使い捨てプラスチックの利用禁止など、年々プラスチックをめぐる社会的な制約が厳しくなりつつある。そこで注目されるのが、環境に優しい生分解性プラスチックの存在だ。こうしたなか、分子構造の見地から、実使用に耐えうる生分解性プラスチックの研究をすすめているのが、東京大学の岩田忠久教授。同教授は最新鋭の設備を用いて、強い生分解性プラスチックの構造解析を主に行いながら、並行して全く新しい自然由来のプラスチック開発にも取り組んでいる。
今回は岩田教授に、プラスチックをめぐる社会的なニーズの移り変わりと、アカデミアが果たすべき役割について話を伺った。
生分解性プラスチックの分子構造を解析
Q:まず、生分解性プラスチックの研究には、どんな社会的ニーズがあるのでしょうか。
プラスチックは石油を原料としてつくられており、非常に丈夫で長持ちする上に軽いという性質があります。
これだけ人間の生活を豊かにしているわけですから、いくらプラスチックが環境に悪影響を及ぼすからといって、プラスチックを使わない社会は考えられません。
問題は、人間がプラスチックを何からつくり、どう使うかということです。
一つは、石油が貴重な資源になってきているため、セルロースなど再生可能な植物成分を原料とする、バイオマスプラスチックをつくることが求められています。これは名前のとおりバイオマスからつくられるプラスチックで、化石資源を使わないことから注目を集めています。
もう一つ、ゴミとなった時に「環境中で分解するかどうか」も重要な部分です。昨今ゴミや海洋マイクロプラスチック問題になっているのは、環境中で分解しないプラスチックです。その解決方法の一つとして、環境中で分解する「生分解性プラスチック」があります。
プラスチックは基本的にリサイクルするのがベストで、ペットボトルなどは集めて砕いて、形を変えてもう1回使っています。しかしどうしても環境の中で使ってしまって回収できないもの、例えば農業用のマルチフィルムや釣り糸、あるいは砂漠の緑化に使っているものなどが環境中に出ていった場合は様々な問題が起こります。そのため、生分解性プラスチックにすることが社会的ニーズだと考えられます。
歴史的に見ると、生分解性プラスチックの研究開発は1980年代に開始されました。これは、当時のゴミ問題がきっかけになっています。
当時の生分解性プラスチックは、生分解するという素晴らしい性質を持っていましたが、「弱くて脆い」という欠点もありました。プラスチックは丈夫で長持ちするものと考えられていたため、弱くて脆い生分解性プラスチックはなかなか普及していきませんでした。
その後、ゴミ問題からプラスチックの焼却に伴う二酸化炭素排出による地球温暖化問題が深刻になってくると、石油を原料としないバイオマスプラスチックの研究に視点が移り出しました。しかし現在、マイクロプラスチックなどの環境問題がクローズアップされたことで、再び生分解性プラスチックに社会の注目が集まってきています。
石油から再生可能なバイオマスに原料を展開するとなると、やるべきなのは「バイオマスからつくられていて、なおかつ生分解もするもの」ということになります。資源や環境汚染の問題も同時にクリアできることから「生分解性バイオマスプラスチック」の研究開発が求められているのです。
さて、生分解性プラスチックは、「プラスチックが分解するか・しないか」というプラスチックの「機能」のことを指します。ですから、石油からつくられたプラスチックだとしても、環境中で分解されるものであれば、それは生分解性プラスチックです。
生分解性プラスチックといえども、使っているときは普通のプラスチックと同じように使えなければなりません。現在、必要な強度や耐熱性を持った生分解性プラスチックの開発が求められています。
また、コストの問題もあります。身近なもので例えると、生分解性プラスチックのレジ袋だから1枚50円ですといわれても、誰も買わないですよね。それが1枚5円であれば使いましょうかとなるでしょう。このような物性とコストなどの問題をいかに解決するかが、生分解性プラスチックの普及に向けて取り組まねばならない課題です。
もう一つ課題として感じているのは、生分解する速度のコントロールについてです。ゴミとなった時に1週間で分解するのか、1ヶ月くらいかけてゆっくり分解するのかということです。
例えば、砂漠の緑化のために生分解性プラスチックを使って保水をしていたとします。この場合にプラスチックが3日で分解されてしまえば、水が流れ出ていってしまいますから、もっと長い期間をかけて分解されるものでなければいけません。つまり、用途に合わせて分解の速度をコントロールできるものでなければならないのです。
さらに実用化に向けて最も重要な機能として、スイッチをON・OFFするように、ゴミになった時点ですぐに分解を開始できる機能が必要です。まだ中身が残っているシャンプーボトルの分解が始まるのは困りますよね。分解速度のコントロールについては研究が進んでいますが、スイッチが入ったように分解を開始できるような研究はまだほとんど進んでいない状態です。
Q:ご自身はどのような経緯で、現在の研究領域に行き着いたのでしょうか?
