東工大の波多野教授が、ダイヤモンドの特性を利用したナノスケールのセンサーを発表した。本来ダイヤモンドは炭素だけが密に並んだ組成をもつが、そこに窒素と空孔がペアーを組むとセンサーの中核をなす電子スピンの動作が発現されるのだ。この性質に着目した波多野教授は、人工ダイヤモンドの技術をエネルギー問題や医療への応用に取り組む。美しさだけではない、社会を変える可能性を秘めたダイヤモンドの力について伺った。
ダイヤモンドの性質を生かした「究極のセンサー」で社会的課題に切り込む
Q: 現在のご研究について教えてください。
グローバルな問題である環境エネルギーに役立ち、生体医療にも利用できるセンサーの研究です。これらは両極端な分野に思えるかもしれませんが、実は両方とも、イノベーションを起こすために基盤となる材料やデバイスの部分に「ダイヤモンド半導体」を使用しているのです。これはジュエリーとして人気のダイヤモンドと同じものです。ダイヤモンドは非常にシンプルな素材であり、カーボン( 炭素) だけからできています。それらの炭素が密に並んでいる、すなわち炭素と炭素の間隔が小さいのです。それをセンサーや、電力を制御するためのパワーデバイスに使うことが私の研究の中心にあります。
まず期待されているのは環境エネルギーへの利用です。世の中のエネルギーの中で、電気的エネルギーは中心的な存在ですよね。しかし電気を直流から交流に変換する際や、電圧の大きさを変えるときには、実は大きなエネルギーのロスが生じているのです。具体的に言えば、通常日本のコンセントは交流なので、直流に変えなければいけない場合もあります。またパソコンを繋ぐときなどは、そのまま使えないので電圧を下げる必要があるのです。
あるいは、最近注目を集めているスマートグリットでは、電力をIT で制御します。また、送電線からの電力で電車を動かすのにも変換が欠かせません。そういった電力変換の際に、かなりエネルギーをロスが発生しています。しかし、例えばエアコンの一つにインバーターを使ったエアコンがありますが、そういった工夫によってかなり省電力化が図れます。つまり電力ロスのうち、電力の変換時に起こるロスが占める割合は非常に大きいのです。そしてその問題を改善するために、パワーデバイスが重要な役割を果たします。パワーデバイスの半導体材料には現在シリコンが使われています。
他にも、シリコンカーバイドや、日本の科学者( 赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏) がノーベル物理学賞を受賞したガリウムナイトライド半導体が使われつつあります。そしてその先に期待されている技術が、ダイヤモンド半導体なのです。具体的には、電柱の上方についている開閉器を、現行の機械式からパワーデバイスの固体素子に変えることで、電力のロスが小さく、またコンパクトできると考えています。小型化することの利点としては、電力ロスの低減だけではなく、使用後の処理が簡単になることも挙げられますよね。様々な面から見ても、機器を小型化するのは重要です。
例えば車の中で使われている電力変換器にも同じことがいえます。電気自動車では、直流である電池からモーター駆動に必要な交流にするのに電力変換器が必要ですが、そこにも高効率なパワーデバイスを使えば、小型軽量になって燃費がよくなります。その上、デザイン的にも小さい方が優れています。さらに、電力ロスによる発熱が小さくなれば、冷却する必要もなくなります。現在は機器を冷やすために水を回すことが多いのですが、そういった冷却装置も不要になるでしょう。
Q: ダイヤモンドはまさに次世代の新素材なのですね。
そうです。もう一つの特徴は、ダイヤモンドは量子力学的な効果が室温で発現することです。本来なら非常に低温で、ノイズが小さい環境でないと起こらない現象が、不思議なことにダイヤモンドなら室温でも顕著なのです。電子スピンと呼ばれる、電子が持つ角運動量の1つの動きが直接反映される現象を引き起こします。これがセンサーとして働きます。ダイヤモンド中には本来カーボンが無数に詰まっています。しかしそこに一つだけ窒素が入り、カーボンの抜けた空孔とペアーを組むと、電子スピンの動作が発現するのです。「NV(窒素―空孔)センタ」と呼ばれています。
その現象を利用すれば、ダイヤモンドを用いた究極のセンサーができます。このセンサーは、磁気センサーや先日の学会で発表した電界センサーに活用できます。最終的には病院で使う検査機のMRI の小型化に寄与できると考え、画期的な応用を目指しているのです。このセンサーの利点は、窒素と空孔が原子単位で並んでいて非常に小さいために、とても小さなセンサーを作って色々なものが計測できることです。最小ではナノスケールのセンサーができますし、たくさんつなげていけばもっと大きなセンサーも作れるので、スケーラブルな応用の可能性が開かれています。小さなものでは、DNA, タンパク質や細胞の計測ができるでしょう。またこれまでMRI 検査では、ミリあるいはミクロンくらいの大きさのものしか計測できませんでした。しかしダイヤモンド半導体を利用すればナノスケールのものまで分かるようになります。
