社会的に問題になりつつある食物アレルギーであるが、小児のアレルギー検査においては明確な数値基準がなく、診断が難しいという現状がある。確定診断するには、疑いのある抗原を実際に食べさせて、その反応を見る経口抗原負荷試験が必要であるが、患者と医師、双方への負担も大きく、食物アレルギーの有無を、調べたくても調べられないという声も多い。こうしたなか、簡便で安価な検査キットの開発と普及に取り組むのが、東京大学大学院農学生命科学研究科の村田幸久准教授。今回は村田准教授に、アレルギー検査をめぐる社会的な課題と解決するための展望について伺った。
小児食物アレルギーの検査は、課題が多い
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
食物アレルギーの患者さんの数は急激に増えています。なぜ急激に増えたのか、その原因は分かっていませんが、この10年で1.8倍に増えており、その重篤度も上がっています。子供に多い食物アレルギーですが、大人の食物アレルギーの患者も増えていて、こちらも症状が悪化している状況です。
子供の食物アレルギーとなると、子供だけでなく親御さんの負担も大きくなります。牛乳が飲めない、卵や小麦が食べられないとなると、お弁当や給食、おやつを自由に食べることができません。旅行に行く時も、いつどこで何を食べるのか、調べなければならないですし、海外旅行となればさらに大変です。
また、幼稚園や小学校でもアレルギー対応に追われています。アレルギーに対応できる先生は少ないといえます。食べたことが原因で、残念ながら命を落とされる方もいるので、「もし症状が出たらこれを打ってください」と対処用の注射器(エピペン)を渡されても、先生方は1歳や2歳、ましてや他人のお子様にそう簡単に注射することはできません。アレルギーは、学校や保育園の入りやすさにまで影響しうる疾患と言えるかもしれません。
現在は「経口抗原負荷試験」という検査で、食物アレルギーかどうかの診断をしています。これは、実際にお医者さんの目の前でアレルギーの原因と疑う食べ物を少しずつ食べさせて、どのくらいの量を食べれば症状が出るかを見ていく検査です。現状ではこれしか診断方法がありません。
経口抗原負荷試験をするには、知識と技術を持つアレルギーの専門医が、安全な救急体制が整った病院で行なう必要があります。負荷試験は「アナフィラキシーショック」を起こすリスクを伴うため、この試験はそう簡単にできることではありません。
日本全国の多くの一般病院(クリニック)で行なわれるのは、血液の抗体検査です。食事をしてアレルギーの症状が出た時に、病院に行き、そこで血液検査を受けます。その結果、血液中に疑いのある食べ物に対する抗体があったからといって、実際に症状が出るとは限りません。逆に、抗体が少ないからといって症状が出ないともいえないケースもあります。「抗体が高いこと」と「食べられる、食べられない」ことは、必ずしも同じではないわけです。
絶対に症状が出ると断定できる検査結果ではないため、医師の説明は「小麦の抗体値が高いので、もしかしたら小麦アレルギーかもしれない。可能性が高いです」という内容になります。一方、その説明を聞く側からすると、「私、もしくは子供は小麦には食べられない」と思い、次の日から小麦を食べないようにする生活が始まるわけです。
さて、私は現在、食物アレルギー専門医の先生方と臨床研究を進めています。経口負荷試験を行なうことが可能な、都心部二次診療病院には、自分や子供が食物アレルギーであるかどうかを正確に診断してほしいという方が、全国から集まってきている様子です。地元の病院ではできないから、東京や大阪、名古屋などの都心部にある食物アレルギーで有名な病院に行こうと、わざわざ泊まりがけで負荷試験を受けにくる方もいると伺っています。これまでずっと自分や、もしくは子供が食物アレルギーを持っていると疑って経口抗原負荷試験を受けてみたら、症状のでない「陰性」と診断される方も意外に多いことに驚きます。要するに、「実は食べることができた」というパターンがありうるのです。
しかし、日本全国で増え続けている食物アレルギーの患者に全員に対し、負荷試験をすることは現実的には難しいです。負荷試験は時間もお金もかかりますし、重篤な症状が出た場合は、入院が必要なこともあります。アレルギーは食べたあと、時間が経ってから症状が出る場合もあるので、注意が必要です。親は仕事を休み、付き添わねばなりません。これもまた、親の負担になるわけです。
Q:治療方法としてはどのようなものがあるのでしょうか。
食物アレルギーに対する治療方法としては「経口免疫療法」と呼ばれるものがあります。
