明確にアレルゲンを見分けることができません。わかりやすい例でいうと、卵アレルギーという食物アレルギーを持っている人がいたとします。卵アレルギーを持っている人は卵にしか反応しないわけで、それは検査をすれば卵アレルギーだということがすぐにわかります。しかし中には「どんなアレルゲン検査をしても反応しないけれどアレルギー症状を持っている人」がいます。つまり「何のアレルギーなのかもわからない人」です。これらのアレルゲンがわからない人たちは、このILC2 が関わるようなアレルギーになっているだろうといわれています。
昨今、アレルギーの世界では、「アレルギーマーチ」といわれる言葉がトピックスワードになっています。生まれてすぐにアトピー性皮膚炎を発症した子供は、その後に食物アレルギーになりやすく、アトピーと食物アレルギーになった子は喘息にもなりやすいという傾向があります。つまりアレルギーをひとつ持っていた人は、次々とアレルギーを繰り返していくわけです。これをアレルギーマーチと呼び、統計学的にも傾向が顕著です。
これは現象論としてはよく観察されていたことで、アレルギー体質という言葉もありますが、ではなぜそのようなアレルギー体質が生まれるのかについては、これまでのT 細胞だけでは考え難いことでした。T 細胞はひとつの抗原にしか反応できないはずですから、ハウスダストでダニに反応していた子がある日から卵に反応し始めるというのは原理的におかしいことです。アレルゲンが次々に変わっていくということは、 T 細胞の研究だけでは説明がつかないのです。
そこで私たちが行なっているのが、アレルギーマーチを起こしているものがT 細胞ではなく、ILC2 という細胞なのではないかという仮説検証です。
では ILC2 はどのようにしてアレルギー症状を引き起こすのかというと、これは非常に簡単なメカニズムです。もともとILC2 が働いていた寄生虫の話に戻りますが、寄生虫は生き物なので、私たちの身体の中を動いて移動していき、それによって身体は傷つきます。傷ついたときに生まれるIL-33 というサイトカインがあるのですが、これによってILC2 は活性化します。
つまりどんな寄生虫が入ってきても、傷がついてIL-33 が出るとILC2 が活性化してしまうのです。すべてのものが私たちの身体にとってアレルゲンになるかというとそうではなく、アレルゲンになりやすいもの、例えば花粉や卵、ダニなどと、アレルギーになりにくいものがあります。アレルギーを引き起こしやすいアレルゲンにどんな共通点があるのかを見ていくと、ある酵素をもっていることがわかりました。この酵素を調べてみると、実は寄生虫が持っている酵素と非常に似ていることがわかりました。また、この酵素が体内に入ると上皮細胞という体表面を覆っている細胞からIL-33 が出されることがわかりました。
つまり寄生虫に体内が傷つけられてIL-33 が出される場合と、酵素をもつアレルゲンが入ってきたことでIL-33 が出される場合がある、というわけです。そのため、本来無害なものでも寄生虫と同じような酵素を持っていると、私たちの身体は寄生虫が入ってきたと勘違いし、 ILC2 を活性化させてしまうのです。その結果過剰な炎症を起こしてしまい、アレルギーになるというメカニズムが生まれるのではないかといわれています。アレルギーを治すためには、これらの観点から研究が必要になります。そもそもこの細胞を見つけたのは、偶然の産物でした。既存の研究に対応するものを見つけ出したというよりも、研究の過程で新たな視点が偶然見つかったというほうが正しいです。
この ILC2 の研究を進めると、ストレスや薬剤などタンパク以外によって誘導されるようなアレルギーを理解することができるようになると期待しています。たとえば、アレルギーの中にはアレルゲンが全く関与しないものもあります。寒冷じんましんなどは、急に寒い所に行った時に全身の皮膚が腫れてしまう病気です。これもアレルギーの一つですが、寒いというだけで何の抗原にさらされていません。また、ストレスもアレルギーにとって重要だとされています。
例えば、すでにアトピーを発症している人の中でもストレスがある時には病状が悪化する人がいます。また、じんましんがストレス依存的に起きてくるというケースも見られます。また、アスピリンなどの薬に対してアレルギーが起こる場合もあります。通常はアレルゲンにならないとされているものや、タンパクではないものでもアレルギーになり得るということです。こうして、今までわからなかったアレルギーの理解が進むことが期待されています。
Q:ILC2 の発見により、今後、短期間であらゆるアレルギー反応のメカニズムが解明されていくのでしょうか。
私たちがILC2 の存在を報告したわけですが、当初細胞を報告した時にはこれほど分野が広がるとは予想していませんでした。論文を発表すると、様々な診療科のお医者さんたちから、それまでT 細胞では説明がつかなかった疑問を解消できるのではないかという反響が寄せられました。そこから世界中の研究者、臨床医が一気にこの分野に参入し、分野が広がっていったというわけです。
ILC2 を、粘り強く観察しつづける
Q: 現在の研究体制はどのようになっていますか?