大きなセンサーにしていけば、人間や動物、そして食品も計測が可能です。近頃は食の安全が問題になることが多いので、食品に異物が混入するのを防ぐのに役立つでしょう。薬の場合も、髪の毛などの異物が混入しないように厳重な検査が必要ですから、この技術が役に立つのではないかと思います。構造物でも、橋や柱の安全性などをチェックするのに活用できます。さらに、車にも応用され、自動車の安全走行にも寄与するでしょう。
このように、ダイヤモンド半導体のセンサーは、生体医療の領域を含め実に様々な場面での利用が考えられるのです。現在は細胞の計測など、小さいものの計測に使うようなセンサーと、大きな対象物の両方を目指して取り組んでいます。
スケーラブルな新しいセンサーで超スマートIoT 社会の実現を引き寄せる
Q: 環境エネルギー面での利用には、どのようなものがあるでしょうか。1 月末のプレスリリースではどのようなことを発表されたのですか。
先にお話しした、効率よく電力の変換をするパワーデバイスに、NV センタからなる究極のセンサを内蔵しました。これまでは、パワーデバイスの中の状態をモニタリングする手段がなかったので、機器が使用中に壊れたり、知らないうちに高温になってしまったりすることが多々ありました。また開発の段階でも、どこにどれだけの電界がかかっているかという非常に重要な情報を知ることができなかったのです。
ところが、先ほどご説明した窒素と空孔を利用したNV センサーからなるダイヤモンドセンサを使うと、デバイスの状況をナノスケールでリアルタイムに調べることができるようになりました。このことを先日のプレスリリースで発表したのです。このようなセンサーの利用を、IoT の一環として広げていけたらと考えています。 IoT において非常に重要なのは、やはりセンサーによって状態をモニタリングできるようになることです。ダイヤモンドセンサの活用がIoT に大きく貢献するのではないかと考えています。
Q: ダイヤモンドを素材に使うのは斬新ですが、やはり高価なのではないですか。
いいえ、ダイヤモンドとはいっても人工のダイヤモンドなので、そんなことはありません。ダイヤモンドを作るときには、メタンと水素が必要ですが、それらは地球上にいくらでもあります。だから高い材料は使わずに人工的に作れるものなのです。毒性もなく環境に優しく、無尽蔵に作ることができます。材料は容易に手に入りますが、課題は作り方が非常に難しいことです。原子がきれいに並んで乱れや欠陥がない、良いダイヤモンドの結晶を作らなければいけません。
もう一つの課題は応用を見つけることです。私はこれまで挙げてきた例のように、積極的に応用を見つけていきたいと考えています。ドイツや、アメリカ、中国などでは、NV センタを用いたセンサーの研究は活発に進められていて、大きなプロジェクトもスタートしているのです。特にドイツは医療において計測技術の開発に積極的です。それに対して、日本は材料に関しては進んでいるのですが、応用に関しては遅れています。ダイヤモンドの作り方においては日本がとても進んでいるので、その強みを生かして製品を世の中に出し、世界をリードしていきたいと思っています。
Q: 医療や自動車産業に、積極的に進出していくのでしょうか。
日本としても第5 期基本計画に基づき、「超スマート社会」を世界に先駆けて実現するための取組、「Society5.0」が検討されており、その中で、「安心安全社会」や「環境エネルギー」、「地域の活性化」など重要と位置づけられるいくつかの領域が決定しました。私は「超スマート社会」の共通基盤技術として、このセンサーは位置付けられると考えています。究極のセンサーは、サイバー空間とフィジカル空間を結ぶ重要な役割をします。
多彩な環境での経験を糧に、日本の研究文化に多様性の新風を吹かせる
Q: 研究のスタート地点はダイヤモンドだったのでしょうか、それとも半導体だったのでしょうか。
最初は半導体の研究です。大学卒業後は日立の研究所にいました。今でこそ半導体の分野では韓国をはじめとする海外の国々が台頭していますが、もともとは日本の技術が非常に強かったのです。私はその技術をもっとあらゆるところに応用したいと考えました。しかも材料にしても、シリコン以外のものを使ってシリコンでは出せない性能を開拓したいと思ったのです。そこで目をつけたのが、究極の性質をもち、炭素だけからなるシンプルなダイヤモンドでした。
Q: そのシンプルさにひかれてダイヤモンドを使った研究に取り組むようになったのですね。