ひとつは、私が理化学研究所に研究員として土肥義治(どい よしはる)先生の研究室に入った時、「微生物がつくるプラスチック」の研究をしたことがきっかけです。
普通のプラスチックは石油からつくられますが、土肥先生の研究室では糖や植物油を餌として与えると、お腹の中にプラスチックを蓄える微生物について研究をしていました。
もともと、1925年にフランスのパスツール研究所で発見された菌によって、菌がつくりだすものが生分解性プラスチックだということもわかっていました。しかし、高度成長の時代になると、プラスチックは丈夫で長持ちすることが重要視され、生分解するプラスチックは見向きもされませんでした。
その中で、1990年ごろから土肥先生たちが中心となり理化学研究所で再び研究を始めたタイミングで、私も研究員として仲間入りし、微生物がつくる「生分解性ポリエステル(バイオポリエステル)」の研究開発を始めたというわけです。
私は土肥先生と一緒に強い「糸」をつくる技術を開発して、おそらく生分解性のプラスチックでは世界で一番強い糸を開発しました。もちろん釣り糸などにも使えますし、生体吸収もするので手術用の糸としても使えるような、しっかりした強い糸です。そこが一つの大きなブレイクスルーだったと思っています。
プラスチックはフィルムベースで使える用途と、糸になると使える用途には大きな差があります。フィルムができれば、成型品もできるのですが、糸となるとそう簡単にできるものではありませんでした。きれいで丈夫な糸ができたことで様々な用途に使えるのではないか、なおかつ環境でゴミ問題がクローズアップされてきていたこともあり、生分解性の糸に注目が集まりました。
生分解することは、例えば土の中に埋めたら一週間で消えてなくなるということです。それまでの研究ではこうした現象を見るにとどまっていましたが、私たちは生分解の「速度」をコントロールする必要があると考えました。そのためには、分子レベルの研究が必要となってきます。
また、プラスチックの生分解には、酵素が必要です。環境の中にいる微生物が酵素を出し、その酵素がプラスチックを分解していくわけです。
我々は微生物から酵素を取り出して、その酵素を使って材料との分解実験を分子レベルで行ないました。材料中の結晶の量や並び方を変えるなど、材料構造を変えて酵素分解すると、分解速度がコントロールできることがわかってきました。
結晶の並び方についても、いろいろな向きに向いているよりも、整然と並んでいるほうが分解速度が遅いとか、あるいは分子鎖の立体構造も、らせん構造のようなものよりも伸びきった構造のほうが強い強度を発現するが、実は酵素にはアタックされやすいので生分解されやすい、などといったことがわかりました。
まとめると、分子鎖の構造、その分子鎖が集まった結晶の構造、さらにその結晶が三次元的に集まった高次構造と、酵素との相互作用を見ることで、材料の中の分子鎖構造、結晶構造あるいは高次構造をどう変えれば分解速度を制御できるかを調べてきました。
Q:実際の研究手法はどうなっているのでしょうか。
生分解性プラスチックの分子構造や結晶構造を解析するためには、通常の実験室のX線装置ではなく、播磨にある理化学研究所所有の大型放射光施設、一般に「スプリングエイト」と呼んでいる施設の利用が有効です。「スプリングエイト」は日本が誇る世界最高性能のX線発生施設です。
もう一つは、生分解性プラスチックを分解する酵素の三次元結晶構造解析です。こちらもスプリングエイトを使って解析することで、分解する側とされる側の両方の構造を明らかにし、分子レベルでどんな相互作用が起こっているのかを解明します。
分解酵素の「口(くち)」のところに生分解性プラスチックの分子が入っていって分解するとしたら、この口のアミノ酸を違うものに変えれば、口が大きくなって、これまで入らなかった分子も入るようになる、といった考え方をします。こういった新しい分解酵素を分子設計できないか、と考えているところです。
多糖類の構造を自然から活かし、プラスチック化する
Q:もう一つ、生分解性プラスチックと別に新しいプラスチックを開発されているとお伺いしましたが、こちらはどういったものになるでしょうか。
生分解性プラスチックの解析とは別に、多糖類から新しいプラスチックをつくることに取り組んでいます。
私が卒業した京都大学農学部の林産工学科は、木材を扱っていました。木材の成分にセルロースという高分子多糖類がありまして、私は学生時代に京都大学でセルロースをプラスチック化したものの3次元の結晶構造解析をやっていました。その関係でフランスに留学することになり、電子顕微鏡を使っての結晶構造の解明をしていました。
日本に帰ってきて学位を取り、理化学研究所に就職して、土肥先生と一緒に先ほどお話ししたバイオポリエステルの一連の研究をしていました。
その後東京大学に移り、現在は生物材料科学専攻にいますが、ここも木材や植物成分を扱っているところなので、セルロースだけにとどまらず、世の中にあるたくさんの多糖類から新しいプラスチックをつくろうと研究をしています。
