サーバなどの情報機器の中でも光による情報伝送のニーズが高まる中、高効率な光制御の技術が求められている。そこで注目されているのが、フォトニック結晶だ。フォトニック結晶とは光の波長程度の屈折率周期構造をもつ人工光学材料であるが、フォトニック結晶を利用することで従来の材料では困難であった光制御技術や光学現象の実現ができると期待されている。さらに最近では物性物理の分野で発展しているトポロジーという考え方をフォトニック結晶研究に取り入れることで、新たな可能性が見え始めている。この新たな展開に挑んでいるのが、東京大学生産技術研究所の岩本 敏 准教授。今回は岩本准教授にその概要と可能性についてお話を伺った。
光部品の小型化に必要な、高効率で曲げられる導波路
Q:まずは、光による情報伝送に関する研究のニーズについてお聞かせください。
光による情報伝送と聞いて真っ先に思いつくのは光通信ですね。光通信では光ファイバーに光を通して、「光」を使って信号を遠くまで伝送します。
一方、最近ではもっと近い距離でも光による情報伝送を活用されています。例えばサーバーとサーバーを繋ぐものはすでに「光」になってきていますし、サーバー内にあるコンピューターボードにも「光」が入ろうとしています。また、さらに小さいモジュールやチップレベルなどにも、「光」で情報伝達をしようという動きがあり、光インターコネクトとよばれています。
こうなると、小さな「光部品」を作って、それらをたくさん集積化した光集積回路が重要になってきます。これらは集積フォトニクス技術と呼ばれ、世界中で様々な研究が展開されています。
少し脇道にそれますが、昔の光コンピューターの研究は、「計算も含めて光でやろう」というものでしたが、最近は電子と光の棲み分けが重要になっています。高密度に高速にしかも高効率に信号を送るには、電気ではなく光がよいですが、電子は電子で得意なところがありますし、現在はコンピューターもどんどん高性能化してきています。電子と光が、適材適所的な動きになっているわけですね。
さて、光回路の重要な構成要素は導波路と呼ばれる光の通り道です。長距離光通信では光ファイバーが導波路となっているわけです。光回路の集積度をあげるためには、いろいろな「光部品」の小型化に加えて、それらの間を損失の少ない導波路を細かく曲げて配線することも大事です。実は、これがなかなか難しいのです。
光ファイバーはゆっくり曲げていけば、ロスが無視できるほど小さいのですが、急激に曲げてしまうと光が逃げてしまいます。
集積フォトニクスの場合は、導波路としてシリコンでできたワイヤのような構造がよく使われます。シリコンは屈折率が高く、光ファイバーで使われるガラスよりは急激に曲げても大丈夫なものなので、光回路で必要な小さい光の筋道をつくることができます。
しかしシリコンの導波路もある程度以上に急に曲げてしまうと、光ファイバーと同じようにロスが起こります。
また、実は既存の技術では、100パーセント完全な光部品をつくることはできません。小さな導波路では、構造が多少揺らいでしまったり、欠陥ができてしまったりと、何かしらうまくいかない部分があるわけです。そういった部分で光の損失が生じてしまいます。
これは集積フォトニクス技術の課題の一つといえると思います。この問題を克服して、効率の良い、非常に小さい光回路ができれば、様々なメリットがあります。低消費電力化や小型化という点だけでなく、集積度が上がることでコストも下がると期待されます。
Q:こうしたなか、岩本様が研究しているのはどういった部分になるのでしょうか。
我々が目指しているのは、今後情報機器の中で求められる、より高機能で高効率、高密度集積された光回路の部分において、次のステップが踏めないかということです。現在はいろいろなセンサーにも光技術が入りつつありますので、その結果は小型高効率なセンサーなどへも展開できるはずです。
そこに繋がると考えているのが、我々が力を入れている「トポロジカルフォトニクス」です。
ここででてくるのが、電子物性です。電子物性とは「固体の中で電子がどうふるまうか、その電子をどうコントロールするか」を明らかにするものです。この電子物性あるいは物性物理学というべきかもしれませんが、この分野では、トポロジーの概念を用いることで、ゆらぎや欠陥に強い電子の流れが可能になることが知られています。
トポロジーとは数学の用語ですが、トポロジカル絶縁体などという言葉を聞かれたことがあるかもしれませし、2016年のノーベル賞のテーマですので聞かれたことがあるかたも多いと思います。この考え方を光にも応用し、急に曲げても効率よく光が通るものができないか、という考え方が生まれてきました。それが「トポロジカルフォトニクス」と呼ばれるものです。