そうです。実際、NV センタをより密に入れていくと、ダイヤモンドの見た目がピンク色を帯びてくるのです。世界的には天然のピンクダイヤモンドは透明なダイヤモンドよりも高価なのです。だからNV センタの研究は宝石の研究にもつながるのです。ダイヤモンドは女性にとって憧れの対象なのです。ダイヤモンドはまだ潜在的に知られていない多くの魅力を秘めているのです。
Q: 企業に就職した後は、研究においてどのようなキャリアをたどったのでしょうか。
私は社会人ドクター( 論文博士)をとりました。私たちの時代では、女性が大学院を出ると就職先が限られていました。そのため学部卒で就職しました。当時はまだ男女雇用機会均等法ができる前でしたが、日立は総合職として女性研究職の全社採用を始めたところでした。日立の研究所は研究業務で論文を発表し、論文博士を取らせることにも積極的でした。そして博士をとらせてもらったしばらくのちに、米国カリフォルニア州立大学バークレー校に3 年間の共同研究の機会を頂きました。帰国してからも、日立においてマネージャーの立場で研究を続けていましたが、2010 年に大学に移ったのです。
Q: カリフォルニア州立大学バークレー校ではどのようなご研究をされましたか。
システムをディスプレイにインテグレートしていく研究をしました。その当時はちょうどシリコンバレーの全盛期でした。そこには本当の人種の多様性があり、考え方の違いにも多様性があったのです。とても個性の強い人たちが大勢いました。そこで色々なものが融合することによりインスピレーションが生まれているのを、肌で感じたのです。私は異分野を融合させることは重要で、次のイノベーションはそこからしか生まれないと考えているので、電気が本来の専門であるにも関わらず、機械の先生のもとに行き一緒に研究させてもらいました。ギャップはありましたが、あるからこそ面白いのです。逆に、尊重し合えます。その関係を保ちつつ、お互いの分野が融合するところで研究を行なうのは有意義な経験でした。
Q: なぜ長く勤めた会社をやめて大学に移ったのでしょうか。
人生の半ばを過ぎてから、今後の人生をどうしようかと考えました。そのとき、教育が非常に重要だと感じたのです。次の時代の人材として、元気な学生、そしてグローバルに活躍できる学生を育てたいと思いました。そのため、大学にくることを決意したのです。
Q: 企業と大学の人材育成はどのように違いますか。
基本的には、企業で研究者や技術者を育てるのと変わらないと思います。ただ、日立に入社する人たちはあるカテゴリーに入るような人たちです。一定の専門性をもっている人たちを採用するのは当然ですが、私は「もっと多様性があればいいのにな」と思っていました。学生はとてもバリエーションに富んでいて、様々な価値観をもつ人たちがいます。それを活かしつつ彼らの育成を行なうのとても楽しいですが、難しいです。一人一人が違う中で、本当に適している教育とはどのようなものでしょうか。あまり甘やかしてもいけないし、かといって距離を置きすぎてもいけません。かつて外からみたときには、教育はもっと簡単だろうと考えていましたが、実際には難しく、責任のある仕事でした。
Q: バリエーションを守りながら育成していかなければならない難しさがあるのですね。
そうですね。本人たちの個性を尊重したいと考えています。その上で研究の楽しさだけではなく、苦しさをも知ってもらいたいのです。
Q: 様々な環境を経験されて、どのようなことを感じましたか。
大学にきて思ったのは、日本では分野ごとにソサイエティの歴史と伝統が続いていて、分野間の融合が難しいことです。しかしそれもだんだんと変わりつつあります。科研費の制度も変わり来年からは融合的な分野にも向けられます。また、東工大も改革が進んでいます。私が普段研究を行なっている東工大の校舎も斬新です。私は電気の専門ですが、他にも機械や化学や人文社会など、専門の異なる先生方が同じ建物で研究を行なっています。
その理由は、エネルギー問題など現代の世界的な課題は、様々な分野が融合しなければ解決できないからです。電気の分野でパワーデバイスだけ頑張って開発しても問題は片付かないですよね。それだけではなくて、熱の問題や、太陽電池の発電や、エネルギーの貯蔵や、エネルギー政策や、人文社会科学など、複雑な問題に対して、色々な専門家が協力して取り組んでいく必要があるのです。そうした環境でこそ、イノベーションが生まれるのではないかと思います。
Q: これからの日本全体の課題といえるでしょうか。
はい、日本はそこが苦手ですよね。今後は自分の分野の垣根を超えて、色々な分野の人と一緒に新しいものを生み出し、社会をデザインし、変えていかなければなりません。大学では従来は、「課題を解決しよう」と教えていましたが、その考え方は本質的ではありませんよね。これからの時代は、価値を創造することが重要です。
