ハードディスクやディスプレイなど、ナノスケールの技術は表面や界面を制御するために世の中で幅広く使われ、開発も盛んだ。しかしながらその原子構造を正確に「観る」技術は実はなく、想像に頼った開発が行なわれているのが実情だ。そこで有効になるのが、「原子間力顕微鏡」(AFM)と呼ばれる、原子や分子のレベルまで観ることができる顕微鏡だ。物質の作用を原子レベルで正確に観ることによって、正確無比な開発が可能になることが期待されている。今回は世界有数の原子間力顕微鏡を持ち、文部科学省からのWPI採択も受けた金沢大学ナノ生命科学研究所の福間 剛士所長に、原子間力顕微鏡がもたらす可能性について伺った。
観察対象を問わず原子が観察できる「AFM」
Q:まずは研究の概要について教えてください。
我々の研究室では「原子間力顕微鏡」という、非常に小さいものを観る顕微鏡を扱っています。
この顕微鏡は、Atomic Force Microscopeの略称から「AFM」と呼ばれており、原子や分子のレベルまで見ることができます。特に液中では、現在世の中にある顕微鏡の中で最も分解能が高く、細かいものが見える顕微鏡です。
では、そういった原子や分子を観る・測ることに、どれくらいのニーズがあるのでしょうか。
実は、細かいものが見える顕微鏡には様々なニーズがあります。我々の身の回りにある物質は様々な性質を持っていますが、物質の性質を決めているものは、原子が数個から数十個くらい集まってできているナノスケールの構造です。
ナノスケールの構造がどのように変化するかによって、例えば電池やトランジスタなどの電子素子の性質、または我々の体内でタンパク質や細胞がどう機能するかなど、物性の起源や物理現象、生命現象などは、すべからく原子分子が組み合わさったナノスケールのところで決まっています。
ナノスケールの構造がこれだけ多くのことを決めているということは、顕微鏡によってナノスケールの構造を直接観ることができれば、「なぜこの材料がこういう物性なのか」、「なぜこの現象が起きているか」も観ることができ、正確に理解することができるのです。
正確に理解できれば、その物性や現象を精密に制御することができます。ちゃんと理解したうえで制御することが非常に重要で、そのための第一歩としてまず観ることが大事になってくるのです。
以上の理由から、原子・分子レベルで観ることができるという部分で、原子間力顕微鏡には非常に大きなニーズがあります。
具体的に言うと、我々のグループで開発しているAFMは、特に「溶液の中でも原子や分子が見える」というところを大きな特徴としています。
AFMの歴史は、まず1981年頃に「走査型トンネル顕微鏡」(STM)という技術が開発されたことにより始まります。その発明者が1986年ぐらいにノーベル賞を受賞し、それと同じ頃にAFMが開発されました。
この技術によって、初めて絶縁体であっても原子レベルで見える顕微鏡が開発されたわけです。絶縁体でも観えて、かつ液中に入れても動作するということで、観察対象に制限なく様々なものを観ることができるようなツールになっています。
特に我々は、液中のAFM の開発において、世界をリードするような仕事をしてきました。液中で最も高い分解能で、表面を見ることのできるAFM を独自に開発しています。
なお、「原子間力顕微鏡」の「原子間力」というワードについて説明するならば、物理的には「原子間力」という技術用語があるわけではありません。「走査型力顕微鏡」と呼ばれることもあるくらい、あまり物理的には意味のない言葉です。発明した人たちが名付けたので、未だにこう呼ばれています。
装置の原理としては、一面に原子が並んでいて、我々が近づける針も原子でできています。AFMは鋭く尖った針で表面をなぞり、凹凸を可視化するような技術です。いわゆる「触針型顕微鏡」というもので、想像しやすい話としては、目をつぶって指で机の上にある凹凸をなぞると、目をつぶっていても、どこが高くてどこが低いかがわかります。
この触針を原子レベルでやるのが、原子間力顕微鏡です。指の先が一原子くらい尖っている感じですね。そうすると指と表面の力が、探針表面の一原子と、試料表面にある一原子の間の相互作用力を直接検出するという意味で、原子と原子の間の力ということから「原子間力」と名付けられたのです。
Q:この分野は、これまでどのように発展してきたのでしょうか。
アカデミックだけではなく、2010年頃からは特に企業からの研究の要望がすごく増えています。昔であれば「原子・分子を観る」という技術はまさにナノテクノロジーや分子エレクトロニクスなど、かなりSFチックで夢の世界にフォーカスしたような話でした。超高真空中というなんの気体分子も存在しない理想的な環境下で、原子や分子を一個一個つつくような研究が多かったわけです。