経口抗原負荷試験で、例えば小麦や卵を、0.1、1、10 グラムと、少しずつ量を増やしながら、時間をあけて食べさせていき、まず症状が出る量を把握します。その結果を踏まえ、「経口免疫療法」では、症状が出ずに食べられる量以下、例えば1/10の量小麦、もしくは卵を毎日家で食べ続けます。すると身体がだんだん慣れてきて、食べられる量がだんだん増えていきます。これに応じて、毎日家で食べる量も少しずつ増やしていきます。これを数か月から数年にわたり続けると、パン1枚分もしくは卵1個分が、安全に食べられるようになるわけです。
経口抗原負荷試験もそうなのですが、こうした免疫療法も病院によってやり方に違いがあるようです。時間の間隔や食べる量、タイミングなどは病院によって違います。また、すべての患者さんが経口免疫療法を受けたからといって、食物アレルギーが治るわけではありません。長く毎日続けなければなりませんから、途中で症状が出てしまう患者さんもいます。
なぜこのようなことが起こっているかというと、症状の程度をあらわす客観的な数字指標がないことが一番の原因です。医師の経験と勘、観察によって、症状が出ている、出ていないが判断されます。また、食物アレルギーの症状の出る・出ないは、その時の体調や運動量にも影響を受けることもあります。普段の生活の中で、負荷試験の時に決まった食べられる量の何分の1を、食べさせ続けることが安全なのか、その判断にもばらつきがあるようです。
この現状を解消するには、症状を客観的に見るための「数値指標」を出す必要があります。どの医師が見ても、「この量を食べると食物アレルギーの症状がどの程度出る」という客観的な情報が必要なのです。「診断と治療を標準化できる数値指標」をつくることが、「食べたいものを食べられるようにする」には必要だと考え、食物アレルギーの診断技術の開発を始めました。
私自身は獣医で、実験動物を扱いながらヒトの病気のメカニズムの解明と治療法の提案をして、医師や製薬会社に薬をつくってもらうのが仕事です。ヒトの標本を直接扱って、研究を始められれば、より早いかもしれません。しかし、ヒトは性別も年齢も、症状の程度も違いますし、飲んでいる薬も食べ物も違うので、医師の先生方の協力が得られても、患者さんを対照とした臨床試験はデータがものすごくバラつきます。数百人、数千人の患者の標本を集めるのには、倫理的なハードルも高く、莫大なお金がかかります。
IgE抗体の検査では、血液を採取する必要があります。食物アレルギーは0歳児にも多く、小さなお子さんの体を押さえて血を採らなければなりません。それはかわいそうですよね。そこで、「おしっこやうんちであればいつでも採取できて、赤ちゃんにも肉体的・精神的が少なく、いい指標が見つかるのではないか」と考え、おしっこで食物アレルギーの症状の程度がわかる物質を探そうとしたわけです。
対象とする物質として、私たちはおしっこの中の脂質を見ています。一般的な尿検査では、ナトリウムやカリウムなどのミネラルやたんぱく質の量に注目があつまりますが、我々が今見ている脂質、はこれまであまり注目されてきませんでした。
Q:どうしてこの研究に至ったのでしょうか。
「質量分析装置」という検査機器の開発が、ここ20年でかなり進んでいます。この機械は物質をイオン化し、構造が似ている小さな低分子の違いをも、分子レベルで見分けることができます。使いやすさもどんどん良くなっており、これまで動物個体や細胞を扱う研究ばかりやってきた私たちでも、使うことができるようになってきたわけです。
多くの生体反応を担う、酵素やその基質となるたんぱく質研究をしている人はたくさんいました。違うことをやるべきですので、私達は尿中に排泄される脂の成分について質量分析装置を用いて解析しようと考え、研究をスタートしました。先ほどいったように、いきなりヒトを対象とした研究は難しいということで、標的としたのは、実験動物であるマウスの尿でした。
マウスで食物アレルギーのモデルをつくり、その尿に出てくる脂質の成分を探すことにしました。同じ条件で作られた実験動物の標本を用いることで、個体差などが小さくなく、いつ、どこで何が起こったために、尿に排泄される脂質の成分に変化があるか、解析することも可能です。
もちろんマウスのモデルがヒトの疾患に当てはまらない部分も多々あります。それでも私たちは、マウスのモデルのメリットを最大限に活かし、絶対的なエビデンスやメカニズムが明らかとなった物質を選び抜き、それをヒトに応用する、という作戦を取りました。
マウスを食物アレルギーにすると、抗原を食べさせれば食べさせるほど下痢をしたり、毛が逆立つなどのアレルギー症状が出てきました。その時のおしっこを集めて質量分析装置にかけると、排泄される多くの脂質を一気に見ることができます。