通常の多糖類は砂糖のようなもので、熱をかけると茶色くなって燃えてしまいます。木材成分のセルロースも紙と同じですので、火をつければ燃えてしまいます。一方でプラスチックは熱をかけるとやわらかくなりますが、冷ませば違う形になります。実は、セルロースや多糖類は、それを少し化学的に変換することでプラスチックに変えることができるのです。
プラスチックはもともと石油からつくられ、金属触媒を使って重合してプラスチックにしているわけですが、金属触媒がわずかに残ることがあります。あるいはプラスチックをつくるときに、環境によくない有機溶媒などを使った実験もするので、危ない試薬を使わずにプラスチックをつくることにも取り組んでいます。
例えば、人間の歯垢は実は多糖類で、虫歯菌自身が歯垢の中で生育するためにつくっているものです。私の研究室では、特任准教授の木村先生を中心に、多糖類を試験管の中で、それも砂糖水からつくっています。砂糖水に虫歯菌の酵素を入れると、試験管の中で多糖類ができてきます。それが水に沈殿して出てくるので、そのままろ過をすればきれいな多糖類がつくれるわけです。
セルロースを木材からとるには、様々な有機溶媒などを使わなくてはなりません。抽出という過程がありますが、歯垢なら有機溶媒を全く使わずに砂糖水から簡単につくることができるのです。それをさらに水の中で誘導体化するとプラスチックになるので、酵素を触媒としてプラスチックをつくることができるのです。
世の中にある様々な多糖類を出発原料とし、その構造を活かしたまま誘導体化して高性能なプラスチックにするのです。多糖類自体を試験管の中できれいにつくれば、雑味もなく純度の高いものができあがります。それを酵素を用いて変換すれば、耐熱性に優れていたり、あるいは強度に優れたプラスチックを環境にやさしい方法でつくることができるわけです。
このように、酵素を触媒としたプラスチックづくりにも取り組んでいます。
Q:研究開発において課題として感じていらっしゃるのはどんなことでしょうか。
まず、生分解性プラスチックに関しては、分解を開始するスイッチを付与することができるかどうかが最優先ですね。使っているときは、普通に使えて、使い終わったら分解が開始する機能が必要です。
プラスチックを使うとなると、一定の強度や耐熱性などの物性が担保されなければいけません。目的やニーズに合わせてそれらの物性をチューニングしていく必要があります。
決してオーバースペックである必要はなく、フィルムであれば、フィルムに求められている耐熱性や強度というような物性の部分をコントロールできるようにする。これは、生分解性の速度をコントロールすることと同じように重要だと考えています。
Q:続いて、産業的な課題として考えていらっしゃることはありますか。
バイオマスからポリエチレンをつくることは、多くの企業が取り組んでおり、バイオポリエチレン、バイオPETなどが登場してきています。これは産業的に見て非常に大きな意味があります。
なぜなら、ポリエチレンやポリエチレンテレフタレートを石油ではなくバイオマスからつくることで、もともとある生産技術・設備をそのまま使えるからです。
通常、新しいプラスチックができたとしても、即座に使えるわけではなく、そのプラスチックに最適な結晶核剤や紫外線防止剤を見つけ出し、成形加工をしてようやく使えるようになります。また、新しいプラスチックができたら、その性質に合わせて成形加工装置なども新しく導入しなければなりません。
一方、ポリエチレンやPETをつくるだけであれば、そこから先はもうすでにあるわけですから、企業側としては新たな研究開発や装置の導入は必要ありません。バイオポリエチレンを、そのまま石油ポリエチレンの代替物とできるわけです。市場も確立されていますし、売り文句としては「石油を原料としない、植物由来のもの」と謳うことができます。
しかし、我々アカデミアは企業と同じ代替物の開発をやっていても仕方がありません。代替物ではなく、石油合成プラスチックでは得られない物性や機能を持っているものを、新たにバイオマスからつくることが求められます。
現在、私たちの研究室では多糖類を扱っていますが、多糖類は自然がつくっているもので、人間ではつくることができません。様々な結合様式があって、様々な種類の糖がくっついてできています。それを全部バラバラに切ってプラスチックをつくったら、自然がつくっているものの特徴を活かすことができなくなってしまいます。
そのため私がめざすのは、自然がつくった多糖類の構造をそのまま活かして、プラスチック化することです。
自然がつくりだした多糖類の構造を活かすためには、自然にあるものがどんな構造を持っているか、それを正確に理解して、工学の力で変換しなければなりません。
いわば、農学的なものの考え方と手法、工学的な考え方と手法とを融合して、新しい分野をつくろうとしているわけですね。
新たな分野をつくることは、アカデミアの大切な役割でもあると思います。それをやらなければ、企業との違いが現れてきませんし、同じような状態になってしまいますし、新しいポリマーがバイオマスから生まれてこないのではないかと考えています。
この部分の大きな課題は「これまでにない性能や機能を生み出せるか、いかに石油合成ポリマーと同じコストでできるか」です。最終的にはコスト面での課題も乗り越える必要があると思います。
Q:研究室にはどんな学生がいらっしゃいますか?