それが2000年から2005年ぐらいにピークを迎えて、2000年頃には当時のクリントン大統領がアメリカの科学技術政策の一つの柱として「ナノテクノロジーを推進する」ことを大々的に宣言したこともありました。2000年から2005年ぐらいの猫も杓子も超高真空中でAFM とかSTMを使って原子・分子を見ていた時期があったのです。
その後しばらく経って2010年くらいになると、実際に世の中で開発している材料やデバイスのサイズが、いよいよナノスケールになってきました。本当にその技術が必要になってきて、技術の方が高度化してそのスケールに追いついてきてしまったわけです。
原子・分子が数えられるぐらいの大きさとなると、もうSFではなく実際に我々が使っている電子回路がそのスケールくらいのデバイスで動くようになり、そのスケールで評価しないといけなくなってしまったのです。
例えば産業的な話だと、当研究室では液中のAFM を使っているため、「固体と液体の界面に形成される分子層の構造を測ってください」という要望が多く寄せられます。表面処理技術というものがありますが、これはハードディスクメーカーなどと共同研究で行なっているものです。
ハードディスクの表面には1~2分子層ぐらいの薄さの「潤滑層」がついています。その非常に薄い分子層の中に分子がどのようにくっついているのかは、誰も見たことがなく、わからないわけです。それを想像しながら分子の設計をするわけですが、観てちゃんと確かめてから次の設計に生かさなければ、どういう理由でいま使っている分子がいい機能を持っているのかということはわかりません。
他の例でいえば、液晶ディスプレイの液晶分子がどのようにデバイスの中で吸着しているのか、についても同様だといえます。液晶ディスプレイのカラーフィルターの色を決めている微粒子がくっつかないよう分散させているのは、微粒子の表面につく1~2分子層であり、これは界面活性剤や分散剤と呼ばれています。
他には、自動車の冷却水の話もありますね。冷却水は氷点下でも凍結してはいけないので、そのために添加剤を開発している会社があります。それも結晶の表面などに吸着して膜をつくって、氷の結晶ができないようにしていると思われています。しかし、こちらも「結晶の表面にどうくっついているか」は誰も観たことがありません。こちらも、実際に観てみないといけないわけです。
このように、実際のナノスケールの技術は、表面や界面を制御するために幅広く使われていますが、いってしまえばめくるめく想像の世界です。様々なところで使われているけれど、ただ想像の中で様々な条件出しをして、結果的に良い製品になっているというわけです。
つまり、「これがなぜいい製品なのか」は誰も理解できていませんし、理解できていないため次のステップに進むことができないのです。こういった理由から、我々にはすごくたくさんの共同研究の依頼がきています。
それ以外に多くある共同研究の依頼は、我々が開発してきた液中で電位分布を観る技術に関するものです。表面がプラスにチャージしてるとか、マイナスにチャージしてるとか、そういう分布を見る技術です。
開発した時に民間企業さんにアナウンスをしたところ、「金属の腐食を見てほしい」という要望がたくさんありました。我々は電気系なので、電位といったら電池だろうと思っていたのですが、実際には電池よりはるかに多く腐食研究のニーズがありました。
腐食によって産業界はどの国でも GDP の3~4%くらいの経済損失があるといわれています。そのため、腐食を少し減らすだけでもかなりの経済効果につながるといえます。
ただ、「損失を減らす」ことについてはあまり大々的に取り上げられないので、社会的ニーズとして認識されにくい部分もあると思います。しかし、実際にはかなりのニーズがあるのです。
金属の腐食の場合、金属と電解液の界面に電池のプラスとマイナスみたいなものが局所的にできます。こうして、プラス電極とマイナス電極のようなものがたくさんできて、それでぐるぐる電流が流れることで、腐食反応が起きるわけです。
と、このように全部の腐食が説明されているのですが、それが大きいスケールで起きている時には目に見えてわかるのですが、小さいスケールの場合は誰も観ることができません。
それも想像で、どのように電池ができて、腐食が進行していると説明されてきたのですが、本当にプラス・マイナスの電位的な分布ができているのか、それを確かめる術はありませんでした。
そこで、電位的な分布を確かめることができるようになったことで、例えば日立製作所さんとはステンレス鋼、荏原製作所さんとは半導体の銅配線、あと神戸製鋼さんとはアルミ合金など、数社と共同開発をおこなっています。

WPI採択を経て、世界一の研究拠点へ
Q:技術面での課題について、感じていらっしゃることはありますか?