アレルギーの原因となる「肥満細胞」が出す、プロスタグランジンPGD2という物質があるのですが、それは身体の中では一瞬で分解され消えてしまいます。1分程度で半減期を迎えて消えていくのです。しかし、面白いことにその代謝産物が尿の中に残り、尿で検出することができました。
食物アレルギー以外の病気でもこの物質が検出されたらマーカーにはなりません。この物質は食物アレルギーモデルの尿だけにでるものなのか? また、ほかの病気のモデルの尿では検出されないのか? これらの疑問を検証する必要がありました。私達は同じアレルギー性疾患である喘息やアトピー性皮膚炎、アレルギー性ではない腸炎やがんなどのモデルもつくることができるので、その尿も集めて検査をしてみました。
すると、この物質は他の病気のモデルでは検出されず、食物アレルギーの時にだけ検出されることがわかったのです。
ただ、肥満細胞はどのアレルギー性疾患の発症にも関わってくるものです。花粉症の場合は肥満細胞が鼻で活性化することで鼻水が出ますし、喘息は肥満細胞が気管で活性化しています。しかし、PGD2の代謝産物は食物アレルギーモデルの尿にしか出ない。これはいったいなぜでしょうか。
これがなぜかと調べていくと、消化管の面積が広いことが原因ではないかと思いました。
人間の消化管の面積はバトミントンコートくらいの大きさがあるといわれていますが、花粉症が起きる鼻の粘膜はそれに比べてかなり面積が小さいです。つまり、食物アレルギーの発症に関わる肥満細胞の数は、消化管の表面積が広いため、かなり多くなります。一方で花粉症は、面積の小さい鼻の粘膜で起こることですから、関わる肥満細胞の数は少ないわけです。この組織面積や肥満細胞の数の差が、食物アレルギーの時のみに、たくさんのPGD2代謝産物が尿に出てくる理由だと考えています。
Q:代謝産物PGDMに注目することでどのようなメリットがあるのでしょうか。
このような疾患マーカーを探す研究は少なくありません。「がんのマーカーが見つかりました」とか、「循環器疾患のマーカーが見つかりました」、という論文報告は少なくありません。しかし、実際の診断応用になかなか結びつかない理由となる課題がいくつかあります。
1つ目の課題が、「マーカーの物質としての安定性」の問題です。いくら食物アレルギーの時に尿にマーカーとなる物質が出たとしても、それが10分で消えるとか半分に減ってしまうとなると、実際の検査に用いることができません。尿の状態や保存方法によって数値が変わってしまうと、実は重篤な症状がでていた子供の尿がしばらく放置されていて、検査してみたら検出されなかったから大丈夫ですよ、食物アレルギーではありませんでした、と診断してしまったら、その次の大事故につながりかねません。
実用性を考えると、物質として安定であり、いつ測定しても同じ値がでるマーカーであるかどうかが、すごく重要になってくるのです。100パーセント検出できて、安定的で、絶対にゆるぎないマーカーですといえるものならいいのですが、そこに10パーセントでも欠ける要因があれば、リスクにつながるため実用化されにくいのが現状です。
私たちの見つけた物質は大変ラッキーなことに、比較的安定しているものです。尿を冷凍庫に入れておけば1〜2ヶ月は持ちますし、冷蔵でも数日であれば問題なく安定です。これなら普通の病院で採取した尿を冷蔵して送ってもらえば、いつでも測定することが可能です。安定して正確に濃度測定しやすいマーカーが見つかったということです。
そしてヒトでも検証しようと、マウスで得られたデータをもって様々な病院を回りました。しかし、当時37歳くらいの若い基礎研究者が、マウスモデルでこんなマーカーがありましたよと言っても、臨床現場で非常にお忙しいお医者さんは、なかなか相手にしてくれません。「誰が尿をとってもっていってくれるの?」「マウスでしょ?」と何度か質問されました。当たり前ですよね。これが基礎研究と臨床研究の溝、といえるものかもしれません。
断られることに正直慣れてきていましたが、騒いでいると誰か助けてくれるもので、東大の病院にいる先生を紹介していただくことになりました。そして、なんと紹介いただいた先生が興味を持っていただき、まず大人の尿を集めていただくことができました。非常にうれしかったですね。それを検査してみると、確かに食物アレルギーの患者さんではしっかりとマーカーが検出されたのです。これが一つの大きな転機となりました。
これはいけるぞということで、その先生を介して、小児食物アレルギーで有名な先生を紹介していただくことができました。そこから一気に研究は進み、実際に経口抗原負荷試験を行なっているお子さんの尿を集めていただき、この尿のマーカーの濃度を測定し続けました。するとお医者さんが診た時の診断スコアと比例して、尿のマーカーの濃度が綺麗に上がってくることが分かりました。マウスで見つけたマーカーがヒトでも有用だったわけです。