もちろんこれまで通り技術はトップである必要がありますが、そこからさらに新しい価値を創出していける人材を育てたいと考えています。自分もそうありたいですね。だから学生には、課題を解くのは手段にすぎないので新しいものや価値観を創出するようにといつも伝えています。こうした点は、日本と海外では全然違いますよね。日本はこれまで課題解決、性能追究型の研究を進めてきたので、将来に向けて見直していかなければいけないと思います。
Q: 現在ご研究の舞台となっている東工大の校舎も近未来的で斬新ですね。
建物を囲んだ太陽電池、屋上に設置した燃料電池などで、自分たちが必要なエネルギーを発電しています。さらに、居住性と省エネを両立するように、と建築の先生も一緒に議論して設計されました。コンセプトとしては、異分野の融合を掲げています。そのため、学生たちも色々な分野からワンフロアに集まっています。多様な学生が協創できるように考えて設計されています。もちろん、一緒にいるだけではなかなか融合が起こらないので、合同授業・セミナー・合宿など、融合を起こす多くの努力を続けています。
斬新な研究にもチャンスを与える、柔軟な評価体制づくりを目指して
Q: 今後の研究において、政府や企業に期待したいことはありますか。
政府に期待することは、次の成長には科学技術が重要であり、基礎研究から応用研究までさらに新しい技術分野の発掘を応援してくださることです。超スマート社会実現に向け、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議で議論されていますが、これは文科省、経産省、総務省……と省庁ごとに進めてきた技術開発で分野を越えて連携し、新分野を創出する取組です。国際競争力を強化するため、この取り組みを加速すること、次の社会に必要な新しい分野を振興することが重要です。
しかし現実は、大学の教育や研究の予算が削減されています。先生方は超多忙になり、じっくり考える時間が激減しているのは問題で、何とかしなければならないと感じています。産学連携もさらに発展させ、研究のみならず教育に関しても協創が必要と感じています。そのためには人材の流動性が重要です。また、企業は日本の大学にもっともっと期待と投資をしていただきたいな、と思います。
一方、日本ではベンチャーの生まれる環境は発展途上です。東工大の学生たちの就職先も、JR、東京ガス、トヨタ、日立、NTT など大企業が多いです。益々現代の若い人たちは安定を求める傾向があるようです。このような状況では日本は変わっていかないだろうと思います。だからもっとベンチャーが生まれやすい環境が成熟してほしいですよね。実績がなくても独自性の高い新規なアイデアとやる気があったら研究をスタートできる、そういう研究ファンドも必要です。それにより若い人の活躍の場が増えていったらいいなと望んでいます。また、新しくリスクあることにチャレンジする人を評価するようなシステムも重要ですね。
Q: 学生たちにはどのような姿勢を望んでいらっしゃいますか。
シリコンバレーにいると失敗は当たり前です。失敗しても気にせず、新しいものを生み出そうとする強さと、それを許容する土壌があります。そのように、日本でも減点主義がなくなっていけば、学生の姿勢も変わってくるのではないでしょうか。そうして、実績による評価ではなく、新しいものを生み出した人が評価される仕組みができればいいですよね。東工大では、昨年度から教育システムも組織にも一新しました。入試もAO 入試など新しい試みが始まっています。
Q: ダイヤモンド半導体が実用化されたときの社会はどのようなものになるでしょうか。
超スマート、安全安心な省エネ社会になってほしいです。ライフサイエンスの分野では、細胞のメカニズムやタンパク質の構造解析にもダイヤモンドセンサーを役立てて、創薬・再生医療にも貢献していきたいですね。そうしたことは既に研究の対象としています。さらに将来的には医療の現場を変えていくのではないでしょうか。
現在のMRI は、技術的には素晴らしいものですが、大きくて高価であるため、使途が限定されています。治療経過の細かい観察や日常の健康診断にも使えるようになって、健康増進に更に寄与できるようになればと願っています。ダイヤモンドを用いたセンサーやパワーデバイスの研究は、チャレンジングな研究テーマですが、人類の子孫のために大変重要であり、加速して推進していきたいと考えています。(了)
波多野 睦子
はたの・むつこ
東京工業大学工学院電気電子系 教授。1983 年慶應義塾大学工学部電気工学科卒業、同年( 株) 日立製作所中央研究所入所。1991 年に慶應義塾大学大学院工学博士を取得し、1997 年から2000 年まで米国カリフォルニア州立大学バークレー校にて共同研究。その後日立にて研究マネージメントを務め、2010 年に東京工業大学大学院理工学研究科電子物理工学専攻教授を経て、現職。博士修士課程教育リーディングプログラム「環境エネルギー協創教育院」教育院長を兼任している。