ILC2 は、もともと私が慶應義塾大学にいたときに小安重夫先生の研究室で見つけた細胞です。小安先生のラボが理化学研究所に移るタイミングで私も一緒に移ってきました。その時に小安先生がILC2 をメインで研究するラボにしてくださり、その後先生が理化学研究所の理事になられたタイミングで私が引き継いだかたちになります。そこに学生もたくさん来てくれて、現在も一緒にアレルギーの研究やその他の病気とのかかわりを研究しています。
Q: 現状の研究において課題と感じている点はありますか?
現在この ILC2 の研究は多くの製薬会社の方々から注目して頂いています。アレルギー治療のターゲットとしての動きがメインになるのですが、病気を引き起こす細胞ですので、それをいかにして止めることができるかが焦点になってくると思います。また研究にはたくさんの時間と労力が必要になります。
例えば免疫細胞は、身体の中に数が多いものと少ないものがあります。その中でも ILC2 は、様々な組織にはいるけれども各組織には少しずつしか存在しません。様々な実験をするためにはたくさんの細胞が必要ですが、細胞をたくさんとるには時間がかかります。T 細胞が1 時間でとってこられるのに対し、 ILC2 は6~7 時間かかるため実験も1 日がかかりです。朝研究室に来てすぐに実験をはじめても、午後5 時ごろにならないと細胞を用いた実験がスタートできません。細胞は生き物なので、途中で実験を中断して翌日に持ち越すことができないのです。そのため私の所にいる学生は大変な思いをしていますね。
このような実験の大変さを課題として感じています。また、細胞の取り方もこれまで知られているリンパ球とは異なります。ILC2 の存在を報告したときに様々なところから問い合わせを受けたのが、「この細胞は本当に存在するのか」ということでした。なぜこのような質問をされるのか最初はよく分からなかったのですが、よく話を聞いてみると、細胞の取り方を工夫することで解決できるとわかりました。ILC2 は取り方が難しく、コツが必要なのです。従来の免疫細胞の取り方とは方法が異なるため、取るのに特別な技術を要します。年間6 ~ 7 回ほど問い合わせがあるので、細胞を取るための講習会を開くようになったほどです。サンプルを取ることが難しい分野ですが、それが解決されれば、ILC2 の分野はさらに進歩していくでしょう。今後も分野拡大のために技術提供には時間を惜しまないつもりです。
Q: 研究室の学生には、どういった方が多いのでしょうか?
