近年、電気自動車を街で見かけることも多くなり、電力技術に注目が高まっている。いかに電気効率を上げるかというのは、電力を無駄なく使っていく上で必要不可欠であり、基礎的な技術研究とそれを実証化する産業化プロセスが不可欠である。パワーエレクトロニクスの専門家としてこの分野に長年携わるのが、長岡技術科学大学の伊東淳一
教授だ。
今回は社会一般におけるパワーエレクトロニクスの必要性から、電力技術がさらに発展を遂げるために必要な考え方について伺った。
現代生活に必須のパワーエレクトロニクスを全般的に研究
Q: まずは、パワーエレクトロニクスの研究概要、社会的なニーズについてお聞かせください。
電力を電子技術や制御技術を使って効率よく制御しようとはかるのが「パワーエレクトロニクス」です。「パワーエレクトロニクス」という言葉は1970 年代から登場しましたが、いまや電気が使われているところ全般で使われている技術です。発電所のような送配電は電気機器、電気系統工学になるのですが、パワーエレクトロニクスは家電や産業機器、電気自動車、スマートフォン、携帯電話など、すべてに入っています。電気を効率よく使っていくうえで、電気の交流と直流をうまく変換する技術がパワーエレクトロニクスになります。
例えば、同じ直流でも電池の1.5Vから車のバッテリー12V に到るまで、物によって電圧が異なるので、それを変換する技術もあります。家電製品で一番多いのはエアコンですが、インバーターエアコンが1982 年頃に登場したのを機に、インバーターが社会に広まりました。今やインバーターやパワーエレクトロニクスを使っていない製品というのはほぼ皆無ですね。その他にも、モーターを回したり発電機を制御したりする技術もあり、それらも電気を効率よく使う技術の一つですね。
Q: 制御とは、そもそも「電力を出し過ぎない」ということですか。
そうですね。エアコンの例がわかりやすいと思いますが、単純にスイッチのオンオフだけだと、温度が上がりすぎて止めた途端に暑くなりすぎたからまたつけるといったように温度の変化が激しくなってしまうんですね。そこでモーターの回転数を調整し、コンプレッサーをちょうどよく動かすと温度を一定に保つことができて無駄をなくすことができます。電車もパワーエレクトロニクスの技術で動いていて、送電線の高い直流電圧や交流電圧を、運行スケジュールに合わせて,モーターを加える電圧を調節することで、電車のスピードを制御しています。
最近は電気自動車、再生可能エネルギーによる発電にも使われています。風力発電では風によって羽根の回るスピードにより発生する電力を安定化させる技術、太陽光発電では発生する直流の電気を、皆さんが使うコンセントの交流に変換させる技術、また、電気をバッテリーに貯蓄する時の電力の変換にパワーエレクトロニクスが活用されています。太陽光発電や風力発電には、パワーエレクトロニクスは欠かせないものとなっていますね。特に、太陽光発電は昼間しか発電しないので、夜の電力需要に応えるために電気を貯める必要があるのですが、なかなか大変です。需要と供給が合っていないと送電線の電圧が上がってしまったりするのですが、それを防ぐためにもパワーエレクトロニクスの技術が使われています。私の扱うテーマの対象はとても幅広く、おそらく日本でこれだけ広いテーマを扱う人は他にいないと思います。
太陽光発電や風力発電、電気を貯蓄する技術も取り扱いますし、モーターを効率よく制御することもしています。ロボットなどの細かい制御はあまり扱いませんが、それ以外のことはほとんど全部取り組んでいます。電力的にも数十W から数MW(数千kW)までを研究対象にしています。家庭用コンセントから新幹線までが我々の研究対象です。
Q: 実際の研究方法について教えてください。
パワーエレクトロニクスが電気を上手に使う技術である以上、非常に産業や応用に近いところに位置していることから、実物を作って実際に動かす実験をすることが重要になってきます。なかなか理論と実際は違っており、極端な例を挙げると、スマートフォンに入っている数W の回路と、新幹線を動かす1000 k Wの回路は、同じ回路図なのに実際は全く違います。その他にも様々な難しさがあって、やはり一つひとつ実験して確かめる必要があります。
実証実験の際には、大学だけではとてもやりきれないので、企業と共同研究をしていますね。大学ではミニモデルで検証し、会社で実際に検証してみるといったプロセスを踏むことがありますね。
Q: 一番大きなプロジェクトでは、どんなことを担当されましたか。