Q:続いて、二つ目の課題について教えてください。
もう1つ大きな課題は、測定コストです。
質量分析装置は、大変すぐれた分析器ですが、たいへん高価なものです。購入するのに2000万から、高価なもので5000万円ほどの金額が必要です。機器のメンテナンス、つまりランニングコストも高いです。いくらいい、かつ安定的なマーカーが見つかったとしても、質量分析装置を使っている限り、現時点ではたいへんな費用がかかります。
食物アレルギーのお子さんを持つ若い親御さんは、そこまで収入が多くはないケースが多いと思います。一般的になにかの検査をする場合に払うお金は、せいぜい数千円が上限だと思います。しかし、質量分析装置を使う検査になると、いくら計算しても人件費を含め、1万円以上の費用がかかってしまいます。そうなると、やはりなかなか広がっていかないわけです。
つまり、質量分析装置を使わずに、安く、早く検出できる方法をつくらない限り、市場にはのらないのです。
もちろん、質量分析装置やそのランニングコストがもっと安くなることを期待していますが、待っている時間はありません。これだけいい機械があってもコスト面を考えるとまだ臨床検査への応用は難しいといえます。あと、質量分析装置を用いた検査の新規承認に関しても、まだ前例がなく、なかなか難しいと言われました。前例がないから開発するわけですが、開発しても承認されて市場に出なければ意味がありませんよね。これは医療分野のイノベーションにおける大きな課題です。
検査キットの開発で、検査の一般化を目指す
Q:アレルギー検査の課題を乗り越えるためにどういったことが有効でしょうか。
私達が取り組んでいるのが、抗体を用いた検査キットの開発です。薬局で売っている妊娠検査薬(キット)の様なもので、安価で簡単なものです。検査の対象となる物質を色付けされた抗体で捕まえるのです。物質が多ければ色は濃くなり、少なければ薄くなる、といった具合です。これを作れば、誰でも気軽に検査ができます。
この手の検査は汎用性が高く、家庭での使用だけでなく検査会社でロボットにのせ、大量検体を一気に検査するのにも使えるようになります。1検査あたり、50円から200円の原価でできると想定しています。
いざ抗体キットを作ろうと開発を始めたものの、技術的な壁に新たにぶつかりました。抗体は抗原を認識して捕まえることができます。一般的に抗体が捕まえられる抗原となるものは、私達の体にたくさんあるたんぱく質であり、比較的サイズが大きなものになります。
しかし、私達が標的としているPGD2代謝産物は、抗体に比べてあまりにも小さく、抗体が認識してつかまえることが難しいのです。抗体キットを作っている企業にも、「PGD2代謝産物に対する特異的な抗体をつくることは、あまりに小さすぎて無理」と言われました。裏を返せば、この小さなものを見分けられる質量分析装置はすごい機械です。
「無理」といわれると、研究者魂に火が付くわけです。時間をかけて見つけた「玉」を簡単に手放すわけにはいきません。企業ができないなら自分でつくってやるぞと思い、抗体を作ったこともない我々が、様々な人の手を借りながら検査キットづくりに必死になっているところです。
これから目指すのは日本全国で食物アレルギーの検査ができるようになり、自分がアレルギーなのかどうかがはっきり簡単にわかるようにすることです。そして免疫療法といわれる「食べ続ける療法」も、指標があれば食べられるのか、食べられないのかがはっきりわかるわけです。
食べられる場合は早く食べる量をふやしていくことができますから、短期間で食べられるようになるかもしれません。是非そうしたいです。
Q:研究室には、どんな学生がいますか。
研究室には毎年、3〜4人の学生が入ってきます。私の研究室ではがんの研究もしているので、アレルギーやがんの研究や、薬の開発に興味を持ってくる人が多いですね。
アレルギーや癌の薬の開発と言えば、とても聞こえはいいですが、地味なトレーニングや実験の継続が何年も続きます。数か月やってみて、自分は向いてないとあきらめる子もいます。
いつも私が言っていることがあるのですが、例えばプロ野球選手になるには小さい頃から練習をするなど、かなりの時間と労力をかけると思います。またプロになるには、何度も狭き門をくぐらねばなりませんよね。