現在ラボには20 名程度のメンバーがおり、研究を進めているというかたちです。大学の卒業研究で来る学生もいれば、修士から来る学生、博士から来る学生もいます。現在は進学先を考えるときにインターネットで研究室を比較することができるので、その中でアレルギー研究に興味をもって問い合わせをしてくることが多いです。またアレルギーに関与していなくても、新しい細胞だから一緒にやりたいという動機の学生もいます。
Q: この分野の研究には、どんな学生が向いていると思いますか。
研究分野は、根気もやる気もあって当たり前の世界です。どの学生もみな、みんな根気はもっています。特に理化学研究所は大学付属ではないため、進学時点で明確な目標をもって進学してくる学生が多いです。
しかしながら、研究結果には大きく差がつきます。うまくいく学生とそうではない学生がはっきりするのです。おそらくこれは、 疑問をもつ学生ともたない学生の違いではないでしょうか。学生の中には、結果を求めるタイプと、疑問を追求するタイプがいると思っています。多くの学生が結果を求めるタイプのように思います。「あのジャーナルに自分の論文を載せたい」「こういう成果を得たい」「これを明らかにしたい」 といった終着点を夢見るタイプです。しかしごく一部、「なぜこれがこうなのかが気になって仕方がない」という疑問自体に執着する学生がいます。1 つの疑問が解決すると次の疑問が生まれ、その疑問が成果に結びつかなくてもあまり気にしません。実はこうした疑問を持った子のほうが、研究の成果を挙げやすいのではないかと考えています。
結果を求める学生は往往にして、何をしていいかわからないということが起こりえます。「良い論文を書きたい」「有名になりたい」という希望はあるけれども、そのために具体的にどんな実験をするかは疑問がないので決められないわけです。実験がうまく進まないというので相談に乗ると、「何を知りたいのかが自分でわからない」という答えが返ってきます。
一方疑問がある学生は実験をするにしても行動が早く、自分の中で疑問が解消されなくて気持ち悪いので、知りたいからどんどん実験するというわけです。そのため目的も明確で、結果もYES かNOかが出やすい。その上、ひとつの実験で全ての疑問が解決されるわけではないから、次の実験に取り組む。こうして前進していくのです。
学生に伝えたいことがあるとしたら、純粋な疑問の積み重ねが大きな成果に結びつくということです。よく学生が修士から博士に進むときに聞いてくるのが「私って研究に向いていますか? 先生どう思いますか」という相談です。そのときに「もし研究が大好きで、お金がなくても時間がなくても名誉がなくても続けられて、研究を通して知りたいことがあるならば、研究をやっていいのではないか」と答えています。それが研究をやっていい人の最低限の資質なのではないでしょうか。
Q: 研究において、企業に期待することはありますか?
企業と一緒に仕事をすることもよくあります。製薬企業が主です。アカデミアと企業という違いがあってもお互いのメリットを活かし、1 つの目標に向かうことはとても面白いと思っています。一緒に組むことがなかった企業について振り返ってみるならば、私が「こういうことをすれば多くの患者を救うことができるかもしれない」と提案したときに、「よくわかりました。ただそれに使う薬はとても薬価の安い薬なので、商業ベースに乗らないのです。儲けが出ないので、協力できません」といわれるような場合もあります。
私は企業に属したことがないため、頭では理解できても研究者と企業の大きな溝を感じました。企業に対しては、お金よりも夢を持ってほしいと思いますね。ただ、現実的な企業経営を考えるならば難しいということも分かっていますが…。
Q: 次の目標を教えてください。
目標はいろいろありますが、私自身は歯科大学を卒業しましたので病気を治したいという思いは常に持っています。そのため、このILC2 を使って今私たちがやっている研究が治療法に結びつくことが目標です。私はこの研究を通して人生を楽しんでいると感じています。ILC2を通して、研究が本当に楽しいと心から思えるような人と関わることができたらいいなと思います。小さな夢かもしれませんが、基礎研究の面白さが誰かに伝えられたら今の私としても満足かなと思います。(了)
茂呂 和世
もろ・かずよ
理化学研究所 生命医科学研究センター 自然免疫システム研究 チームリーダー
2003 年、日本大学歯学部卒業後、2007 年に慶應義塾大学医学研究科単位取得満期退学。2010 年に博士号取得(医学)。
2011 年より科学技術振興機構さきがけ研究員となり、2012 年より理化学研究所上級研究員となる。
2013 年より横浜市立大学大学院 客員准教授を経たのち、2015 年より現職。
また、2016 年より横浜市立大学大学院 客員教授も務める。