その「トポロジカルフォトニクス」の舞台の一つが、我々が研究してきた人工光学材料「フォトニック結晶」です。
フォトニック結晶は、屈折率の波長程度の周期を作り込んだもので、その周期を変えることで任意の波長で様々な光の制御ができる人工光学材料です。フォトニック結晶を利用すると光を小さいところに閉じ込めることができ、光と物質の相互作用を増強することが出来ます。これを利用した量子光学の研究や効率の良い光源への応用が可能になります。また、最初に登場したときから、その閉じ込めを利用して導波路をつくって、小型で損失の少ない光の道をつくりましょうという議論もありました。
2000年代の初めごろには、企業も含めてかなり注目されていたのですが、やってみるとつくるのが難しいなどということもあり、今では光回路の多くでは、結局通常のシリコンでできたワイヤ状の導波路が使用されています。
しかし、先に述べたような課題を克服して、集積フォトニクス技術の新たな展開を図るためには新しい原理が必要だということで、その可能性を秘めたフォトニック結晶を用いたトポロジカルフォトニクスの研究を進めているところです。トポロジーの概念を取り入れたフォトニック結晶をトポロジカルフォトニック結晶といいますが、その構造をいかに設計して、いかにつくるかということ、そしてそれを活かしてどういった機能を出すかが研究のポイントになっています。
あとは我々の興味として、そこでどういった物理が展開できるかという学術としての面白さにも興味を持っています。光のトポロジカルな性質というのは、これまで十分には検討されてこなかった、光の自由度の一つです。フォトニック結晶などのナノフォトニクス技術をつかって、その特性を明らかにするとともに新たな光制御や物質との相互作用の可能性を探索しています。
光の制御技術はまだまだ発展する可能性があるとおもっています。
現代のコンピューターが発展したのは、電子を人類が極めてよく制御できるようになったという見方もできるわけです。一方で光は異常に早く飛んでいくものですし、質量もなく、コントロールも難しいものです。
ちょっと大げさかもしれませんが、やはり人類が究極的な光の制御を手に入れれば、情報技術など様々なところで新しい展開があるかもしれません。
Q:現在の体制に至るまで、どのような経緯がありましたか。
私はもともと、東京大の物理工学科で非線形光学の研究をしていました。非線形光学とは、レーザーポインターなどで用いられている波長変換技術である「ある色の光を入れると、波長が半分になる」ようなものを指します。
学位取得後は、2018年の3月で生産技術研究所を退職され現在は東大ナノ量子情報研究機構の特任教授でいらっしゃる荒川泰彦先生とずっと研究をさせていただいていました。学生時代は違う研究室にいたのですが、非線形光学の材料である半導体をつくるということで、装置をお借りしていました。そのご縁で助手にとっていただきまして、その際にちょうどこのフォトニック結晶の研究をしてみないかと先生からお話をいただき、始めることになりました。これが最初のきっかけですね。
その後、フォトニック結晶という人工光学構造を使って、物質の発光制御の物理やいかに発光デバイスの新しいものができるかという研究をメインにおこなってきました。それに関連する内容は現在も荒川先生と一緒にやらせていただいていますが、ここ数年私は先ほどお話しした、トポロジカルフォトニック結晶という、フォトニクス結晶にトポロジーなどの概念を入れて違う展開を図っています。
これまで荒川先生と行なってきたことが基礎になって、次の新しい展開として今トポロジーの話を進めている状況です。
Q:所属しておられる、生産技術研究所とはどういう組織なのでしょうか。
生産技術研究所は、応用物理の先生方や私がいる電気系の先生方、あとは基礎物理や化学、機械や建築の先生方のほか企業からの客員の先生などが集まってできている研究所です。違った分野の先生が集まることで、新たな展開を図ることができる良い環境だと思います。
現在の研究の進め方についていえば、新しいものをつくるわけですから、技術開発は必要ですし、どのようにつくるかを調べることももちろん重要になってきます。また、単にわかったものをつくるのではなく、ある程度の指導原理のもと、「こうすれば、きっとこうなるだろう」という部分から入って、本当にそうなるかを理論的数値的に調べていく必要もあります。荒川先生と培ってきた基礎の技術をバックグラウンドに、このような取り組みを進め、トポロロジカルフォトニック結晶の研究に取り組んでいます。
光と物質の制御は、技術発展の「両輪」
Q:今後、技術面で乗り越えていきたい課題は何でしょうか。