学生は現在、17名います。ドクターコースが7名、マスターコースが6名、4年生が4名という構成です。
学生には「なるべく若いうちに外国に行きなさい」と伝えています。ドクターコースの間に一度は行っておくべきだと思っています。
私自身が、ドクターコース2年生の8月から一年間、フランス政府給費留学生として、フランスのグルノーブルにあるフランス国立科学研究センターに留学しました。これは非常に良い経験だったと思っています。
日本は装置も優れているし、研究のレベルもすごく高いため、環境面ではさほど差はないと思います。しかし外国には外国のものの考え方があって、生活習慣も日本と違う部分がたくさんあります。さらに文化を学ぶということも重要だと思いますね。
もう一つは、学生が将来研究者になったとき、あるいは企業に入って海外に赴任した時に、世界のコミュニティに入ることが重要になります。日本国内でずっと同じ研究室に閉じこもっているよりも、外に出て世界のコミュニティに入っていくことが重要なのです。
世界のコミュニティに入るということは、その人たちのことをきちんと理解しなければならないです。さらに、自分自身のことも、きちんと知ってもらわなければなりません。そういった人間関係の渦の中に飛び込んでいくには、最低1年間は留学をするべきだと考えています。東大の農学部では、3ヶ月はできるだけ留学しておいでと、金銭的なサポートも行なっています。
Q:どんな人が研究者に向いているとお考えでしょうか?
様々なことに興味を持つ人であることは非常に重要だと思いますね。当分野は社会的に注目されている分野でもありますので、社会の目線に対してアンテナを張ることは大事ですね。
あとはこういった分野の場合、政府の方針に左右されたりすることもあります。例えば生分解性プラスチックを使いましょうとか、反対に使わないようにしたほうがいいといった話は、国からのトップダウンで物事が決まることが多いといえます。
例えばヨーロッパでは、スーパーの買い物袋を石油合成プラスチックではなく、バイオマスからつくったバイオマスプラスチックにしなさいとか、あるいは生分解性プラスチックにしなさい、という規制がかかるわけです。
また、多くの研究者がそれぞれに意見を言うことが多いため、どれが正しくてどれが正しくないことなのか、それを自分の頭で考えて判断できる力も必要です。
Q:企業に対して、伝えたいことは何でしょうか。
共同研究をするなら、すぐに結果を求めるのではなく、ある程度長い時間をかけるビジョンを持っている企業と組むことができれば嬉しいですね。この分野は小さくやるのではなく、世界の情勢を見据えて、ある程度大きく考えていかないとできないことも多い分野だと思います。
日本人は一度これがいいとなると、視野が狭くなりがちです。「生分解性プラスチックはすごいですね」といわれることは多いのですが、世の中のすべてのプラスチックを生分解性プラスチックに変えたらいいのかというと、そうではありません。当たり前ですが、家電とか車とか分解したら困るものは世の中にたくさんあります。
プラスチック全体で見たときに、私はその10〜20%が生分解性プラスチックの妥当なシェアだと考えています。長期安定が求められるところ、あるいは命を預かるようなところに生分解性プラスチックを使うのは、ナンセンスです。
使うプラスチックの特徴と使う場所を考えて、きちんと理解をすることが必要です。これは我々アカデミアや学生、企業などすべての人が考えるべきことだと思います。(了)
岩田 忠久
いわた・ただひさ
東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 教授・総長補佐
1989年、京都大学農学部林産工学科卒業。1991年、京都大学大学院農学研究科林産工学専攻修士課程修了。フランス国立科学研究センター・植物高分子研究所での留学を経て、1994年、京都大学大学院農学研究科林産工学専攻博士課程修了・博士(農学)。
1994年より京都大学総合人間科学部・非常勤講師となり、1995年より理化学研究所・基礎科学特別研究員、理化学研究所高分子化学研究室・研究員を経て、2001年より同・副主任研究員。
2006年より、東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 助教授に着任。2007年より同准教授となったあと、2012年より現職。2018年より総長補佐。