風力で1000kW 程のものを手がけたことがあります。こうした場合、まず研究室で3kW くらいの小さいモデルを作って、それを企業の机の上に乗せて先方に見せます。ただ、小さいモデルが成功しても、サイズを大きくしたときに出てきた問題を、企業の方とディスカッションして対策を一緒に考えます。制御の方法を変えたり、回路を変えてみたりします。
制御のために、マイコンやIDSPと呼ばれるものでデジタル制御をしています。基本的にはソフトウェアですね。ただし、装置を作らなければならないので、装置を作るハードウェアの技術も重要となります。学生はハードウェアを作ったりアナログ回路を設計したり、DSP やソフトウェアのプログラミングをし、今度自分で計測するといったように、工学分野すべてにまたがったオールラウンドなところになりますね。
人間の飽くなき欲求を実現する
Q: 現在の研究に至るまでの経緯を教えてください。
長岡科学技術大学は国立大としてはまだ新しく、設立されたのが1978 年です。他の大学とは少々異なっておりまして、もともとは高等専門学校を卒業した学生がさらに勉強する場として作られました。そのため、高専5 年生を終えて、大学3年生から入学する人が多くいます。感覚的に下から上がってくる人は20 人くらい、編入してくる人は100 人ほどですね。大学ができた当初は「実践を重視しよう」ということで、メーカーからいろんな人を呼んだりしていました。その中にはもちろん、パワーエレクトロニクスの分野で非常に活躍している企業の方もいらっしゃいました。そのときから既にパワーエレクトロニクス分野の研究室が4つありましたが、他の大学にはなかなかありませんよね。
また、研究室を立ち上げた先生方も、とてもパワフルな方々だったので、すぐに世界でも有名な大学となりました。80 年代、90 年代は、海外でも「ナガオカのパワーエレクトロニクステクノロジー」というと、この分野に携わる者ならば誰でも知っているという状態でした。私もこの大学を卒業して、富士電機に就職してから8 年間、エレベーターや工場のモーター制御に関わっていましたが、2004 年にこちらに戻ってきました。昔のようにパワーエレクトロニクス分野を盛り上げたいと思い、色々と活動しているところですね。
Q: ご自身が学生の時と、教える立場になった今でも、体制は変わらないということですね。
日々時代ごとに求められる産業のテーマに対して、学生と共に実証実験を行なっていくということですね。この分野は非常に産業に近いので、やったことがすぐに返ってくるのですね。充電器も2, 3 年で実用化したり、取り組んでいてすぐに手応えがあるのが面白いところですね。特に再生可能エネルギーや電気自動車など、今は様々な追い風があるのでありがたいですね。
Q: 国内でも唯一の研究室とのことですが、既存研究との違い、独自性についても聞かせてください。国内では研究が進んでいるほうなのでしょうか。
様々な企業の方に協力してもらいながら幅広いテーマを手がけていますが、我々は非常に理論解析と実験実証に力を入れていて、他の研究室に比べても高いレベルにあると思います。最初から99.9% の効果が出るように計算して、それから実物を作って更にその精度を高めていく方法を採っています。思いつきのアイディアで効率が99.9% の良い装置を作るのは行き当たりばったりです。偶然ではなく、いかに計算で狙った通りの効率を出せるか。それを重要視しています。コストなどの制約もあるため、狙った通りに効果を出せなければ、企業の実用化にまで至らないということですね。たとえ論文の中で99.9% の効率を出せていたとしても、実際には93% の効率しか出せないなど、そういうことも珍しくありません。
また、部品体積についても既存の方式に比べてどれくらいの大きさになるかをすべて計算します。設計しているうちに発生する損失などがわかると、そこからまた計算し直していきます。小型化と高効率をうまく両立させることがとても重要です。多額のコストをかけて大きい装置を作るのが最も効率が出るのですが、小さくて効率の良いものを計算で狙って作り上げることを目指しています。
Q: 日本と海外で比べるといかがですか。
この分野はとても広いですが、日本はパワーエレクトロニクス関係の企業は多いので、そういう意味では非常に進んでいると言えますね。
Q: 国際学会はありますか。
大体年に5, 6 回参加しますね。来年は新潟でも開かれますが、海外からもたくさんの研究者が訪れる予定です。日本で開催されるときはいつもそうですが、日系の大企業からたくさんの論文が出されるので注目が集まります。電気自動車も注目されていますので、自動車メーカーも強いですよね。そういう傾向は海外にはあまりないと思いますね。
Q: 現在感じている課題面について、何がありますでしょうか?