研究もそれと似たところはあります。「研究する」と言葉でいうことは簡単ですが、調べものをして仮説を立て、動物や細胞などを使って正確なデータを出し、解釈、意義付けして、表現していくという一連の研究サイクルを身につけるには、数年はかかって当たり前です。世の中に還元できて多くの人を救い、幸せにするような研究成果には、多くの人の努力と時間がかかっています。そこを理解して研究に臨んでほしいなと思いますね。
いやな話ばかりではありません。裏を返せば、自分で研究ができるようになるということが、どれだけ充実感をもたらしてくれ、楽しく、幸せなことであるか、他の人には簡単に真似できることではないこともわかるかと思います。私はこの研究者という仕事が大変気に入っていますし、プライドを持っています。それを裏付ける努力も、関わる皆が怠るべきではありません。
Q:共同研究をするなら、どんな企業と組みたいと考えていらっしゃいますか。
食物アレルギーは、企業からすると「お金にならない疾患」かもしれません。
命を落とすがんを患った場合、ヒトは多くのお金を払ってでも治す薬を買うと思います。私も買うでしょうし、ましてや自分の親族ともなれば、買わないという選択肢はないかもしれません。多少の副作用があったとしても、命が最優先です。抗がん剤の中には非常に高価なものもあります。この状況であれば、製薬会社がある程度副作用のリスクがあったとしても、十分な利益を得ることができると判断し、抗がん剤の開発に精力的になるのは自然なことです。
一方、アレルギーの薬について考えてみましょう。アナフィラキシーという大変な症状を持つ患者さんもいらっしゃいますが、多くの患者さんはがんの様に、差し迫って命を脅かす疾患ではなく、付き合っていくものと認識されているケースが多いと思います。つまり、相対的な話になりますが、社会的にはがんの薬の開発がより強く求められていると言えるかもしれません。
また、親としてこれからおそらく80年以上生きる赤ちゃんに薬を投与して、食物アレルギーを治したいと考えても、もし仮にその子供に副作用が出て、後の生活に影響が残るとしたら薬は使いませんよね。副作用なく病気だけが完全に治せる、夢の様な薬はなかなかできません。
以上のような課題があったとしても、食物アレルギーで多くの人が苦しんでいます。社会問題にもなっている疾患ですから、協力してくれる企業があれば嬉しいと思います。しかし、企業がなかなか前向きに乗り出してくれなくても、利益にとらわれない私達、つまり大学の研究者がまず食物アレルギーの予防・管理・治療方法を開発する任務と責任があると考えています。
これからの大学はもっと企業に開かれていくべきだし、企業も大学に門戸を開くべきだと思っています。
当たり前ですが企業はどうしても閉鎖的で、共同研究の足掛かりとなる情報もあまり開示してくれないものです。しかし日本の科学技術のレベルが年々下がっています。それは我々も肌身で感じていますし、企業も同様の状況かと思います。企業と大学と一体になって、日本の医療技術の開発や産業を盛り上げていくべく、協力していく必要があります。
技術の面でもそうですが、人材教育の面でも協力しあえば双方にメリットはたくさんあるはずです。目玉となるような研究開発は、バイオ(生物学分野)において大学が上流にあることが多いかと思いますが、それを商品にする力は大学にはありません。企業は大学を利用して、上手に使えるものは使うべきです。
Q:最後に、これからの目標を教えてください。
まずは、手元にある検査技術を実用化して、食物アレルギーの検査の標準化に貢献することです。「小さい子供が食べたいものを安心しておいしく食べられる」ようにしていきたいですね。
先ほどもお話ししましたが、食物アレルギー患者数が、過去10年で1.8倍に増えています。現在はその理由も探す研究も進めています。過去10年に変化した、生活環境や習慣など、色々な側面から仮説を立て、検証をすすめています。
また、治療法の開発に向けた研究も進めています。アレルギーを起こしていた食べ物に体が慣れてきて、食べられるようになることを「免疫寛容」が起こるといいます。なぜこの免疫寛容が起こるのか、起こしやすくするにはどうすればいいのか、についても研究しています。
つまり、食物アレルギーの発症リスクとなるものをみつけて予防に繋げる。症状が出た場合にすぐ診断でき、適切な治療ができるようにする。この3つの課題を解決すべく、研究室の皆さんの協力を得て頑張っていきたいと考えています。すでに、学生の皆さんの努力が実り、いくつも芽が見えてきています。確実にモノにして、皆で盛り上がっていきたいですね。(了)
村田 幸久
むらた・たかひさ
東京大学 大学院農学生命科学研究科 准教授。
2004年、東京大学農学部 獣医学専攻卒業 博士(獣医学)。
2004年よりイエール大学医学部研究員を経て、2005 年 東京大学農学部 助教となる。
2013年より現職。