トポロジカルフォトニクスの魅力的特徴を光通信の波長帯で実現するためには、これまで我々がつくってきたフォトニック結晶よりもさらに高精度なものをつくらなければなりません。実際にはできているのですが、それをさらに良いものにしていくかということが、一つの技術的な課題といえます。
そしてもう一つは物質側の課題です。我々は人工光学材料であるフォトニック結晶を用いて光の部分についてエンジニアしてきました。しかし、トポロジカルフォトニクスの特徴を最大限活かすためには、本当の材料の特性も重要だということがわかってきました。光の制御と物質の制御は、様々な技術の発展のいわば「両輪」なのです。
専門的な話になりますが、トポロジカルフォトニクスで究極的なものをつくろうと思っても、実現できる材料がまだありません。本当に理想の材料というものは未だにないのです。そのあたりを他の先生方と議論しながら、新しい材料を探している状態です。
産業応用について考えると、原理実証だけでは、それが本当に使えるものなのかはわからないわけです。そのため、本当に使える可能性があるものだというレベルまでを示していくことが必要です。
研究したものがすべて使えるということは、まずありえません。光技術、特に集積フォトニクス技術の中で何が課題なのかを考えながら、適用の可能性を明らかにしていくことが重要です。誇大広告にならないよう、本当に使えるものかどうか企業とも議論をしていく必要がありますね。
今後数年の計画として考えているのは、トポロジカルフォトニクスが光の回路に使えるような技術だということを明確に示した上で、それを光回路の一部に入れて実証することです。商品になるのはまだまだ無理ですが、少なくとも企業が振り向いてくれるような技術ができればいいですね。
また、現在は光の持つ軌道角運動量などの様々な「光の物理量」に注目した基礎研究もしていますので、それがデバイスとして発展できる可能性が見出せたら面白いかなと思います。
Q:研究室にいる学生は、どんな方が多いでしょうか。
生産技術研究所にいる学生は、修士と博士のみです。毎年1~2名ほど、あとは留学生の人が数名です。私はもともと物理工学科なのですが、現在は電気系工学専攻というところに属しています。学生は工学部の電気工学や電子工学の学生、もしくは東大以外の大学で卒業研究をやってくる学生もいますね。あとは中国や韓国、ほかにはタイの学生なども大学院から入ってきたりもします。
比較的、基礎研究が好きな人が多い気がしますね。幸いなことに博士課程に進学してくれる人も多いので、頼りになります。最近はトポロジカルフォトニック結晶など、トポロジーの概念を用いて波動を制御するという研究に力を入れていますね。
実は、光以外にもトポロジーの概念は使うことができます。例えば音について研究をしている学生さんもいたりするので、本当に様々な方向に展開できると思います。生産技研究所には機械系や建築土木の先生などもいらっしゃいますので、電子を対象としたトポロジカル物性物理とは違った路線でムーブメントがつくれたら面白いかなと思っています。
Q:企業と組む場合、どういった組み方が望ましいでしょうか。
弾性波を制御するフォノニック結晶の応用については以前にお話をいただいたことがあります。トポロジカルフォトニクスの研究は、現段階では極めて基礎的な研究ですので、すぐに共同研究とまではいかないと思います。
しかし、新しい技術は先が読めないところから生まれてくるので、その意味では温かい目で見ていただければなと思いますね。将来の可能性の一つとして認めていただけるようになればいいですね。
最近の企業だと、そこまで基礎的なことはできないということもありますから、そういった役割を我々が担うという部分でもお声がけいただければと思っています。
Q:最後に、今後の目標について教えてください。
まずは、光回路として使うことができるトポロジカルフォトニクスの基礎を実現することが優先ですね。
我々はエンジニアリングに属していますから、できるかできないかは非常に重要な部分です。理論上でできるものはそれでいいのですが、それを着実にものとして見せる。それが大事だと思っています。(了)
岩本 敏
いわもと・さとし
東京大学 先端科学技術研究センター 准教授。
1997年、東京大学工学部物理工学科卒業。2002年 東京大学工学系研究科物理工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
2002年より東京大学生産技術研究所助手となり、2003年からは東京大学生産技術研究所講師。
2003年からは東京大学先端科学技術研究センター講師に着任する。並行して、2001年4月~ 2002年8月 日本学術振興会特別研究員も務める。
2007年より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2009年より現職。