それぞれについて課題は多く、考えるべきことがたくさんあります。
急速充電器の例を挙げましょう。電気自動車を普及させるには充電スタンドがたくさんないと不安ですよね。私たちが研究する前の充電器はとても大きく、置く場所を選んだりコストが300~400 万円程度かかったりするものでした。そのため、充電器を小さくして、さらにはコストも抑えることが求められました。小型化するということは、そのぶん使用する部品も少なくなり、コストを抑えることにつながります。電気自動車をつくった日産自動車が、これまでより半分の大きさの急速充電器を作ろうとしていました。
当初、既存の急速充電器を開発しいるいくつかの会社では,そんなに小さくなるわけがないと協力してくれるところが見つけられませんでした。やはり技術そのものの難しさと、売れるものに取り組みたいとのことで、企業として開発に取り組みきれなかったのですね。
ちょうどその頃に日産自動車の方と知り合い、私の研究室で引き受けることになりました。日産自動車の方々にも多大なるパワーをかけていただいて、2 年ほどで製品化にこぎつけることができました。今では全国に5000 〜6000 台設置されており、値段も半額にまで下げることができました。
その後、テスラなどの海外自動車が出てきて、電気自動車のバッテリーがどんどん大きくなってきました。いまの50kW という単位が、今度は150kW に標準化され、将来は450kW になるだろうと言われています。それに伴い、充電器ももっとたくさんの電力を送れるようにしないといけないのですが、大きさと充電時間はそのままにしておかなければなりません。そこで新しい技術がたくさんいるだろうと考えています。
また、現行の50kW という単位でも、一般家庭8 軒~9 軒で使用される電気に相当します。急に大量の電気を消費する装置が街中にあると、使っている時と使っていない時の電圧の上がり下がりが激しくなり、スタンドの近隣の送電に影響が出てきてしまいます。電圧の安定化という点でも課題があります。また、現在はケーブルを繋がなければ充電ができないのですが、雨の日は濡れて汚いですし感電のリスクもありますから、ワイヤレス充電になるとより良いですね。このため、充電スタイルも課題の一つです。このように充電器ひとつ取っても課題は多く、考えるべきことがたくさんあります。
PC やスマホのワイヤレス充電は大きくても数百W 程度ですが、電気自動車、バス、トラックなどの大型車両になると容量が大きくなります。また、ワイヤレスは線を繋がなくてよくなる反面、電波のようなものが出てしまいますので、それによる周囲への影響を防ぐ技術も研究しています。特に容量が大きくなるにつれて技術的にも難しくなるので、回路や構造を変えて的確な方法を見つけていこうとしています。
さて、このような開発をするのはなかなか企業では難しいといえます。というのも、各メーカーでコイルの形が変わったら困るため、同じワイヤレス給電の装置を作らなければなりません。しかし、メーカー間で規格争いが始まってしまうとなかなか実用化には持っていけません。
このようになかなか企業は手を出しにくい状況なので、大学が先行して技術を研究しておいて、どの規格ができても対応できるようにしておきたいと考えています。メーカーごとに規格が異なると消費者が困りますし、規格ビジネスは非常に大変ですね。
Q: この分野を志す学生には、どんなことを伝えていますか?
この分野は電気がなくならない限り、絶対になくなりません。また、今は省エネ技術だけではなくて小型化というのも重要になってきています。こういうことは人間の「飽くなき欲求」なんですね。
たとえ99% の効率が出ても、次は99.5% を求めます。ものの大きさは損失で決まっています。効率が99% 出るとして、1% は損失を出している訳です。1% は何かと言うと、熱。その熱を冷やすためにみんな苦労するわけですね。冷却装置が要らなければ、小型化は難なくできるわけです。
極端な話、全然熱が発生しなければ、髪の毛一本くらいの電線を作ることも可能です。また、99% から99.5%にするだけで、ものの大きさは半分にすることができます。損失に比例してものの大きさというのが決まるのです。
小型化という欲求は人間には当たり前にあって、スマートフォンも損失を減らし、部品を小型化してどんどん小さくなっていますね。小さくするとイノベーションがおきます。LED 照明も元々は直流なので、コンセントの交流から直流に変換する装置があの小さい物体の中に入っているのですが、それが可能となったのはごく最近の話です。青色LED ができたからすぐに実用化できたわけではなく、電源担当と部品担当の努力によってやっと普及しているのです。
パワーエレクトロニクスは様々な場所で活用されているので、人間の欲求が枯渇しない以上、学生が定年になるまで絶対に仕事は存在するといえますね。もちろん太陽光、風力発電、電気自動車など、地球に優しいことも特徴ですので、若者の興味が向きやすい分野だと思います。ただ、世の中はパワーエレクトロニクスで支えられているということはなかなか知られていませんので、少しでも知っている人が増えることを願っています。
Q: すでに共同研究に精力的に取り組まれていますが、企業に期待することは何かありますか?
企業としてもやりたいことは多々あるなか、なかなか手を出せない状況にあります。そういういったテーマはどんどん大学に任せてほしいと考えています。そのためには大学と企業の良い出会いが大事で、一つは学会に参加すること、一つはこの「TopResearchers」のようなメディアに積極的に出ることが重要と思います。
あとは、やはり企業のCM で、様々な電気技術が君たちの生活はこんなに便利にしているというふうに、具体的な技術のアピールをするといいのかなと思います。高校の進学先を決める時に大きく影響するのは、高校の先生と親の言葉なんですよ。
その時に、電気の研究をして将来何をするのかと言えば、みんな電力会社しか想像がつかないんですよね。それは本質ではありませんからね。企業としても「電気の仕事」をもっとアピールして、若い才能が集まってくるといいかなと思います。(了)
伊東 淳一
いとう・じゅんいち
長岡技術科学大学 教授。
1994 年、長岡技術科学大学電気電子システム工学課程卒業。1996 年、長岡技術科学大学電気電子システム工学専攻修了。2000 年長岡技術科学大学博士(工学)。1996 年に株式会社富士電機総合研究所に入社し、2004 年より長岡技術科学大学 助教授となる。その後准教授を経て2017 年より現職。