技術的な課題というとたくさんあるのですが、昨年度に文科省のWPIプロジェクトに採択されました。
WPIは、文部科学省が行なっている「世界トップレベル研究拠点形成プログラム」と呼ばれる事業です。ハイレベルな研究者を集めて、世界最高水準の研究所をつくっていくプロジェクトに採択されました。
ここでは、ナノ計測技術を使って生命科学の現象をつぶさに観て、明らかにしていくことが課題になっています。これまでは原子・分子を観ることに比較的重点を置き、社会のニーズが原子・分子レベルになってきたことから産業界への応用は順調に進み始めています。
一方で、その原子・分子レベルが生命科学ではちょっと小さすぎる部分があります。我々が観ているのは原子レベルの現象ですから、これまで培ってきた技術がいかに生命科学に役立てることができるかという部分はひとつの課題であると感じています。
一つ考えているのは、表面の凹凸を二次元画像として観るAFM技術を発展させて、AFM の針を三次元的に走査することで、固体と液体の界面にある三次元的な構造をも可視化できる技術を開発することです。
こうなると、バイオロジーの分野にもすごく応用先が出てきます。生体分子の表面は常に固定されているわけではなくて、ゆらゆら動いているものです。ここからが水の層でここからが個体の層というように、はっきり分かれているわけではないのです。グラデーションがかっているというか、ふわふわした三次元構造のようなものが必ず界面にはあります。
そのような三次元構造は、生体膜に外来分子やイオンが吸着する時や、そこを通過するときにも必ず相互作用を支配しているのですが、その構造はゆらゆらしているために、観る手段はありません。シミュレーションすることはできても、どう分布しているのかを直接観ることはできませんでした。
非常に挑戦的な課題ではありますが、これまで原子・分子レベルの構造を観るために使ってきた技術を改良して、もっとすごく複雑な生命科学の現象とか構造を理解するために、ナノスケールの三次元観察技術を開発していく。これが、技術的な課題だといえます。
内視鏡技術はその中の一つで、ふわふわと細胞の中で浮いているようなものも、三次元で見てやれば形が見えてくるのではないかということです。細胞の中も含めて、現象を見ていこうというのがこのプロジェクトです。
さて、このWPIのプロジェクトでは、私だけではなくたくさんの分野の人が関わっています。
例えば金沢大学には「がん進展制御研究所」があるのですが、そこからは4名の方がこのWPIプロジェクトに主任PIとして参加されています。
癌は細胞の機能が異常になってしまい、どんどん数が増えていくような現象です。例えば、細胞がエネルギーをつくる機能が異常になったり、分裂する機能が異常になるなど種類は様々です。
異常のある細胞と正常な細胞をナノレベルで比較したとき、違いのある部分はその機能に関連していることがわかります。それは当たり前のことのようですが、これだけ複雑なシステムの中で、ある機能にピンポイントに異常が起きていることを特定できている細胞を準備するのは、簡単なことではありません。
ところが、がんの研究している人たちには、ピンポイントで特定する技術があるわけです。その技術とナノスケールの技術を組み合わせることで、格段に理解が進むだろうと考えています。研究をここで行なうことで、細胞の機能をナノスケールで理解すると同時に、癌細胞ではなにがおかしくて異常が起きているのかも同時に理解することができます。理解できるようになれば、それが治療などにも繋がっていくと考えています。
Q:研究室にはどんな学生がいますか。
当研究室では、学部4年生から電子情報関係の学生を受け入れています。
研究室では多岐にわたる研究をしていて、ナノ計測技術を開発するという意味では、電気電子や情報工学だけを扱っていればいいわけではなく、機械もつくるし、光学もやる。またはソフトウェアも開発するし、様々なことをします。
応用となれば先ほどの腐食の話のように、化学や生物学、摩擦・潤滑といった物理現象など、分野に垣根がないといえます。本当に横断的な科学です。
そういった意味で分野横断的な研究に興味のある人には、まさにナノスケールにフォーカスした研究はすごくお勧めできるかなと思います。幅広い分野に興味を持つ学生さんに向いていると思いますね。
研究室の中では、おのおのが違うテーマに取り組んでいますね。こっちでは腐食を調べ、別のところでは細胞を観て、レーザーを取っ替え引っ替えやって、装置開発をして……、などです。
電気だけを勉強したい人よりも、様々なことを勉強したい人が入ってくるため、入った後も電気メーカーに入るばかりではなく、計測メーカーや機械系、情報系に行く人など、みんな職種を問わず就職していますね。
研究室としては、現在でも様々な企業と共同研究をしていて、工業的な分野の企業とはすごくたくさん繋がりがあります。今後、バイオロジーの方向にも進んでいくにあたって、創薬など生命科学関係のメーカーさんとの繋がりを持って、なにか役に立つような技術開発をやっていけたらいいなと思っています。
Q:最後に、これからの目標を教えてください。
今後私たちの研究所は、教職員全員まで合わせると100名以上の規模の研究所になる予定です。まずはWPIの採択を受けて立ち上げたこの研究所の、世界トップレベル拠点としての地位を確立したいですね。
ナノテクセンターやバイオイメージングセンター、または生命科学研究所と呼ばれるところは世界中に山ほどありますが、走査型プローブ顕微鏡を中核にした、生命科学研究所は当研究所だけだと思います。このユニークさを活用して、世界中から人が来て、研究をして出て行く。そんな「循環のハブ」になるような研究拠点を、しっかりと形づくっていきたいですね。(了)
福間 剛士
ふくま・たけし
金沢大学 新学術創成研究機構ナノ生命科学研究所 所長
金沢大学 理工研究域フロンティア工学系 教授
1999年、京都大学 工学部 電気電子工学科卒業。2003年、京都大学 博士課程 工学研究科 電子物性工学専攻 修了。博士(工学)。
2001年より、日本学術振興会 日本学術振興会 特別研究員(DC1)、2003年より、同特別研究員(PD)となる。
2004年より京都大学 21世紀COEプログラム博士研究員を経て、2005年、トリニティ・カレッジ・ダブリン物理学科 主任研究員。
2007年に帰国し、金沢大学 フロンティアサイエンス機構 特任准教授に着任。
2012年より金沢大学理工研究域電子情報学系教授に着任し、2017年より現職。